NanotechJapan Bulletin

      

文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2018年秀でた利用成果-2>
Pt,PtCo触媒表面の酸素吸着に及ぼす水の影響
東京大学物性研究所,東京大学放射光機構 崔 藝涛,原田 慈久,丹羽 秀治,尾嶋 正治,
豊田中央研究所 畑中 達也,
トヨタ自動車 中村 直樹,安藤 雅樹,吉田 利彦
量子科学技術研究開発機構 石井 賢司,日本原子力研究開発機構 松村 大樹

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(左から)東京大学 崔 藝涛,原田 慈久,丹羽 秀治,尾嶋 正治

(左から)豊田中央研究所 畑中 達也,トヨタ自動車 中村 直樹,安藤 雅樹,吉田 利彦

(左から)量子科学技術研究開発機構 石井 賢司,日本原子力研究開発機構 松村 大樹

 

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPJ)は,微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の3つのプラットフォーム(PF)で,1,000を超える最先端のナノテクノロジー設備の利用機会を提供し,イノベーションにつながる研究成果の創出を目指している.共用設備利用は年間3,000件を超え,NPJは毎年,その中で特に優れた成果を上げた数件の研究開発を「秀でた利用成果」として表彰して来た.平成29年度は6件の表彰の一つに,量子科学技術研究開発機構の微細構造解析PFを利用した,「Pt,PtCo触媒表面の酸素吸着に及ぼす水の影響」が選ばれた.ユーザーは,東京大学物性研究所,東京大学放射光機構 崔 藝涛氏,原田 慈久氏,丹羽 秀治氏,尾嶋 正治氏,豊田中央研究所 畑中 達也氏,トヨタ自動車 中村 直樹氏,安藤 雅樹氏,吉田 利彦氏であった.東京大学物性研究所 教授 原田 慈久氏と量子科学研究開発機構 石井 賢司氏,日本原子力研究開発機構 松村 大樹氏に本研究の記事を寄稿していただいた.

 

1.はじめに

 固体高分子形燃料電池(図1)は高効率でCO2排出量の少ない次世代クリーンエネルギーとして開発が進められており,既に家庭用コジェネレーションシステム,自動車用,携帯機器用などで利用が実現し始めている.さらに広く普及させるためには,コスト削減,耐久性向上など,解決しなければならない課題が山積している.

 

図1 燃料電池セル中の物質移動,及び正極に使われる白金ナノ粒子触媒の表面において酸素が水と共吸着する様子の模式図.

 

 固体高分子形燃料電池の正極にはカーボンに白金ナノ粒子を分散させた触媒が使用されており,コスト低減のために白金量を低減した白金合金触媒や全く白金を使用しない非白金触媒などの開発が精力的に進められている.一方,目標とされる純白金触媒であっても,加湿によって活性化過電圧が発生して性能が低下することが知られている.活性化過電圧とは,電気化学反応の理論的に求められる電位と,実際に反応を進行させるために余分にかけなければならない電極の電位との差のことである.過電圧には化学反応に必要なエネルギー(活性化エネルギー)の存在による反応の遅れに起因する活性化過電圧の他に,反応物質の移動速度によって制限される濃度過電圧,電流が流れる際の抵抗に起因する抵抗過電圧があり,いずれもセル電圧の低下をまねく.理論的には加湿に伴う活性化過電圧のメカニズムがいくつか提案されていたが,実験的な検証は不十分なままだった.この原因を解明し,低減する技術を確立することが,燃料電池の性能向上とコスト低減に向けた喫緊の課題となっている.

 様々な反応条件下で白金ナノ粒子触媒の電子状態を調べるために最も良く使われる方法としてX線吸収分光がある.着目する特定の元素の内殻電子を叩きだすことのできるエネルギーを持ったX線を物質に照射すると,元素のまわりの環境を反映したX線吸収スペクトルが得られるのである.X線を透過させてその減衰量から物質の吸収を見る直接的な方法の他に,吸収後の蛍光過程を利用して,その蛍光量から吸収量を見積もる方法がある.しかし,様々な吸着物の存在によるX線吸収スペクトルの差は一般に小さく,このような従来の方法で測定した白金ナノ粒子触媒のX線吸収スペクトルでは,白金の内殻正孔の寿命によるスペクトル幅の広がりで微細な構造がぼやけてしまい,吸着に起因する電子状態の変化を捉えることが困難であった.そこで,量子科学技術研究開発機構(量研)の微細構造解析プラットフォームの登録装置である共鳴非弾性X線散乱装置を利用した高分解能型の蛍光X線吸収分光法による測定を行った.

 量研は平成28年4月に日本原子力研究開発機構(原子力機構)の一部と放射線医学総合研究所が統合されて発足した国立研究開発法人である.原子力機構は以前より微細構造解析プラットフォームに参画し,SPring-8に有していた4本の専用ビームラインの装置を利用者に提供してきた.量研の発足で,原子力機構と量研がそれぞれ2本の専用ビームラインを有する体制に変わったが,量研も微細構造解析プラットフォームに参画することで,現在も協力して大型放射光施設SPring-8にそれぞれが有する登録装置を利用者に提供している[1].

 

2.実験の概要

 高分解能型の蛍光検出X線吸収分光法は,量研が大型放射光施設SPring-8の専用ビームラインBL11XUに設置した共鳴非弾性X線散乱装置[2][3]を用いて開発を行ってきたものである.本装置は,入射X線のエネルギーωiの分解能を上げるためのモノクロメーターと,出てくるX線のエネルギーωfを精度よく測定するためのアナライザーを備えており,試料に入射するX線のエネルギーと試料から出てくるX線のエネルギーの差を5-6桁の高精度で調べることができる.(図2).共鳴非弾性X線散乱法は,これまで高温超伝導体の電子励起状態の解明など物性物理の分野の研究に主として用いられてきた.

 

図2 共鳴非弾性X線散乱装置の原理.
ωはエネルギー,kは運動量,εは偏光,添え字のiは入射X線,fは散乱X線を表す.

 

 一方,今回用いた高分解能型の蛍光X線吸収分光法は,X線で電子を叩きだした深い内殻準位に浅い内殻準位から電子が遷移する際に放出される蛍光X線を選別し,さらにエネルギー幅の狭いフィルターを用いて特定エネルギーのX線を切り出して検出することにより,内殻の寿命に制限されない高分解能なX線吸収スペクトルを得ることを可能とする方法である[4][5].海外では本手法を白金触媒における反応種の吸着サイトの同定に適用した例も報告されているが[6],入射するX線と出てくるX線の両方を十分狭いエネルギー幅で切り出す必要があるため,測定可能な装置は限られている.本装置では,モノクロメーターが入射X線のエネルギーを変化させる役目,アナライザーがエネルギー幅の狭いフィルターの役目を果たしている.

 図3に実験のセットアップの概略図と写真を示す.モノクロメーターとアナライザーは,試料である白金に対応するX線エネルギーに合わせたものが使用された.これらは,この課題以前に行われていた共同研究で整備されたものである.この装置にガス雰囲気中に測定ができるその場測定用セルが搭載され,雰囲気を制御しながら測定が行われた.本装置でのその場測定には,原子力機構が持つ,自動車触媒や電極触媒のその場X線吸収分光の豊富な経験が活かされている.

 

図3 実験のセットアップの概略図および写真 [7]

 

 図4に高速XAFS法(従来法)と高分解能型の蛍光X線吸収法での測定結果を示す.白金触媒から出る蛍光Lα1線を利用することでスペクトルのエネルギー幅が5.2eVから2.4eVへと低減している[7].これによって,従来法ではとらえられない詳細な特徴がわかるスペクトルを得ることができた.本研究では,特に,吸収が大きくなる部分に現れるピークをより鋭く測定できたことから,以下に示す結果が得られた.

 

図4 ナノ粒子触媒の初期条件および還元条件における白金L3吸収端の(a)高速XAFS法
および(b)高分解能蛍光X線吸収法での測定結果.
高速XAFS法より高分解蛍光X線吸収法で測定されたスペクトルの方がより詳細な特徴が見て取れる[7].

 

3.結果 [7]

 本研究では,燃料電池正極に用いられる平均粒径2〜3ナノメートル(ナノは10億分の1)の白金ナノ粒子触媒を1気圧の実環境下で酸素や水と反応させながら詳細にその酸化状態を解析した[6].図5に示したスペクトルは,反応後の白金の吸収スペクトルから,還元状態の白金の吸収スペクトルを引き算したものであり,酸化状態を反映する吸収の変化量を表している.今回,高分解能型の蛍光X線吸収分光法を採用した結果,酸素が水と共存することにより,白金の酸化を促進することが明瞭に検出でき,実験的に初めて明らかにすることができた.本来,触媒である白金は反応前後で不変であるべきものであるが,この反応では,白金上で酸素が水と共吸着することにより安定化して反応の進行を遅らせた結果,より過電圧が生じていると解釈できる.

 

図5 高分解能蛍光X線吸収分光法で明らかになった白金ナノ粒子における“水と酸素の共吸着による酸化促進効果”.
スペクトルは還元状態の白金からの吸収変化量(酸化状態を反映)を表している.
平均粒径約2.5ナノメートルの白金ナノ粒子では,酸素のみの吸着に対して酸素が水と共吸着することによって
明瞭に酸化促進が見られるが,白金コバルト合金ナノ粒子では酸素が水と共吸着しても,
酸素のみの場合とほとんど酸化状態が変わらないことがわかる.

 

 また,白金よりも触媒特性に優れる平均粒径約3ナノメートルの白金コバルト合金ナノ粒子についても調べたところ,酸素と水の共吸着による酸化促進効果がほとんど起こらないことを見出した(図6).さらに,ナノ粒子触媒の粒子サイズの増大とともに,水の酸化促進効果が減衰することも見出した.これまでの研究で,白金単結晶(111)モデル表面に対し,第一原理計算,すなわち経験的パラメータやモデル化を用いず,基礎物理定数から物質表面及び内部,ガス吸着,反応等状態の電子状態を数値計算し,さまざまな物理的・化学的性質を研究する手法を適用することで,酸素と水の共吸着によって白金触媒の酸化が促進される,という予測があった.本研究はこれを実験的に証明したことになる.

 

図6 白金と白金コバルト合金における酸素吸着,水吸着,酸素+水共吸着の模式図.
共吸着において,白金では水が酸素の吸着を促進するが,白金コバルト合金では促進効果が見られない.

 

4.今後の展開

 触媒性能や耐久性,コスト低減等の山積する問題を解決していくことが新規燃料電池触媒の開発には不可欠であり,基礎的なプロセスに対する知識の蓄積が求められている.本研究で得られた知見をもとにして,従来から検討されてきた合金化による白金使用量の低減に加え,白金触媒表面の水を排除する手法の開発などの新たな手法により,さらなる燃料電池の高性能化が期待される.

 

付記

 本研究は,(大)東京大学物性研究所,トヨタ自動車(株)の共同研究において,(株)豊田中央研究所,(国)量子科学技術研究開発機構,(国)日本原子力研究開発機構,(公財)高輝度光科学研究センター(陰地宏 専門技術職員,大渕博宣 専門技術職員)の協力のもと,トヨタ・東大共同研究プロジェクト「燃料電池電極反応の直接観察による反応場解析」の一環として行われた.本研究の一部は文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業による支援およびNEDOプロジェクトの成果を活用して実施した.

 

参考文献

[1] JAEA&QST微細構造解析プラットフォーム
http://www.kansai.qst.go.jp/nano/
[2] T. Inami, T. Fukuda, J. Mizuki, H. Nakao, T. Matsumura, Y. Murakami, K. Hirota, and Y. Endoh, "An inelastic X-ray scattering spectrometer for materials science on BL11XU at SPring-8", Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 467–468, 1081 (2001).
[3] K. Ishii, I. Jarrige, M. Yoshida, K. Ikeuchi, T. Inami, Y. Murakami, and J. Mizuki, "Instrumental upgrades of the RIXS spectrometer at BL11XU at SPring-8 ", J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 188, 127 (2013).
[4] Hämäläinen, K., Siddons, D. P., Hastings, J. B. & Berman, L. E. Elimination of the Inner-shell Lifetime Broadening in X-rayabsorption, Spectroscopy. Phys. Rev. Lett. 67, 2850–2853 (1991).
[5] de Groot, F., Krisch, M. & Vogel, J. Spectral Sharpening of the Pt L Edges by High-resolution X-ray Emission. Phys. Rev. B 66, 195112 (2002).
[6] Safonova, O. V. et al. Identification of CO Adsorption Sites in Supported Pt Catalysts Using High-energy-resolution Fluorescence Detection X-ray Spectroscopy. J. Phys. Chem. B 110, 16162–16164 (2006).
[7] Yi-Tao Cui, Yoshihisa Harada, Hideharu Niwa, Tatsuya Hatanaka, Naoki Nakamura, Masaki Ando, Toshihiko Yoshida, Kenji Ishii, Daiju Matsumura, Hiroshi Oji, Hironori Ofuchi, Masaharu Oshima, Wetting Induced Oxidation of Pt-based Nano Catalysts Revealed by In Situ High Energy Resolution X-ray Absorption Spectroscopy, Scientific Reports, DOI:10.1038/s41598-017-00639-1.

 

(東京大学 原田 慈久,量子科学研究開発機構 石井 賢司,日本原子力研究開発機構 松村 大樹)

 



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