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企画特集 10-9 INNOVATIONの最先端 ~Life & Green Nanotechnologyが培う新技術~
<第56回>
国際的研究環境下におけるナノバイオメディカルの研究
~フラーレンのバイオアプリケーション,LDL型イメージングプローブ及び化学修飾AFM探針の活用~

スイス連邦工科大学 山越 葉子氏に聞く

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 企画特集「10-9INNOVATIONでの最先端」では,これまでに,海外で活躍している二人の研究者に話を伺った.米国 ケント州立大学液晶研究所長 横山 浩氏の「米国における最近の液晶研究」(第43回),および英国 Medical Research Council(MRC)Toxicology Unit研究室長 諸根 信弘氏の「3D電子顕微鏡による医学生物研究」(第52回)である.

 横山氏は微細加工領域,諸根氏は微細構造解析領域の研究者である.今回は,もう一つの分子・物質合成領域で海外において活躍している研究者として,スイス連邦工科大学 チューリッヒ校(ETH Zürich),有機化学研究所教授 山越 葉子(やまこし ようこ)氏にお願いして,お話を伺った.山越氏は,近年注目を集め,その重要性が高まっているナノバイオメディカル分野の研究を一貫して続けてきている.帰国中の山越氏に,ナノテクノロジープラットフォーム・センターである国立研究発法人 物質・材料研究機構の都内のオフィスで,追及されている研究テーマと海外での研究のご経験についてお話しいただいた.


1.スイス連邦工科大学 有機化学研究所 山越研究室の目指すもの

1.1 スイス連邦工科大学とその研究環境

 スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zürich)は1855年設立の世界屈指の理工学系大学である.スイスの公立大学の多くは州立で,法学,経済,人文系或いは医学部系の学科で構成されているが,国立大学は,ETHとEPFL(スイス連邦工科大学ローザンヌ校)の理工系大学二校のみである.歴史的に自然科学や科学技術分野に重きを置いているスイスでは,この国立理工学系大学二校に国家予算全体の3~4%という相当な予算がつぎ込まれているという.

 ETHの有機化学研究所は,ノーベル賞を受賞したRichard Willstätter(1915),Fritz Haber(1918),Richard Kuhn(1938),Leopold Ruzicka(1939),Tadeus Reichstein(1950),Hermann Staudinger(1953),Vladimir Prelog(1975)らを過去に輩出した伝統ある教育研究機関である.研究所の場所は,以前は,現在大学本館のあるチューリッヒ市街の中心地であったが,2001年に郊外のHönggerbergという丘陵地帯に移転している.図1に旧化学科の歴史的建物と比較して示すように,近代的な建物であり,比較的余裕のある研究スペースと新しい研究設備が整っている.


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図1 上段左から:チューリヒ市街地にあるETHの本館,旧化学科の建物,本館からの市街地の眺望.下段:郊外にある現在の化学科の建物と山越研究グループメンバー.


 ETHでは,教授陣,博士課程履修者などの学生,博士研究員などの研究者が世界各国から集まっている.特に有機化学研究所では11名の教授のうち,スイス人は2名のみ,アメリカ人が多く(4名),残りはルクセンブルク人,ドイツ人,メキシコ人,日本人といった構成である.その中で,山越研究室のメンバーは,スイス人のほかイタリア人,インド人,ロシア人からなる大学院生とポスドクを合わせて7-8人ほどの比較的小規模な研究室であるが,有機合成化学の知識と技術を基軸とし,ユニークな新規バイオマテリアルの創製を目指して少数精鋭で頑張っている.


1.2 山越研究室が進める研究

 山越研究室の目標は,グローバルに展開しつつある革新的な医療・創薬の進化に貢献するナノバイオマテリアルの創製である.研究室の現在のテーマは,

(1)フラーレンを用いた光線力学療法(PDT)のための光増感剤およびMRI造影剤の創出,

(2)低密度リポタンパク質(LDL)を用いた動脈硬化症の特異的検出のためのナノ粒子型MRI造影剤の実現,

(3)化学的に修飾したAFM(原子間力顕微鏡)探針を用いる化学力スペクトロスコピーによる単分子認識探索,

(4) 分子の自己組織化能を利用した新規超分子マテリアル,
などである.

 山越氏はこれまで,日本,スイス,米国の研究機関で研究活動を行い,多くの研究者と交流し,また共同研究を行いつつ,一貫して有機合成化学に手法の主体を置いて,新規ナノバイオマテリアルの創製に携わってきている.そうした経験,実績を土台として,多彩な,そして着実な研究展開を行っている.


1.3 日本,米国そしてスイスの研究機関での活動経緯

以下,山越氏が各国の研究機関で行った研究活動の経緯を,紹介する.

(1)1991年~2003年:国立医薬品食品衛生研究所 研究員,主任研究官

 お茶の水女子大大学院食物専攻修士課程修了後,国立医薬品食品衛生研究所の有機化学部で有機合成化学の基礎研究に携わり,その時からフラーレンのバイオ応用の研究を始めている.1999年5月,東京大学から薬学博士の学位を授与された論文は「光励起フラーレン類の生物活性に関する研究」であった.


(2)1999年4月~2001年3月:スイスETHチューリッヒに博士研究員として留学

 国立医薬品食品衛生研究所在籍中のこの期間,科学技術振興事業団(科学技術振興機構の前身,JST)の若手研究員海外派遣制度により,ETHチューリッヒに留学した.ETHのFrançois Diederich教授の研究内容(超分子化学)に惹かれての選択であった.与えられたテーマは「人工レセプター(分子クリッパー)の合成と走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いた単分子レベルでの解析」であった.研究グループは当時IBMチューリッヒ研究所と共同研究をしており,ETHの実験室で合成した化合物の評価を同研究所の超真空STMで行った.IBMチューリッヒ研究所は,チューリッヒ湖に近い郊外の見晴らしのいい丘の上にあり,1986年にSTM,1987年に高温超伝導体でノーベル物理学賞を受賞している.このIBM研究所の経験を,「分子のキャラクタライズのためにIBMチューリッヒに送りこまれて,偶然ナノテクノロジーの研究に巻き込まれることになった」と山越氏は表現した.この共同研究で習った知識と技術はその後のAFM探針を化学修飾して活用する研究のきっかけとなった.


(3)2004年1月~2007年9月:米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB),Associate Researcher (100% Principal Investigator).

 2001年にスイスから帰国後,国立医薬品食品衛生研究所にて,当時開始されつつあったナノ医療の研究プロジェクト(ナノメディシン)の立ち上げに関与したのち,2004年1月同研究所を退職し米国の大学にPrincipal Investigator(PI)として渡った.独立して研究室をもって,自分のアイディアで研究を進めてみたいという想いからであった.最初の3年間は,UCSBで研究を行うこととなり,Center of Polymer Organic Solidという組織に属してフラーレンの生物応用の研究を行った.院生二人と有機合成の研究を行ったが,サンタバーバラでは共同研究の相手も少なく,研究展開に苦労したと山越氏は述懐した.そしてその後,東海岸のフィラデルフィアにあるペンシルバニア大学(UPenn)に異動することになる.


(4)2007年10月~2010年6月:米国ペンシルバニア大学(UPenn)Department of Radiology, Department of Chemistry・Director of Chemistry Core for Bioimaging and Assistant Professor (100% Principal Investigator).

 山越氏はスイス留学から帰国後始めた,有機分子を用いてAFM探針に機能性を与える仕事をUPennで精力的に展開した[1][2].UPennには,NSF(National Science Foundation)から資金を得ているNano/Bio Interface Center(NBIC)という組織がある.このNBICにおいては,(1)Biomolecular Optoelectronic Function,(2)Molecular Motions,(3)Single Molecule Probes,(4)Engaging Globally and Locallyの4本の柱のもとに,学部や学科の垣根を越えて,大学内の色々な専門分野の研究者が集まって,共同研究やセミナーなどの定期的な情報交換を行っている.機器類の利用は無料あるいは低額で,必要があれば技術者の支援も受けられる.山越氏の研究室は,この研究組織を介して工学部の2名の教授とAFM探針の化学修飾とリソグラフィー関する共同研究を行なった.

 また,山越氏のUPennでの主な所属は,医学部内にあるMolecular Imaging Laboratoriesという組織であった.その組織においては,合成有機化学の手法で新規のイメージングプローブを合成し,NIR(近赤外),MRI(磁気共鳴画像)のin vivo(生体内)イメージングの専門家であるZhou教授と共同研究を行った.同教授は,動物疾患モデルの作製技術も持っており,共同でアテローム性動脈硬化症を研究対象として,患部で局所的に発現している酵素をターゲットとしたイメージング試薬の開発を行った.

 UPennにおいての研究費は,大学からのスタートアップ資金に加えて,American Heart Association (AHA) SDG Award,上記NBICのInnovation Award,学内の別の組織Center of Excellence in Environmental Toxicology(CEET,財源はNIH)のpilot grant,および,日本のJSTのさきがけなどである.この後ETHに異動するにあたっては,AHAの資金は,UPennに併任のポジションを残しつつ,共同研究者のin vivo実験に用い,後者のさきがけのプロジェクトは,スイスETHに移ってからも継続して行った.


(5)2010年7月:スイス連邦工科大学(ETH)Laboratory of Organic Chemistry,Lecturer and Senior Scientist,2014年12月~現在:Professor

 山越氏は留学時の指導教官であるETHのFrançois Diederich教授から誘いを受けて,UPennの多くの共同研究者や学際的な研究環境に未練を残しつつ,スイスに移ることになった.スイス国内では,主にSwiss National Science Foundation(SNF),EU grant,ETH grantに申請して研究費を得ることができ,これらを活用して新たな研究室を立ち上げた.上記の通りUPennの併任ポジションも活用し,更に,米国内の共同研究者とも関係を維持しつつ,ナノバイオマテリアル創成を目指す研究を進めている.

 以下の章で,現在進めている研究の中から,フラーレンの医薬品応用に向けた研究,動脈硬化症に対するイメージングプローブ,および,AFM探針を化学修飾して行う単分子認識探索技術の3テーマの概要を紹介する.


2.フラーレンの医薬品応用を目指して

2.1 フラーレンの光線力学療法に適した特徴

 フラーレンは炭素の同素体で,図2に示すような芳香族のかご型クラスターである.構成する炭素原子の数により,C60,C70など多くの種類が存在する.1985年のKroto,Smalley,KarlによるC60の構造に関する最初の報告“Bukminsterfullerene”(建築家Buckminster Fullerの名前から命名)[3]が物理・化学の世界で大きな反響を呼び,以後のナノカーボンの研究展開の切っ掛けとなった.上記3名の科学者は1996年にノーベル化学賞を受賞している.

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図2 フラーレンの構造と医薬品応用の可能性


 発表当初の製法は,真空状態でグラファイトにレーザー光線を当てて蒸発させた中からから,極少量を採取するものであったが,1990年にドイツでアーク放電により大量にフラーレンを合成する方法が発明され,フラーレンの研究が加速した.その後もさまざまな方法が開発されているが2000年代に入り,燃焼法によるトン単位の大量生産も行われるようになった.

 フラーレンの中には図2に示すように金属クラスター(M3N:Mは金属)を内包するものがある(金属内包フラーレン).フラーレンのうち,最も生成効率の高いのはC60,次がC70であり,その次が,C80にSc3Nクラスターを内包するSc3N@C80である.

 フラーレンの光反応性については,1991年にUCLAのC. S. Footeらのグループから報告された[4].フラーレンが光照射下において三重項励起状態(3C60*)となり,図3に示すようにエネルギー移動反応により一重項酸素(1O2),あるいは,電子移動反応により,C60ラジカルアニオン(C60・-)が生じる反応が起こる.C60・-からはスーパーオキサイド(O2・-)が生じることも報告されている[5].いずれの光反応もほぼ定量的な高い量子収率で起こり,また,励起波長が比較的長波長(可視光)であるという特徴がある.このように光励起で活性酸素を発生するので,フラーレンは,ガンなどの治療に用いられる光線力学療法(photodynamic therapy;PDT)における増感剤に適するとされている(図2).C70においても同様であり,特に長波長側の吸光度係数が高いことと,三重項励起状態(3C70*)の寿命が長いことが優位であるとされる.また,Gdを含む金属内包フラーレンはMRI造影剤への適用が期待されている.


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図3 C60およびC70の光増感反応と活性酸素種の発生


2.2 水溶性フラーレン実現への挑戦

 フラーレン類は疎水性が非常に高く,水やそのほかの溶媒に非常に溶けにくいので,フラーレン類を医薬品・生物材料として用いるためには,誘導体化あるいは複合体化により水溶性にする必要がある.1990年代以来これまで多くの研究グループが水溶性誘導体の合成に取り組んできており,様々な水溶性C60誘導体の作製の例が報告されている.

 山越氏は,国立医薬品食品衛生研究所に在籍中の1993年ごろからフラーレンの生物応用の研究を始め,まず未修飾のC60の生物活性を検討するために,誘導体化ではなく,複合体化によるC60の水溶化を行った.ポリビニルピロリドン(poly(vinylpyrrolidone),略称PVP)という非常に安全なポリマーを用いてC60およびC70との水溶性複合体の調製に成功した(図4(a))[6].得られた水溶液濃度はC60の場合0.56mM,C70の場合0.24mMで,生物試験に適用するのに十分な濃度であった.ここで調製したC60/PVP複合体は,酵素(GST)阻害活性[7],軟骨分化促進作用[8],光抗菌作用[9]などの生物活性を示した.

 次に,生体内への適用を考慮してより安定な水溶性マテリアルを調製するために,共有結合でフラーレンとPVPを結合する共重合体を作ることとした.図4(b)に示すようにビニル基を有するC60の誘導体を合成し,これとPVPのモノマー体であるN-ビニルピロリドン(NVP)との重合反応を起こさせ,共重合体を作製した.両モノマーの比率を変えた実験を行い,1:200の割合で重合させた場合が最も高い水溶性(7.8mM)を示した[10].更に,図4(c)に示すように,未修飾のC60あるいはC70をエンドキャップ試薬として用いて,C60-PVPおよびC70-PVP縮合体を合成した[11].この方法では,フラーレンのモノマー合成の必要性がないため,簡便に高い水溶性(10~15mM)を有するC60あるいはC70ポリマーを得る事ができた.


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図4 水溶性フラーレンの作製 (a)C60とPVPの複合体,(b)共重合体,(c)縮合体.


 これらの水溶性のマテリアル,即ち,C60,C70,とPVPの複合体(complex)および,共重合体(copolymer)について,可視光照射による活性酸素の発生状況をESR(電子スピン共鳴)法によって評価した.結果を図5に示す.図5(a)はtype IIエネルギー移動反応による一重項酸素(1O2)の発生状況の評価,図5(b)はtype I電子移動反応によるスーパーオキサイド(O2・-)の発生状況の評価である.横軸は磁場,縦軸は共鳴の強さを示している.活性酸素種を効率よく生成することがわかり,光線力学療法の薬剤としての可能性が示された.


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図5(a)type IIエネルギー移動反応を経て生じた一重項酸素のESR法による検出(スピントラップ剤:4-oxo-TEMP),(b)type I電子移動反応を経て生じたスーパーオキサイドのESR法による検出(スピントラップ剤:DEPMPO)


 また,分子量や構造の明らかな誘導体を調製する目的で,分子量の明らかな材料が入手可能である水溶性ポリマーであるポリエチレングリコール(polyethylene glycol,略称PEG)を用いて,C60との縮合体C60-PEGを合成した(図6(a),化合物5).C60-PEGは,疎水性と親水性の部分を併せ持つ両親媒性化合物であり,水溶液中でミセル状*に自己組織化した.また,このC60-PEGのC60部分にカチオン性の官能基を導入することにより(図6(a),化合物7),この自己組織化形状をミセル状からベシクル状**へと変換することに成功した[12].

*:ミセルとは,界面活性剤分子が親水基を外側に,疎水基を内側に向けて自己組織化された球状の集合体.

**:ベシクルとは,界面活性剤分子が2層膜の中空の球状集合体を形成したもので,2層膜の膜間は疎水性で,2層膜の外側,内側はともに親水性であり中空部分に水相の物質を内包する.

 MRI造影機能を持つGdクラスターを含む金属内包フラーレンGd3N@C80についても,C60と同様にPEGとの縮合を試み,水溶性誘導体の実現に成功しており,新しいMRI造影剤の開発が期待される.フラーレンの光増感性と金属内包性の両方を利用して,セラノスティックtheranostics(診断と治療を同時に行う手法)のための薬剤を開発してみたいと山越氏は述べている.


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図6 両親媒性フラーレン誘導体と自己組織化.(a)両親媒性C60-PEG縮合体(化合物5,6,7)の化学構造,(b)表面張力の濃度依存性,(c)tris体 7のSTEM(走査透過電子顕微鏡)イメージ(水中)


3.疾患特異型イメージングプローブ(動脈硬化症のin vivoイメージング)の開発

 動脈硬化症の患部に親和性があると知られているLDL(低密度リポ蛋白質)をビークルとして用いて,動脈硬化症を効率よく検出するMRI造影剤の開発を行なっている.LDLは悪玉コレステロールとして知られているが,コレステロールは動脈硬化の最大原因とされ,生体内粥状動脈硬化のプラークで過剰に作りだす.これを検出するのにMRI造影剤として使われるGd3+をキレートした有機化合物GdDO3A誘導体を合成し,LDLを修飾したナノ粒子を作った.図7(a)にその調製過程を示す.ヒトの血液から精製したLDLの表面をDO3A-OAで修飾し,これにGdを配位させ,残りの遊離のGdイオンを除去することで,直径20nm程度のナノ粒子型MRI造影剤を作成した.LDLに含まれるアポリポ蛋白が動脈硬化部分に親和性を持っているため,そこにナノ粒子が選択的に吸着し,MRIで患部が検出できる仕組みである.


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図7 LDLをビ-クルとして用いた動脈硬化症検出用のMRI造影剤の製作過程と評価試験


 このMRI造影剤のマウスを使った評価実験結果を図7(b)~(e)に示す.動脈硬化を引き起こさせたノックアウトマウスの血管に注射でナノ粒子型MRI造影剤を注入し,24時間後,48時間後のイメージを投与前と比較し観察した.図7(b)は注入前,24,48時間後のMRイメージで,各写真の左下に赤線で示す箇所の断面のイメージである.写真の中のBAは大動脈から分岐している腕頭動脈であり,Tは気管である.BAの部分に造影剤の堆積がみられる.図7(e)はMRI測定後解剖して得られたBAの血管断面を染色法で観たもので動脈硬化の様子とナノ粒子の存在が確認された[13][14].現在はさらに動脈硬化の中でも悪性化するものについて,悪性化に関わると想定されている酵素をターゲットとしたナノ粒子を研究中であると言う.また,天然のLDLは手に入りにくくなってきたので,人工的に作ることを試みているとのことである.

 この動脈硬化症のin vivoイメージングの研究は,UPennのMolecular Imaging Laboratoriesで行った研究を発展させたものであり,山越氏はスイスで新たに研究室を起こすに当たってUPennで行われた共同研究等の人脈を使い,ETHにはない施設,機器,そして専門技術をフルに使って研究の展開を図っている.例えば,マウスを使った評価実験はSmall Animal Imaging Facilityを利用し,LDL等の入手もUPennの研究グループから調達している.特にETHには医学部がないため,UPennとの共同研究は大変有効で,スイスの科研費を申請するときは共同研究者を申請書に記載し,実質的な国際共同研究として展開している.


4.化学修飾したAFM探針を用いる化学力スペクトロスコピーによる単分子認識探索

 ETH留学中のIBMチューリッヒでのSTMを用いた実験経験からナノテクノロジーに関心を高めた山越氏は,帰国後国立医薬品食品衛生研究所でAFMをバイオメディカルの世界に応用する研究をスタートさせ,この研究はUPennにおいて前述の通り進展した.

 課題は,AFM探針の先端を化学修飾し,その先端の分子と生物分子との間の単分子レベルでの分子間相互作用を調べ,単分子認識を測定することである.図8に実験システムの概略図を示す.Auコートした探針先端に独特な合成三脚型分子を不動化し,これにリガンドを接続している.基板上にはレセプターを配している.AFM探針を用いる化学力顕微鏡については1994年に現在Harvard大学にいるCharles Lieberが発表している.これに対して山越氏の提案の特徴は精密有機合成技術で設計・合成した三脚型分子を用い,リガンドを強固に固定したことである[15][16][17][18].これによりレセプターである膜タンパク質の結合解除力を単分子レベルでより高い分解能かつ再現性をもって測定できる.薬品の開発においては,標的とするレセプターに結合するもの,あるいは結合しないものを探す必要があるが,現在創薬のターゲットとなっているレセプターの多くは極微量な膜貫通型タンパク質(transmembrane receptor)であり,この手法は,他の手段で解析できない微量な試料でも扱える特徴がある.

 山越氏は,今後の期待と課題について,新たな生命現象の解明を目的とした生体分子の解析(創薬に関連したリガンド―レセプター分子認識),単分子レベルでのナノリソグラフィーなどを挙げている.


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図8 化学修飾されたAFM探針とchemical force microscopyの概念図


5.おわりに

 山越氏はフラーレンに有機化学の知識・経験をフルに適用し,医療分野への応用展開という新たな可能性を追求してきた.その応用で基礎となる水溶性を持つフラーレン化合物の調製技術を確立し,その化合物が光照射下において効率よく活性酸素種を生成することがわかり,光線力学療法剤への応用の可能性が示された.さらに,この技術をGdを含む金属内包型フラーレンに展開しつつあり,造影剤としての機能を併せ持つ薬剤の実現も見えてくる.山越氏は,こうして出来たナノ粒子に,がんなどの標的を指向する分子を付加することは可能であると言う.ナノ医療に向けた基盤技術が確立しつつあり,将来の医療の改革に期待したい.

 また,山越氏はAFMの探針を化学修飾し,単分子を認識・解析する技術については,生体の分子レバルの解析の他に,ナノリソグラフィーへの適用に期待を持っている.これは,解析応用から分子レベルの加工処理という新応用への広がりを意味し,そこからは,また,新しい技術分野の出現が予想される.

 ナノバイオメディカルは,今世紀に入って最も注目されている新しい科学技術分野の一つであり,その実用化は切に望まれる.そのための基盤技術の開拓の最先端で活躍されている山越氏は,現在化学分野で有力な「日本」,質・量ともに突出した世界中の人材を集めている「アメリカ合衆国」,これに比べてこじんまりしているが財力があり,海外から優秀な人材を集めて,技術レベルの高い「スイス連邦」を回って,グローバルな研究環境の中で,研究実績を挙げてきた.山越氏はこうした経緯について「当研究室はインターディスシプリナリーな研究内容を持つことが一つの特徴であるが,それには,適した知識・技術を有するアクティブな共同研究者を探すことがプロジェクト遂行において非常に重要となる.日本,アメリカ合衆国,スイス連邦の三ヶ国の研究機関を転々としてきて得た最も大きな利点は,それぞれの国に密な関係を取れる共同研究者をもつことができた点である」と述べている.今後の大きな発展を期待したい.


参考文献

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 本文中の図は,全て山越氏から提供されたものである.


(向井 久和)


「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2018_banner.jpg