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2色の光で遺伝子発現の開始と停止を正確に操作する技術を開発

 北海道大学は2017年1月5日,同大学創成研究機構の小笠原 慎治 特任助教が,光の照射により遺伝子の発現期間を正確に操作できる「光遺伝子操作」技術を開発したと発表した.本研究は,科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「光の極限制御・積極利用と新分野開拓」の研究課題「光で細胞内現象を完全再現する超精密タンパク質発現操作技術の開発と応用」の一環で実施された.原著論文は,米国化学会のACS Chemical Biology誌に掲載された(注).

 生物では,DNAの遺伝子情報がメッセンジャーRNA(mRNA)に「転写」され,mRNAの遺伝子情報が「翻訳」されてタンパク質が生産される.遺伝子の発現(転写・翻訳)を光で制御する技術が近年開発されているが,光を照射してDNAの転写をオンまたはオフにしてからタンパク質の生産に反映されるまでに数時間のタイムラグがある.このため,遺伝子を発現させるタイミングや発現の持続時間を正確に操作することができず,短時間で起こる遺伝子発現の生命活動への影響を調べることは困難だった.

 これに対し本研究では,光を照射してからタンパク質の生産へ反映されるまでのタイムラグを短縮するため,従来用いられていたDNAからmRNAへの転写過程ではなく,mRNAからタンパク質への翻訳過程の制御に着目した.mRNAの翻訳は,mRNAの先端に付いているキャップ構造(7-メチルグアノシン)に翻訳開始因子(eIF4E)が結合することで始まる.キャップ構造と翻訳開始因子の結合を光で制御する方法を考案し,光をあてるとtrans型かcis型に構造が変化するようキャップ構造を化学的に改変した.改変したキャップ構造に紫外光(波長370nm)を当てるとcis型に変化して翻訳開始因子と結合し,翻訳が始まってタンパク質が生産される.一方,紫色の光(430nm)を当てるとtrans型になり翻訳開始因子と結合しなくなるため翻訳は停止してタンパク質の生産は止まる.このように化学的に改変したキャップ構造を持つmRNAを生体に注入し,紫外光と紫色の光の2色の光を当てることでmRNAの翻訳のオン/オフを制御する.

 実験ではゼブラフィッシュという熱帯魚の受精卵を使い,光遺伝子操作技術の性能を調べた.改変したキャップ構造を末端に付加した蛍光タンパク質のmRNAを受精卵に注入し,一方の受精卵には紫色の光を,他方の受精卵には紫外光を当て,経過を蛍光顕微鏡で観察した.24時間後,生育したゼブラフィッシュにおいて,紫外光を照射した方はmRNAが翻訳されて蛍光タンパク質が生産されたが,紫色の光を照射した方はmRNAは翻訳されず蛍光タンパク質は生産されないことが実証できた.また,紫外光を照射してから数分後にはタンパク質の生産が始まり,紫色の光を照射してから数十分以内には止まった.光照射からタンパク質の生産へ反映されるまでのタイムラグを,数時間から数十分へと飛躍的に短縮することに成功した.また,ゼブラフィッシュの受精卵で体の軸を作る遺伝子(squint遺伝子)のmRNAの翻訳を紫外光と紫色の光の照射で操作し,本来の頭と合わせて頭が2つあるゼブラフィッシュを誕生させることにも成功した.

 本技術により,受精卵から体ができるまでの過程で「いつ・どの細胞で・どのくらいの期間・どの遺伝子が」発現しているのか,という生物の発生メカニズムが究明されよう.また,本技術をマウスなど他の高等なモデル生物に応用することで,様々な疾患における各遺伝子の役割の解明が期待される.

(注) Shinzi Ogasawara, "Duration Control of Protein Expression In Vivo by Light-Mediated Reversible Activation of Translation", ACS Chemical Biology, Article ASAP, DOI: 10.1021/acschembio.6b00684; Publication Date (Web): January 4, 2017