利用報告書 / User's Reports


【公開日:2024.07.25】【最終更新日:2024.07.01】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

23NR0008

利用課題名 / Title

ヘテロ原子を有する有機低分子と光受容性色素化合物の構造に関する研究

利用した実施機関 / Support Institute

奈良先端科学技術大学院大学 / NAIST

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)物質・材料合成プロセス/Molecule & Material Synthesis(副 / Sub)計測・分析/Advanced Characterization

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マルチマテリアル化技術・次世代高分子マテリアル/Multi-material technologies / Next-generation high-molecular materials(副 / Sub)次世代バイオマテリアル/Next-generation biomaterials

キーワード / Keywords

光線力学療法,光がん治療,生体由来素材,マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析,飛行時間質量分析,質量分析/ Mass spectrometry,生体イメージング/ In vivo imaging,質量分析/ Mass spectrometry,X線回折/ X-ray diffraction


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

野元 昭宏

所属名 / Affiliation

大阪公立大学 大学院工学研究科 物質化学生命系専攻

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes

小川 昭弥(大阪公立大)

ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes

森本 積,西川 嘉子,片尾 昇平,山垣 美恵子,上久保 順子,清水 洋,髙下 泰子,佐山 美奈子

利用形態 / Support Type

(主 / Main)技術代行/Technology Substitution(副 / Sub)-


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

NR-501:マトリックス支援レーザーイオン化Spiral飛行時間型質量分析計
NR-502:二重収束型質量分析計
NR-302:微小単結晶X線構造解析装置
NR-503:LC/TOFMS飛行時間型質量分析計


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

本研究ではARIMの高性能装置と、熟練した高度な技能をもつ支援担当者技術員の力を借りて、次世代のレーザーがん治療薬の合成手法の確立に向けた中間体追跡を行った。主に用いた装置は、マトリックス支援レーザーイオン化Spiral飛行時間型質量分析計、LC-TOFMS高分解能飛行時間型質量分析計である。これらの装置は支援担当者技術員の下で適切な高感度・高分解能で質量分析を行う装置で、本測定結果によって本研究を大きく推進させることが可能となった。 本研究はヘテロ原子の反応性を調べるために生成物の分子構造を明らかにし、内視鏡レーザーを用いた光線力学療法(Photodynamic therapy: PDT)のための光感受性化合物の合成に展開する試みであるが、合成段階で多種の類似した化合物が副生する可能性があり、NMR測定による同定が困難な反応に該当するため精密な質量分析が重要となる。質量分析は単純な測定ではなく、マトリックス、サンプル、イオン化条件など様々な要因を組み合わせる必要があるため、高度な技能をもつ熟練した技術員なしでは信頼に足るデータは得られず、ただの数合わせに陥ってしまうが、今回の機器利用において中間物質や目的物質を十分に確認することができた。それ以上に精製操作によって分離できない副生物が残余することが精密分析によって明らかとなり、精製段階を変えることによって最終目的物であるPDT薬剤の取得に至る時間的な短縮にも繋がったことが大きな利点となった。

実験 / Experimental

ARIM利用機器と測定条件:
・LC-TOFMS高分解能飛行時間型質量分析計 (JEOL AccuTOF LC-plus 4G DART/ESI/CSI/APCI)
 *イオン化法 ESI法(フローインジェクション法)
 *ポジティブおよびネガテイブ測定
 *移動相 MeOH 
・マトリックス支援レーザーイオン化Spiral飛行時間型質量分析計 (JEOL JMS-S3000)
 *イオン化法 MALDI法 ポジティブ測定
 *マトリックス DCTB(20 mg/ml in CHCl3)
 *カチオン化剤 TFANa (1mg/ml in THF)
 *試薬比率
  マトリックス:サンプル=4:1
  マトリックス:サンプル:カチオン 化剤=4:1:1
反応追跡と生成物単離:
反応容器にChlorin-e6をメチルエステル化したChlorin-e6-TME (25.6 mg, 0.04 mmol) とCH2Cl2 (5 mL) を加えて溶解させた。これにHBr(臭化水素)の発生源として、もう一つのフラスコで48% 臭化水素酸 (30 mL) にPBr3 (20 mL) を滴下して沸騰まで加熱することにより生成したHBr気体を脱水トラップで水分を除き吹き込みながら3 時間撹拌した。反応終了後、HBr気体および溶媒を減圧留去すると目的物である臭素付加体を得た。同様にいくつかの手法によってHBr気体を発生させて条件検討を進めた。続いて同じ反応容器にて、臭素付加体に3-bromopropan-1-olを入れて撹拌し、K2CO3を加えることで鍵となる反応中間体を合成した。さらにこの中間体にアセチル保護チオグルコースを導入し、脱保護後、カラムクロマトグラフィーによる精製を行うことで最終生成物を得た。 本反応は原料アルコールと生成する中間体の分離が困難で、反応追跡にはARIM事業を利用して奈良先端大の高性能質量分析が必要であった。原料クロリン誘導体の残余をマトリックス支援レーザーイオン化Spiral飛行時間型質量分析計にて調べることで反応進行を確認した後、カラムクロマトグラフィーによる精製を行い、アルキルスペーサーが導入されたブロモアルコール導入Chlorin-e6を得た。生成物については同奈良先端大の LC-TOFMS高分解能飛行時間型質量分析計による精密質量分析によって目的物質を同定した。

結果と考察 / Results and Discussion

ヘテロ原子を有する有機分子は各元素に基づく多彩な機能を持つことが様々に示されているが、炭素骨格の形成法に比べ合成法が限られている。本研究ではヘテロ原子の反応性を調べるために生成物の分子構造を明らかにし、光感受性化合物の合成に応用することを目的としている。そこで、PDTでの効果が高いグルコース連結クロリンe6について、従来の合成法の課題に対し効率的な合成法の開発を行い、種々の測定結果から工業化に必要な薬剤合成法の確立に至った。
我々の研究グループではこれまでにグルコースを連結させることでがん細胞への導入効率を向上させたクロリンe6(G-Chlorin-e6)について(図1)、大規模スケールでの合成が可能であることを示してきた。この合成は合計で8段階の合成過程で進めるが、その中で、臭化水素(HBr)による臭素付加体の合成に続くアルキルスペーサーの導入段階が問題となっている。有機合成化学的なHBrの利用については、工業的にも利用され有機溶剤に可溶な市販のHBr-酢酸溶液を用いることが有力な手法の一つであるが、今回の合成においては臭素付加体を得た後に完全に酢酸を留去する必要がある。酢酸が残されたままアルキルスペーサーを導入すると、残余の酢酸がアルカリ条件下、競争的に臭素と置換してしまい、目的化合物がほとんど取得できないほどの低収率となってしまう(図2)。反応が臭化物イオンによる求核置換反応であることを考慮すると酢酸溶媒は良好な溶媒であるものの酢酸は沸点が高いため減圧留去には長時間が必要で完全に酢酸を留去するのが困難である。特にグラムスケール合成においては留去終盤に至るにつれて、粘稠物となって最終収量の低下につながる(図3)。さらに付加ブロモ基はベンジル位に相当することから不安定で容易に脱離して出発物質に戻ってしまうため、減圧留去における長時間加熱は収率低減のもう一つの大きな要因となる。
そこで本PDT薬剤の工業的製造への応用を目指し、問題となっている酢酸留去の反応段階を改善するために高性能質量分析を用いた効率的な反応条件検討と、最終化合物の取得について実験を行った。まず小スケール反応にてHBr気体の発生と反応器への導入、臭素付加体の生成について、反応容器内のChlorin-e6の減少と臭素付加体の増加をTLC追跡から調べた。また、この段階での臭素付加体はメチル基の生成からNMRにて発生を確認できる。典型的なHBr気体の製法としてはテトラリンに臭素を加える方法が知られているが、副生する大量の臭化有機物の廃棄が必要となることから工業的に困難と考え、他の報告例に従って検討した(表1)。NaBrに85% H3PO4を加える方法については臭素付加体の生成が確認できなかったことから、反応容器内への十分量のHBr導入ができなかったと考えられる。次に水にPBr3を滴下する方法を試したところ、脱水トラップのバブリング状況からHBr気体の発生が少量ながら確認され少量の臭素付加体は確認できたが、生成したHBr気体が大量に存在する水に溶解したなどが考えられた。そこで、48%の飽和臭化水素酸にPBr3を滴下し沸騰させる方法を試したところ効率よくHBr気体を反応容器に導入することに成功し、定量的に臭素化した。これらの2つの方法は飽和水を用いるかどうかの違いのみであって原理的には変わらない。反応後、HBrが残余した溶媒の塩化メチレンを留去したところ、酢酸に比べて容易に留去可能であった。生成した臭素付加体については、精製せず次の反応に進み、アルキルスペーサーである3-bromopropan-1-olの導入を行った。留去後の反応容器に3-bromopropan-1-olを入れK2CO3を加えて反応させた。一般的には反応終了後に分液操作を行うがメチルエステル部位が加水分解を受けてしまうため、ろ過後に溶媒を1/5程度に濃縮して、直接カラムクロマトグラフィーによる精製を行った。その結果、収率65%で目的のブロモアルコール導入Chlorin-e6が得られ、同様に奈良先端大高性能MALDI-TOF-MS、および1H NMR、UV-vis.スペクトルにより目的物質を確認した。
ここで、MALDI-TOF-MSの結果においてByproduct(図2)が微量に残余することが明らかとなり、これはカラムクロマトグラフィーによる精製に限界があることを示していることが予想された。そこで精製段階を変更し、次のアセチル保護チオグルコースの導入、脱保護後、カラムクロマトグラフィーによる精製を行うことで最終生成物を得た。目的物質の同定はARIMのLC-TOFMS高分解能飛行時間型質量分析計によりした。 収率についてはHBr-酢酸溶液を用いた場合(68%)と同等であったが、溶媒留去時間が大幅に短縮されたことから、今後の工業的スケールの製造に大きく寄与する重要な合成法の確立となった。
この合成によって最終的に得られたG-Chlorin-e6を用いて細胞内局在性を調べた。リソトラッカーでの染色を行った結果(図4)、本薬剤は主に細胞内リソソームでの存在が明らかとなり、次世代PDT薬剤として機能することが期待される。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations


図1.出発物質クロリンe6とG-Chlorin-e6.



図2.Chlorin-e6-TMEから臭素付加体を経由した反応における副生物と目的のブロモアルコール導入Chlorin-e6



図3.グラムスケール合成での酢酸留去後の粘稠物.



表1.各種HBr気体の発生法と反応の進行結果.



図4.細胞内局在性:左から、細胞、リソトラッカー、薬剤発光、Merge.


その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)

本研究は奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科の、森本積准教授、西川嘉子技術職員、片尾昇平技術職員、山垣美恵子技術補佐員、上久保順子技術補佐員の御協力により推進されました。深く御礼申し上げます。


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
  1. Takashi Ohata, Air/liquid interfacial formation process of conductive metal–organic framework nanosheets, Journal of Colloid and Interface Science, 651, 769-784(2023).
    DOI: 10.1016/j.jcis.2023.05.151
  2. Tomohiro Osaki, Vascular‐targeted photodynamic therapy with glucose‐conjugated chlorin e6 for dogs with spontaneously occurring tumours, Veterinary Medicine and Science, 9, 2534-2541(2023).
    DOI: 10.1002/vms3.1263
  3. Shintaro Kodama, Crystal structure of (μ-hydrogen disulfato)-μ-oxido-bis[(4,4′-di-tert-butyl-2,2′-bipyridine)oxidovanadium(IV/V)] acetonitrile monosolvate, Acta Crystallographica Section E Crystallographic Communications, 79, 1055-1058(2023).
    DOI: 10.1107/S2056989023009040
  4. Yuya Hirai, Boron Clusters Alter the Membrane Permeability of Dicationic Fluorescent DNA-Staining Dyes, ACS Omega, 8, 35321-35327(2023).
    DOI: 10.1021/acsomega.3c05156
  5. Kazuaki Tachimoto, Assembling Triphenylene-Based Metal–Organic Framework Nanosheets at the Air/Liquid Interface: Modification by Tuning the Spread Solution Concentration, Langmuir, 39, 8952-8962(2023).
    DOI: 10.1021/acs.langmuir.2c02685
  6. Shintaro Kodama, A Nonionic Octanuclear Vanadium(V) Oxide Cluster Complex as a Precatalyst for Visible-light Photooxidation of Alcohols under O2 Atmosphere, Chemistry Letters, 52, 473-476(2023).
    DOI: 10.1246/cl.230144
  7. MAKIKO SASAKI, Metal-conjugated Maltotriose Chlorins as Novel Photosensitizers for Photodynamic Therapy, Anticancer Research, 44, 1011-1021(2024).
    DOI: 10.21873/anticanres.16896
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
  1. A. Nomoto, S. Kuroda, T. Okada, A. Ogawa and S. Kodama, "Synthesis of Triarylmethane Blue Dyes by Catalytic Oxidation with Polyoxometalates", 先端錯体工学研究会シンポジウム (岡山), 令和5年9月1日
  2. 野元昭宏, 新⾇絢⼦, ⽚岡洋望, ⽮野重信, ⼩⽟晋太朗, "⼩川昭弥重⾦属を導⼊した糖部位を有するクロリン誘導体の合成と細胞毒性", 第 32 回⾦属の関与する⽣体関連反応シンポジウム (名古屋), 令和5年6月16日
  3. 渡辺日菜子, 小玉晋太朗, 小川昭弥, 野元昭宏, "アルキル鎖を有するポルフィリンの還元的バクテリオクロリン化の検討", 第53回石油・石油化学討論会 (大阪), 令和5年10月27日
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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