利用報告書 / User's Reports


【公開日:2023.07.28】【最終更新日:2023.04.28】

課題データ / Project Data

課題番号 / Project Issue Number

22NM0062

利用課題名 / Title

カーボンニュートラル社会を実現する触媒開発に関する研究

利用した実施機関 / Support Institute

物質・材料研究機構 / NIMS

機関外・機関内の利用 / External or Internal Use

外部利用/External Use

技術領域 / Technology Area

【横断技術領域 / Cross-Technology Area】(主 / Main)計測・分析/Advanced Characterization(副 / Sub)-

【重要技術領域 / Important Technology Area】(主 / Main)マテリアルの高度循環のための技術/Advanced materials recycling technologies(副 / Sub)次世代ナノスケールマテリアル/Next-generation nanoscale materials

キーワード / Keywords

電子顕微鏡/Electron microscopy,資源代替技術/ Resource alternative technology,資源循環技術/ Resource circulation technology,ナノ粒子/ Nanoparticles


利用者と利用形態 / User and Support Type

利用者名(課題申請者)/ User Name (Project Applicant)

伊藤 良一

所属名 / Affiliation

筑波大学

共同利用者氏名 / Names of Collaborators in Other Institutes Than Hub and Spoke Institutes
ARIM実施機関支援担当者 / Names of Collaborators in The Hub and Spoke Institutes
利用形態 / Support Type

(主 / Main)技術代行/Technology Substitution(副 / Sub)-


利用した主な設備 / Equipment Used in This Project

NM-502:実動環境対応電子線ホログラフィー電子顕微鏡


報告書データ / Report

概要(目的・用途・実施内容)/ Abstract (Aim, Use Applications and Contents)

2050年までのカーボンニュートラル(実質的CO2排出量ゼロ)に向けて、世界中でさまざまな取り組みが行われている。再生可能エネルギーと水の電気分解を組み合わせたクリーンな次世代水素製造技術の一つとして、固体高分子型(PEM)水電解がある。この技術は、排気ガスやアルカリ廃液が発生せず、得られる水素の純度やエネルギー効率の観点から、小中規模発電所や水素ステーションなどに併設し、水素ガスの輸送が不要なオンサイト方式での利用が期待されている。しかし、現状のPEM水電解は、強酸性環境で行われるため、大量の貴金属電極の使用が不可欠で、特に、アノード電極(陽極)に関しては、酸化イリジウム(IrO2)しか選択肢がない。また、1 GW相当の電力(=1日当たり約 30 万世帯分もしくは原発1基分)を得るためには、理論上、イリジウムが700 kg必要になりますが、イリジウムは市場価格2万円/gを超える高価な材料である上、世界年間産出量は7トンしかなく、PEM水電解を本格普及させようとすると、量的不足に陥ることも指摘されている。このような背景から、本研究では、不働態化しやすい卑金属と電極としての触媒能力が高い卑金属を合金化することで、PEM水電解において腐食環境下でも本来の触媒能力を発揮し、貴金属を代替する卑金属電極の開発を試みた。

実験 / Experimental

卑金属合金は、組成、元素種類、元素の組み合わせがほぼ無限に存在しており、まず、その中から目的に合致したものを、できるだけ少ない労力とコストで見つけ出すことが重要である。そのため、候補元素を一つずつ評価するような従来の探索方法に代えて、元素を入れられるだけ入れた多元合金を先に合成し、目的とする電気化学反応条件下で不要な元素を取り除いていく新たなアプローチを採用した。本研究では、アーク溶解法を用いて様々な多元合金を作製し、ボールミル法を用いてナノ粒子化して各種構造同定及び電気化学測定を行った。

結果と考察 / Results and Discussion

多元合金として、ボタンインゴット型の4元合金(Ti、Nb、Zr、Mo)、5元合金(Cr、Mn、Fe、Co、Ni)と9元合金(Ti、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zr、Nb、Mo)をそれぞれ作製した。これらのインゴットがほぼ等モルで金属状態が保持されていることを確認した後、透過型電子顕微鏡を用いたその場元素マッピング法などにより原子レベルの混ざり具合を観察し、いずれの合金も、全ての元素が均一に含有されていることを確認しました。これらの合金についてそれぞれ腐食測定を行い、腐食電位と腐食電流を算出して既存の金属や合金と比較したところ、いずれの合金も、鉄、ニッケルや高エントロピー合金よりも腐食しにくく、貴金属である白金微粒子よりも腐食の進行が遅いことが明らかにした。次に、疑似その場電気化学X線光電子分光(EC-XPS)実験により、硫酸水溶液中で電位を印加しながら電流値の変化を調べ、電流値に大きな変化が現れた電位において表面組成分析を行った。その結果、水素発生電位方向には特に特出する変化は観測されなかったが、酸素発生電位方向では酸素発生が起こる電位に到達する前に全ての元素の酸化が完了して不働態化していることが分かった。さらに、上記のEC-XPS法において検出角度を変更した角度依存性測定から、酸素発生が起こっている電位1.9 Vでは、CoとNiが表面に偏析していることが明らかとなった。つまり、0~1.65 V印加状態では、CoとNiは酸化被膜の下で保護されており、1.9 V印加状態になると酸素系種(OとOH)が内部に入り込み、酸化が表面下部まで進行すると同時に、CoとNiが不働態表面へ押し出されるという現象が見られた。この表面構造の変化は、水電解を起こそうとする外力によって、合金が、電極として最適な構造に向かって自己再構成していると考えることができる。このような防食能力と自己再構成能力を持つことが明らかとなった合金を電極とし、PEM水電解の環境を再現する0.5 M硫酸水溶液中で電極性能の検証を行いました。加速劣化試験(水電解槽使用時の電源スイッチオンオフに相当するサイクル特性実験)の結果、4元合金は腐食しないが電極性能もなく、5元合金は電極能力が高いが腐食耐性がないことが分かった。これは、4元合金の成分が不働態膜、5元合金の成分が電極の触媒性能の役割を担っている実験的証拠といえる。4元合金の成分と5元合金の成分を合わせた9元合金電極では、5元合金より電極性能は劣るものの、腐食せず電極能力を発揮していることが明らかとなった。さらに、0.5 Mの硫酸水溶液中で2 A/cm2を維持できる電圧で定電流測定を行ったところ、酸素発生用9元合金電極は200時間劣化しなかった。これらの試験後に、電極の様子を調べたところ、全ての元素は存在しており、形状は大きく変わっていないことが明らかとなった。一方、水素発生用9元合金電極は50時間未満で全て溶解したことから、水素発生用電極としては適性がないことが分かった。この9元合金の電極性能の起源を理解するために、さまざまな理論計算とシミュレーションにより合金の性質を調べた。その結果、Fe、Co、Niが電極の触媒活性サイトとして働いていることを突き止めた。1.9 V印加時に表面へ押し出された(自己再構成した)CoやNiが、酸素発生に関する良い触媒活性サイトになっていると示唆され、CoやNiは溶けてしまうために最初から電極には適さないという、従来の考え方を覆す知見が得られた。これらの結果から、各元素の役割をまとめると、酸素発生に優位な電極の触媒活性サイトはFe、Co、Niであり(CrとMnはこれらをサポートする)、Ti、Zr、Nb、Moが不働態の役割を担っていると分類することができた。酸性電解液中では、5元合金の成分(Cr、Mn、Fe、Co、Ni)が表面から溶けだし、4元合金の成分(Ti、Zr、Nb、Mo)が不働態膜を形成し、不働態膜完成とともに腐食の進行を防いだと考えられる。この表面状態は、9元合金が必要な元素を自己選択した結果であり、4元合金とほぼ同等の表面構造であると考えられる。その後、電極上の化学反応に必要な外因(今回は電圧)を加えることで、化学反応に都合の良い自己再構成(CoとNiが表面へ偏析)を起こしていると考えると、4元合金でも5元合金でもなし得なかった相乗効果が9元合金で発揮されていると結論付けることができる。 なお、従来の多元合金の探索法に基づき、5元合金(Cr、Mn、Fe、Co、Ni)に、Ti、Zr、Nb、Moを順次加えていき、各合金の電極性能を評価したところ、この方法でも電極性能が改善されることが分かった。しかし、このプロセスでは、構造解析や電気化学評価などに係るコストや労力は5倍以上となることから、9元合金を先に作製しその特性を理解する、本研究で提唱したアプローチの方が優れているといえる。このようなアプローチは、腐食しない卑金属電極の探索の高速化と性能向上に大きく役立つと期待される。

図・表・数式 / Figures, Tables and Equations
その他・特記事項(参考文献・謝辞等) / Remarks(References and Acknowledgements)


成果発表・成果利用 / Publication and Patents

論文・プロシーディング(DOIのあるもの) / DOI (Publication and Proceedings)
  1. Aimi A. H. Tajuddin, Corrosion‐Resistant and High‐Entropic Non‐Noble‐Metal Electrodes for Oxygen Evolution in Acidic Media, Advanced Materials, 35, (2022).
    DOI: 10.1002/adma.202207466
口頭発表、ポスター発表および、その他の論文 / Oral Presentations etc.
特許 / Patents

特許出願件数 / Number of Patent Applications:0件
特許登録件数 / Number of Registered Patents:0件

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