NanotechJapan Bulletin

Vol. 7, No. 6, 2014年12月25日発行/ナノテクノロジーEXPRESS(第35回)山口大学

企画特集 ナノテクノロジー EXPRESS ~ナノテクノロジープラットフォームから飛び立つ成果~
<第35回>
次世代放射光源の実現に向けて500kV高輝度電子源を開発
~チタン真空技術の採用により,極高真空で500kV印加に成功~

高エネルギー加速器研究機構加速器研究施設 山本 将博,宮島 司,内山 隆司,小林 正典
山口大学大学研究推進機構微細加工支援室 栗巣 普揮,木村 隆幸

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要約

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(左から) 高エネルギー加速器研究機構 山本 将博,宮島 司,内山 隆司,小林 正典


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(左から) 山口大学 栗巣 普揮,木村 隆幸


 世界中で,高性能な放射光源用加速器の開発が競って行われている中,高エネルギー加速器研究機構(KEK)では,エネルギー回収型線形加速器(Energy Recovery Linac, ERL)を用いた次世代放射光源計画を推進し,その試験実証機として「compact-ERL」の開発を進めている.この開発プロジェクトの成否の鍵の一つとなっているのは,高輝度で大電流を供給できる高電圧電子銃の開発である.電子銃には光陰極の寿命を確保するために10-10Pa程度の極高真空の維持が不可欠であり,相当チャレンジングな課題であった.しかも,電子銃真空容器内部ではカソード励起光の一部が散乱するため,その光刺激によって装置稼働状態で真空性能が悪化することが懸念された.真空部材に関する基本特性の研究によって,チタンは代表的な真空部材であるステンレスやアルミニウムよりもガス放出速度が小さいこと,およびチタンの光脱離はチタン材料に適切な表面研磨処理を行うことによって低減でき,実際の電子銃の稼働条件下ではレーザー光照射による真空度悪化の恐れはないということが明らかになった.そこで,現在,高エネルギー加速器研究機構で開発を進めている500kV電子銃には,電子銃真空容器部材としてチタンを採用した.実際にチタン製電子銃を製作したところ,4×10-10Paの極高真空と加速電圧500kVを安定維持できることが確認された.こうして電子銃開発に大きな一歩を踏み出せたことで,ERLを用いる放射光源や高繰り返し自由電子レーザー(Free Electron Laser, FEL)など,次世代の高輝度・大強度放射光源の実現に一歩近づいた.


1.はじめに

 本研究テーマに関連しては,平成21年度(ナノテクノロジー・ネットワークの時代)から山口大学の支援を受け始め,平成24年度のナノテクノロジープラットフォームの開始以降も支援を継続的に受け,今日に至っている.本研究テーマでは,極めて高度なレベルの真空環境を大容積に安定的に実現する技術が必要であり,困難でチャレンジングなテーマであった.近年,真空分野の研究者は人数が少ない中,山口大学の支援グループは,極高真空実現のキーテクノロジーとして真空部材へのチタン導入を先駆的に提案するとともに,世界最高レベルに高感度な極微量放出ガス分析装置(山口大学のオリジナル装置)と分析スキルを保有しており,このテーマには頼れる存在であった.本研究において後述するような成果が得られたのは,本ナノテクノロジープラットフォームでのこの山口大学の支援によるところが極めて大であった.

 さて,光速近くまで加速した電子の軌道を曲げた時に放射される光を「放射光」という.加速器で作り出される放射光は,物質科学や生命科学など多くの分野の研究に利用されている.現在国内で稼働している主な放射光源施設は,蓄積型リング加速器であり,電子を何周も周回運動させながら光を発生させる方式である.放射光のニーズはますます高まるとともに,放射光の高品質化が求められており,現在,世界各国で,高性能な放射光源用加速器の開発・建設が競って行われている.

 高エネルギー加速器研究機構(KEK)では,放射光施設(フォトン・ファクトリー)を約30年にわたって運用してきたが,その後継としてPEARLと呼ばれる全く新しい方式の次世代放射光源の開発計画を推進している[1].PEARLとは,日本の技術で世界に広まった宝石の真珠“pearl”とPhoton Factory ERL Advanced Research Laboratoryの略称を合わせたものであり,最先端の加速器技術を取り入れて,世界最高性能の放射光源加速器の実現を目指している.現在,この新たな放射光施設の建設計画の実現に先立ち,小型のERL試験実証機「コンパクトERL」を建設し,基盤技術の実証試験を昨年より開始したところである.

 次世代放射光源用の高輝度電子銃実現のために解決すべき最重要課題の一つは,極高真空の実現である.筆者らは,電子銃真空容器にチタン真空技術を導入することでこの課題の解決を目指して来た.

 本報告では,最初にKEKが中核となって開発を進めている次世代放射光源用加速器,すなわち超伝導加速器をベースとしたPEARLの全貌およびその試験実証機「compact-ERL」,そこで使用する大電流を供給できる500kV電子銃について説明し,極高真空の実現が開発プロジェクトの成否の鍵となっていることを述べる.その後,今回,電子銃真空容器部材として従来部材に替えて,チタンを新規導入するに至った根拠,すなわちチタンのガス放出速度と光刺激ガス脱離特性に関する研究成果を紹介する.最後に,チタン製500kV電子銃を実際に製作してその特性を評価した結果を述べる.


2.次世代放射光源計画(PEARL)とその実現に必要な高輝度電子銃

2.1 次世代放射光源計画(PEARL)[2][3]

 現在稼働している主な放射光施設においては,放射光を効率よく得るために,電子ビームを円形加速器(蓄積リング)の中で回している.周回中に光を放出した電子は,光の放出で失ったエネルギー分だけ再びリング内に設置された加速装置で加速されて円形加速器の中を回り続ける.この蓄積リング内を何度も周回する電子ビームは,有限の広がりを持ち,その状態から得られる放射光に「ぼやけ」が発生する.一方,エネルギー回収型線形加速器(Energy Recovery Linac, ERL)と呼んでいる新方式(図1)では,常に「質の良い(輝度が高い)新品の(フレッシュな)」電子ビームを回すことで「ぼやけ」が極めて小さい(=輝度が高い)放射光を得ることができる.そして,光を出して戻ってきた電子ビームのエネルギーは,超伝導加速空洞の中で回収され,次のフレッシュな電子ビームを加速するエネルギーとして再利用する.これにより,電子ビームは作ってはすぐに捨てられてしまうが,加速エネルギーは捨てずに上手に活用できる.このようにERLでは,従来の蓄積リングと比べ電子ビームの広がりが極めて小さく,得られる放射光の輝度が格段(10~1000倍)に向上し,従来では困難であったX線の回折限界(nmサイズ)までの効率的な集光が可能になることが期待されている.


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図1 四角で囲まれた部分では,一周して戻ってきた電子(赤)のエネルギーを回収し,
電子銃(緑)から出てきた新品の電子(青)をそのエネルギーで加速.


●エネルギー回収型線形加速器(Energy Recovery Linac, ERL)の動作原理
① 電子銃および入射器で電子ビーム生成&加速
② 超伝導加速空洞でビームをさらに加速
③ 周回部で放射光を発生 (放射光利用)
④ 超伝導加速空洞を減速位相で通過し,減速
 この時,ビームのエネルギーが加速空洞へ戻される(エネルギー回収).
 回収されたエネルギーは新しい入射ビームの加速②に利用される.
⑤ 減速したビームが捨てられる.

●ERLの特徴
(a)常に電子銃で発生したばかりのフレッシュなビームが周回する.
 ・繰返し周回による電子ビームのぼやけが発生しない.
 ・蓄積リングと比べ放射光輝度が10~1000倍高くなる.
 ・ただし,電子銃はビームを供給し続ける必要がある.
 (蓄積リングではビーム供給が止まっても蓄積されているビームはしばらく周り続ける.ビーム供給量も微小で済む.)
(b)電子ビームの質(エミッタンス)は電子銃で決まる.
 ・エミッタンスを悪化(増大)させないため,高電圧で瞬時に電子ビームを加速.設計加速電圧:500kV(光速の約86%相当)
 ・低エミッタンスでかつ,短パルス,大電流のビームの生成のため,光陰極(照射するレーザーに同期して電子を生成)を採用.代表的な光陰極材料としてGaAs半導体やアルカリ金属系薄膜がある.


2.2 ERL試験実証機「compact-ERL」

 KEKでは,PEARLで鍵となる「高輝度電子銃」,「超伝導加速空洞」等の技術確立・向上を目的とした小型試験加速器として,「コンパクトERL」と呼ぶERL試験実証機を建設して,昨年より試験運転をしつつデータ収集を行っている.コンパクトERLは,図2の構成で,PEARLの数十分の1のスケールとなっている.高輝度電子銃は技術課題が高いことから,KEKと日本原子力研究開発機構(JAEA)が中心となり,2つの機関が技術課題を共有しつつ,2台の電子銃を開発することで研究を進めている.コンパクトERLに搭載されている第一段階の電子銃はJAEAによって開発されたものである.


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図2 コンパクトERLの全体構成(上図)と,高輝度電子銃と入射部超伝導空洞部の断面(下図)
図中の高輝度電子銃は日本原子力研究開発機構が開発.


2.3 高輝度電子銃

 ERLで得られる放射光の質は,電子銃で作られる電子ビームの質に大きく左右される.従来の放射光よりも,強く,短いパルスの光を可能にするには電子銃で非常に質の良い(運動量・エネルギーの揃った=エミッタンスの小さい)電子ビームを生成することが重要である.質の良い電子ビームをつくるには,まず質の良い電子の塊(バンチ)を発生させることが重要である.光陰極となる半導体やアルカリ金属系薄膜等にレーザーパルス(光の粒の塊)を照射すると,光陰極表面で励起された電子バンチが放出される.

 このバンチはたくさんの電子が時間的・空間的に集まった状態なので,マイナス電荷をもつ電子同士に互いに反発する力が働く.ビームの輝度を上げるためには,バンチに電子を多く詰め込んだ状態を維持しながらエミッタンスは小さく抑える必要があるが,集まる電子の密度が高くなるほど電子同士に働く反発力が強くなり,ビームの質の低下(エミッタンスが大きくなる問題)が起きてしまう.この問題を抑制するには,発生させた電子ビームを瞬時に加速して光速に近づけることで,電子自身が周りに作り出す磁場の作用により,互いの反発する力を打ち消し合えばよい.そのためには電子銃に高い加速電圧と加速電場を安定的に印加できる構造が必要になる.KEKで今回製作した500kV高輝度電子銃の構造を図3に示す[4].


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図3 KEKで開発中の高輝度電子銃の構造(上図)と,
主要部断面(左下図)およびチタン製の電子銃真空容器(右下図).

(左下図)セラミック管の中央部にサポートロッドが通り,先端部にカソード電極が設置されている.カソード電極の先端部に光陰極(photocathode)が固定され,そこへレーザー光を照射することで,光に同期して電子ビームが赤矢印の方向へ加速され超伝導加速空洞へ送られる.


 高電圧を印加することは,電子銃内部で異常放電を発生し,その衝撃で絶縁を維持するためのセラミックに小さな亀裂や穴を空けてしまう恐れがある.電子銃の内部は,安定にビームを出し続けるために,限りなく良好な真空状態に保つ必要があり,ごくわずかな漏れも許されない.そこでJAEAおよびKEKで開発した2台の電子銃はいずれも図3(左下図)のように,セラミック管の構造を多段に分割して電場を一様にし,セラミック管中心部にある高電圧の電極からの放電が直接セラミックに当たらないようにリング状のシールド電極を内側に付けることで,放電と真空漏れの問題を回避した[5].

 さらに電子銃について解決すべき課題として,光陰極の寿命問題がある.供給ビーム電流が10mA以上となるERLの電子銃の光陰極寿命を決める主要因の一つは,高密度の電子ビームが残留ガスと衝突して発生するイオンがカソードへ逆流して衝撃する現象であり,10-8Pa程度の超高真空環境では加速器運転に必要となる実用的な寿命を得るのは難しい状況となっている.このイオン逆流問題を抑えるには,可能な限り良好な真空を確実に生成し,保持する以外に方法は無い.


3.極高真空を実現するポテンシャルを持つチタン材

 前述したように,ERL電子銃では,高輝度で大電流を供給できる電子銃の開発が重要であるが,要求されるビームの平均電流が10~100mA以上と従来までの電子源と比較しても桁違いに大きい.光陰極の寿命を決めるイオン逆流問題を抑制するには,現在の技術で得られる真空で最も良い10-10Paレベルの真空,いわゆる極高真空と呼ばれる極限的な真空が求められる.本章では,今回の500kV電子銃開発において極高真空を実現するために導入したチタン真空技術について紹介する.

 従来からの代表的な真空構造材料といえば,ステンレス鋼やアルミニウム合金であった.これに対して2000年頃より新たな真空構造材料としてチタン材料が着目され始めた.チタン材料は,表1に示すように,軽い(大型チャンバに適す),硬い(チャンバ・部品(フランジ)に使用可),バネ性が良い(ベローズにも使える),熱膨張し難い,熱容量が小さい,などの特徴を持っている.加えて,チタン材料のガス放出速度(単位時間・単位面積あたりのガス放出量.この値が小さいほど低い圧力の真空を実現可能)は,既存のステンレス鋼やアルミニウム合金よりも2桁以上低いことが実証されている(図4).特に高温長時間のベーキング処理を施さなくても,こうした特性が得られることは実用上有利である.この低いガス放出速度は,適切な表面酸化処理によってチタン材表面に形成された数ナノメーター厚の緻密なアモルファス酸化層が,チタン材内部に溶存した水素原子・分子が部材表面から出てくるのを阻止していることで実現されている.こうした知見をもとに,チタン部材専用の真空用表面処理(精密化学研磨)技術も開発され,超高真空から極高真空分野へのチタン材料の積極的導入が進んできた[6][7].現在,チタンは従来部材よりも低ガス放出という素性の良さが認められるところとなり,超高真空薄膜形成装置や高感度質量分析装置などに適用され,その用途はますます拡大している[8].


表1 各種真空部材の特性
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図4 各種真空部材のガス放出速度[6]


 チタン材を高輝度電子銃の部材として使用するにあたって,電子銃特有の観点からの検討が必要であった.10-8Pa程度以下の圧力,すなわち超高真空や極高真空では,真空容器の表面に吸着したガス分子の密度が空間中のガス分子の密度よりも高いことから,吸着ガスの脱離が真空度の主な支配要因となる.この他,超高真空領域では真空容器に溶存したガスの放出も真空度に影響を与える.したがって,真空装置の真空度を良くするには,真空容器や内蔵部品を構成する真空構造材料の吸着ガスや溶存ガスを低減する必要がある.10-8Paの超高真空では,材料表面の吸着ガスは強い化学結合で表面と結合しているので,通常ではそれらが空間中に放出されることはほとんど無い.ところが強い光が照射された場合には,吸着ガスは光エネルギーを授受して表面から脱離する.これを光脱離とよび,脱離したガスは真空度を悪化させる原因となる.次世代放射光源用電子銃では,電子銃真空容器内部でカソード励起光の一部が散乱するため,光照射によって脱離したガスが不純物ガスとなって,フォトカソードの寿命に悪影響を与えてしまう恐れがある.

 各種真空部材の光脱離特性については,従来の代表的な真空構造材料であるステンレス鋼やアルミニウム合金については調査されているものの[9],チタン材料については調べられていなかった.そこで,超高真空下でのチタン材料の光脱離特性について調査する必要があった.

 光脱離測定は,10-8Paの超高真空下におかれた試料にXeランプ光を照射し,試料から脱離するごく微量のガスをガス検知器(四重極形質量分析計)を用いてガス種(m/z:分子量に相当)毎に測定した.ガス検知の測定下限を低くするために,①装置チャンバの構造材料に超低ガス放出なチタン材料を適用し,②主排気真空ポンプに到達圧力1.0×10-8Paの真空ポンプを用い,③脱離ガスの計測には,2次電子増倍管付四重極形質量分析計(最小検知分圧:5×10-12Pa)を用いるなど工夫して,測定装置の到達圧力1×10-8Pa以下に,ガス検知器の検知値(イオン電流値)は最小レンジの10-14A台(分圧10-12Pa台)に達した.光照射システムについては,光源波長185~2000nmのXeランプを用い,光波長カットフィルターを用いることで所望の波長の光を試料に照射することを可能とした.

 従来材料であるステンレス鋼とチタン材を用いて光脱離量を測定したところ,両者で光脱離量は同等であった.これは,真空ベーキング後の表面に残留した吸着ガスは,表面とガス分子の化学結合による化学吸着ガスであることから,2つの材料で表面吸着サイト数が同程度であったためと考えられる.

 チタン材での主な脱離ガス種は,超高真空装置の残留ガスである水素(H2),水(H2O),一酸化炭素(CO),二酸化炭素(CO2)であった.脱離ガス種に着目すると,H2,H2Oの光刺激ガス脱離量と比較して炭素系ガスのCOとCO2の脱離量が1桁以上多かった.これは,炭素系ガスが強い化学結合で表面に吸着していことから,表面に残留しやすいためである.部材表面の研磨処理に着目すると,未処理試料の光脱離量と比較して研磨処理試料の脱離量が1/5~1/3に低減できていることがわかる(表2).これは,研磨処理を施すことで,吸着サイト(主に化学吸着サイト)を低減できたことによると考えられる.以上より,光脱離量を低減する表面処理方法としてバフ研磨後に精密化学研磨処理を施すことが有効であると言える.


表2 種々の方法で表面処理したチタン材の真空ベーキング後における光脱離量の相対比較

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 さらに,チタン材の光脱離は高エネルギーな短波長の光(紫外光以深)を照射した場合に主に起こることがわかった.次世代放射光源用電子銃装置に用いられるレーザー光は波長が530nmの可視光であることから,レーザー光照射による光脱離によって真空が悪化する恐れは実際上ほとんど無いと結論付けられた[10].


4.チタン製電子銃の製作と性能評価[4]

 前述したように,電子銃は光陰極の寿命を確保するためには可能な限り良い真空を生成して,電子ビームと残留ガス衝突によって発生するイオンを抑制する必要がある.極高真空を実現する方法としては,①真空容器内からの放出ガスの抑制,②高い排気能力を持つ真空ポンプの利用,の2点を極める必要がある.

 前者については,前章の知見に基づいて,大型の真空容器に製造可能で,従来のステンレス材に比べてガス放出速度が低く抑えられ,かつ,光刺激によるガス脱離の影響の心配のないチタン材を用いて電子銃の真空容器および電極を製作した.真空となる部分の全てに対して化学研磨と精密洗浄を施した.ビルドアップ法によって電子銃システム全体の全ガス放出速度を測定したところ,ベーキング後の全ガス放出速度は8.1×10-11[Pa m3/s]という低い値であった.これは真空容器のみならず,セラミック製の加速管,電極,バルブ等を含むシステム全体での性能であり,良好な値といえる.また,後者については,超~極高真空領域において高い排気速度を有する真空ポンプを採用することが必要であり,4KのベーカブルクライオポンプとNEGポンプを採用した.これらによって,図5に示すように,4×10-10Paの極高真空を安定的に達成した.


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図5 真空測定
極高真空計(3Bゲージ)による全圧測定(上図)と残留ガス分析器(WATMASS)による分圧測定(下図).
4×10-10Paの極高真空を安定して達成[11]


 製作した電子銃に,延べ50時間に及ぶ高電圧印加・保持試験を行なった結果を図6に示す.異常放電が発生した際には放射線の発生や真空が悪化する現象がみられるが,550kVまでのコンディショニングを経て今回,500kVの電圧を印加し,延べ50時間の連続保持した状態では,有意な放射線の発生や真空の悪化が見られておらず,異常放電は無く,安定して500kVをかけられることを確認した.

 これまでに世界各地で開発された加速器用の高電圧電子銃の中で,安定に電圧印加,運転している電子銃は,米国ジェファーソン研究所の350kVが最高であったが,JAEAおよびKEKで開発した2台の電子銃は共に世界で初めて500kV以上の電圧を安定して印加することに成功した[8][11].


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図6 500kVの高電圧印加・保持試験結果(50時間保持)[11].
電極間暗電流は1nA以下で,放電発生も皆無


5.おわりに

 世界中で,高性能な放射光源用加速器の開発,建設が競って行われており,ERLを用いる加速器で成否の鍵の一つとなっているのは,高輝度で大電流を供給できる電子銃の開発である.

 本稿では,現在,KEKが鋭意開発を進めている次世代放射光源用加速器,PEARLの全貌およびその試験実証機「compact-ERL」について紹介した.その実現には,高輝度で大電流を供給できる500kV電子銃の開発が必要であり,解決すべき最重要課題の一つは極高真空の実現であった.筆者らは,電子銃真空容器にチタン真空技術を導入し,その他多くの工夫もすることによって,4×10-10Paの極高真空実現と加速電圧500kVの安定維持ができることを確認した.大電流の引出し試験およびカソード寿命課題の克服のチャレンジはこれから始まるところであるが,本成果によって高輝度電子銃開発の第一歩を着実に踏み出せたと考えている.要となる電子銃開発が大きく前進したことで,PEARLや高繰り返し自由電子レーザーなど次世代の大強度放射光源の実現に一歩近づいた.

 今回の電子銃開発は,日本原子力研究開発機構(JAEA),KEK,広島大学,名古屋大学の共同研究グループで行われた.特に電子銃へのチタン材の採用については山口大学の研究グループの研究成果を参考にした.また,チタン材の光脱離特性の研究については,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 微細加工プラットフォーム【実施機関:山口大学】の支援を受けた.


参考文献

[1] 高エネルギー加速器研究機構 ERL計画推進室
http://pfwww.kek.jp/ERLoffice/
[2] PEARL計画パンフレット
http://imss.kek.jp/library/pamphlet/PEARL2013.pdf
[3] Energy Recovery Linac Conceptual Design Report, KEK Report 2012-4
http://ccdb5fs.kek.jp/tiff/2012/1224/1224004.pdf
[4] 山本 将博,宮島 司,本田 洋介,内山 隆司,小林 正典,西森 信行,永井 良治,松葉 俊哉,羽島 良一,栗木 雅夫,桑原 真人,吉田 肇,栗巣 普揮:ERL第二電子銃の開発状況,第10回日本加速器学会年会プロシーディングス,p.927-931
http://www.pasj.jp/web_publish/pasj10/proceedings/PDF/SUP0/SUP034.pdf
[5] R. Nagai1, R. Hajima, N. Nishimori, T. Muto, M. Yamamoto, Y. Honda, T. Miyajima, H. Iijima, M. Kuriki, M. Kuwahara, S. Okumi, and T. Nakanishi: High-voltage testing of a 500-keV dc photocathode electron gun, Rev. Sci. Inst. 81, 033304 (2010).
[6] 栗巣普揮,山本節夫,松浦 満,森本高志,部坂正樹:チタン材料の真空特性と応用展開, 真空,50, pp. 41-46 (2007). [第32回真空技術賞 受賞対象論文]
[7] H. Kurisu, K. Ishizawa, S. Yamamoto, M. Hesaka, Y. Saito: Application of titanium materials to vacuum chambers and components, Journal of Physics: Conference Serise, 100, 092002 (2008). [Invited]
[8] N. Nishimori, R. Nagai1, S. Matsuba, R. Hajima, M. Yamamoto, T. Miyajima, Y. Honda, H. Iijima, M. Kuriki and M. Kuwahara: Generation of a 500-keV electron beam from a high voltage photoemission gun, Appl. Phys. Lett. 102, 234103 (2013).
[9] 松本 学, 小林 正典, 堀 洋一郎, 小針 利明, 池口 隆, 上田 新次郎:ステンレス鋼,アルミニウム合金および無酸素銅からの光刺激脱離, 真空 33, pp.286-288 (1996).
[10] 山本 将博,宮島 司,本田 洋介,内山 隆司,栗巣 普揮, 小林 正典:超高真空下におけるチタン材料の光刺激ガス脱離,第10回日本加速器学会年会プロシーディングス,p.246-248
http://www.pasj.jp/web_publish/pasj10/proceedings/PDF/MOOT/MOOT12.pdf
[11] 山本 将博,宮島 司,本田 洋介,内山 隆司,金 秀光, 小林 正典,西森 信行,永井 良治,羽島 良一,栗木 雅夫,桑原 真人,吉田 肇,栗巣 普揮:500 kV DC電子銃2号機の高電圧試験,第11回日本加速器学会年会プロシーディングス,p.555-559
http://www.pasj.jp/web_publish/pasj2014/proceedings/PDF/SAP0/SAP036.pdf


(高エネルギー加速器研究機構 山本 将博)


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