ナノテク情報

物性・原理

電子のスピンを自在に操作 ~先端レーザー技術が拓く光スピン制御~

 東京大学とお茶の水女子大学は2017年2月24日,東京大学物性研究所の矢治 光一郎 助教,お茶の水女子大学基礎研究院の小林 功佳 教授らの研究グループが,レーザー光を用いて特定の方向にスピンが揃った電子を物質中から取り出し,その向きを自在に操作できることを示したと発表した.本研究は,科学研究費補助金の支援を受けて行われ,原著論文は,英国科学雑誌Nature Communicationsに掲載された(注).

 電子は,電気的な性質である「電荷」と磁気的な性質である「スピン」という二つの性質を併せ持ち,エレクトロニクスは,電子の電荷としての性質を利用して発展してきた.一方,スピンの制御による高速・低消費電力デバイスの可能性が注目され,スピントロニクスという新たな技術体系の研究が進んでいる.磁場によるスピン制御は,2007年度ノーベル物理学賞の対象となった巨大磁気抵抗効果としてハードディスクの高性能化に貢献した.引き続き,スピンの制御性を広めようと電場や光による制御法が探索されている中で,本研究は,光を使って電子のスピンを制御する新たな原理と方法を提示した.

 実験には,エネルギー約7eVの紫外レーザー光で発生させた光電子のスピンを分析する,三次元スピン分解光電子分光装置を用い,1,420Kの通電加熱を施して形成した(111)Si清浄表面上に被着した100層のBi(111)面を15Kに保ってレーザー光を照射した.Bi単結晶は鏡映対称面を持ち,レーザー光の偏光を鏡映対称面に対して縦方向の電場になる縦偏光にすると下向きスピンが,横偏光にすると上向きスピンが放出されることが分かった.この結果は,Bi結晶中の電子軌道が鏡映対称面に対して対称な成分と非対称な成分に分けられ,それぞれが反対方向を向いたスピンと結合しているスピン-軌道結合状態にあり,それぞれが特定の偏光と相互作用することによると考えられる.

 さらにレーザー光の直線偏光を回転させると,放出される電子のスピンは様々な方向を向き,その向きは直線偏光の回転角度と一対一で対応することが分かった.直線偏光を回転させると,レーザー光は横方向と縦方向の両方の偏光成分を持つことになり,対称軌道の電子と非対称軌道の電子を同時に励起し,放出過程における量子力学的干渉により,偏光の回転方向に応じた方向のスピンを持った電子が放出される.この結果は,レーザー光の偏光回転により任意の向きのスピンを作り出す“光スピン制御”の実証に当たる.

 本研究成果は,光によるスピン制御の手法を提供し,光照射を用いたスピン偏極電子源,スピントロニクスや量子コンピュータなど幅広い応用の可能性を持つとしている.

(注)Koichiro Yaji, Kenta Kuroda, Sogen Toyohisa, Ayumi Harasawa, Yukiaki Ishida, Shuntaro Watanabe, Chuangtian Chen, Katsuyoshi Kobayashi, Fumio Komori, and Shik Shin, "Spin-dependent quantum interference in photoemission process from spin-orbit coupled states", Nature Communications, Vol. 8, Article number: 14588 (2017), doi: 10.1038/ncomms14588; Published online: 24 February 2017