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合成・材料

細胞の中に入って働く湾曲ナノグラフェンを開発

 名古屋大学(名大)と国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)は2018年1月31日,名大トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の伊丹 健一郎 教授らの研究グループが,湾曲したナノグラフェンを水溶化する方法を開発し,これがヒト培養細胞の細胞小器官に局在し,光によって細胞死を誘導する機能をもつことを明らかにしたと発表した.本研究は,JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO,文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム,および同省科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)の支援を受け,成果はドイツ化学専門誌Angewandte Chemie International Editionで公開された(注).

 ナノグラフェンは,炭素原子網目1層シート状のグラフェンをナノサイズで切り出した構造をもつ分子である.大きさや形によって多彩な電子的,光学的,磁気的性質を示すため,次世代材料として広く注目を集めているが,平面状のナノグラフェンは密着して凝集しやすいので,溶媒中への均一分散が難しく,有機溶媒への溶解性が低いため,化学修飾により機能を付与することが困難だった.

 そこで,伊丹教授らは,先に,独自に開発したカップリング触媒を用いて市販の化合物コラニュレン(C20H10)から湾曲ナノグラフェン(WNG: warped nanographene)を化学合成することに成功した.WNGは通常のグラフェンの六角形だけでなく五角形と七角形をもち,分子全体が大きく湾曲するため,炭素80個の大きな分子でも凝集せず,さまざまな有機溶媒に溶解する.今回はさらに,WNGにさまざまな原子を取り付けられるように合成法を改変した.外側の10カ所のベンゼン環のうち5ヶ所に炭素官能基のついた湾曲ナノグラフェンを合成し,イリジウム触媒を用いたホウ素化反応を行って,残りの5ヶ所のベンゼン環にホウ素官能基を導入した.この結果,WNGに望みの官能基を容易に導入できるようになった.

 その一つとして,5つのホウ素官能基の全てを,水溶性の高い「エチレングリコール」部位を多くもつユニットと置換し,有機溶媒だけでなく水に対しても高い溶解性をもつ「水溶性湾曲ナノグラフェン」の合成に成功した.水溶性WNGは,高い光耐久性をもち,水溶液中でも蛍光を保持することが分かり,細胞の蛍光染色への応用が期待される.次に,水溶性WNGは,その水溶液をヒト培養細胞に加えると,数時間かけて細胞内に取り込まれ,リソソームという細胞小器官に蓄積することが蛍光顕微鏡によって観察された.そこで,ヒト培養細胞にレーザー光(波長489nm)を照射すると,その細胞だけが死滅することが分かった.レーザー光を照射しなかった場合,および水溶性WNGを取り込んでいない細胞にレーザー光を照射した場合のいずれにおいても細胞死が観察されない.この結果から,細胞内に取り込まれた水溶性WNGが光を吸収して活性酸素を発生させ,これが細胞毒となって細胞死を引き起こしたと推察された.湾曲ナノカーボン分子の光吸収波長は,化学修飾によって変えられるので,光による細胞死の誘導の組織深部への適用も可能になろう.蛍光を利用したバイオイメージングなどへの応用も期待される.

(注)Hsing-An Lin, Yoshikatsu Sato, Yasutomo Segawa, Taishi Nishihara, Nagisa Sugimoto, Lawrence T. Scott, Tetsuya Higashiyama, and Kenichiro Itami, "A Water-soluble Warped Nanographene: Synthesis and Applications for Photo-induced Cell Death", Angewandte Chemie International Edition, Accepted manuscript online: 29 January 2018; DOI: 10.1002/anie.201713387