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世界初!室温で1つの分子に情報記録 ~単分子で強誘電特性を観測,記録密度が1000倍に~

 広島大学は2018年8月10日,同大学大学院理学研究科の西原 禎文 准教授,加藤 智佐都 博士らの研究チームが,室温で強誘電性(メモリー効果)を示す分子の開発に世界で初めて成功したことを発表した.今回開発した物質をメモリーとして用いれば,現在HDD(ハードディスク装置)などに使用されている強磁性体メモリーの記録密度の1000倍以上の高密度が可能になるという.本成果は,ドイツの科学誌Angewandte Chemie International Edition のオンライン版に発表された(注).なお,本研究は,日本学術振興会の科学研究費補助金及びキヤノン財団「産業基盤の創成」事業の支援を受けて実施されたものである.

 現在,メモリーの高密度化は強磁性体メモリーで追及されているが,限界に近付きつつある.一方,強誘電体メモリーは,FeRAM(ferroelectric random access memory)と呼ばれて商品化されている.強誘電体は,電場が無くても多数の電気双極子(分極)が相互作用で整列している(自発分極)物質で,電場を加えることによって分極を反転することができ,電場をかけなければその状態を保ち,不揮発性メモリーとして機能する.しかし,強誘電性は一定のサイズよりも小さくすると熱ゆらぎによって分極方向を保持できなくなってしまうという弱点を有しており,それが微細化の限界となるという問題があった.

 今回,広島大学の研究チームは,これまでの強誘電体の理論とは別の新しい機構によって,本来強誘電性が出現しないとされていた単一分子で,強誘電体特有の自発分極と分極ヒステリシス(メモリ効果)を発現させることに成功した.この現象を見つけた分子は,30個のタングステン,110個の酸素,5個のリン原子からなるかご状の無機分子「Pleyssler型ポリオキソメタレート」である.この分子は内部に筒状の空洞を持ち,その中に1つのテルビウムイオン(Tb3+)が格納されている.Tb3+イオンは,筒状の空洞の中心を挟んで離れた2箇所の安定サイトのどちらか一方に存在している.即ち,分子は分極しており(自発分極),占めるサイトによって分極は反転する.両安定サイト間には,イオン移動に対するエネルギー障壁があり,熱エネルギーがこれを超えると反転してしまうが,自発分極の温度依存性の測定結果では温度300Kまでは分極を保っていることが確認されている.この温度域で電場を印加してイオンを強制的に移動させることで分極反転を起こすことができ,電場強度と分極特性の関係はヒステリシスを示した.この材料の誘電損失を測定すると,温度400K以下ではほぼゼロで,通常の強誘電体が示す強誘電転移がないことになる.また,この分子を高分子内に分散させ,分子間相互作用を断ち切った状態であっても自発分極と分極ヒステリシスを確認した.この二つの実験から,この材料の強誘電的な性質が,通常の強誘電体が示す分子間相互作用や強誘電転移によるものでなく,単分子として発現するという新原理によることが確認された.

 このように,Tb3+イオンを内包したPleyssler型ポリオキソメタレートは,単一分子で分極ヒステリシス(メモリー効果)を示す材料である.メモリーとして実装した場合,理論的な記録密度は1Pbit(ペタビット)/inch2(P:1015)程度と算出され,既存の平面記録密度の限界値とされる1Tbit(テラビット)/inch2(T:1012)を大きく上回る.今後,HDDやフラッシュメモリーなど記録装置の超小型化が可能になるとしている.

(注)Chisato Kato, Ryo Machida, Rio Maruyama, Ryo Tsunashima, Xiao-Ming Ren, Mohamedally Kurmoo, Katsuya Inoue, Sadafumi Nishihara, "Giant Hysteretic Single-Molecule Electric Polarisation Switching above Room Temperature", Angewandte Chemie International Edition, Early View, published: 07 August 2018, doi: 10.1002/anie.201806803