利用報告書 / User's Report

【公開日:2023.07.31】【最終更新日:2023.04.14】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

22MS1028

利用課題名 / Title

新規配位高分子錯体の合成と磁気的性質に関する研究

利用した実施機関 / Support Institute

自然科学研究機構 分子科学研究所

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)物質・材料合成プロセス/Molecule & Material Synthesis(副 / Sub)-

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マテリアルの高度循環のための技術/Advanced materials recycling technologies(副 / Sub)量子・電子制御により革新的な機能を発現するマテリアル/Materials using quantum and electronic control to perform innovative functions

キーワード / Keywords

配位高分子磁性錯体、結晶構造、磁気的性質、新規物性


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

藤田  渉

所属名 / Affiliation

東京海洋大学海洋電子機械工学部門

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes
利用形態 / Support Type

(主 / Main)機器利用/Equipment Utilization(副 / Sub)-


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

MS-205:単結晶X線回折(CCD-1)
MS-207:単結晶X線回折(微小結晶用)
MS-209:粉末X線回折
MS-218:SQUID(MPMS-7)
MS-219:SQUID(MPMS-XL7)


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

 配位高分子錯体の磁気的性質は金属イオン間を連結している配位子の種類や架橋構造に大きく依存し、これらの物質探索を行うことで、まだ知られていない未知の機能の発現が期待される。本研究では、弊学において合成した配位子高分子磁性錯体を、貴研究所において構造同定、および磁気測定を実施した。当年度は主にコウジ酸と遷移金属イオンとの配位高分子錯体に着目して研究を実施した。この他、数サンプルの新規化合物の磁性評価を実施した。

実験 / Experimental

 得られた試料の結晶構造解析を行うため、単結晶構造解析装置(MS-205, MS-207)を利用した。その結果、コウジ酸銅の単結晶構造解析に世界で初めて成功した。併せて、磁気測定用試料への不純物の混入の有無を調べるため、粉末X線回折装置(MS-209)を用いて確認した。得られたコウジ酸銅、コウジ酸ニッケル、コウジ酸コバルトの他、酒石酸ニッケル、テトラクロロコバルト酸錯体塩などの磁気測定をSQUID(MS-218, MS-219)を用いて行った。コウジ酸金属錯体の赤外線吸収スペクトルを測定するため、MS-226を利用した。

結果と考察 / Results and Discussion

1.コウジ酸銅の結晶構造 コウジ酸(図1)は麹の中で発見された生体由来物質であり、皮膚の色素沈着の原因となるチロシナーゼの作用を阻害し、美白効果を示すことが知られている。コウジ酸はチロシナーゼ内に入り込み、その活性中心の銅イオンと反応することが知られているが、コウジ酸と銅イオンとの錯体の構造は明らかにされていなかった。コウジ酸金属錯体の結晶構造はFe(III)とRe(V)OCl2誘導体(いずれも単核錯体)以外は明らかにされていなかった。本研究ではコウジ酸と様々な金属イオンとの錯体を作成を試み、銅およびコバルト誘導体について単結晶を得ることに成功した。コウジ酸コバルトは弊学所有の装置で構造解析に成功したが、コウジ酸銅の結晶は小さく、弊学所有の装置では解析に十分なデータを収集できなかった。そこで、貴施設のMS-205を利用させてただいたところ、構造解析に成功した。 図2にコウジ酸銅の結晶構造を示す。結晶データは次のとおりであった。monoclinic P21/c, a = 11.9468(17) , b = 6.7247(7), c = 15.314(2) Å, β = 110.221(3)˚, Z = 4, R = 6.47%。コウジ酸銅は銅イオン1:コウジ酸イオン2の比率からなり、銅イオンは正方錐配位であった。2分子のコウジ酸イオンが6員環の2つの酸素原子を介して銅イオンのエカトリアル位に配位し、平板型の錯体分子を形成していた。銅イオンの1つのアキシアル位には隣の錯体分子の2-hydroxymethyl基の酸素原子が配位し、b軸方向に1次元はいい高分子鎖を形成していた。コウジ酸銅の結晶構造はこれまでに報告例がなく、今回の実験により初めて明らかとなった。 コウジ酸コバルトの結晶構造はコウジ酸銅とは異なることがわかった(triclinic P–1, a = 5.073(4) Å , b = 7.682(6) Å, c = 7.867(5) Å, α = 94.79(4)˚, β = 108.72(4)˚, γ = 95.76(3)˚, Z = 1, R = 5.84%。)。

2.コウジ酸金属錯体の磁気的性質 新規に合成したコウジ酸銅、コウジ酸コバルトおよびコウジ酸ニッケルについて、MS-218, MS-219を利用させていただき、磁気測定を行った。図3にコウジ銅の常磁性磁化率の温度依存性を示す。縦軸は常磁性磁化率と温度との積χpT、横軸は温度Tである。測定した温度のほぼ全範囲でχpT値は一定であり、銅イオン間には磁気的相互作用が働いていないと考えられる。キュリー・ワイス則でフィッテイングしたところ、g = 2.07, S = 1/2, θ = –0.138 K であった。コウジ酸銅では、銅イオン間がかなり離れていることがX線構造解析によりわかっている(dCu–Cu > 6.7 Å)。そのため、銅イオンの不対電子は孤立した状態となり、隣の銅イオンとの間に相互作用が働かないものと思われる。他のコウジ酸金属錯体の磁性については、現在、解釈をおこなっているところである。 

3.コウジ酸ニッケルの結晶構造の推定  コウジ酸ニッケルの単結晶を得ることができなかったため、IRスペクトルおよび粉末X線回折パターンにより、構造推定を行った。その結果、コウジ酸コバルトと同型であることがわかった。今後、コウジ酸ニッケルの単結晶を作製し、結晶構造解析を行う予定である。

4.L-酒石酸ニッケルの磁気的性質 対称心のない磁性物質を合成し、電場下での磁気応答を確認するため、現在、さまざまな配位高分子磁性体を作成している。L-酒石酸ニッケルの磁気的性質はすでに報告例があるが、構造自体は不明であり、粉末試料で磁気測定が行われたものであった。今回、追試を行うため、L-酒石酸ニッケルの粉末試料を丁寧に作製し、磁気測定を行った。先行研究では、6 Kで反強磁性転移を示したのち、4.5 Kでメタ磁性転移を示すとのことであったが、今回我々の手で行った実験では、該当領域に磁気異常は認められず、ニッケルイオン間にはほとんど相互作用が働いていなかった。今後、L-酒石酸ニッケルの結晶を作成し、単相であることを確かめたのち、純粋なサンプルで磁気測定を再度行う予定である。 

5.テトラクロロコバルト酸錯体1-(2,5-dimethyphenyl)piperazine tetrachlorocobaltate hydrateの磁気的性質  この物質はチュニジア、カルタージュ大学のBen Nasr教授のグループによって合成されたもので、結晶構造解析(弊学の装置)と磁気測定(分子研機器センター)を分担した。 この物質はCoCl42–の錯イオンが有機カチオンによって隔離された構造を有している。図4にこの物質の常磁性磁化率の温度依存性を示す。縦軸は常磁性磁化率と温度との積χpT、横軸は温度Tである。300 Kから50 K付近まではχpT値はほぼ一定(2.45 emu K mol–1)であった。CoCl42–イオンが隔離されていることにより、イオン間で磁気的相互作用が働かないためと考えられる。χpT値は30 K付近から減少し、2 Kでは1.612 emu K mol–1となった。低温域におけるχpT値の減少はゼロ磁場分裂、またはスピン軌道相互作用によると考えられる。この成果は論文としてすでに発表した。4.L-酒石酸ニッケルの磁気的性質  対称心のない磁性物質を合成し、電場下での磁気応答を確認するため、現在、さまざまな配位高分子磁性体を作成している。L-酒石酸ニッケルの磁気的性質はすでに報告例があるが、構造自体は不明であり、粉末試料で磁気測定が行われたものであった。今回、追試を行うため、L-酒石酸ニッケルの粉末試料を丁寧に作製し、磁気測定を行った。先行研究では、6 Kで反強磁性転移を示したのち、4.5 Kでメタ磁性転移を示すとのことであったが、今回我々の手で行った実験では、該当領域に磁気異常は認められず、ニッケルイオン間にはほとんど相互作用が働いていなかった。今後、L-酒石酸ニッケルの結晶を作成し、単相であることを確かめたのち、純粋なサンプルで磁気測定を再度行う予定である。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations


図1.コウジ酸の分子構造



図2.コウジ酸銅の結晶構造.



図3.コウジ酸銅の常磁性磁化率の温度依存性.



図4. テトラクロロコバルト酸錯体の常磁性磁化率の温度依存性.


その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)

なし


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
  1. Chaima Gharbi, Crystal structure analysis, magnetic measurement, DFT studies, and adsorption properties of novel 1-(2,5-dimethyphenyl)piperazine tetrachlorocobaltate hydrate, Materials Today Communications, 34, 104965(2023).
    DOI: 10.1016/j.mtcomm.2022.104965
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
  1. 藤田渉, 山口智子, ”コウジ酸を配位子とする金属錯体の結晶構造と磁気的性質”日本化学会第103春季年会(2023), 東京理科大学野田キャンパス,令和5年3月24日 .
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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