利用報告書 / User's Reports


【公開日:2024.07.25】【最終更新日:2024.06.19】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

23OS0009

利用課題名 / Title

ATP動態を担う蛋白質の構造解析

利用した実施機関 / Support Institute

大阪大学 / Osaka Univ.

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)計測・分析/Advanced Characterization(副 / Sub)-

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マルチマテリアル化技術・次世代高分子マテリアル/Multi-material technologies / Next-generation high-molecular materials(副 / Sub)次世代バイオマテリアル/Next-generation biomaterials

キーワード / Keywords

電子顕微鏡/ Electronic microscope


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

横山 謙

所属名 / Affiliation

京都産業大学 生命科学部

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes

中西 温子,中野 敦樹,津山 泰一,西田結衣,上田楓華,草岡昴兵,寺村龍河

ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes

光岡薫

利用形態 / Support Type

(主 / Main)機器利用/Equipment Utilization(副 / Sub),共同研究/Joint Research


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

OS-004:300kVクライオ電子顕微鏡


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

ATPは生体のエネルギー通貨として、生物のエネルギー代謝の要になる最も重要な生体分子の一つであるが、もう一つの顔として、シグナル伝達物質としての働きも持つ。たとえば、細胞の自殺であるアポトーシスが起こると、細胞内のATP量が急速に減少する。その原因の一端が、ATPを細胞外に放出する ATPチャンネルであり、このATPチャンネルは普段は閉じているが、アポトーシスが起こるとATPを通すようになる。細胞外に放出された ATPは、シグナル物質としてマクロファージを引き寄せ、アポトーシス細胞の貪食が促進される。この時、ATPを感知する ATP受容体が関与するといわれている。ATP受容体の役割は多岐に渡り、損傷した細胞から放出されるATPは、他の細胞の分裂を促進しますが、そのため、手術後の血管狭窄を誘引するといわれている。また、線虫では、ATP合成活性が阻害されると寿命が伸長することが報告されており、ATP濃度変化と 老化との関連が示唆されている。ATP合成酵素は、生体膜間の電気化学ポテンシャル(プロトン駆動力)を利用して、ATP合成反応を行うエネルギー変換装置であり、ミトコンドリアやクロロプラスト、一部の細菌の細胞膜にはFoF1型のATP合成酵素が存在する。一方、好熱菌 Thermus thermophilusの細胞膜から得られる ATP合成酵素は、構成サブユニット組成やその一次構造が、真核生物の液胞などの酸性小胞の膜に存在するプロトンポンプである V-ATPaseに良く似ていることから V-ATPase と呼ばれ、同様の酵素は腸球菌の細胞膜からも発見されている。また、古細菌 (Archea) にも同様のV型 ATP合成酵素が見つかっていることから、V/A-ATPaseと呼ばれることもある。

実験 / Experimental

昨年度は、クライオ電子顕微鏡により、V/A-ATPaseが ATPの加水分解で回転する様子を再現することに成功した (Nature Communications, 2022). この研究成果から、3つある触媒部位で ATPの加水分解過程の1部が別々かつ同時に起こることで中心回転軸が回転し、効率よくATPの加水分解エネルギーを回転力に変換することを明らかにした。言い換えると、3つの触媒部位にATPが結合した状態になることが回転に必要である。しかしながら、ATPがない状態の V/A-ATPase に ATPが結合した場合、1分子のATPだけで回転が起こる必要があり、このような1触媒部位による回転の報告はない。今回、初期状態の V/A-ATPaseが連続的に回転できる状態に至るスターター機構を解明するために、時間分解能スナップショット解析を行った(図)。ATPを完全に取り除いた V/A-ATPase に対して、ATP濃度が低い状態で反応させ 60秒放置した後の溶液からクライオグリッドを作成した。この時、反応液にはATPの結合を遅くする硫酸イオンをわずかに加え、反応開始後すぐに ATPが V/A-ATPaseに結合しないようにした。

結果と考察 / Results and Discussion

このグリッドからは、 ATPが1分子結合した構造が得られたが、ATPが最初に結合する部位ではなく、閉じた部位にATPが確認されたことから、最初に ATPが結合した後、120˚回転した構造であることが示唆された。次に、 高ATP濃度条件で V/A-ATPase を 5秒反応させたもの、および30秒反応させた反応液からそれぞれクライオグリッドを作成した。5秒反応させた反応液から得られた構造には、ATPが1分子結合した構造と2分子結合した構造が得られた。先程の構造と異なり、最初に ATPが結合する開いた部位にATPが確認されたことから、120˚回転する前の構造であることがわかった。ATPが2分子結合した構造でも開いた部位に ATPが結合していたことから、120˚回転する前の構造である。30秒反応させた反応液からは、1分子の ATPが開いた部位に結合した構造と、3つすべての部位に ATPが結合した構造が得られた。このことから、開いた部位に1分子の ATPが結合した構造の寿命が長く、2分子結合した構造の寿命が短いことが示唆された。以上の結果から、1.開いた部位に結合した ATPのみで 120˚回転するが、回転前構造の滞留時間が長い。2.開いた部位に加え、閉じた部位にATPが結合した構造は、30秒後には消失していることから、この構造の滞留時間が短く、すなわち、回転前構造の滞留時間が短い。3.V/A-ATPase の全体構造は強固で、ATPが結合して 120˚回転が起こることで、次の部位に ATPが結合し、3分子の ATPが結合した定常状態になる。4.V/A-ATPase の構造変化は離散的に起こり、FoF1 で見られた遷移的な開いた構造 (PNAS Nexus, 2022)を経ずに、基底状態から定常状態へ変化する。 ことが明らかになった。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations
その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
  1. Atsuko Nakanishi, Cryo-EM analysis of V/A-ATPase intermediates reveals the transition of the ground-state structure to steady-state structures by sequential ATP binding, Journal of Biological Chemistry, 299, 102884(2023).
    DOI: 10.1016/j.jbc.2023.102884
  2. Ken Yokoyama, Rotary mechanism of V/A-ATPases—how is ATP hydrolysis converted into a mechanical step rotation in rotary ATPases?, Frontiers in Molecular Biosciences, 10, (2023).
    DOI: 10.3389/fmolb.2023.1176114
  3. Atsuki Nakano, Mechanism of ATP hydrolysis dependent rotation of bacterial ATP synthase, Nature Communications, 14, (2023).
    DOI: 10.1038/s41467-023-39742-5
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
  1. FoF1-ATPaseの非触媒部位の機能解明 小林廉 第49回日本生体エネルギー研究会討論会 会場 山口大学 吉田キャンパス 大学会館 12/2023 ポスター発表
  2. クライオ電子顕微鏡によるプロトン駆動力下でのATP合成酵素の構造解析 中野敦樹 第49回日本生体エネルギー研究会討論会 会場 山口大学 吉田キャンパス 大学会館 12/2023 ポスター発表
  3. リポソームに包埋された多剤排出タンパク質AcrBの構造解析 武藤優斗 第49回日本生体エネルギー研究会討論会 会場 山口大学 吉田キャンパス 大学会館 12/2023 ポスター発表
  4. 哺乳類V-ATPaseの構造解明 西田結衣 第49回日本生体エネルギー研究会討論会 会場 山口大学 吉田キャンパス 大学会館 12/2023 口頭発表 学生優秀発表賞
  5. プロトン駆動力下でのクライオ電子顕微鏡単粒子解析によって明らかにするATP合成酵素の回転機構 中野敦樹、岸川淳一、光岡薫、横山謙 第61回日本生物物理学会年会 会場 名古屋国際会議場 11/2023 ポスター発表
  6. 哺乳類V-ATPaseの構造機能解明 西田結衣、中西温子、中野敦樹、佐伯詩織、光岡薫、横山謙 第61回日本生物物理学会年会 会場 名古屋国際会議場 11/2023 ポスター
  7. FoF1-ATPaseの非触媒部位の機能 小林廉、中野敦樹、横山謙 第61回日本生物物理学会年会 会場 名古屋国際会議場 11/2023 ポスター発表
  8. リポソームに再構成した膜タンパク質の高分解能構造解析の試み 中野 敦樹, 河内 貴哉, 小林 廉, 谷口 佳奈, 武藤 優斗, 津山 泰一, 横山 謙 第23回日本蛋白質科学会 会場 名古屋国際会議場 07/2023 ポスター発表
  9. 好熱菌FoF1 -ATPaseのユニサイト触媒作用の構造的基盤 中野敦樹、青山桃子、岸川淳一、横山謙 第60回生物物理学会年会 2022/9/29 函館アリーナ ポスター発表
  10. 横山 謙 Molecular mechanism of rotary ATP synthases revealed by Cryo-snapshot Tokyo ATPase miniworkshop 会場 東京大学 本郷キャンパス 工学研究科講義室 招待講演 02/2024
  11. 横山 謙 ATP合成酵素の残された謎 第49回日本生体エネルギー研究会討論会 会場 山口大学 吉田キャンパス 大学会館 招待講演 12/2023
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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