利用報告書 / User's Report

【公開日:2023.07.31】【最終更新日:2023.04.14】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

22MS1032

利用課題名 / Title

beta''-(BEDT-TTF)2XC2H4SO3 (X = Cl, Br)におけるRaman分光によるBEDT-TTFの価数決定

利用した実施機関 / Support Institute

自然科学研究機構 分子科学研究所

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)物質・材料合成プロセス/Molecule & Material Synthesis(副 / Sub)計測・分析/Advanced Characterization

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マテリアルの高度循環のための技術/Advanced materials recycling technologies(副 / Sub)量子・電子制御により革新的な機能を発現するマテリアル/Materials using quantum and electronic control to perform innovative functions

キーワード / Keywords

有機伝導体, ドープ


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

圷  広樹

所属名 / Affiliation

大阪大学大学院理学研究科

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes

売市 幹大

利用形態 / Support Type

(主 / Main)機器利用/Equipment Utilization(副 / Sub)-


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

MS-225:顕微ラマン分光


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

X線構造解析では決定できなかった新規有機伝導体b ́ ́-b ́ ́-(BEDT-TTF)2XC2H4SO3 (X = Cl, Br)のBEDT-TTF分子の価数を決定するため、顕微ラマン分光装置 RENISHAW による測定を10〜297 Kの各温度で行った。

実験 / Experimental

b ́ ́-(BEDT-TTF)2ClC2H4SO3(以下Clと略す。降温210 K昇温260 Kで相転移してb ́ ́-b ́ ́-(BEDT-TTF)2ClC2H4SO3になる。高温相をClH、低温相をClLと略す)およびb ́ ́-b ́ ́-(BEDT-TTF)2BrC2H4SO3(以下Brと略す。室温から100 Kまでは構造相転移はなく、70 Kで金属-絶縁体転移を示す)およびあと2つの計4つの結晶を測定用銅板にグリースで貼り付け、クライオスタットにセットし、顕微ラマン分光装置 RENISHAW により、励起光532 nmおよび785 nmのレーザーを用いてラマン分光を行った。温度は297, 230, 200, 100, 10, 240, 290 Kの各温度で行った。

結果と考察 / Results and Discussion

b ́ ́-b ́ ́-(BEDT-TTF)2ClC2H4SO3ClL)とb ́ ́-b ́ ́-(BEDT-TTF)2BrC2H4SO3Br)は同形であり、BEDT-TTFとモノアニオンとの比が2対1であることから、BEDT-TTFの形式電荷は+0.5価であるが、この結晶では結晶学的に独立な伝導ドナー層が2種存在し、対アニオン層が傾いて分極することに伴い、その双極子モーメントのプラス側に囲まれたドナー層Aとマイナス側に囲まれたドナー層Bのうち、BよりAの方が小さな価数を有し、AとBで価数の異なる自己ドープが起こることが期待できる。そこでラマン測定によりBEDT-TTFの価数の決定を試みた(図1a−d)。Clでは相転移より高温側ではアニオンに傾きはなく、結晶学的に独立なドナー層は1つで、価数差・自己ドープはない。まずClの測定の結果、降温での転移温度、210 Kの前後(230と200 K)、および昇温での転移温度、260 K前後(240と290 K)では顕著な変化はなく、相転移温度以下でドープが起これば価数に鋭敏なn2のピークが2つに割れるはずだが、明らかな分裂は確認できず、ドープ効果の低温側での発現を観測することはできなかった。これは、まず温度が高い領域ではn2がショルダーになっていてピーク分裂の判別が難しく、また期待される価数差が0.02と小さく、その時の分裂幅は図1a〜dに||で示している通りかなり小さいためで、今回の系においてドープ効果の検出はラマン測定では難しいことがわかった。また、Brでは室温からピークが2つに割れているはずだが、やはり同様な理由で分裂は観測されなかった。一方、重要な発見もあった。図1a-dに示した通り、全ての温度でClBrのスペクトルの形は似ていて、特に10 Kと100 Kではまるで同じサンプルかのようにスペクトルは一致した。これは、2つの塩の基底状態がそっくり同じであることを示している。伝導度測定の結果をr-lnTプロットすると、低温ではどちらも直線になることがわかり、両塩ともWeak Localizationという特殊な基底状態になっていて、半導体だが金属に近い状態であることが示唆された(S. Imajo et. al., Phys. Rev. Lett. 125, (2020) 177002)。我々は、半導体に自己ドープが起きたために基底状態がこのようなWeak Localizationになっていると考えている。Brは70 Kで金属-絶縁体転移を示して、その後低温までに16倍程度と金属-絶縁体転移としては緩やかな抵抗上昇が観測された。ところが、Clでは激しい構造相転移のため相転移温度以下での電気抵抗率の温度依存性を再現よく抵抗に跳びがないように測定することができなかったが、一番きれいに測定できた結果では相転移温度以下では抵抗は1桁も上昇しないことから、当初はClBrの基底状態は異なると思っていた。しかし、r-lnTプロットが直線になることに加え、本測定でCl塩とBr塩のラマンスペクトルが酷似していることがわかったことから、基底状態が同じであると言えることがわかった。これにより、Cl塩も金属-絶縁体転移を示して基底状態は半導体であること、にもかかわらずShubnikov-de Haas効果が観測されている(Fermi面が存在している)ことから、自己ドープによって小さなFermi面ができることによってWeak Localizationという状態になったと結論づけることができた。詳しくはJ. Phys. Chem. C 126(38), (2022) 16529を参照されたい。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations


図1 (a) 10.2, (b) 100, (c) 240と(d) 290 K(b-dは昇温過程)でのラマンスペクトルの温度依存。


その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)

参考文献 H. Akutsu et al., Magnetochemistry 7, (2021) 91.


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
  1. Hiroki Akutsu, Role of the Anion Layer’s Polarity in Organic Conductors β″-(BEDT-TTF)2XC2H4SO3 (X = Cl and Br), The Journal of Physical Chemistry C, 126, 16529-16538(2022).
    DOI: 10.1021/acs.jpcc.2c05126
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
  1. H. Akutsu, “Counterion layer’s polarity-induced doping in organic conductors” A Half Day International Workshop of Research Center for Thermal and Entropic Science (Osaka), 令和4年12月20日
  2. 圷 広樹, “分極対イオン層による有機伝導体へのキャリアドープ” 日本学術振興会 分子系の複合電子機能 第181委員会 最終研究会 (京都), 令和5年 3月7日
  3. H. Akutsu, “Counterion layer’s polarity-induced doping in organic conductors” E-USE研究会2023 (松山), 令和5年 3月13日
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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