【公開日:2023.08.01】【最終更新日:2024.06.18】
課題データ / Project Data
課題番号 / Project Issue Number
22OS0008
利用課題名 / Title
酸化的リン酸化を担う複合体のクライオ電子顕微鏡による構造機能解析
利用した実施機関 / Support Institute
大阪大学 / Osaka Univ.
機関外・機関内の利用 / External or Internal Use
外部利用/External Use
技術領域 / Technology Area
【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)計測・分析/Advanced Characterization(副 / Sub)-
【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マルチマテリアル化技術・次世代高分子マテリアル/Multi-material technologies / Next-generation high-molecular materials(副 / Sub)次世代バイオマテリアル/Next-generation biomaterials
キーワード / Keywords
ATP,電子顕微鏡/Electron microscopy
利用者と利用形態 / User and Support Type
利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)
横山 謙
所属名 / Affiliation
京都産業大学
共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
中野敦樹,津山泰一,谷口佳奈,中西 温子,小林 廉
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes
光岡薫
利用形態 / Support Type
(主 / Main)機器利用/Equipment Utilization(副 / Sub),共同研究/Joint Research
利用した主な設備 / Equipment Used in This Project
報告書データ / Report
概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)
背景ATP合成酵素は、生体膜間の電気化学ポテンシャル(プロトン駆動力)を利用して、ATP合成反応を行うエネルギー変換装置であり、ミトコンドリアやクロロプラスト、一部の細菌の細胞膜にはFoF1型のATP合成酵素が存在する。一方、好熱菌 Thermus thermophilusの細胞膜から得られる ATP合成酵素は、構成サブユニット組成やその一次構造が、真核生物の液胞などの酸性小胞の膜に存在するプロトンポンプである V-ATPaseに良く似ていることから V-ATPase と呼ばれ、同様の酵素は腸球菌の細胞膜からも発見されている。また、古細菌 (Archea) にも同様のV型 ATP合成酵素が見つかっていることから、V/A-ATPaseと呼ばれることもある。これらのATP合成酵素は、ATPの合成・分解を担う6量体を含む外周固定子と、膜内在性の回転リングを含む中心回転軸からなる。プロトン駆動力により、回転リングが回転すると、6量体でADPがリン酸化されATPが合成される(図1)。ATP合成酵素の構造解明は、生体エネルギー分野において長らく残された課題の一つであった。回転することで機能するATP合成酵素は、複数の回転状態からなる混合物として存在し、結晶構造解析による全体的な構造の決定は困難であった。また、複数のサブユニットから構成される複雑な構造からなる超分子複合体であることもその構造解析を困難にした一因である。
目的V型ATPase (V-ATPase) は、膜横断的なプロトン移動と、ATPの合成もしくは分解をエネルギー共役させる回転分子モータータンパク質である。生化学および1分子回転観察により、V-ATPase の分子機構に対する理解は進んだが、回転している最中の構造情報は十分でない。クライオ EM による単粒子解析は、結晶化条件に拘束されることなく、そのため V-ATPase が働いている様々な溶液条件での構造を得ることを可能とする。さらに構造のクラス分けにより、同じ溶液条件で取りうる複数構造を決定することもできる。飽和ATP濃度条件、加水分解が遅くなる条件、ATP 濃度を低くした ATP 結合待ち条件で凍結グリッドを作成し、ATP 結合待ち、ATP 加水分解待ち、ADP およびリン酸解離待ち、等の構造を決定し、触媒サイクルと構造変化の対応付けをすることで、回転触媒機構による ATP合成反応の全容を明らかにする。また、数秒の短い反応時間での構造を得ることで、初期構造から定常的に触媒サイクルを回している状態(定常状態)の構造への変化過程を解明する。反応条件および反応時間を変えた条件での中間体構造を解明し、ATPによる回転機構を理解する。
実験 / Experimental
いままで電顕画像撮影に使用してきた大阪大学高圧電顕センターに設置されているクライオEM Titan/FalconⅡは、画像の質および撮影速度(1日に最大400枚程度)に弱点があり、触媒サイクルに対応したより多くの V-ATPase の原子分解能構造を得ることは容易ではない。そこで、弾性散乱電子の1電子検出が可能で、S/N比の改善が期待でき、低角から高角まで高い量子検出効率を示す K3 summit (Gatan 社製)を備え、シリアルEM によるマルチショット撮影が可能なクライオEM (Titan/K3)で撮影する。これにより、従来の15倍以上の速さで(1日で6000枚程度)、より質の良い電顕画像を得ることができ、高分解能の中間体構造を多数決定することが可能になる。クライオEM でグリッドを観察し、広範囲に適正な厚さの氷が貼っているか、単粒子が単分散しているか、等のクライオグリッドの良し悪しを評価する。広範囲の撮影が可能なグリッドを選び、K3 summit を備えた Titan により撮影する。撮影した電顕画像からV-ATPase の単粒子画像を抽出し、その立体構造の再構築は、画像解析ソフト RELION で行う。
結果と考察 / Results and Discussion
V/A-ATPaseによるATP加水分解反応は、ATPの酵素への結合過程と触媒反応待ち過程を経て進行する。これに対応した中間体構造を得るために、ATP結合待ち条件(ATP低濃度条件)、触媒反応待ち条件(ATP濃度飽和条件)、および加水分解反応が遅くなるATPアナログであるATPγSの飽和濃度条件でナノディスクに再構成したV/A-ATPaseを反応させた。それぞれの反応液からクライオグリッドを作成し、クライオ電顕で撮影した(図2)。nucfree-V/A-ATPaseのクライオ電顕画像から、V1部分の構造を得た。V1部分を構成する3つのABダイマーは、ヌクレオチドを含まないのにも関わらず異なる構造をとり、開いた構造 (ABopen)、やや閉じた構造(ABsemi-closed)、閉じた構造(ABclosed)から構成されていた。また、ATP結合待ち条件で得られたV1部分の構造は、Vnucfree とほぼ同じで、ABopen、ABsemi-closed、ABclosedから構成されていた。触媒部位のうち、ABclosedにはADPが、ABsemi-closedにはATPが結合していた。一方ABopenには、ヌクレオチドは結合していなかった。したがって、次のATPはABopenに結合するはずである。ヌクレオチドが2分子結合している構造なので、V2nucと命名した。次に、6 mM ATP反応液中のV/A-ATPaseの単粒子解析を行い、V1部分の3つのABダイマーすべての触媒部位にヌクレオチドの結合が確認された。ABsemi-closedにはATPが結合していたが、ABclosedにはADPとPiに対応する密度が観察された。V3nuc構造では、ABopenにもATPの結合が確認された。このことは、V3nuc構造がATPが結合した後、120°ステップが起きる直前の構造であることを示す。続けて、4mM ATPγSを含む反応液中での V/A-ATPaseの単粒子解析を行った。ATPγSは、加水分解が極端に遅くなる基質アナログで、4mM ATPγSでは基質飽和条件になり、得られる構造の大部分は、ATP加水分解を待っている構造になる(Vprehyd構造)。得られたV/A-ATPaseのV1部分では、すべての触媒部位に ATPγSもしくはADPの密度が観察された。特筆すべきは、ABclosedにADPが結合していたことである。ABclosedでATPγSの加水分解反応が終了していたとなれば、加水分解反応を待っているのは ABsemi-closedに結合しているATPγSになる。ABsemi-closedの触媒部位は、ATPの加水分解に関係するアミノ酸残基の位置がABclosedに比べるとATPから離れており、ATP (ATPγS)の加水分解が進まない。ABsemi-closedに結合しているATPγSが加水分解されるためには、ABsemi-closedがABclosedになる必要があり、それには 120°ステップをともなう構造変化が必要となる。つまり、Vprehyd構造は、120°ステップを伴う ATP加水分解を待っている構造である。
図・表・数式 / Figures, Tables and Equations
図1. 左. V-ATPase (V/A-ATPase)の密度マップとモデル 右.回転分子モーターの模式図。膜内在部分でのプロトンの移動と、触媒部位でのATPの分解・合成が、中心回転軸の回転でエネルギー共役する。
図2 (上) V1部分でのATP駆動による回転機構 (a)〜(c) 120˚ステップに伴って3つのABで起こる反応
その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)
V/A-ATPaseの構造生化学解析は、主に岸川淳一博士(現大阪大学 蛋白質研究所助教)、中西温子博士(現大阪大学、学振PD)により行われた。また、クライオ電顕の撮影には光岡薫博士(現大阪大学 高圧電顕センター 教授)にご助力いただいた。
成果発表・成果利用 / Publication and Patents
論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
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Ken Yokoyama, Rotary mechanism of V/A-ATPases—how is ATP hydrolysis converted into a mechanical step rotation in rotary ATPases?, Frontiers in Molecular Biosciences, 10, (2023).
DOI: 10.3389/fmolb.2023.1176114
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Atsuko Nakanishi, Cryo-EM analysis of V/A-ATPase intermediates reveals the transition of the ground-state structure to steady-state structures by sequential ATP binding, Journal of Biological Chemistry, 299, 102884(2023).
DOI: 10.1016/j.jbc.2023.102884
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Atsuki Nakano, Structural basis of unisite catalysis of bacterial F0F1-ATPase, PNAS Nexus, 1, (2022).
DOI: 10.1093/pnasnexus/pgac116
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J. Kishikawa, Structural snapshots of V/A-ATPase reveal the rotary catalytic mechanism of rotary ATPases, Nature Communications, 13, (2022).
DOI: 10.1038/s41467-022-28832-5
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
- 横山 謙 クライオスナップショットによるV/A-ATPaseの回転機構の解明 日本顕微鏡学会 倉敷 川﨑祐宣記念講堂,第65 回シンポジウム 招待講演 11/2022
- Vo部分での回転によるプロトン輸送機構の分子基盤 西田結衣、岸川淳一、中西温子、中野敦樹、横山謙 第60回日本生物物理学会年会 会場 函館アリーナ・函館市民会館 09/2022 ポスター発表
- 好熱菌FoF1 -ATPaseのユニサイト触媒作用の構造的基盤 中野敦樹、青山桃子、岸川淳一、横山謙 第60回生物物理学会年会 9/28ポスター発表
- FoF1-ATPaseの非触媒部位の機能解明 Functional elucidation of the non-catalytic site of FoF1-ATPase 小林廉、中野敦樹、横山謙 日本生物物理学会第60回年会 2022/9/29 函館アリーナ ポスター発表
- 好熱菌FoF1の動的構造解析によって回転機構を明らかにする。 中野敦樹、中西温子、岸川淳一、横山謙 2022 年 1/8 生体運動研究合同班会 名古屋大学 口頭発表
特許 / Patents
特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件