NanotechJapan Bulletin

      


<第63回>
ウォータージェット法で作製したバイオマスナノファイバー
"BiNFi-s®"の展開 ~独自開発したセルロースナノファイバー抽出技術と疎水化技術を組み合わせた粉末製造法の開発~

株式会社スギノマシン 常務執行役員 杉野 岳氏に聞く

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杉野 岳 氏と開発されたBiNFi-s®商品群


 セルロースナノファイバー(CNF)は鉄の5倍の強度,鉄の1/5の軽さ,石英硝子なみの低熱膨張係数といった優れた特性を持つ素材として注目され,その製造と応用技術の研究開発が盛んに行われている.この度2018年2月14日~16日に東京ビッグサイトで開催された第17回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2018)に,機械メーカーの株式会社スギンマシン(以下,スギンマシン)が,森林資源である木材からのパルプに加え,海洋資源であるカニやエビなどの甲殻類からのキチン・キトサンを原料として,全く薬品を用いず,水のみを用いる環境に優しいウォータージェット法によるバイオマスナノファイバーの製造と応用技術を展示し,注目を浴びると共に,nano tech大賞2018のグリーンナノテクノロジー賞を受賞した[1].受賞理由は「独自開発したセルロースナノファイバー抽出技術と疎水化技術を組み合わせた粉末を開発した.様々な母材に均一分散して強度を大幅に向上させることができる.従来は複合化が難しかった熱可塑性樹脂やゴムにも適用できる.機械メーカーの新たな事業展開を賞す.」である.そこで,機械メーカーでありながらCNF素材開発に着手し,その事業化を中心になって推進しておられるスギンマシン 常務執行役員 経営企画本部長 兼 新規開発部長 杉野 岳(すぎの がく)氏を富山県魚津市のスギノマシン本社に訪問し,開発の動機と経緯,技術内容,本技術を中心とした今後の展開などをお伺いした.


1.株式会社スギノマシンの概要 [2]

1.1 創業の精神:「自ら考え,自ら造り,自ら販売・サービスする.」

 スギノマシンの会社案内に次のような一節がある.「1936年の創業当時は,まだ蒸気機関車が活躍していた頃.機関車のボイラ配管内部には,運転しているうちに缶石(スケール)が固着します.その缶石を取り除くのが,チューブクリーナという工具.当時は,高価な輸入品しかありませんでした.『日本の発展のために独自のチューブクリーナが必要』と,創業者の杉野林平は考え,不眠不休の研究と開発を重ねます.そしてついに,水圧または空気圧の動力源でカッタヘッドを回転させる,国産初のチューブクリーナが完成.自らの足でお客様を回り,日本全国に広めて行きました.自分の頭脳で考え,自分の手でつくり,自分の足で売り歩く.」創業以来今日まで脈々と受け継がれ会社発展の原動力になっている会社の基本姿勢「自ら考え,自ら造り,自ら販売・サービスする.」がよく示されている.“自ら考え・自ら造った”ものを顧客に提示し使ってもらい,使用現場で顧客の意見・要求を聞き入れ,どんな困難な課題があっても決して逃げ出さず,投げ出さず,お客様と真摯に向き合い,顧客が満足するまで不具合を改善する.ここにさらに顧客から前後のプロセスに関しての新たな要求,スギノマシンからも新たな提案が生まれ,これらがスパイラルを描きながら拡がりをもってより進んだ技術開発へと繋がっていく.ユーザーとメーカーの共創・協業による技術開発である.


1.2 スギノマシンの経歴

 上述から伺えるようにスギノマシンは,杉野林平氏が水圧チューブクリーナ専門製作工場として1936年に大阪市で創業,社名は杉野クリーナー製作所とした.クリーニングの対象は,上記の蒸気機関車だけでなく軍艦や発電所のボイラ用熱交換器など,当時のエネルギー産業の中核であった.そのため太平洋戦争中は軍需工場に指定され,空襲の激化で危険となった大阪から1945年6月に富山県魚津市に疎開した.魚津は,杉野林平氏の出身地であり,かつ水力発電所が近くにあって電力事情に恵まれていることから選ばれた.1956年に株式会社に改組し,1971年に社名をスギノマシンとした.2016年に創業80周年を迎えた.


1.3 スギノマシンの現状:“グローカルニッチリーダー”

 現在の事業内容も,一貫して「自ら考え,自ら造り,自ら販売・サービスする.」ことによって築きあげたものから成っている.スギノマシンの技術・商品はあらゆる業界の様々な現場で活躍しているが,一般消費者の目に触れることの少ない生産設備である.それらの使われ方は例えば次のようなものである:自動車(エンジン・トランスミッション部品の精密洗浄,油圧・空圧機器部品の鏡面仕上げ)や航空機(CFRPの切断・穴あけ,特殊鋼材の切断),医薬品・化粧品(原料の粉砕・分散・乳化),土木・建設(コンクリート構造物の切断・はつり),食品(鱒寿司の切断,超高圧による殺菌,健康食品の微細化),エネルギー(発電所復水器の洗浄,発電所の保全),電子機器(積層コンデンサ原料の微粒化,ICリードフレームのバリ取り)などである.

 この様にスギノマシンの製品は,いわば匠の技のような高付加価値商品群であり,対象とする市場はニッチであるがグローバルでもある.スギノマシンは北陸・富山という一地方(ローカル)から世界各地のニッチな市場でNo.1を取る“グローカルニッチリーダー”であることを自認自負している.

 生産・研究開発拠点の90%は富山に集積しているが,世界10か国に現地法人があり,販売の6割は海外である.2018年3月期,売上高360億円,資本金23億2,467万5,000円,社員数1,590名の業容である.


2.顧客との共創・協業で製品群の拡大と6つの「超技術」樹立

 スギノマシンは,自前のノウハウを持ちつつ,顧客との共創・協業を通じ,原点であるチューブクリーナから4つの種を生み出した(図1の中心部).「高圧水発生技術」「エネルギー市場」「管機器技術」「空気圧技術」の4つである.そして,これらの周辺技術で世の中に必要とされる商品を開発していく中で,技術は融合と進化を繰返し,現在では「切る」「削る」「洗う」「磨く」「砕く」「解す(ほぐす)」の6つの「超」技術に拡がっている(図1).


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図1 チューブクリーナから生み出された4つの種と6つの超技術


①「切る技術」:水を最高6,000気圧まで加圧し,直径0.1mmのノズルから噴射.高速・高密度な超高圧水のエネルギーを利用して切断する技術.用途は,自動車のバンパーや内装材,コンクリート構造物,食品,さらには新素材を使用した航空機用特殊素材の加工など多岐に渡っている.

②「削る技術」:空圧・水圧・電気を駆動源とする多彩な切削加工技術.穴あけ・ねじ立てユニットから,5軸制御マシニングセンタ,レーザーや超音波との複合加工機まで豊富なラインアップがある.

③「洗う技術」:水を最高1000気圧まで加圧.各種部品に発生したバリや切りくずを,高圧水によって洗浄・除去する技術.

④「磨く技術」:金属をローラで押し均し,なめらかに仕上げる技術.表面を美しく仕上げるだけでなく,金属表面に残留応力を付与し,各種部品の耐摩耗性・疲労強度の向上といったメリットもある.廃棄物をださないため,時代に合ったクリーンな加工法である.

⑤「砕く技術」:ウォータージェットを用いる微粒化技術は,不純物のない微粒子の製造が可能なため,化粧品や医薬品,電子部品等,高純度素材の製造現場で活躍している.

⑥「解す(ほぐす)技術」:水と原料のみで,直径約20nm・長さ数µmのクリーンなナノファイバーを生み出す技術(本稿主題の技術).


 「切る」超技術の一例を図2に紹介する.写真の「トンボ」はステンレス鋼の極薄板から切り出したもので,繊細で複雑な羽の模様が正確に加工されているのがわかる.「トンボ」は,完成度の高い進化を遂げたため,およそ3億年前から姿はほぼ変わっていないといわれるが,この写真はスギノマシンの技術の高い完成度を示すものである.


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図2 「切る」超技術でステンレス鋼の極薄板から切り出した「トンボ」の繊細で複雑な羽


3.素材事業への参入動機と開発・事業の体制

 B to Bの機械メーカーであり,これまでの納入実績は数万社,常時取引がある企業だけでも5,000社を超えるスギノマシンは,世界各国の多種多様な業界でバランスよくビジネスを行っているため経済的変動に強く,創業以来黒字経営を堅持している.しかし,その「安定した『機械メーカー』」であるスギノマシンが何故素材産業に参入したのか,その動機についてお伺いした.

 「きっかけはリーマンショック.この時,世界中の多くの業界が落ち込んだので,当社も赤字にまではならかったが厳しい業績だった.多種多様な顧客に納めているため安定性は高いとはいえ,結局は「機械の製造販売」のみの一本足ともいえるのではないかと考えた.顧客はスギノマシンの機械を用いてビジネスをやっている.我々自身も,自社の特徴ある機械を用いてビジネスができるのではなかろうかと考えた.対象は素材が良い.機械は新興国に真似られるが,素材・物質には高度のノウハウが必要であり,ブラックボックス化と蓄積ができる.どの素材に挑むかについては,自社のコア技術が活かせること,まだその素材の強者がいないこと,市場が確立していないこと,将来性があること,長い目で見て社会に貢献できるものであることなどの観点で選定し,当時まだ世間にはあまり知られていなかったセルロースナノファイバー(CNF),キチンおよびキトサンナノファイバーに目をつけた.」また「CNFを始めるにあたり,それまでの研究開発部を新規事業開発本部に組織変更し,研究開発と共に営業も行うようにした.会社の基本姿勢「自ら考え,自ら造り,自ら販売・サービスする.」を徹底した.ただ,機械とは異なる商品(素材)の製造・販売には,開発にも営業にもとまどいがあった.大学で化学を学んだ人を異動させたり,外部人材を雇ったりすると同時に,素材関係の顧客訪問や学会,展示会などへの積極的参画で知見を深めて行った.また機械においては自前主義であったが,CNF事業に関しては,大学,国公立研究機関,企業などと共同研究をするなど,外部との連携を深めて運営している.」と杉野氏は語られた.


4.バイオマスナノファイバー“BiNFi-s®”(ビンフィス,Biomass Nano Fiber made by SUGINO)の開発 [3][4][5][6]

 植物の主成分であるセルロース註1)は地球上で最も多く存在する高分子であり,カニ殻やエビ殻等の主成分であるキチン註1)は2番目に多く存在する高分子で,脱アセチル化するとキトサン註1)が得られる.これらは,繊維径3~4nmのナノファイバー(NF)の集合体として存在する.セルロースナノファイバー(CNF)やキチンNF,キトサンNFは,共に軽量(比重1.4で鋼鉄の1/5),高強度(3GPaで鉄鋼の5倍),低線膨張(0.1ppm/Kで石英ガラス相当)といった優れた特性を持っている.キチンNFやキトサンNFはこれにプラスして,生体適合性や抗菌性,食品としての機能性も合わせ持つため,医療・医薬業界ではCNF以上に期待されている.

註1)セルロース,キチン,キトサンンの構造式:

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4.1 ウォータージェット法によるバイオマスの微細化技術

 CNF,キチンNF,キトサンNFは,構造式から推測できるように,自然界に存在する状態ではNF同士が分子間水素結合を形成し絡み合っているため,それらを解繊しNFを得ることは容易ではない.そのため解繊方法として,機械的方法やそれらに化学処理を組み合わせた方法など数多く試みられている.

 スギノマシンは,原点であるチューブクリーナから生まれた4つのコア技術の一つである高圧水技術“ウォータージェット”を持っており,それを応用した湿式微粒化装置(商品名:スターバースト®)の製造販売を行っている.水のみを用いるためコンタミネーションが少ないことで,電子部品や化粧品,医療・医薬等の業界で広く利用されている.スギノマシンはこれを進化させ,高効率でCNFやキチンNF,キトサンNFを製造する方法・装置“ウォータージェット法”を開発した[7].

 図3は,ウォータージェット法の模式図である.微細化プロセスは以下の通り:①微細化対象物を水に分散させたスラリー状原料を原料タンクに投入し,②スラリー状原料をタンクから給液ポンプを用いて2本の増圧機に送り込み,③スラリー状原料を最大245MPaまで加圧する.④加圧されたスラリー状原料は,微細化チャンバーと呼ばれる衝突室で向かい合った二つのダイヤモンドノズルから噴射される.⑤噴射後のスラリー状原料は,超高速の微細化対象物を含んだウォータージェットとなり,⑥チャンバー中で対象物同士が衝突する.⑦すると,i)高速によるせん断力註2),ii)対象物同士の衝突力註3),さらにiii)衝突噴流中のキャビテーション気泡の破裂による衝撃力註4)により,微細化(解繊してナノファイバー化)が行われる.⑧噴射後のスラリーは,噴射圧力に比例して温度上昇を伴うため(100MPaで約25℃の上昇),熱交換機を通すことで,冷却してから回収する.⑨1回の処理で目的の微細状態にならない場合は,出口配管を原料タンクに連結し,目的の微細状態になるまで数回処理を繰り返す.


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図3 ウォータージェット法を利用したCNF製造装置の模式図

註2)せん断力:液体が狭い空間を流れる際の速度分布は,壁に近いと遅くなり(壁が0),壁から離れると早くなる(中心が最高).この速度差でせん断力が発生する.245MPaで噴射した場合の噴流速度は約700m/s(マッハ2)に達する.ノズル孔径:0.1~0.6mm.

註3)衝突力:衝突時の運動のエネルギーは速度の2乗に比例する.噴射速度は700m/sと高速のため,衝突時に大きな運動のエネルギーを受け,微細化する.

註4)キャビテーション気泡:超高圧まで加圧した静止原料が噴射され高速になると,ベルヌーイの法則によりウォータージェット中の圧力が水の飽和水蒸気圧以下に下がり気泡が発生する(キャビテーション気泡).その後ジェットの減速および気泡圧により圧力が飽和水蒸気圧以上に戻ったときに気泡は消滅する(キャビテーション現象).この消滅時に,気泡内に超高速のマイクロジェットが流入して大きな衝撃力が発生する.その衝撃力を受け,原料は微細化する.

 

 本方法の特徴を下記に示す.

①水と原料のみで微細化が可能なため,環境・人体に優しい.

②粉砕媒体(例えばボールミル粉砕の際のビーズのようなもの)を使用しないため,コンタミネーションが極めて少ない.

③エネルギー密度が高いため,短持間・高効率で微細化が可能である.

④連続処理が可能であり,装置のスケールアップで大量生産も容易である.

⑤過度の力を用いた強引な微細化でないため,原料の重合度や結晶化度等を維持できる.

⑥噴射圧力や衝突回数を制御することで,繊維長や繊維径を制御できる.

 本方法でより効率よく微細化を行うためには,i)せん断力,ii)衝突力,iii)キャビテーション気泡の消滅による衝撃力をバランスよく最大限に利用する必要がある.そのため,噴射雰囲気内構造や流路抵抗などを最適化する必要がある.また,これらの最適値は微細化の対象物によって異なるため,それぞれの対象物に合った微細化条件を設定すること,即ち高度のノウハウが必要となる.


4.2 ウォータージェット法で製造したセルロース・キチン・キトサンNFの特性 [3][4]

4.2.1 生成した水分散液の外観

 図4にウォータージェット法によって製造した2,5,10%CNF水分散液の外観を示す.処理条件は,200MPa,10回衝突である.セルロースは水に不溶で比重は約1.6のため,通常,水に分散させても直ぐに沈殿してしまう.しかし,NF化することで水中にCNFが均一に分散し,沈殿しなくなり,高粘度流体となる.2%では乳液状,5%ではクリーム状,10%では紙粘土状を示し,この状態は,凍結や煮沸しない限りは半永久的に保持される.これは,セルロースがNF化することで比表面積が100倍以上に増大し,表面の多数の水酸基と水分子が水素結合することで,NFが水中で三次元ネットワークを形成し安定化するためである.キチンNF水分散液やキトサンNF水分散液の場合も,若干粘性は異なるが,同様の高粘度流体となる.


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図4 各濃度のCNF水分散液の外観


 図5はCNF,キチンNFおよびキトサンNFの電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)像である.いずれのNFも繊維径10~50nm,繊維長数µmのアスペクト比100以上のNFであることが分かる.比表面積は,いずれも80~200m2/gの大きな値である.


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図5 CNF,キチンNFおよびキトサンNFの電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)像


4.2.2 結晶化度および重合度

 CNFは,結晶化度や重合度(繊維長)の違いにより性質が大きく異なるため,それらを緻密に管理する必要がある.図6(左)は得られたCNFを凍結乾燥した粉末のX線回折(XRD)パターンの処理回数(パス回数)による変化を,図6(右)は噴射圧力による変化を調べたものである.処理回数および噴射圧力を増加させてもXRDパターンには大きな変化は見られず,結晶化度をほぼ保持したままNF化していることが分かる.図7は,重合度の変化を調べた結果である.セルロース原料には異なる2種類の針葉樹由来セルロース粉末を用いている.セルロースBは,原料の時点でレベルオフ重合度に近いため処理後に重合度の低下が全く見られない.セルロースAは,原料の時点で重合度は約900と比較的大きいが,10回処理後も7割以上の重合度を保持している.これは,ウォータージェット法による解繊では,分子鎖の共有結合部(β-1,4グリコシド結合)は切断されず,分子間の水素結合のみを切断していることを示している.


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図6 生成したCNFのXRDパターンのパス回数および噴射圧力による変化


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図7 パス回数によるCNFの重合度の変化


 以上よりウォータージェット法では,結晶性を劣化させることなく,原料に重合度の大きなセルロースを用いれば長いCNFを製造でき,原料に重合度の小さなセルロースを用いれば短いCNFを製造できることが分かる.このことは,キチンNFおよびキトサンNFについてもほぼ同じことが言える.


4.2.3 粘度特性

 CNF分散液の粘度は,せん断力が高くなると粘度が低下し,その粘度には時間依存性(チクソトロピー性)を有していることも大きな特徴の一つである.代表的な2%CNF水分散液を用いた場合のせん断速度による粘度変化を図8に示す.せん断速度の増加に伴い,粘度が低下している.この低下の度合いは,一般的な増粘多糖類例えばペクチンと比較しても大きく,CNF水分散液が高いチクソトロピー性を有していることが分かる.この特性の効用を塗料について示すと次のようになる.

①塗料をハケにつける際は,せん断速度が遅いため粘度が高く,塗料のハケからの垂れ落ちを防止できる.

②塗料を塗布する際は,被塗布材表面上のハケの素早い移動に伴い,せん断速度が速くなるため塗料の粘度が下がり,塗料の流動性が高まり対象物に均一に塗布できる.

③塗料を塗布した後は,塗料は静止状態,つまりせん断速度がゼロとなるため,粘度が上昇し,被塗布材からの垂れ落ちを防止できる.

この粘度特性は,キチンNFおよびキトサンNFについても同じことが言える.


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図8 2%CNF水分散液のせん断速度による粘度変化


4.2.4 安全性

 セルロースや一部のセルロース誘導体,キチン,キトサンは,食品添加物として広く認識されている.CNFもセルロースであることには変わりはないが,NF化工程でコンタミネーションの発生やナノサイズ効果による人体への悪影響が発現すれば,化粧品や食品,医薬品等へ利用することは出来ない.ウォータージェット法で製造したCNFを「衛生試験法・注解(2005)」に準拠した方法で灰分を測定した結果,0.1%有姿以下であり,コンタミネーションは発生していないと言える.これを含めた安全性の検討結果は表1の通りであり,OECDのガイドラインに記載された動物実験代替法で陰性である(安全性が高い).


表1 BiNFi-s®の安全性
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5. バイオマスナノファイバー“BiNFi-s®”の事業化 [8]

 以上述べたように,ウォータージェット法は,環境にも人体にも優しく,比較的低コストでバイオマスナノファイバーを製造できるので,スギノマシンは最大濃度10%の水分散液の状態で1日に1t処理可能な製造プラントを建設し,2011年10月からこの方法で製造したCNF,キチンNF,キトサンNF,それにカルボキシメチルセルロ-ス(CMC)NFを「BiNFi-s®(ビンフィス)」の商品名で販売している.品種は,セルロース,CMC,キチン,キトサンを原料とし,繊維長と濃度を異にした22品種をラインアップしている.表2は,繊維長の異なる5種類のCNF,およびCMCNF,キチンNF,キトサンNFの各1品種の,計8種のスペックを示しており,トライアルセットにして提供し.顧客の新規用途開発の要望に応えている.

 さらにスギノマシンは,各種バイオ素材からのNF化や,CNF・キチンNF・キトサンNFの新しい応用を試みる顧客向けの受託加工も行っている.


表2 BiNFi-s®トライアルセット
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6.BiNFi-s®の応用事例

 企業と連携した用途開発や大学,国公立研究機関と共同研究を通しての応用事例は,多くの分野に渡って多数あるが,ここでは主要と思われるものを以下に紹介する.


6.1 疎水性プラスチック補強用フィラー:セルロースナノファイバーのドライパウダー化と疎水性樹脂との複合化 [9]

 これは今回のnano tech大賞2018のグリーンナノテクノロジー賞受賞の対象になったものである.また,この開発は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「中堅・中小企業への橋渡し研究開発促進事業」の中でなされたものでもある.

 既に述べたようにCNFには,鉄の5倍の強度,鉄の1/5の軽さといった優れた特性があることから,CNF強化プラスチックの開発が望まれている.しかし,多くの汎用プラスチックやエンジニアリングプラスチックは疎水的であるのに対して,CNFは親水的であるため,複合化するのは容易ではない.そこで,CNFの化学的修飾による疎水化が検討されている.このような中で,スギノマシンは,既に商品として展開中の自社のスラリータイプのCNFを,特別な化学変性等を施すことなく,乾燥工程で凝集を抑制しながら粉末化する手法を見出し,補強用フィラー(充填材)向けBiNFi-sドライパウダー(BFDP)(図9上左)として新規に開発した.その結果,樹脂やゴム等との混練工程でBFDPが凝集することなく,高い分散状態で複合化可能となった.


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図9 BiNFi-sドライパウダー(BFDP),BFDP/PP複合体ペレット,およびBFDP/PP複合成形体


 次いで,スギノマシンは富山県立大学との共同研究で,このBFDPを疎水性のポリプロピレン(PP)樹脂に添加し複合体ペレット(図9上右)とし,それを用いた成形体(図9下)を作製しその機械的特性を調べた.

 図10は,1wt.%のBFDPを熱可塑性樹脂であるPPに添加すると,引張り破断伸びが増加すると共に引張り破断応力が大きく向上することを示している.他のPP/CNF複合体では見られないユニークな特性を発現している.このような破断手前の領域でタフ化する現象により,複合化物の衝撃吸収性向上だけでなく,割れ・欠け・傷等を低減させるような用途への適用が期待できる.また,図11では,5wt.%のBFDPをPPに添加し複合化させることで,引張強度が約1.2倍,弾性率は約1.6倍に向上することを示している.特に,低ひずみ領域での引張り強度,弾性率の向上に機能している.このように少量のBFDP添加で,複合化物の強度向上を図ることができることを示しており広い用途展開が期待される.


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図10 BFDP/PP複合体の応力-ひずみ曲線


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図11 低ひずみ領域におけるBFDP/PP複合体の応力-ひずみ曲線


6.2 分散安定剤

 0.5%CNF水分散液に,ポリスチレン(PS)性ビーズ,活性炭微粒子,SiO2微粒子,TiO2微粒子を混合させた様子を図12に示す.わずか0.5%の濃度にもかかわらず,PSのような低比重(約0.1)であれば直径約3mmの比較的大きな粒子でも分散安定化し,逆にTiO2のように高比重(約4.0)でもメジアン径が約3.0µmの二次粒子であれば分散安定化する.また,チクソトロピー性により,容器を激しく振ると対象粒子も激しく動くが,振動を止めると対象粒子もその場で止まり,再び分散状態を保持する.分散安定剤は,商品によっては不純物としての悪影響を及ぼす場合があるので,このような比較的低濃度の添加で分散効果を発揮できることは,性能面からもコストの面からも優位である.また,無味無臭である点も食品や化粧品,医薬品として利用する際には大きなメリットとなる.


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図12 0.5%%濃度のBiNFi-sによるポリスチレン(PS)性ビーズ,活性炭微粒子,
SiO2微粒子,TiO2微粒子の分散


6.3 化粧品

 CNFは化粧品分野でも様々な応用が期待されている,例えば高い親水性を活かした保水剤,高粘性を活かした増粘剤,微細構造から新感覚を演出する添加剤などである.CNFを添加した乳液およびクリームを作製し,それを肘の裏に塗布した際の角質水分量の変化を図13に示す.CNFを添加することで角質水分量が優位に上昇していることが分かる.また,CNFを添加することでベタツキの少ない感触も演出できる.


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図13 BiNFi-s添加による乳液の角質水分の保持効果


6.4  環境浄化材:キトサンNFを用いたホルムアルデヒドの吸着・分解 [10]

 キトサンは,反応性に富んだアミノ基を有するカチオン性高分子である.そのためハロゲン類などのアニオン性物質や鉛などの重金属類,ホルムアルデヒドなどのアルデヒド類など様々な環境負荷物質を吸着できる.麹菌(Aspergillus oryzae RIB40)由来のホルムアルデヒド分解酵素をキトサンNFに担持させ,凍結乾燥することでキトサンNF/酵素複合多孔質体を作製した.これを用いた際の液相中,気相中のホルムアルデヒド吸着・分解実験の結果を図14に示す.キトサンNF/酵素複合多孔質体のキトサンNFによるホルムアルデヒドの吸着効果とそれに続く麹菌酵素のホルムアルデヒドの分解効果が高いことが分かる.建材やフィルター,衣類等への応用が期待される.


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図14 キトサンNF/酵素複合多孔質体によるホルムアルデヒドの吸着・分解


7.今後の展望

 スギノマシンは,2011年10月からCNFやキチンNF,キトサンNFを販売し,今まで1000機関以上に納入してきた.その中には予想を超えた驚きの応用展開を検討しているものも少なくない.それほど可能性に満ちた材料と言える.

 しかし,スギノマシンは,これに満足することなく,スギノマシンの装置でしか作れないNFにこだわり,その用途を顧客と共に開発していく創業の精神(基本姿勢)「自ら考え,自ら造り,自ら販売・サービスする.」に徹し,量産ではなくニッチマーケットでのNo.1即ち「グローカルニッチリーダー」の道を突き進むとのことである.そのためにも,NF製造装置の一層の高度化とそれによる優れた機能を持つNFの開発に邁進し,それらを顧客に提示し,今まで以上に顧客と共に用途開発を進める.本文で紹介したように,CNFやキチンNF,キトサンNFは様々な実績を有しているが,まだまだ検討段階である.今後さらに高機能化したNFの特性を有効活用することで,現在の様々な素材の置き換えだけでなく,全く新たな用途も生み出されると確信しているとのことである.

 そのためにも,スギノマシンが既に実施している「各種素材からのNF化や,CNF・キチンNF・キトサンNFの新しい応用を試みる顧客向けの受託加工」を活用頂いて,お客様との共創をより推進したいとのことであった.


8.おわりに

 インタビューを終えて,創業の精神「自ら考え,自ら造り,自ら販売・サービスする.」を82年間堅持・実行し,「お客様と共創する」ことによって6つの超技術を築き,それらをコアに多くの独自の機械類を世界中のニッチマーケットに供給し,しかもそこでNo.1の座を占めるという経営方法に深く感銘した.この姿勢を,新規参入した素材事業「NF」でも踏襲・堅持するとのことである.素材事業「NF」でも,「グローカルニッチリーダー」の地位実現と社会への貢献を期待している.


参考文献

[1] nano tech大賞2018:http://www.nanotechexpo.jp/main/award2018.html
[2] 株式会社スギノマシンHP:http://www.sugino.com/
[3] 小倉孝太,「セルロース・キチン・キトサンナノファイバーが持つ魅力」,製剤機械技術学会誌,Vol.26,No.3,pp.251-256(2017)
[4] 小倉孝太,「セルロース・キチン・キトサンナノファイバーが持つ魅力(2)」,製剤機械技術学会誌,Vol.26,No.4,pp.338-344(2017)
[5] 小倉孝太,「素材産業でナノテクノロジーが未来を拓く セルロースナノファイバーの実用化と事例」,化学装置,Vol.60,No.3,pp.29-31(2018)
[6] 小倉孝太,「ウォータージェット法によるセルロースナノファイバー」,化学装置, No.81,pp.7-10(2017)
[7] ・国立研究開発法人産業技術総合研究所,株式会社スギノマシン,「バイオナノファイバーの製造方法」,特許5334055(出願日2009.09.14)
・国立大学法人名古屋大学,株式会社スギノマシン,「セルロースナノファイバー分散体及びその製造方法」,特開2012-51991(出願日2010.8.31)
・株式会社スギノマシン,「カルボキシメチルセルロースナノファイバーとその製造方法,およびカルボキシメチルセルロースナノファイバーを用いた生体適用材料」,特開2015-977(出願日2013.6.18)
・富山県,株式会社スギノマシン,「原料の湿式微粒化方法及び湿式微粒化装置」,特開2018-58047(出願日2016.10.7)
[8] スギノマシン,「セルロース・キチン・キトサンナノファイバー・カルボキシメチルセルロースNF「BiNFi-s」」:http://www.sugino.com/site/biomass-nanofiber/
[9] 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構,株式会社スギノマシン,ニュースリリース,「樹脂材料を補強するセルロースナノファイバーのドライパウダーを開発―樹脂・CNFの複合化による伸びと破断強度の向上を確認―」(2018.2.8):http://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100916.html
http://www.sugino.com/soshiki/1/news180208.html
[10] 森本裕輝,「バイオマスナノファイバーを利用したホルムアルデヒトの吸着・分解」,平成28年度VOC・水銀排出抑制セミナー(2017.1.31):http://www.chubu.meti.go.jp/d22recycle/170316/suginomachin.pdf

 本文中の図表は,全て株式会社スギノマシンより提供されたものである.


(真辺 俊勝)

 

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