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電子のスピン情報を増幅する半導体ナノ構造の開発に成功 ~固体素子の電子スピン情報を光情報に変換する実用光デバイスの開発に道を拓く~

 北海道大学と北見工業大学は2018年9月11日,北海道大学大学院 情報科学研究科の村山 明宏教授らの研究グループが,北見工業大学の木場 隆之助教と共同で,電子情報を光情報に変換する半導体光デバイスにおいて,電子のスピン情報を増幅・時間的にも一定に維持できる新しいナノ構造を開発したと発表した.本研究は,独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業・基盤研究(S)「量子ドットによる光電スピン情報変換基盤の構築」の助成を受けて実施された.本成果は,米国物理学会専門誌Physical Review Applied誌にオンライン掲載された(注).

 電子のスピンを利用する情報処理は,電力消費が少ないスピントロ二クスとして期待され,研究開発が盛んに行われている.スピントロニクスでは,スピン状態の偏り(スピン分極)を安定的に保持できる金属強磁性体が使われる.しかし金属では,電子情報を光情報に変換する半導体レーザーやLEDは作製できない.一方,光通信向け光デバイスに用いられる半導体では,電子スピンの緩和現象のため,スピン情報は失われてしまう.そこで,電子のスピン情報を光デバイスとなる半導体に輸送・注入するとともに,スピン分極を増幅し,さらに発光などの光電変換時にスピン分極を一定に保つ技術が求められていた.

 これに対し本研究グループは,大きさが数10nm以下の半導体ナノ構造である量子ドットを利用して,スピンが反転し緩和した電子を選択的に除去する技術を考案した.実験に使う試料として,In0.5Ga0.5As半導体の量子ドットを,GaAsバリア層(厚さ8nm)を介してIn0.1Ga0.9Asの量子井戸層(厚さ6~20nm)の上にドット間隔60nmで配置したハイブリッドナノ構造を作製した.この試料に対して,先ずGaAsバリア層に円偏光照射でスピン分極電子を励起する.円偏光励起した電子のスピン分極率は,原理的な制約から最大50%である.このスピン分極電子は,ポテンシャルが低い量子ドットへ流れ込み発光する.GaAs中での電子の移動や量子ドットへの注入時に,スピン緩和でスピン分極率は低下してしまう.スピン分極率の低下を抑えるために,量子ドット間でスピン分極した電子を量子力学的に結合させる.膜厚20nmの量子井戸のハイブリッドナノ構造を用いた場合に量子ドット間の量子力学的結合は最大になり,空間的に離れている量子ドット間でトンネル効果による電子移動が起こる.トンネル効果では電子のスピン状態は保持されるので,スピン分極率は低下しない.実際,量子ドットからの発光の円偏光度すなわち電子スピン分極率は60%以上に高まり(上向きスピンの増加:増幅に相当),発光中も円偏光度は一定に保たれることを時間分解測定で確認した.

 本研究は,半導体量子ドットを用いて電子スピンを光情報に変換するもので,スピントロニクス分野においてスピン情報の制御,光通信や光配線に向けた実用的な技術開発の道を拓いた.また,量子ドット間で電子やスピンの量子力学的結合を制御することにより,スピン情報ネットワークなどの新しい機能性の開拓も期待できる,としている.

(注)Kazuki Takeishi, Satoshi Hiura, Junichi Takayama, Kodai Itabashi, Masayuki Urabe, Akihiro Washida, Takayuki Kiba, and Akihiro Murayama, "Persistent high polarization of excited spin ensembles during light emission in semiconductor quantum-dot-well hybrid nanosystems", Physical Review Applied, Vol. 10, p. 034015 - Published 10 September 2018, DOI 10.1103/PhysRevApplied.10.034015