ナノテク情報

デバイス・応用

スピントロニクスを用いた人工ニューロンを開発し,音声認識に成功 ~スピントルク発振素子を用いてニューロモロフィック・コンピューティングを実現~

 国立研究開発法人 産業技術研究所(AIST)は2017年7月27日,同スピントロニクス研究センターの湯浅 新治 研究センター長,同センター金属スピントロニクスチームの常木 澄人 研究員らが,フランス パリ・サクレー大学,アメリカ国立標準技術研究所(NIST)と共同で,スピントルク発振素子(STO)を用いた人工ニューロンを考案し,その原理を実証したと発表した.本研究の成果は,Jacob Torrejon(サクレー大学)氏を筆頭著者として,英国の学術誌Natureのオンライン版に公開された(注).また,Phys.orgなどのインターネット情報サイトでも概要が紹介された.

 近年,ヒトの脳の情報処理を模倣するニューロモロフィックシステムを持つ人工知能チップの研究が盛んであり,ニューロモロフィック・コンピューティングは,脳が得意とする認識や学習といった膨大で曖昧・不完全な情報の処理を低消費電力で高速に実行できると期待されている.このシステムは,脳内のニューロンとシナプスを人工的な素子に置き換えているが,これを従来のコンピュータで処理するには,ヒトの脳に比べ消費エネルギーが多く,演算回路も大きくなるという問題がある.これを解決してニューロモロフィックシステムを高度化するには,アナログ的に作動する省エネ,高効率,超小型の人工ニューロンや人工シナプスの開発が不可欠である.

 AISTではこれまで,薄膜材料技術と微細素子作製技術を応用し,非線形性が高い超小型の発振素子であるスピントルク発振素子の実用化研究を行ってきた.スピントルク発振素子は,2枚の強磁性体金属の間に薄い絶縁体層を挟む構造で,直流電流を流すと自励発振して交流電圧を出力し,その電圧は入力直流電流により変化する.出力される交流電圧の変化は,直流電圧の急峻な変化に追従できず,また,交流電圧の振幅は直流電流に比例しない.素子寸法を10nm程度にすれば1µW程度の微小入力動作する.これらの特徴が,ニューロモロフィックシステムで必要とされる,低消費電力,短時間記憶や信号の非線形性に利用された.本研究では,ナノメートルサイズのスピントルク発振素子(FeB(6nm)/MgO(1nm)/CoFeB(1.6nm),カッコ内は厚さ,直径375nm)で高効率・超小型の人工ニューロンが作られ,これを400個用いたニューロモロフィック回路音声認識システムが開発された.人間が発した“0”~“9”の言葉(英語)を前処理した音声信号を,人工ニューロンを通して(別のコンピュータの)音声認識プログラムで処理すると,学習回数2回で正答率はほぼ99%に達し,最終的(学習9回)に99.6%にまで達した.この正答率は,最新のニューラルネットワークである大型で複雑なリザーバーコンピューターと同等という.一方,人工ニューロンを通さずに直接音声認識プログラムで処理した場合,学習回数9回でも正答率は約95%に留まった.

 研究グループでは,今回開発した人工ニューロンに新たに人工シナプスを接続して高度なニューロモロフィクシステムを開発し,ビッグデータのリアルタイム情報処理を実現したいとしている.

(注)Jacob Torrejon, Mathieu Riou, Flavio Abreu Araujo, Sumito Tsunegi, Guru Khalsa, Damien Querlioz, Paolo Bortolotti, Vincent Cros, Kay Yakushiji, Akio Fukushima, Hitoshi Kubota, Shinji Yuasa, Mark D. Stiles, and Julie Grollier, "Neuromorphic computing with nanoscale spintronic oscillators", Nature, Vol. 547, pp. 428-431 (27 July 2017) doi:10.1038/nature23011; Published online 26 July 2017