NanotechJapan Bulletin

      

文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2018年秀でた利用成果-5>
海洋設備表面への付与を目的とした微細構造による環境負荷の少ない付着生物防止技術の開発
旭川医科大学 室崎 喬之氏,千歳科学技術大学 平井 悠司氏・河野 敬一氏に聞く

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フジツボ飼育水槽の前で左から,平井氏,室崎氏,河野氏


 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(NPJ)事業は,微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の3つのプラットフォーム(PF)で,1,000を超える最先端のナノテクノロジー設備の利用機会を提供し,イノベーションにつながる研究成果の創出を目指している.共用設備利用は年間3,000件を超え,NPJは毎年,その中で特に優れた成果を上げた数件の研究開発を「秀でた利用成果」として表彰して来た.平成29年度は6件の表彰[1]の一つに,千歳科学技術大学の分子・物質合成PFを利用した,「海洋設備表面への付与を目的とした微細構造による環境負荷の少ない付着生物防止技術の開発」が選ばれた.ユーザーは,旭川医科大学 化学 室崎 喬之氏と電力中央研究所 野方 靖行氏,支援機関担当者は,千歳科学技術大学 平井 悠司氏と下村 政嗣氏であった.バイオとナノテクノロジーの融合によるユニークな成果の内容を知るべく,利用者には旭川からご足労いただき,北海道新千歳空港に近い,千歳科学技術大学でお話を伺った.お話を伺った方々は,旭川医科大学 化学教室 助教 室崎 喬之(むろさき たかゆき)氏,千歳科学技術大学 理工学部 応用化学生物学科 専任講師 平井 悠司(ひらい ゆうじ)氏,同大学 フォトニクス研究所 ナノテクノロジープラットフォーム事業 分子・物質合成プラットフォーム シニアアドバイザー 河野 敬一(かわの けいいち)氏の3人である.


1.バイオミメティクスを特徴とする千歳科学技術大学分子・物質合成プラットフォーム [2]

 千歳科学技術大学(千歳科技大)は,北海道の玄関口である新千歳空港に隣接し,平成10(1998)年に開学の私立大学である.大学の構成を,ホームページをもとに図1にまとめた.光科学部・物質光科学科,光応用システム学科の2学科で開学したのち,大学院設置,学科再編を経て,理工学部3学科と大学院・光科学研究科となっている.研究活動は,フォトニクス研究所と産学官連携を行う部門の2つで行い,産学官連携の一つが,フォトニクス研究所のナノテク支援運営委員会により運営される,ナノテクノロジープラットフォーム 分子・物質合成プラットフォーム(PF)である.産学官連携のもう一つの活動が,開学時から重視している光技術のホトニクスバレープロジェクトである.アメリカ・シリコンバレーに倣い,日本・光テクノロジー版として名づけられたこのプロジェクトは,千歳市,光テクノロジー関連企業が加わって,地域の活性化,産業・学術研究の発展に貢献しようという組織である.


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図1 千歳科技大の構成と分子・物質合成PFの位置付け


 千歳科技大 分子・物質合成PF[3]は,「北海道バイオ・材料イノベーション」のスローガンのもとに,真空蒸着装置【有機ディバイス(EL)研究用蒸着装置】,電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM),超伝導核磁気共鳴装置(NMR,400MHz),ラマンイメージングなど,48の装置・技術が供用ツールとして登録されている.

 また,オンリーワン装置に,次の3つを挙げている.

1.湿式微粒化装置(ジェットミル):高圧で分散・乳化・解砕を行い,ナノ粒子の分散に威力を発揮.

2.自己組織化構造作製装置:自己組織化現象を利用することで,様々な微細構造を作製

3.走査型近接場光学顕微分光システム:近接場光と試料表面の相互作用による散乱光を分光検出.

 この中で2.は,本稿の開発でも用いられた自己組織化微細構造を作製可能な装置である.本装置では基板とガラスローラーの間に溶液を滴下し,ローラーを回転させて薄い塗膜を形成させることで,溶液の蒸発時に発生する濃度不均一化や脱濡れ等の自己組織化現象によって, 溶質の微細パターン構造を作製できる.図2に,この装置と自己組織化によって作製可能な微細構造の例を示した.


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図2 自己組織化構造作製装置(左)と作製した自己組織化表面微細構造(右)


 千歳科技大 分子・物質合成PFの成果事例には,生物や生体に関係するものが多い[4].一つの例は,利尻島昆布の生育を阻害する外来種褐藻ヨレモクから阻害物質を抽出し,創薬の種を見つけた.

 また千歳科技大では,生きた状態の含水サンプルを広視野かつ高解像度に電子顕微鏡で観る事を可能にする特徴的な支援技術「ナノスーツ法」[5]を有している.一般に電子顕微鏡を用いた観察には電子線を透過しやすい高真空環境が必要であるが,高真空環境下では水分蒸発のため,生物試料の表面構造は大きく変形する.含水試料の表面構造をできるだけ変形させずに電子顕微鏡観察する方法として,低真空SEMや大気圧SEMなどが研究・開発されてきた.しかし低真空度のため,一般的な電子顕微鏡と比べ解像度が低いことや電子線透過窓が小さいため,視野が狭いといった課題もある.近年,浜松医科大学の針山孝彦教授らのグループはショウジョウバエなどの幼虫が分泌する細胞外物質に電子線またはプラズマを照射すると生物試料表面に50-100nmの重合膜(ナノスーツ)が形成され,高真空環境下でも生物内部から気体や液体の蒸散が起こらないことを発見した(図3).さらにこの細胞外物質を模倣した化学物質を塗布することで様々な生物試料を化学固定や金属蒸着処理することなく直接観察することが可能である.この支援技術により生物試料・病理組織・食品・含水試料の詳細な表面構造を明らかにすることが可能となる.また千歳科技大の周辺には千歳湖や支笏湖など生物学者らにとって重要なフィールドが広がっており,サンプル採取後すぐに観察を行うことができるメリットがある(図4).ナノスーツ法は,後述のフジツボ付着期幼生の観察や付着実験に用いられる防汚性表面微細構造を有する材料開発にも活用されている.


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図3 A:ナノスーツ法の概念図,B-D:ナノスーツ処理したショウジョウバエ幼虫の電子顕微鏡画像.
高真空条件下生存し(B-C),表面に薄膜が形成されている(D).


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図4 左:千歳科技大に隣接する千歳湖,右:支笏湖近くの山林での昆虫採集の様子


2.海洋設備表面への生物付着の問題:フジツボの被害

 チャールズ・ダーウィンは進化論の提唱で有名であるが,熱心にフジツボの研究を行ったことでも知られている. 彼は約8年に渡りフジツボ研究に没頭し計4冊の書籍にまとめている.フジツボは様々な物に付着する.養殖の牡蠣にも付着して成長を遅くし,魚養殖の網やブイにも付着してしまうため,養殖業として被害を受ける.発電所の冷却水系統配管にも付着するので,付着量が多くなるとトラブルの原因となるため,定期的に取り除く必要がある.国内の船舶,漁業,臨海工業関係における付着生物の除去費用は年間1,000億円に上ると言われている(図5).


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図5 桟橋に付着したフジツボ群集


 フジツボには様々な種類があり,本州以南ではアカフジツボやタテジマフジツボが代表的な種とされるが,北海道に生息するものはチシマフジツボやミネフジツボなどの北方系の種が多い.成長したタテジマフジツボの典型的な大きさは約1.5cmで,石灰質の殻を有して一見すると貝類のようだが,約200µmのノウプリウス幼生の時期があることから甲殻類であることが分かる.北方系フジツボの一種であるミネフジツボは陸奥湾に多く生息しており食用となる.1kg 5,000~7,000円程度,殻付きで1個数百円する高級食材で,エビやカニと似た味がして美味しい.

 フジツボは幼生から成長の過程で付着基質に付着する(図6).幼生は水中を移動し,植物プランクトンを摂って成長する.成長して500µmほどのキプリス幼生になると,複眼,付着肢,胸肢ができ,胸肢を震わせて水中を泳ぐが,固体の基質表面では付着肢で歩くような行動をとる.歩いている間に付着するのに良い場所を探す.付着場所を見つけたら,体内から自らを固定するためのセメントになるタンパク質を出し,付着基質に固着する.その後,そこで一生を過ごす.


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図6 タテジマフジツボ(Amphibalanus amphitrite)のライフサイクル


 フジツボはギリシャ時代から問題にされていた.フェニキア時代には,銅板に付かないことが知られ,また,タールを混ぜたものを船に塗ってフジツボの害を防ごうとした.ダーウィンの乗ったビーグル号は港に着いたら付着物を掻き落としていた.日本特許第一号は,1885年の漆に鉄粉,鉛丹,柿渋,生姜などを混ぜて塗るとフジツボがつかないという防汚材料であることは,知る人ぞ知る,ところである.

 船舶への付着防止には毒性のある化合物により非選択的に生物を殺傷する塗料が用いられてきた.DDT,PCB,亜酸化銅などの殺生剤に続いて1970年以降,有機スズ系の防汚塗料が使われたが,環境ホルモンとしても作用し,巻貝などの海洋生物に影響する.そこでこれに代わるものを求めて,科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ERATO伏谷着生機構プロジェクト(1991/10~1996/9)で天然由来の付着忌避物質の探索が行われた[6].最近では構造決定された天然由来付着忌避物質の知見を元に低毒性・高付着阻害活性を有する化合物の化学合成が試みられている.シリコーン製の防汚塗料も開発・実用化されているが,効果があるとともに耐久性などで既存の防汚塗料に劣っている.また,ハイドロゲル,微細構造などの材料についても検討がなされたものの実用化に至った例は少ない.物理的な刺激による防汚も試みられ,超音波による対策は効果があるものの,常時エネルギーを消費することになってしまう.そのため,新たなアプローチが求められていた.

3.フジツボの付着防止を探るため,飼育して付着行動を詳細観察 [7][8]

 室崎氏は,研究者人生を歩みだして以来,生き物に関わる研究に多く携わってきた.初めの頃には生体高分子のゲル-ガラス様転移について研究していた.その後は,ナマコ体壁の強度変化や高分子ゲルの研究やバイオミメティクスの研究を行っている.現在は付着生物に対する環境負荷の少ない防汚材料研究が主なテーマである.高分子ゲルや表面微細構造を用いた防汚材料の研究・開発を電力中央研究所や企業と共同で行っている.最近では,千歳科技大の実験室に飼育槽を持ち込み,千歳科技大ナノテクプラットフォーム支援のもと,表面微細構造の作製やナノスーツ法を用いたFE-SEM観察などにより,付着生物の付着行動の詳細な観察を行っている(図7).


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図7 千歳科技大のフジツボ飼育水槽
(V字に見えるプラスチック板にフジツボが付着している)


 付着実験に用いるフジツボは,実験室内で飼育されている成体フジツボより得られたノウプリウス幼生を滅菌海水で洗浄後,滅菌海水で満たしたガラス製の飼育槽に移し,餌となる珪藻を与えてキプリス幼生まで飼育する.

 前述のように,フジツボは生まれて,キプリス幼生になり,幼生が付着場所を探索して付着し,着生,変態,成長して成体となり,幼生を生むというサイクルを取る.キプリス幼生は,水中では泳いでいるが,付着基質表面上では歩いている.キプリス幼生はその身体の前方に一対の付着肢(第一触角)を有しており,その先端部は感覚器官となっている.着生(付着し変態する)前に,キプリス幼生はこの触角を用いて付着基質上にて一時接着を繰り返すので歩行をしているように見える.歩いている間に付着するのに良い場所を探す,“探索行動”である(図8).探索行動を何度も繰り返した後,付着場所が決まると,キプリス幼生は,セメント腺から体外に通じるダクトを通して,セメント物質を分泌,排出して付着基質表面に着生する.着生したらそこで一生を過ごすので,場所の選択,着生はフジツボにとって重要な過程である.


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図8 タテジマフジツボの付着過程
左から,付着期キプリス幼生(体長500µm),キプリス幼生の探索行動,成体(直径約15mm)


 フジツボが付着する時に使うセメントは水中接着剤になっている.セメント腺からセメントとなるタンパク質を分泌し,体内から体外に通じるダクトを通してセメントを付着基質表面に送り,殻を基質に固定する.キプリス幼生が歩くと跡が残る.付着肢からの分泌液中にフェロモンとして作用するタンパク質も含まれているので,足跡にフェロモンが残り,他の幼生がそこに集まってくる.成体からもフェロモンを出し,同種の幼生をおびき寄せる.キプリス幼生が着生前に探索行動を取る理由は,対象の付着基質が着生をするのに適しているかどうか判別するためである.そのため,キプリス幼生の探索行動と付着基質の選択性の間には相関があるものと考えられる.


4.ナノテクプラットフォームを活用した微細構造による付着防止技術の開発 [7][8]

4.1 付着防止を探るための表面微細構造の作製

 これまでの防汚材料開発は毒性のある薬剤で殺生する方法や音波や泡の発生によるものが多く,ハイドロゲルのようなソフトマターや表面の微細な凹凸形状はあまり注目されて来なかった.後者の方法は毒性を示さずエネルギー消費も少ないため,環境負荷の小さな防汚技術になると考えられる.近年,鮫肌の表面構造を模倣したsharkletという防汚性表面構造が研究されてきており,藻類やバクテリアの付着を低下されることが報告されている[9].表面微細構造の作製にはリソグラフィやエッチングなどの手法が用いられるが,一般的に加工費が高い.室崎氏は以前からこのテーマに取り組んでいるが,最近では千歳科技大の下村政嗣教授らと共同で研究を行い,前述のPFオンリーワンの自己組織化構造作製装置を用いて研究を行っている.

 千歳科技大の下村政嗣教授らは,水滴を鋳型とした自己組織化ハニカム状多孔質膜の作製に成功している[10].加湿雰囲気下において,基材となる高分子溶液膜中の有機溶媒の蒸発時に,気化熱による溶液表面の冷却が起り,その結果溶液表面に結露として生じる微小な水滴が自己組織化的に表面に規則配列する(図9).鋳型となった水滴の蒸発後には,孔径が数µm~20µmの細孔がハチの巣状に二次元に配置された表面微細構造を有する多孔質の高分子膜が得られる(図10).また,ハニカム状多孔質膜に2次的な処理を加えることでピラー構造やマイクロレンズアレイ構造など様々な微細構造を持つ表面の作製が可能となっている(図11).


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図9 自己組織化ハニカム状多孔質膜の作製プロセス


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図10 自己組織化ハニカム状多孔質膜
(左)全体像,(右)膜表面と断面の電子顕微鏡像


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図11 自己組織化ハニカム状多孔質膜をベースに作製される様々な表面微細構造


 本研究では,クロロホルムを溶媒として用い,Polystyrene(PS)(またはPolybutadiene,PB)とCapポリマー(N-dodecyl acrylamide と 6-acrylamide-n-caproic acid をモノマー比 4 : 1 でランダム共重合したポリマー)を重量比10 : 1となるよう混合した高分子溶液を調整した.この高分子溶液を,高湿度条件下において,流し込む溶液量,加湿風量を調整しながらガラス基板上に薄く流し込み,孔径が5~20µmとなるハニカムフィルムを作製した.また得られたハニカムフィルムの上層にスコッチテープを貼り付け,テープを剥離する事によって,柱状の構造が規則的に配列したピラー構造の表面微細構造を作製した.作製後,それぞれの表面微細構造膜をPolyethylene terephthalate(PET)フィルム上に回収した.また得られた膜の表面構造はPFのFE-SEMを用いて観察を行った.


4.2 表面微細構造のフジツボ付着に対する影響

 内径16mm,壁面がPS,底面がハニカム構造,またはピラー構造のウェルを着生実験に用いた.フジツボの着生段階であるキプリス幼生を30個体/ウェルとなるよう滅菌海水500µLとともにウェルに投入し,各ウェルを人工気象器中(温度25℃,湿度80%)に静置した.その後,底面に着生した個体数を実体顕微鏡下にてカウントした(図12).


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図12 付着実験の模式図


 図13にハニカム構造およびピラー構造上のサイズとフジツボの規格化付着数(フラットを1とした時)との関係を示す.孔径10µm以上のハニカム構造上ではコントロールよりも着生率が低く,ハニカム構造は防汚効果を示した.また,各孔径のハニカム構造における着生率を比較すると,孔径が大きいほど着生率が減少していく傾向が見られた.ピラー構造においては,着生率と孔径の間に明確な関係性は見られなかった.キプリス幼生は着生に好適な表面を探すため,二本の触角を使って歩行のような探索行動を行うことが知られている.触角先端にある付着器官の幅は約20µmである.従って,ハニカム構造の場合空孔が存在するため,付着器官の接地面積がフラットな基板よりも少なく探索行動を行いづらかったことが着生率減少に影響した事が示唆される.


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図13 ハニカム構造のサイズとフジツボ着生数の関係


4.3 フジツボの付着前行動と表面微細構造による付着阻害効果

 フジツボの付着前行動と表面微細構造による付着阻害効果の関係を調べるため,内径16mmの底面を孔径15µmのハニカム構造,ピラー構造,コントロールとしての平滑面の3種類に分割したウェルを作製し(図14),各構造上におけるキプリス幼生の行動を30f/sで10時間動画撮影した.得られた動画は画像解析ソフトを用いてキプリス幼生の動態追跡を行い,探索行動の軌跡や速度,時間について解析を行った.


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図14 3分割培養皿を用いた付着実験


 図15にキプリス幼生が示した探索行動の全軌跡を示す.実験開始から10時間のうちに合計211回の探索行動が観察された.この結果から,フラット及びピラー構造表面では頻繁にキプリス幼生は探索行動を取っている事がわかる.一方,ハニカム構造上では他の基板に比べ探索時の軌跡が非常に少ない事が明らかとなった.次に各基板上での探索行動の発生回数を調べた結果,実験開始より初期の1時間程度では各基板上における探索行動の発生回数に大きな違いは見られなかったが,時間の経過とともにハニカム構造に比べ,フラット及びピラー構造表面において多く探索行動が発生する結果となった.


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図15 各構造表面におけるキプリス幼生探索行動の軌跡(赤線で示す)


 また探索行動時には大きく分けて3つの行動様式がある事が明らかとなった.探索行動時のキプリス幼生の第一触角の動かし方に着目した場合,一対の触角の片方を基板上に固定し,もう片方で周りを探る行動を取ることが見られる.これを“Pivoting”と呼ぶことにする.また,触角の両方を交互に動かす歩行のような行動,これを“Walking”を呼ぶ.両方の触角を固定し前後に身体を揺らす行動,これを“Dancing”と呼ぶ.今回の実験で見られた全ての探索行動を解析した結果,キプリス幼生は表面に接触後,まず初めに“Pivoting”行動を取る事がわかった.その次に探索行動を続ける個体は“Walking”と“Pivoting”を繰り返し取る過程に移行し,着生の直前に“Dancing”行動を取る事が明らかとなった.また,着生した個体は全て“Pivoting”→“Walking”→“Dancing”の行動を順に経ている事が明らかとなった.

 各基板上において最初に“Pivoting”行動を取った個体のうち,どの程度が“Walking”行動に移行するのか調べた結果,フラットおよびピラー構造上では約6~7割のキプリス幼生がWalking行動へ移行したのに対して,ハニカム構造上においてWalking行動に移行した幼生は2割程度しかいない事が分かった.ハニカム構造上では,キプリス幼生の“Walking”行動が大きく阻害される事により,結果としてキプリス幼生の着生が他基板に比べ減少したものと考えられる.

 付着を支配する要因は多く,課題は多く残されている.実用化に向けて,室崎氏らは引き続き挑戦を続けている.


5.おわりに

 船底や発電施設冷却水配管などに付着する生物は,古代以来の厄介者だった.付着防止には殺虫剤や,有機金属防汚剤が用いられ,環境汚染が問題だった.これに対し,本稿の「秀れた利用成果」では,環境に優しい高分子表面のハニカム微細構造が付着を阻害することを明らかにした.この成果は,千歳科技大 分子・物質合成プラットフォーム供用装置の中の,オンリーワン装置の一つである自己組織化構造作製装置の活用と生物に関する化学の研究とのが結びついて得られた.付着生物の飼育,付着行動の詳細観察から,微細構造面への付着実験を思いつき,付着防止に有効な構造を見出すとともに,付着阻害のメカニズムを明らかにした.最先端科学技術として近年発展している,バイオテクノロジーとナノテクノロジーの融合による成果である.技術の融合による新しいイノベーションの誕生とこれに対するナノテクノロジープラットフォームの貢献を期待したい.


参考文献

[1] NanotechJapan 利用成果セレクション 秀でた利用成果(nano tech 2018 展示)
http://nanonet.mext.go.jp/selection/
[2] 千歳科学技術大学 https://www.chitose.ac.jp
[3] 分子・物質合成プラットフォーム「北海道バイオ・材料イノベーション」千歳科学技術大学
https://www.chitose.ac.jp/~nanotec/
[4] ナノテクノロジープラットフォーム成果事例 千歳科学技術大学
http://nanonet.mext.go.jp/case/?keyword=&search_type=...
[5] 高久 康春,鈴木 浩司,太田 勲,石井 大佑,村中 祥悟,下村 政嗣,針山 孝彦,「ナノスーツを用いた生きた生物試料のFE-SEM観察」,顕微鏡 Vol. 49, No. 1, pp. 68-72 (2014)
[6] 伏谷着生機構プロジェクト
https://www.jst.go.jp/erato/research_area/completed/fck_PJ.html
[7] 室﨑 喬之,野方 靖行,「微細構造表面におけるフジツボ幼生の付着前行動」,日本マリンエンジニアリング学会誌 第52巻 第1号,pp. 14-18 (2017)
[8] 室崎喬之,「バイオミメティクスと表面技術 (II) ハイドロゲルを利用したフジツボ付着抑制技術の開発」,表面技術,第68巻,第2号,pp. 181‐186 (2017)
[9] Kenneth K. Chung, James F. Schumacher, Edith M. Sampson, Robert A. Burne, Patrick J. Antonelli, and Anthony B. Brennanless, "Impact of engineered surface microtopography on biofilm formation of Staphylococcus aureus", Biointerphases, Vol. 2, Issue 2, pp. 89-94 (2007)
[10] Olaf Karthaus, Norihiko Maruyama, Xavier Cieren, Masatsugu Shimomura, Hirokazu Hasegawa, and Takeji Hashimoto, "Water-Assisted Formation of Micrometer-Size Honeycomb Patterns of Polymers", Langmuir, Vol. 16, No. 15, pp. 6071-6076 (2000)


(図は全て室崎氏から提供された)

(古寺 博)


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