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なぜ不凍タンパク質は氷が成長するのを阻止できるのか ~優れた凍結制御物質をデザインするヒントに~

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)と同 量子科学技術研究開発機構(量研)は2018年5月8日,産総研生物プロセス研究部門 津田 栄 上級主任研究員らと量研 量子ビーム科学研究部門 安達 基泰 上席研究員らが共同で,氷結晶に似た水分子のネットワークが不凍タンパク質(AFP)の表面に形成されていることを発見し,また,この水分子のネットワークが正四面体型構造の水分子クラスタを含むときに,氷に結びつく力が最も強くなることを明らかにしたことを発表した.この研究の詳細は,学術誌Proceedings of the National Academy of Sciences USAPNAS, 米国科学アカデミー紀要)に掲載された(注1).なお,本研究は独立行政法人 日本学術振興会科学研究費助成事業による支援を受けて行ったものである.

 氷は,無数の小さな核から時間と共に成長と融合を繰り返して拡大し,凍結保存中の食品,医療品,細胞,組織などの凍結品質や生命力を損なう問題を発生する.魚類やキノコから得られるAFPは,氷の表面に結合し,それらの成長と融合を強く抑制する機能を発揮する.産総研ではこれまで,魚類を原材料とするAFP大量精製技術や高気孔率セラミックスを製造するためのAFPゲル化凍結技術などを開発する一方,AFPの細胞生存率改善効果の発見等の成果を挙げ,2016年には共同研究企業によって魚類の天然AFPが製品化されている(注2).近年はタンパク質結晶作製技術に強みを持つ量研と共同でAFPの表面にある水分子に注目した研究を行っていた.もしもAFPをお手本に人工凍結制御物質を作製し,個々の氷を極小サイズに留めることができれば,僅かな冷熱のエネルギーで含水物中に氷の塊を作らせない新たな冷凍技術ができる.

 産総研の研究者らは,ゲンゲ科魚類から発見されたIII型AFP(アミノ酸残基数65,分子量約7,000)が,氷結晶のプリズム面などに結合する平らな分子表面を備えており,その中央付近にあるアミノ酸残基であるアラニン残基(A20)が氷結晶面に対する結合力に深く関係していることに着目した.野生型のA20を,他のアミノ酸であるロイシン(L),グリシン(G),スレオニン(T),バリン(V),イソロイシン(I)に置換した変異体(A20L,A20G,A20T,A20V,A20I)を作製し,それぞれの氷に対する結合力とX線結晶構造解析を行ったところ,メチル基を併せ持つA20T,A20V,A20Iが氷との結合力が強く,氷結晶に似た水分子のネットワークができていることが分かった.疎水性のメチル基が導入されて水分子とタンパク質表面の水素結合形成が阻害され,水分子間での結合によるネットワークが形成されたと考えられた.中でも最も氷との結合力が強かったA20Iでは,5個の水分子が氷結晶と同じ完全な正四面体を形成して約50個の水分子がネットワークを組んでいる.このことは,AFP表面の氷結晶に似た水分子ネットワークは自由水が成長界面に結合するより低いエネルギー障壁で,氷表面の成長界面と混じって結晶化し,自由水による氷の成長を止めると考えられる.

 今後は,水分子ネットワークが形成されるメカニズムを解明し,人工凍結制御物質のデザインを検討する.

(注1)Sheikh Mahatabuddin, Daichi Fukami, Tatsuya Arai, Yoshiyuki Nishimiya, Rumi Shimizu, Chie Shibazaki, Hidemasa Kondo, Motoyasu Adachi, and Sakae Tsuda, "Polypentagonal ice-like water networks emerge solely in an activity-improved variant of ice-binding protein", PNAS, published ahead of print May 7, 2018. https://doi.org/10.1073/pnas.1800635115
(注2)"不凍タンパク質の開発とその応用展開に向けて",NanotechJapan Bulletin, 企画特集10-9 INNOVATIONの最先端,<第53回>, Vol. 10, No. 3 (2017).