利用報告書 / User's Reports


【公開日:2024.07.25】【最終更新日:2024.06.24】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

23MS1091

利用課題名 / Title

錯体触媒等開発のための低周波核溶液NMRと遠赤外スペクトルの測定

利用した実施機関 / Support Institute

自然科学研究機構 分子科学研究所 / IMS

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)物質・材料合成プロセス/Molecule & Material Synthesis(副 / Sub)-

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マテリアルの高度循環のための技術/Advanced materials recycling technologies(副 / Sub)マルチマテリアル化技術・次世代高分子マテリアル/Multi-material technologies / Next-generation high-molecular materials

キーワード / Keywords

錯体触媒,タングステン,赤外スペクトル,NMR,低周波核,多核NMR,資源使用量低減技術/ Technologies for reducing resource usage,核磁気共鳴/ Nuclear magnetic resonance,赤外・可視・紫外分光/ Infrared/visible/ultraviolet spectroscopy,資源代替技術/ Resource alternative technology,資源循環技術/ Resource circulation technology


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

押木 俊之

所属名 / Affiliation

岡山大学大学院自然科学研究科応用化学専攻

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes

長尾 春代,売市 幹大

利用形態 / Support Type

(主 / Main)機器利用/Equipment Utilization(副 / Sub)-


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

MS-226:FT遠赤外分光
MS-233:高磁場NMR(600MHz溶液)
MS-237:高磁場NMR(600MHz溶液)


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

樹脂製造用タングステン錯体触媒のうち,約40年前からの実用工業触媒前駆体の183W NMRを測定した。測定の結果,この実用工業触媒前駆体は,多数のタングステン錯体の混合物であることが初めてわかった。この実用工業触媒前駆体は,複数のタングステン化学種の混合物であることは,合成時の条件(特に原料のモル比)から推測されていた。分光学的方法により,触媒活性中心となるタングステンを直接観測する,183W NMRにより,複数のタングステン化学種が存在することを実証したのは世界初である。並行して,この実用工業触媒前駆体の遠赤外吸収スペクトルも測定した(設備ID:MS-226)。これら測定と,別途合成した分子構造が明確なタングステン錯体の構造とスペクトルを比較した。

2024年1月より公開が始まった,多重周波数ドライブシステムを搭載したJNM-ECZL600G(設備ID:MS-237)は,多重共鳴測定が可能であり,1H以外の核種のデカップリング測定が容易にできる。この特長を今後に活かすべく,手持ちの典型的なサンプル多重共鳴測定を試し,多核種のデカップルによる良好なスペクトルを得た。

実験 / Experimental

183W核測定はJNM-ECA600, 10 mm T10Lプローブを使った。サンプルチューブは Wilmad社の10mm径のテフロンバルブ付きの513-7LPV-7を使った。サンプル量は約500mgを用意し,溶媒は重ベンゼン,測定温度は試料の溶解性確保のため30℃に設定した。多重共鳴測定は,JNM-ECA600で標準的な5mmサンプルチューブを用いて行った。

実用工業触媒前駆体Aは文献1)に従い六塩化タングステンから合成した(eq 1)。有機スズの錯体2 (Scheme 1)は文献2)に従い合成した。

結果と考察 / Results and Discussion

実用工業触媒前駆体A183W{1H} NMRスペクトルをFigure 1に示す。200ppm付近に複雑なシグナルがまとまって観測された。1Hデカップルの測定のため,タングステン近傍の分裂とは考えにくく,多数のタングステン種が存在しているものと解釈できる。合成反応(eq 1)では,配位子となる有機化合物を原料タングステンに対して化学量論量とは微妙に異なる量を使っており,合成条件から生成物は混合物と推測されてきた。この183W{1H} NMRの結果は,Aに複数のタングステン種が含まれることを分光学的方法で示した初の例である。

触媒前駆体Aに含まれるタングステン種の構造を調べるため,モデルとなる化合物を別途合成し,183W{1H} NMRを測定した(Figure 2)。これら錯体はすべて+200ppm付近にシグナルが観測されたので,Aに含まれるタングステン錯体は,置換フェノキシ基とアセチルアセトナト基が結合したタングステンオキソ錯体25と類似と推測できる。なお,錯体25は,すべて半値幅が4–5 Hzの鋭いシグナルとして観測される。
触媒前駆体Aには,立体異性体が混じっている可能性もある。触媒触媒前駆体Aの遠赤外スペクトルも,25と類似しており,タングステン中心に塩化物イオンが結合していることが確認できた。このように2019年から分子科学研究所機器センターで取り組んできた183W{1H} NMRスペクトルの測定が,30年以上に渡って不明のままだったAの分子構造を分光学的に調べる極めて有力な方法であることを実証した。

最近の溶液NMR測定では,多重共鳴法を用いてより明瞭なスペクトルを得て解析することが重要となってきている。公開されたばかりの多重周波数ドライブシステムを搭載したJNM-ECZL600Gで,多重共鳴スペクトルの実際を試してみた。有機スズ化合物2はホウ素原子上に水素が結合している。1H NMR測定において,11Bデカップルの有無によるチャートの違いを実測した。結果はFigure 3のとおり,デカップルなしではホウ素に水結合した水素は幅広いシグナルで観測されるだけだが,11Bデカップルにより,シャープなシグナルとして観測された。実際の測定は特別な条件設定は不要で,分光計制御用パソコンの操作のみで簡単である。さまざまな元素で構成される液相に可溶な物質の構造解析に,多重共鳴法は非常に強力な方法であり,NMRで観測可能な核種であれば,その核種で試す価値が大いにある。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations


  



Scheme 1



Figure 1 183W{1H} NMR chart of A



Figure 2 183W{1H} NMR Chemical Shifts of the Tungsten Complexes.



Figure 3 1H and 1H {11B} NMR charts of 2


その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)

参考文献
1) 特開2009-72958, ノルボルネン系樹脂成形体および配合液, RIMTEC株式会社, 公開日2009年4月5日
2) Oshiki, T.; Mashima, K.; Kawamura, S.; Tani, K. Kitaura K Bull Chem. Soc. Jpn. 2000, 73, 1735–1748.

溶液NMR測定は長尾春代技術員,遠赤外スペクトル測定は売市幹大技術員に,装置のセットアップから測定時の条件設定および調整,測定時の立ち会いも含めて多くの支援を受けた。


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
  1. タングステン錯体触媒系によるジシクロペンタジエンの重合, 押木俊之, 第72回高分子討論会, 2023年9月26日.
  2. 183W核の溶液NMR測定から始まった多核NMRへの取り組み, 押木俊之, 日本電子News, 55(1), 16-23, 2023年6月.
  3. A Practical Method for the Measurement of 183W NMR Signals in Solution: Challenge to Multinuclear Solution NMR, Toshiyuki Oshiki, JEOL News, 58(1), 2023年7月.
  4. New Homogeneous Tungsten Catalysts for Bulk Metathesis Polymerization of Cycloolefins, Toshiyuki Oshiki, The 13th SPSJ International Polymer Conference, Sapporo, 2023年7月19日.
  5. シクロオレフィンのバルク重合に適するタングステン系錯体触媒, 押木俊之, 永井大登, 佐野航介, 第72回高分子学会年次大会 2023年5月24日.
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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