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生命活動の燃料「ATP」を観察する3色の蛍光センサーの開発に成功 ~がんや肥満の創薬開発への貢献に期待~

 早稲田大学は2018年8月24日,同学理工学術院の新井 敏 研究院講師と東京工業大学 科学技術創成研究院の北口 哲也 准教授(論文投稿当時,早稲田大学重点領域研究機構研究院准教授)らの研究チームが,東京大学大学院総合文化研究科,シンガポール国立大学,ハーバード大学と共同で,細胞の中のエネルギー代謝で中心的な役割を果たしているアデノシン三リン酸(ATP)を検出する,赤・緑・青(RGB)色の蛍光ATPセンサーの開発に成功したと発表した.本研究は,文部科学省 科学研究費補助金,及び,国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(PRIME)の支援の下に,早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所(WABIOS)を最大限に活用して実施された.本成果は,ドイツ化学会誌の英語版Angewandte Chemie International Editionに掲載された(注).

 地球上のあらゆる生物は,栄養素の分解を通して獲得したエネルギーをATPに変換して保存し,必要に応じてATPからエネルギーを取り出して生命活動している.ATPは,言わば,生命活動の燃料であり,細胞の機能や恒常性を維持する上で重要な分子である.このATPの細胞内の分布を理解するためには,細胞内のATP濃度の変化を蛍光シグナルに変換する蛍光ATPセンサーを細胞の中に導入し,蛍光顕微鏡を用いて生きた細胞を観察する手法が有力である.しかしながら,従来の蛍光センサーでは,使用できる色に制限があるため,同じ細胞の中の異なる場所(細胞小器官など)のATPの動態を同時に解析することや,ATP以外の他のシグナル分子やタンパク質の動態を同時に観察することは,原理的に困難だった.

 この課題に対して本研究チームは,ATPの濃度変化に応答して,蛍光強度が変化する単色型の蛍光タンパク質を用いた新しい蛍光ATPセンサーを開発した.開発した蛍光ATPセンサーは,標的とするATPに特異的に結合するタンパク質(ATP合成酵素の一部)と,蛍光を発する色素を含む蛍光タンパク質を,ペプチドリンカーを介して繋いだ構造をしている.ペプチドリンカーの長さや,リンカーを構成するアミノ酸の種類を独自の手法で最適化することで,青・緑・赤色の蛍光ATPセンサー(MaLionB, G, R)を開発した.

 今回開発した蛍光ATPセンサーを使うと,従来困難であった「同じ細胞内の異なる場所のATPの動態の同時観察」が可能になる.実際に,がん細胞のミトコンドリアにMaLionRを,細胞質にMaLionGを導入して蛍光顕微鏡で観察した.観察の途中で,ミトコンドリアのATP産生をオリゴマイシンで阻害すると,ミトコンドリアのATP濃度減少と同時に,細胞質のATP濃度上昇が観察された.「ATP以外の他のシグナルやタンパク質の動態との同時観察」として,褐色脂肪細胞での熱産生をミトコンドリアにMaLionR,細胞質に青色蛍光カルシウムセンサーを導入し,ATPとカルシウムの動的変化を同時に観察した.

 今回開発した蛍光ATPセンサーは,エネルギー代謝系の変化について直感的に分かりやすいビジュアルなエビデンスを提供する.特に,薬剤の効果を迅速に解析することが要求される,がんや肥満などの生活習慣病のための創薬開発において威力を発揮すると期待される.

(注)S. Arai, R. Kriszt, K. Harada, L.-. Looi, S. Matsuda, D. Wongso, S. Suo, S. Ishiura, Y.-H. Tseng, M.Raghunath, T. Ito, T. Tsuboi, and T. Kitaguchi,"RGB-color intensiometric indicators to visualize spa-tiotemporal dynamics of ATP in single cells",Angewandte Chemie International Edition, Vol. 57, Is-sue34, August 20, 2018, pp. 10873-10878; First published: 27 June 2018, doi: 10.1002/anie.201804304