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アト秒レーザーで位相を分けた電子波動関数の直接イメージングに成功 ~新規なアト秒電子テクノロジーの開発に期待~

 早稲田大学は2017年6月16日,同大学理工学術院の新倉弘倫教授がカナダ国立研究機構(NRC),ドイツマックス・ボルン研究所(MBI)との共同研究で,アト秒(10-18秒)レーザーによるネオン原子の光イオン化過程で生成した,ほぼ純粋なf-軌道電子の密度分布と,その波動関数の位相分布のイメージを直接測定することに成功したと発表した.NRC,MBIも夫々にリリースし,本成果は米国科学誌Scienceに掲載された(注).

 量子力学によれば,原子や電子は波としての性質を持ち,波動関数(Ψ)で表される.波動関数は振幅と位相によって特徴付けられた複素数で記述される.振幅はその自乗(|Ψ|2)が,原子や電子の存在確率に相当し波の強さとして観測できる.一方,波動関数の位相は直接の測定は困難で,これまで観測されたことはなかった.

 本研究グループは,アト秒レーザーを用いた極端紫外レーザー時間分解光学系を構築し,電子波動関数の自乗(確率分布)と位相とを分けた波動関数イメージの測定法を開発した.高強度赤外(波長~790nm)レーザーのフェムト秒(10-15秒)パルスを真空中に吹き出した原子や分子に照射すると,高次高調波の極端紫外レーザーのアト秒光パルスが発生する.例えば13次高調波では,基本波の1/13の波長(60nm),13倍の光子エネルギー(20.4eV)になる.本研究の実験は全て,早稲田大学で開発されたアト秒レーザー装置で行われた.

 実験では,ネオン原子にレーザー光照射で励起して発生する光電子を観測対象とした.ネオン原子の電子基底状態では,10個の電子は1s軌道に2個,2s軌道に2個,2p軌道に6個の電子が収まっている.基本波と13次高調波を組合せてネオン原子に照射すると,2p軌道(軌道角運動量量子数:ℓ=1)の電子が3d軌道(ℓ=2,磁気量子数:m=0)に選択的に励起され,さらに赤外光パルスでイオン化されf対称性の電子が6つの方向に放出される.この光電子の運動量分布をVelocity Map Imagingと呼ばれる装置で測定すると,6回対称の分布が観測され,f-軌道(ℓ=3,m=0)の特徴を示した.これは,波動関数の自乗(確率分布)に相当する.

 波動関数の位相を分けた測定をするためには,基本波と13次高調波に加えて14次高調波も重ねて試料に照射する.13次高調波と基本波の2光子イオン化過程によりf-軌道,14次高調波による1光子イオン化過程によりs-軌道が生成され,これら2つの電子波動関数のコヒーレントな重ね合せ状態になる.s軌道は全対称であり,波動関数の位相は一様に分布している.一方,f軌道は6つの節を持ち,節の両隣はそれぞれ異なる位相成分になっている(πずれる).s軌道の波動関数とf軌道の波動関数を足し合わせると,同じ位相では強調され,異なる位相成分はキャンセルされるので,f軌道の位相を分けることが可能になる.実際,赤外パルスと高次高調波の時間差を1300アト秒変化させ,f軌道の同相分布から逆相分布への変化を観測できた.

 今回の研究により,電子波動関数のイメージングとその制御を元にした,ナノ・テクノロジーの次の世代であるアト・テクノロジーの発展が期待される,としている.

(注)D. M. Villeneuve, P. Hockett, M. J. J. Vrakking, and Hiromichi Niikura, "Coherent Imaging of an Attosecond Electron Wave Packet", Science 16 June 2017, Vol.356, Issue 6343, pp.1150-1153; DOI: 10.1126/science.aam8393