利用報告書 / User's Reports


【公開日:2024.07.25】【最終更新日:2024.06.14】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

23NM5395

利用課題名 / Title

水素添加したFe-Cr-Niオーステナイト鋼における塑性変形挙動変化の機構解明

利用した実施機関 / Support Institute

物質・材料研究機構 / NIMS

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

内部利用(ARIM事業参画者以外)/Internal Use (by non ARIM members)

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)計測・分析/Advanced Characterization(副 / Sub)-

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マテリアルの高度循環のための技術/Advanced materials recycling technologies(副 / Sub)-

キーワード / Keywords

水素、鉄鋼材料、オーステナイト、転位、変形双晶


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

小川 祐平

所属名 / Affiliation

物質・材料研究機構

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes
利用形態 / Support Type

(主 / Main)機器利用/Equipment Utilization(副 / Sub),技術代行/Technology Substitution


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

NM-505:200kV透過電子顕微鏡


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

Fe-Cr-Niを主成分としてFCC結晶構造を持つオーステナイト系ステンレス鋼は、水素エネルギー関連インフラの構造材料として利用されている。一般に構造用金属材料では水素と接触することで強度や延性の著しい劣化(水素脆化)が発生するが、近年、変形中に他の結晶構造への相変態を起こさない安定なオーステナイト鋼においては、多量の水素原子を固溶させることで降伏強度、引張強度、破断伸びが向上するケースがあるという新たな事実が見出された(1)(2)。しかしながら、この水素による高強度・高延性化の潜在的メカニズムは明確にされていない。金属材料の強度や変形特性は基本的に、格子欠陥の1種である転位の易動度と転位組織の発達プロセスに強く依存する。したがって水素による材料特性変化を議論する上において、固溶水素有無による転位挙動と組織発達の差異を明らかにしておくことは重要である。本研究ではFe-24Cr-19Ni(mass%)を主成分とするオーステナイト鋼JIS-SUS310Sを対象に、水素を添加したサンプルと未添加のサンプルに対して室温における塑性変形後の転位組織の観察・比較を行った。

実験 / Experimental

市販のSUS310S鋼溶体化処理材から直径6 mm、ゲージ長30 mmの引張試験片を採取し、100 MPa、543 Kの水素ガス中に200時間曝露することによって水素を一様に添加した。添加後の固溶水素濃度は、約7600~7700 at ppmである。これらの試験片に対し、実験室大気中においてインストロン型引張試験機を用いてひずみ速度0.0001/sの条件で、0.05および0.20の真ひずみを付与した。ひずみ付与後、各サンプルから引張軸方向と板面が垂直となるように直径3 mmのディスク試料を採取し、中心部をツインジェット方式の電解研磨によって薄膜化した。その後、日本電子製TEM(JEM-2100)を用い、各試験片中の転位組織の観察を加速電圧200 kVの条件にて実施した。
真ひずみ0.05の試験片においては観察対象を[011]引張軸方位の結晶粒とし、一方で真ひずみ0.20の試験片では[001]方位の結晶粒を観察対象に選択した。[011]引張方位の場合は(111)のgベクトルを励起させる二波条件の下で転位線を可視化し、[001]方位の場合は晶帯軸入射の条件下で観察を行った。

結果と考察 / Results and Discussion

Fig. 1に、水素添加材および未添加材を引張変形した際の真応力-真ひずみ線図、ならびに加工硬化率曲線を示す。水素添加材では全ひずみ領域において未添加材よりも流動応力が上昇し、水素による高強度化が本供試材においても認められた。なお、水素添加材では変形初期における一時的な加工硬化率の低下、および変形後期における加工硬化率の上昇が認められるが、後者については転位に加えて塑性変形が変形双晶によって担われるようになったこと、さらにはその変形双晶の発生と成長が水素によって促進されたことに対応する(1)。本研究で着目している真ひずみ0.05および0.20は、この変形双晶の寄与が顕著となる領域よりも以前の変形領域を対象としていることに注意されたい。
Fig. 2に、水素添加材と未添加材において上記2水準のひずみレベルで観察された典型的な転位組織の明視野像を示す。未添加材の場合、真ひずみ0.05ではすべり面上にPlanarに並んだ転位群が観察されたが、水素添加材では転位線の様相が未添加材に比べてややWavyになる傾向にあった。一方、真ひずみ0.20では転位密度が大きく増加し、複雑に絡み合った転位群がセル構造を形成していることが分かる。これらセル構造の特徴に対して水素有無による有意差は認められず、変形中期の高転位密度領域では転位組織発達への水素の影響はほとんどないことが確認された。
低ひずみ域での転位線様相の変化は、水素が転位の同一すべり面からの逸脱、すなわち交差すべりを容易にしたことを示唆している。この交差すべり頻度の上昇、およびそれに伴う長範囲内部応力の緩和が、変形初期における一時的な加工硬化率低下の一因になっていると考えられる。対して、真ひずみ0.10を超えた変形中期においては、加工硬化率曲線上に水素に影響は現れなくなる(Fig. 1)。このことは、変形中期における転位組織、すなわちセル構造が水素の影響を受けないことと矛盾なく対応するものである。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations


Fig. 1  True stress-strain and strain-hardening rate curves of non-charged and hydrogen-charged Type310S austenitic steel at ambient temperature.



Fig. 2  Bright-field TEM micrographs of dislocations structures in non-charged and hydrogen-charged Type310S austenitic steel deformed to 0.50 and 0.20 tensile strain. Electron diffraction patterns of the corresponding imaging conditions are shown in the insets.


その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)

<参考文献>
(1) Ogawa, Y., Hosoi, H., Tsuzaki, K., Redarce, T., Takakuwa, O., & Matsunaga, H. (2020). Hydrogen, as an alloying element, enables a greater strength-ductility balance in an Fe-Cr-Ni-based, stable austenitic stainless steel. Acta Materialia199, 181-192.
(2) Nishida, H., Ogawa, Y., & Tsuzaki, K. (2022). Chemical composition dependence of the strength and ductility enhancement by solute hydrogen in Fe–Cr–Ni-based austenitic alloys. Materials Science and Engineering: A836, 142681.

<謝辞>
本研究は、JSPS科研費 若手研究(課題番号:21K14045)の支援により実施されたものである。


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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