NanotechJapan Bulletin

      

文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用成果
<2017年秀でた利用成果-1>
超高効率水素製造光触媒を実現した新奇薄膜構造の発見とその構造解析
東京大学物性研究所1,JSTさきがけ2,ローレンスバークレー国立研究所3 高橋 竜太1,2,川崎 聖治1,3,リップマー ミック1
名古屋大学工学研究科 山本 剛久,中尾 知代,榎本 早希子,荒井 重勇

 

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(左から) 東京大学物性研究所,JSTさきがけ 高橋 竜太
東京大学物性研究所,ローレンスバークレー国立研究所 川崎 聖治
東京大学物性研究所 リップマー ミック

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(左から) 名古屋大学工学研究科 山本 剛久,中尾 知代,榎本 早希子,荒井 重勇

1.はじめに

 太陽光は無尽蔵にある環境に優しいエネルギーであり,太陽の光エネルギーをいかにして燃料に変換し蓄積するかが,人類のエネルギー問題の課題とも言える.変換したエネルギーの中でも,水素は二酸化炭素を排出しないという点で,環境に優しいサステーナブルなエネルギー燃料と言われている.そのような水素を太陽光から製造するプロセスとして水分解光電極が注目を浴びている.1970年代に本田先生,藤嶋先生によって見つけられた現象で,その模式図を図1に示す.酸化物半導体を水の中に入れ,バンドギャップ以上の光を照射すると光誘起されたホール電子対が内部電界によって電荷分離し,ホールと電子がそれぞれの電極において水と反応して水素と酸素を発生する[1].しかし,この反応の効率は非常に低いため,より効率よく水素を発生する材料開発が盛んに進められている.その研究アプローチを非常に大まかに分類すると,二つの方向性がある[2].1つ目は狭ギャップ化した光触媒材料の探索である.光触媒として最も利用されているd0系酸化物の多くは3eVを超えるバンドギャップを持っており,可視光応答する光触媒材料は非常に少ない.複合アニオンまたは不純物カチオンをドープし,バンドギャップ内に新しい準位を形成することで可視光応答させることが試みられている.2つ目は可視光応答性がある既存の光触媒材料を使って,助触媒の担持構造またはナノ構造などの試料構造を工夫し,フォトキャリアの電荷分離機構を促進し,光電極の高効率化を目指すアプローチである.

 

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図1 n型半導体を用いた水分解光電極の模式図.

 筆者らは後者のアプローチを取り,得意としている酸化物のエピタキシャル薄膜技術を利用し[3][4][5],Rh:SrTiO3,Ir:SrTiO3薄膜の作製を行ってきた.このプロセスのメリットとして,試料表面を原子レベルで規定できる,電圧を試料に有効的に印加できる,そして電荷分離したホールと電子の再結合を抑制できる点などが挙げられる.通常,SrTiO3は3.2eVのバンドギャップを有し,紫外光しか吸収しない光触媒材料であるが,Rh4+やIr4+をドープしたRh:SrTiO3,Ir:SrTiO3では,バンドギャップ内に不純物準位が形成し,可視光に応答する光触媒材料になる[6][7].これらの材料を用いて原子レベル制御された単結晶性の薄膜を作製し,放射光による精密評価から不純物準位を計測する研究,そして高効率な光電極に必要な不純物元素の価数制御に関する研究を行ってきた[8][9][10][11].そんな中,筆者らは特異な成膜条件下でIr:SrTiO3薄膜を作製するとナノ表面構造が成長し,光電極特性が著しく向上する現象を見出した[11].所属研究室の装置によってIr金属が析出しているのがわかったが,光電極特性が増強作用を示す界面構造を詳細に理解するまでには至らなかった.そこで,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(名古屋大学 微細構造解析プラットフォーム)の支援を受け,最先端の微小加工技術を駆使し,高分解能透過電子顕微鏡(TEM)の観察を行った.その結果,Ir金属のナノピラー構造がIr:SrTiO3薄膜の中に自己組織的に成長し,助触媒として機能している現象を突き止めることができた.本稿では,筆者らが行ってきた新奇ナノ構造による光電極の高効率化の実験の経緯から,高分解能TEM解析によるナノ構造の解明までの内容について紹介する.

2.実験:可視光応答光触媒薄膜の作製と評価について

 パルスレーザー堆積法(PLD法)を用いてIr:SrTiO3の単結晶薄膜を作製した.この手法は真空中に原料となる焼結体ターゲットをフォーカスしたKrFエキシマレーザー(波長:248nm)でアブレーションすることによってプラズマ化し,高温に加熱した基板上に薄膜として堆積する方法である.酸素圧,基板温度,堆積スピード,レーザーエネルギー密度など複数の合成パラメーターを最適化すると,焼結体原料の組成とほぼ一致する単結晶性の薄膜結晶を作製することができる.ナノ表面構造が析出する薄膜は1mTorrの酸素圧雰囲気下,700℃の基板温度で堆積を行った.作製した薄膜についてはX線回折(XRD)による構造解析と原子間力顕微鏡(AFM)とX線光電子分光(XPS)による表面分析の評価を行っている.光電極特性はNb:SrTiO3(Nb濃度0.05wt%)の電極基板の上に堆積したIr:SrTiO3薄膜を利用し,3端子法によりCyclic-Voltammetryを用いて評価した.実験条件の詳細については参考文献[8][9][10][11]を参照されたい.

3.Ir:SrTiO3薄膜の作製と新奇ナノ構造の発見

 PLD法を用いて作製したIr:SrTiO3薄膜の結果を図2(a:薄膜結晶の写真,b:AFM像)に示す.Ir4+がSrTiO3のB-siteにドープされ,可視光を吸収する単結晶性の薄膜を作製することができる.その薄膜の表面をAFMで観察すると,結晶構造の1格子に相当する0.4nmの高さのステップ構造を有する平坦な表面を形成しており,原子レベルで平坦な表面を持つ光触媒薄膜を作製できているのが確認できる.ここで示す通常のIr:SrTiO3薄膜は100mTorr,700℃で薄膜を堆積してきたのに対し,酸素圧条件を変化させた1mTorrの条件下で薄膜を作製すると図2(c)に示すようなナノ表面構造を有する薄膜が再現よく成長することがわかった.また,Cyclic-Voltammetryを用いてそれぞれの光電極測定を行った結果を図3に示す.どちらの試料でも光アノード特性が観測されたものの,表面ナノ構造を持つサンプルでは光電流値が約20倍に増大しているのが確認された.XPSやXRDによる表面や構造の評価を行ったところ,表面ナノ構造を持つ薄膜ではIr金属の析出が判明した.さらに可視光にも応答する光電極特性とIr4+がXPSで検出された解析結果から,ナノ表面構造を有する試料はIr:SrTiO3薄膜の光触媒層とIr金属の助触媒が混ざった構造になっていることが示唆された.

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図2 (a)Ir:SrTIO3薄膜の写真,(b)最適条件下で作製したIr:SrTIO3薄膜の表面AFM像,
(c)ナノ構造を持つIr:SrTIO3薄膜の表面AFM像.AFM像のサイズは1x1µm2

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図3 Ir:SrTIO3薄膜の光電気化学特性.ナノ構造の析出によって光電流の値が約20倍に増大する.

 

 Ir金属に関連するナノ表面構造が自己組織化することによって光電極反応が増大する現象を解明するために,名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの支援を受け,ナノ表面構造の微細加工と高分解能TEM観察を行った.断面方向の微細加工は,薄膜表面同士をポリマーで接着し,機械研磨加工,そしてディンプリング加工とArイオンミリングで仕上げたのに対し,平面方向についてはサンプルを3°傾斜させて固定し,超精密研磨加工を行ったのち,5分のArイオンミリングで試料を薄片化した.

 図4に上記の微細加工によって作り出した薄片試料の高角度散乱暗視野(HAADF-STEM)像の結果を示す.図4(a),(b)は平面方向のPlan-view像,図4(c),(d)は断面方向の像を示している.HAADF-STEM像は重い元素ほど明るく観察される.重い元素から構成されるIr金属が白い部分に相当し,Ir:SrTiO3の薄膜マトリックスの中に5nmの太さを持つIr金属のナノピラー結晶が自律的に成長しているのが確認できる.Ir金属は面心立方格子をしており,その格子定数は1.91Åである.ペロブスカイト構造を持つIr:SrTiO3の格子定数3.91Åと格子整合しながら成長している様子が判明し,XRDによる構造評価の結果とも相関する結果となった.

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図4 Ir金属ナノピラー構造がIr:SrTiO3薄膜に埋め込まれたナノコンポジット構造のHAADF-STEM解析.
(a,b)ナノコンポジット結晶のPlan-view像.(c,d)ナノコンポジット結晶の断面像.(b,d)はIr金属ナノピラー部分の拡大像.

  図4(c,d)の断面像を詳しく見てみると,Ir:SrTiO3薄膜とSrTiO3基板部分のコントラストがほとんどなく,界面を確認するのが非常に難しい.筆者らが用いたパルスレーザー堆積法だけに限らず,分子線エピタキシー法やスパッタ法でSrTiO3薄膜を1,000℃以下で堆積すると,SrとTiの組成ズレによる欠陥構造が発生し,TEM像を見ると薄膜層と基板層にコントラストの差が出てしまうのが知られている[12].しかし,本研究で得られた高分解能TEM像にはそのような欠陥構造は一切観察されず,化学量論組成に近いSrTiO3薄膜が堆積しているのがわかる.特に本研究で用いた成長温度は700℃という低温であり,結晶性が高いSrTiO3薄膜が成長する1,000℃以上の温度に比べると非常に低い温度と言える.Ir金属のナノピラー構造がフラックス手法[4]のような結晶成長を促進する添加材の役割を担っており,欠陥構造や不純物をナノピラー構造に取り込みながら高い結晶性を有するIr:SrTiO3薄膜が成長していることも示唆される結果となった.


 最後に,高分解能TEM像から解明されたナノピラー構造と水分解光電極反応の関連について考えていきたい.Ir金属は~5.7eVの仕事関数に対し,n型半導体のSrTiO3は4.2-4.3eVの電子親和力を有しており,その界面は図5の模式図のようなショットキー接合を形成していると予想できる.この特異な界面において光誘起されたホール電子対が電荷分離し,ホールはピラー構造を介して溶液と反応する.電荷分離過程を促進する界面構造が薄膜内に無数に分散することによって,光電極反応が著しく高効率化した.反応効率の波長依存性について調べた結果を図5(b)に示す.照射した光に対する効率(外部量子効率)と吸収した光に対する効率(内部量子効率)を左軸,光の吸収係数を右軸に示している.外部量子効率の値は吸収係数に比例しながら変化しており,観測された光電流がIr:SrTiO3薄膜中の光励起によるものであることを意味している.内部量子効率の結果を見ると,一部の可視光領域において80%を超える高い効率が見出され,ナノピラー構造を持たないIr:SrTiO3薄膜の20%に比べ,約4倍に増大していることが明らかになった.高分解能TEMによって解明されたナノピラー構造がショットキー接合を3次元的に形成することで,光励起キャリアの電荷分離が促進された結果,水分解光電極反応を高効率化できたと言える.

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図5 (a)ナノピラー構造によって増強する水分解光電極のメカニズムについて.
(b)光電極反応の内部量子効率(左軸赤色),外部量子効率(左軸青色),光の吸収係数(右軸)の波長依存性について.

 

4.まとめ

 単結晶薄膜を用いた物性やデバイス研究のメリットはバルク単結晶に匹敵する試料から基礎的性質を調べられるだけでなく,結晶性の向上によってその特性をバルクレベルまで近づけ,材料が持つ機能・特性を最大化することだと筆者らは考えている.特に,光触媒という応用を考えると,試料の作製にかかるコストが格段に安く,プロセスも簡易な多結晶性の粉末の方が適しているのではないかとコメントを受けることも多くあり,多結晶薄膜にはできない機能性を単結晶薄膜で発現させることが必要不可欠になっている.  本研究では酸化物と金属ナノピラーのナノコンポジット光電極という新奇ナノ構造を発見し,多結晶薄膜にはできないナノヘテロ界面技術を応用することで,単結晶性の光触媒薄膜に新しい付加価値を寄与することができた.このような成果が得られたのも筆者らが有する薄膜合成技術だけでなく,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(名古屋大学 微細構造解析プラットフォーム)の支援による高分解能TEM分析,そしてTEM解析を可能にする微細加工技術に拠るところが極めて大きい.

謝辞

 ここで紹介した研究は東京理科大学理学部 工藤 昭彦教授,東京大学物性研究所 小森 文夫教授,吉信 淳教授,高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 組頭 広志教授,小林 正起博士の協力を得て行ったものです.また,本研究は文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業以外にも,新学術領域研究“3D活性サイト科学”(課題番号26105002),JSTさきがけ,日本学術振興会特別研究員(DC2),MERITプログラム,および中部電気利用基礎研究振興財団,泉科学技術振興財団,岩谷直治記念財団の支援を受けています.この紙面を借りて各財団の支援に感謝いたします.

参考文献

[1] A. Fujishima and K. Honda, Nature, 238, 37 (1972)
[2] 松本祐司,表面科学34,368 (2013)
[3] リップマー ミック,応用物理75,303 (2003)
[4] 高橋竜太,松本祐司,セラミック45,724 (2010)
[5] 高橋竜太,リップマーミック,固体物理52,105 (2017)
[6] A. Kudo and Y. Miseki, Chem. Soc. Rev. 38, 253 (2009)
[7] R. Konta, T. Ishii, H. Kato and A. Kudo, J. Phys. Chem. B, 108, 8992 (2004)
[8] S. Kawasaki, K. Nakatsuji, J. Yoshinobu, F. Komori, R. Takahashi, M. Lippmaa, K. Mase and A. Kudo, Appl. Phys. Lett. 101,033910 (2012)
[9] S. Kawasaki, K. Akagi, K. Nakatsuji, S. Yamamoto, I. Matsuda, Y. Harada, J. Yoshinobu, F. Komori, R. Takahashi, M. Lippmaa, C. Sakai, H. Niwa, M. Oshima, K. Iwashina, and A. Kudo, J. Phys. Chem. C, 116, 24445 (2012)
[10] S. Kawasaki, R. Takahashi, K. Akagi, J. Yoshinobu, F. Komori, K. Horiba, H. Kumigashira, K. Iwashina, A. Kudo, and M. Lippmaa, J. Phys. Chem. C, 118, 20222 (2014)
[11] S. Kawasaki, R. Takahashi, T. Yamamoto, M. Kobayashi, H. Kumigashira, J. Yoshinobu, F. Komori, A. Kudo, and M. Lippmaa, Nat. Commun. 7, 11818 (2016)
[12] T. Ohnishi, K. Shibuya, T. Yamamoto and M. Lippmaa, J. Appl. Phys. 103, 103703 (2008)

(東京大学物性研究所 高橋 竜太)


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