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有機EL素子の新しい発光機構を提案 ~従来,利用できないとされていた電子状態を活用/希少元素は不要~

 京都大学は2017年7月7日,同大学工学研究科 佐藤 徹准教授ら,夫 勇進 山形大学准 教授(JSTさきがけ研究員兼任)の研究グループが,有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)素子の新しい発光機構とこの発光機構を実現するための発光分子の分子設計指針を提案したことを発表した.本設計指針によれば,第二世代のEL機構であるリン光EL材料で必要とされる希少金属は不要で,従来よりも広い範囲の分子が高効率で発光する分子の候補となり得る.さらに,第三世代のEL機構である熱活性型遅延蛍光(TADF)で指摘されている,青色発光が難しい,色純度が悪いといった問題も解消される可能性があるという.本研究は科学研究費補助金の助成を受けて行われ,成果は英国科学誌Scientific Reportsに掲載された(注).

 有機EL素子では,有機材料に電流を流すことで分子の電子状態を高エネルギー状態(励起状態)にし,これが最低エネルギー状態(基底状態S0)に変化する際に放出されるエネルギーを光として取り出す.電子には上向きスピンと下向きスピンがあり,励起状態は電子のスピン状態によって一重項状態(S)と三重項状態(T)に分かれる.電流により生じる励起状態の25%が一重項状態で75%が三重項状態であると言われている.一重項状態からの発光を蛍光と云い,第一世代有機EL素子では第1一重項励起状態(S1)からの蛍光だけが利用され,エネルギー利用効率は5%程度以下であった.第二世代有機EL素子では第1三重項状態(T1)からの発光であるリン光が利用されたが,リン光材料にはイリジウムなどの希少元素が必要という問題がある.第三世代の発光機構として注目されている熱活性型遅延蛍光(TADF)は,T1とS1のエネルギー差を接近させて,熱励起によってT1状態をS1状態に変換し,エネルギーを蛍光として利用するものであり,一重項状態と三重項状態の両方を利用できる.しかし,この方式では利用できる分子のタイプが限られるほか,発光波長が幅広になり色純度が悪い,青色発光の実現が難しいなどの問題があった.

 本研究は,夫 勇進 山形大学准教授らのグループが,ビスアントラセン誘導体(以下,BD1)を発光層に用いた有機EL素子で,通常の蛍光ELよりも高効率な発光を観測したが,T1とS1のエネルギー差が熱励起を考えることができない程に大きいので,その高い発光効率はTADF機構では説明できなかったことから始まった.研究の結果,BD1の高効率発光はT1よりもエネルギーの高い高次三重項状態TnからTnに近い第2一重項状態S2への熱励起による状態変換がおこり,これによる蛍光発光であることが明らかになった.

 通常,Tn状態は,電子と分子振動の相互作用(振電相互作用)のため,電子状態のエネルギーが分子振動エネルギーとなってT1状態に落ちる.本研究グループは,これまで振電相互作用を電子状態と振動状態の関係として可視化して理解することを可能にする振電相互作用密度(VCD)理論を提案した.その有効性は,ある非発光性分子に振電相互作用を抑制するような化学修飾を施して発光性を持たせることで確認した.このVCD理論をBD1に適用し,S2状態とエネルギーの接近したTn状態より下の三重項状態の間の分子振動と電子の相互作用が抑制されていることを明らかにし,このような抑制を実現する分子構造のタイプも提唱した.

 提案した発光機構を実現する新規分子骨格の理論設計・合成と素子特性評価を進めており,従来の設計指針より分子構造に制約が少なく希少金属が不要なため,多様な分子骨格が発光分子の候補となるとしている.

(注)Tohru Sato, Rika Hayashi, Naoki Haruta, and Yong-Jin Pu, "Fluorescence via Reverse Intersystem Crossing from Higher Triplet States in a Bisanthracene Derivative", Scientific Reports, Vol. 7, Article number: 4820 (2017), doi: 10.1038/s41598-017-05007-7; Published online: 06 July 2017