利用報告書 / User's Report

【公開日:2023.08.01】【最終更新日:2023.07.31】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

22AE0011

利用課題名 / Title

ベッセルビーム微小爆発による透明結晶内部での高圧物質凍結に関する研究

利用した実施機関 / Support Institute

日本原子力研究開発機構

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)計測・分析/Advanced Characterization(副 / Sub)-

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)次世代ナノスケールマテリアル/Next-generation nanoscale materials(副 / Sub)-

キーワード / Keywords

超高速ショック圧縮,フェムト秒レーザー,新物質新構造,凍結プロセス,微小爆発,放射光/Synchrotron radiation


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

中村 浩隆

所属名 / Affiliation

大阪大学工学研究科 電気電子情報通信工学専攻

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes

尾崎 典雅,上村 拳生,三好 雄大,太田 裕也,奈良 康永,Pikuz Tatiana,Rapp Ludovic,Rode Andrei,瀬戶 雄介  

ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes

菖蒲 敬久,冨永 亜希

利用形態 / Support Type

(主 / Main)共同研究/Joint Research(副 / Sub)-


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

AE-004:応力・イメージング測定装置


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

圧力発生装置として一般的に知られている油圧プレスやダイヤモンドアンビルセル(DAC)を⽤いた静的圧縮法に比べ、パルスレーザーを用いる動的超高速の圧縮法では、圧力温度の立ち上がりや解放、および冷却に要する時間を極端に短くすることができる。したがって、常温常圧では不可能と考えられていた高圧準安定構造が凍結することが期待されている。顕微鏡対物レンズのような高開口数のレンズを用いて、マイクロジュール程度のエネルギーのフェムト秒レーザーパルスを透明な材質内部に集光すると、圧力1000万気圧、温度1万度を超えるプラズマが固体内部に瞬間的に生成し、1ミクロン程度のサイズの微小爆発が起こる。これまでの研究により、単結晶アルミナから面心立方構造および体心立方構造のアルミニウムが、圧縮された状態で試料内部に凍結することが確認されている。
今年度の研究ではサファイア結晶とはその物性が大きく異なるシリカガラスにおいてベッセルビーム励起の微小爆発による物質の改質実験を行った。
 常温・常圧でのシリカガラスの構造は6員環が支配的であり、これまでの静的な高圧実験で得られた3員環、4員環構造は数時間で6員環に戻ってしまうことがラマン散乱計測で観測されている。しかし、フェムト秒レーザー微小爆発での高速圧縮・急冷により高密度状態の凍結が実現できている可能性が示された。シリカガラスの屈折率は密度に依存しており、レーザーのエネルギー・強度分布を制御することで任意の屈折率分布を持つシリカガラスを実現できることが期待できる。

実験 / Experimental

1990年あたりから極短パルスレーザーに関する技術の急速な発展により、現在ではフェムト秒領域の時間幅、テラワットクラスのパワーを持つ、テーブルトップサイズレーザーパルスが一般に利用可能になっている。例えばエネルギー 5 μJ、パルス幅 100 fsのレーザーパルスを直径 2.5 μmにまで集光すると、レーザーパワー 5 TW、レーザー光強度は 1015 W⁄cm^2 になり、真空中での光の電場振幅は 86 GV⁄mに相当する。その電場の大きさは原子のクーロン電場を大きく超えることになる。そのため、フェムト秒レーザーパルスの極限場を利用した研究が広く行われており、プラズマ物理、物質科学や医療応用などの分野で新展開が期待されている。
レーザーと物質との相互作用は、ピコ秒の時間スケールを境に熱的過程、非熱的過程の領域に区分される。境界となる時間スケールは自由電子から格子イオンへの衝突緩和時間により決まる。通常、この緩和時間は金属の場合は数ピコ秒、絶縁体の場合は数10ピコ秒となる。
緩和時間よりも長いパルス幅のレーザーを物質に照射した場合、レーザーの強電界により電離した物質中の電子数は、再結合による減少するの割合よりも衝突イオン化の割合が大きくなり電離が指数関数的に進行する。この状態をアバランシェイオン化といい、これが起こると非常に大きな熱エネルギーが発生してしまうため、温度上昇や応力緩和などを経て物質の状態が大きく変化する[1]。
一方、衝突緩和時間よりも短いパルス幅のレーザーでは、電子温度が格子イオン温度よりも十分に高い非平衡状態(2温度状態)を経て、レーザーが照射された後に格子イオンの加熱が始まる非熱的過程となり、レーザーのエネルギーを材料の熱拡散速度に比べ十分に早く照射部に集中して注入することができるため、熱の影響が小さく、効率と精度の良い微細加工も可能となる。さらに、TW⁄cm2 クラスを超えるレーザー集光領域では、格子系において数万から数千度レベルまでの温度上昇が起き、その急激な熱膨張でテラパスカルレベルの応力が発生しうる。この大きな応力は、おおよそ音速で律則される物質の力学的な応答時間で急激に緩和される。以上のような温度と圧力の高速の減衰から、高エネルギー密度状態の高圧構造や準安定構造の凍結の可能性が見出されている[2,3]。
これまでの研究においてAl2O3(コランダム、サファイア)内部にフェムト秒ガウシアンビームを集光照射した試料で分離したAlが凝集・結晶化した、約50 GPaの残留応力下にある高密度Alの回折線を検出することに成功している[4-6]。また以前の実験においては、ガウシアンビームの空間時間分布の特性から、その高圧相の生成量が極微小であったという欠点を持っていたが、長焦点という特長を持つベッセルビームを用いて“円筒状”の微小爆発を起こすことで、凍結された高圧物質の生成量を二桁増大させることを達成した。
今年度の研究ではサファイア結晶とはその物性が大きく異なるシリカガラスにおいてベッセルビーム励起の微小爆発による物質の改質実験を行った。 シリカガラスは高温・高圧状態にすることでその中距離構造が変化することが知られている。シリカガラスは4面体構造がリング上に結合しており、常温常圧状態では主に6員環構造で構成されている。しかし、高温・高圧にすることでその一部が3員環・4員環などに変化し、その物性が大きく変動する[7-8]。特にシリカガラスの屈折率は密度と比例関係にあることが知られており、もしレーザー照射によりガラス内部でその屈折率を3次元的に変化することができるようになればファイバー材料や半導体材料として、様々な応用が期待できる。
図2. に透明試料内部に微小爆発を誘起するレーザー実験のセットアップを示す。波長1030 nmのフェムト秒レーザーを、アキシコンレンズと対物レンズによってベッセルビームとし、結晶試料内部に集光照射した。このベッセルビームを試料面50×100 µm2の領域に計500ショット分入射させた。レーザーのパルスエネルギーは偏光子を用いておよそ4 µJ/pulseまでの範囲で制御し、微小爆発が生じると同時に試料に深刻なクラックが発生しない条件となるように調整した。2 µJ/pulseの場合、集光位置での対応するレーザー強度はおよそI〜1014 W/cm2となる。微小爆発の回収試料に凍結している物質の構造を明らかにするため、SPring-8のビームラインBL22XUにおいてX線回折実験(XRD)を行った。X線光子エネルギーは十分な透過能をもつ30 keVとした。実験セットアップの概略図を図3に示す。X線はベリリウムレンズによって集光されたのち、試料直前の4象限スリットによって、100×100 µm2に切り出して使用した。検出器には高ダイナミックレンジのPilatus 300Kを用い、長時間露光を行うことで試料内部に存在する微小量の高圧物質の検出を行った。X線の照射は大気中で行った。試料観察領域をφ回転中心に固定し、0.1°刻みで回転させながら回折パターンを取得することで、粉末X線回折に相当する観察を行なった。

結果と考察 / Results and Discussion

レーザーエネルギー2 µJ/pulseの条件で集光したSiO2試料から得られたXRDパターンの典型的な例を図4(左)に示す。XRDでの観察ではSiの回折スポットは観測できず、またSiO2以外からの回折線も観測されなかった。これはこの結果から原因を断定するのが難しいがSiO2の熱伝導率はAl2O3に比べて1/20程度であるため、ボイド周辺での冷却に20倍ほど時間がかかり、レーザーのパルス幅が275fsであることから冷却時間がSiO2の緩和時間を超えているためと思われる。これを確認するために来年度に40fsのパルス幅のレーザーを使用して同様のSi生成実験を行う予定である。
 図4. は横軸散乱ベクトルQとしたときの母相とレーザー照射(エネルギー1.17µJ、1.65µJ、2.05µJ)それぞれ散乱強度Iのグラフを示している。ただし散乱ベクトルQは次の式を用いて散乱角2θとX線の波長λから導出される。
第1ピーク(Q=1.5-1.6)は周期 d=4.2に相当し、SiO4の4面体構造の周期性を表している [9]。このピークの位置が変わらずに強度がレーザーのエネルギーに反比例して下がっているのがわかる。この結果はSiO4の4面体構造を維持したまま、その他の構造が変化したことを意味している[10]。また、Q=1.8-2.8の領域ではレーザーエネルギーに依存した変化が無く、母相の場合の強度が強くなっている。これは母相の4面体構造同士の結合角の分布が広くなっていることを示しており、6員環構造が支配的になっていることを表している。それに対し、レーザーを照射した場合は半値幅が狭くなっていることから3員環、4員環が母相に比べて増えていることを示している。
また、レーザーエネルギーが大きいほど第1ピークが小さくなっているのはレーザーエネルギーが大きいほど急冷が始まる温度(ガラス転移温度)が高いため、密度が減少していると考えられる[9]。さらに全体の密度が減少しているにもかかわらず第1ピークの位置が変動していないことからレーザーエネルギーが大きいほど3員環が多いことが示唆されており、微小爆発での発生圧力が高かったこと、急冷によりその圧力状態を凍結できていることを示唆している。これらの3員環、4員環、6員環の大小はXRDパターンからの推測に過ぎず、断定することは今のところできていない。しかし、ラマン散乱計測を行うことでそれぞれの量を比較することが可能なため、その実験でこの推測が正しいか断定できると考えている。来年度その計測を計画している。
 常温・常圧でのシリカガラス の構造は6員環が支配的であり、これまでの静的な高圧実験で得られた3員環、4員環構造は数時間で6員環に戻ってしまうことがラマン散乱計測で観測されている。しかし、フェムト秒レーザー微小爆発での高速圧縮・急冷により高密度状態の凍結が実現できている可能性が示された。シリカガラスの屈折率は密度に依存しており、レーザーのエネルギー・強度分布を制御することで任意の屈折率分布を持つシリカガラスを実現できることが期待できる。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations


図1. シリカガラスの中距離構造モデル図。常温常圧では主に6員環構造で構成されているが高温高圧状態にすることでその一部が3員環・4員環などの構造に変化する。



図2. ベッセルビーム誘起微小爆発実験配置



図3. X線回折実験のための実験配置図



図4. (左) レーザーエネルギー2 µJ/pulseの条件で集光したSiO2試料から得られたXRDパターン(右)横軸散乱ベクトルQとしたときのそれぞれ散乱強度Iの第1ピーク(Q=1.5-1.6)付近の分布


その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)

[1]          E.G. Gamaly et al., High Energy Density Phys. 8, 13(2012). [2]          E.G. Gamaly et al., New Journal of Phys. 15, 025018(2013).[3]          E.G. Gamaly et al., Phys. Rev. B 73, 214101(2006).[4]          S. Juodkazis et al., Phys. Rev. Lett. 96, 166101(2006).[5]          A. Vailionis et al., Nature Communications. 2, 445(2011).[6]          L. Rapp et al, Sci. Rep. 6, 34286 (2016). [7]          N. Kitamura et al., Phys. Rev. B, 50, 132 (1994).[8]          R. J. Hemley et al., Phys. Rev. Lett., 57, 747 (1986).[9]          R. Bruckner, Journal of Non-crystalline Solid, 5 123 (1970). [10]        Y. Onodera et al., NPG Asia Materials, 12, 85 (2020).


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
  1. 中村浩隆 “ベッセルビーム微小爆発による透明結晶内部での高圧物質凍結に関する研究” レーザー学会学術講演会第43回年次大会 2023年1月19日
  2. 上村 拳生 “フェムト秒レーザー微小爆発におけるシリカガラスの中距離構造変化” レーザー学会学術講演会第43回年次大会 2023年1月20日
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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