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磁気の性質を使って論理演算を実現 ~電流を流さない新しいコンピューターが期待~

 国立研究開発法人(JST)は2017年8月11日,JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の一環として,豊橋技術科学大学の後藤 太一 助教らと慶應義塾大学 理工学部の関口 康爾 専任講師らのグループが,磁石の波であるスピン波を位相干渉させることで,スピン波演算素子を実現したことを発表した.本研究は,モスクワ大学のグラノフスキー 教授,マサチューセッツ工科大学のロス 教授らと共同で行われ,成果は英国科学誌Scientific Reportsに掲載された(注).

 ナノエレクトロニクスによって,コンピューターの性能は飛躍的に向上してきたが,集積度の向上と高速動作は発熱の増大を招き,コンピューターの小型高性能化には限界が見え始めている.そこで,消費電力のきわめて少ないコンピューター用回路の開発が求められている.これに応える回路候補として,スピン波回路がある.電子の自転運動で微小な磁石としての性質を持つスピンの集団運動であるスピン波は,個々のスピンのコマ運動(歳差運動)が空間的にずれて波のように伝わっていく現象である.電子回路と違って電流を使わないので,消費電力が極めて小さく発熱の問題のない情報処理システムの実現が可能とされている.

 平成28年に後藤助教らは,磁性絶縁体(イットリウム鉄ガーネット)の線に,2方向からスピン波を流し1点に集め,二つの入力スピン波の位相状態によって波が強め合ったり弱め合ったりする「位相干渉」を観測したが,位相干渉の実証にとどまり,コンピューターを構成できる論理演算素子を実現したものではなかった.

 今回の研究では,同じ磁性絶縁体膜をフォークのような形(Ψ型)に加工し,全ての演算パターンを1つの素子の組合せで実現できる「完全性」を持った論理演算素子を作製しその動作を実証した.まず,導波路の電極相当部分を金膜で覆い,スピン波線の幅を狭くすることで,単一波長のスピン波だけが伝わるように形成した.素子の構造設計にあたっては,オームの法則で電流が流れる電子回路の電流路の設計とはまったく異なり,スピン波が形状に対して非線形に応答するという特異な特性を解明・理解する必要があった.さらに,存在が確認されているスピン波の中でも,あらゆる方向に伝わる前進体積スピン波を用いたことにより,斜め配線が可能となり,フォーク型の配線が可能となった.

 作製した素子はフォークの3つの先端を入力とし,1つに集まった柄を出力とする論理演算素子となる.波が持つ位相の状態0またはπを入力し,干渉位相が演算結果として出力する.この出力は直接別の同様の素子に入力できるので多段接続が可能である.実験では,3入力端子のうちの一つを制御端子とし,制御端子が0の場合,他の2入力がともにπの時のみ出力がπ,即ち論理積AND,制御端子がπの場合,他の2入力のいずれかだけでもπの時に出力がπ,即ち論理和NORとなることが実証された.否定NOTは電極位置をずらすだけで実現できるため,否定論理積と否定論理和も同時に実現できたことになる.また素子の1つの交差点でこれら機能を実現させるので遅延が生じない.導波材料の薄膜化や電極の微細化によって,波長の短縮化が可能なため,素子のさらなる小型化が可能であり,電子機器の性能の格段の向上が期待される.

(注)N. Kanazawa, T. Goto, K. Sekiguchi, A. B. Granovsky, C. A. Ross, H. Takagi, Y. Nakamura, H. Uchida, and M. Inoue, "The role of Snell's law for a magnonic majority gate", Scientific Reports, Vol.7, Article number: 7898, doi:10.1038/s41598-017-08114-7; Published 11 August 2017