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サブナノスケールで磁気構造を可視化する電子顕微鏡技術の開発 ~次世代スピントロニクスデバイスの研究開発を加速すると期待~

 国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)は2017年10月10日,NIMS先端材料解析研究拠点 電子顕微鏡グループ及び技術開発・共用部門 電子顕微鏡ステーション 長井拓郎主任エンジニアらが日本エフイー・アイ株式会社と共同で,球面収差補正装置と電子線単色化装置を同時に組み合わせて用いることにより,電子顕微鏡の球面収差等の高次収差と色収差を大幅に低減し,0.6nm以下のサブナノスケールの空間分解能を有する高分解能ローレンツ顕微鏡法を確立することに成功したと発表した.ローレンツ顕微鏡は,磁気構造の観察を可能にした電子顕微鏡で,希土類金属ジスプロシウムで形成されるサブナノスケールの磁気構造を可視化することにも成功した.本研究の一部は独立行政法人 学術振興会 科学研究費助成事業,及び文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の支援を受けて行われ,本成果の原著論文は米国物理学会の論文誌Physical Review B (Rapid Communications) に掲載された(注).

 次世代エレクトロニクスとして期待されるスピントロニクスでは,強磁性ナノ構造体などの内部磁場による磁気モーメントを持ったスピンの制御によって機能を発現するから,その動作の解明にはナノスケールで変化する磁場を高い空間分解能で可視化する技術が必要となる.一方,透過電子顕微鏡において,入射した電子は磁性体内部の磁場によるローレンツ力で偏向されることを利用すると,磁気的な微細構造を可視化できる.しかし,これには,電子レンズの動作に必要な磁場が試料内磁場に影響しないように工夫したローレンツレンズと呼ぶ対物レンズを用いる必要がある.ところが,このローレンツレンズは球面収差や色収差が大きく,磁気構造の分解能はおよそ2-10nm程度に留まっていた.

 これに対し本研究チームは,球面収差補正装置と電子線単色化装置を同時に組み合わせて用いることでローレンツレンズの球面収差等の高次収差と色収差を大幅に低減することに成功した.新たに構成した高分解能ローレンツ顕微鏡では,電子銃から放出された電子線は単色化装置で単色化され,加速管,スリット,照射系レンズを経て試料を照射し,対物レンズのローレンツレンズを通過した後に,球面収差補正装置により収差補正され,結像系レンズによりローレンツ像を結像する.球面収差補正装置は通常の透過電子顕微鏡でも用いられているが,ローレンツレンズの収差を補正する新たな電子光学系を採用し,球面収差係数を1/1000以下に減少させた.また,電子線の単色化により電子線のエネルギー幅は1/6以下に減少できた.これにより層状マンガン(Mn)酸化物の0.62nm周期の格子像が観察でき,サブナノ空間分解能が確認された.

 この手法を利用して希土類金属ジスプロシウム(Dy)の低温相において発現する磁気微細構造を観察した結果,無磁場下で形成される磁気ソリトン(磁気モーメントが一方向に揃った,孤立した強磁性の単一ドメイン)の存在が明らかになった.無磁場下での昇温(~127K)により強磁性相からヘリカル磁性相に相転移する過程において,幅3nm程度の磁気ソリトン形成が捉えられた.さらに,温度一定(142K)の状態での外部磁場増加(8.2kOeから10.4kOe)に伴う,磁気構造の変化を実空間で捉えることができた.今後,本成果の活用,磁性体内の磁気構造可視化を通じ,スピントロニクスの研究の進展が期待される.

(注)Takuro Nagai, Koji Kimoto, Koji Inoke, and Masaki Takeguchi, "Real-space observation of nanoscale magnetic phase separation in dysprosium by aberration-corrected Lorentz microscopy", Physical Review B, Vol. 96, p.100405(R); Published 19 Sep. 2017; DOI: 10.1103/PhysRevB.96.100405