メニュー

文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成28年度秀でた利用成果
高温でも使える,光で剥がせる接着材料の開発に成功
京都大学 齊藤 尚平,大阪大学 信末 俊平,名古屋大学 山口 茂弘,イレ・ステファン
名古屋大学 原 光生,関 隆広

MajorResults2017_banner.jpg



portrait.jpg

(左から)名古屋大学 関 隆広,原 光生,京都大学 齊藤 尚平,大阪大学 信末 俊平


1.概要

 熱で剥がせるホットメルト接着材料は産業的に広く用いられているが,高温では接着力を失ってしまうため使用に制約がある.今回,独自に設計した光応答性の分子骨格FLAPを凝集力の高いカラムナー液晶として材料化することで,光で剥がせる機能と高温でも接着を維持する機能を両立する「ライトメルト接着材料」を開発した[1][2][3][4][5].


2.はじめに ~光応答材料を利用した接着剥離~

 光照射による相転移現象は,光を当てると形を変えるアゾベンゼン分子などを含む材料において,光学特性の制御や機械的運動の誘起を可能にすることから注目を浴びてきた[6][7][8][9][10].また,光照射で流動体が固まる光硬化樹脂は,接着・コーティング・封止などの用途で産業的に幅広く応用されている.この中には,光硬化によって剥離を誘起するダイシングテープ(半導体用のシリコンウェハーを切削加工する際に仮固定するためのテープ)も含まれる[11].一方で,「かたい物質が光で流動化する」という現象の報告は比較的新しく[12][13],光で剥がせる機能性接着材料としての用途が期待されている[14][15].また近年,光照射で高分子鎖や超分子鎖が切断されることにより接着力の低下を引き起こす機能材料が報告されるようになり[16][17][18],活発に研究が進んでいる.本稿では筆者の研究を中心に,光融解現象を示すカラムナー液晶を光剥離接着材料へと応用した例について紹介する.本研究では,我々が合成した接着材料を薄膜にして,高温環境で光照射による構造変化を追跡することが不可欠であり,その高度な測定を実施するために文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(名古屋大学 分子・物質合成プラットフォーム)を利用した.実施機関担当者であり共著者でもある原 光生氏と関 隆広氏による全面的な協力により,我々だけでは達成できなかった実験を行い,信頼度の高いデータを得ることに成功した.


3.光で剥がせる接着材料に求められる要件

 はじめに筆者は複数の企業研究者と相談して「光で剥がせる接着材料」の機能要件を整理した.それが以下の3点である.

①高温環境下でも1MPa以上の接着力を保つ

②光照射によって大幅に接着力が低下する

③数秒以内に光剥離を起こす

 特に,1つめに挙げた耐熱接着性を備えることができれば,既に産業的に普及しているホットメルト接着材料(加熱すると融解する高分子材料)が使用できない高温環境でも使えるため,用途によっては実用上の優位性が生まれる.

 筆者は,剛直なπ共役骨格と柔軟なπ共役骨格をハイブリッドさせて両者の長所を活用するという分子設計指針に基づいて,独自の光機能性分子を合成し,一連の分子群をまとめてFLAP(FLexible and Aromatic Photoactive systems)と呼んでいる[3][4][5].

 今回,このFLAP骨格を基盤としてカラムナー液晶という自己凝集力の高い材料へと発展させることで,上記の困難な諸要件①高温環境での接着力の維持②光照射による接着力の大幅低下③迅速な剥離をすべて満たす新しい機能材料を開発し,「ライトメルト接着材料」と名付けた(図1)[1][2].


Fig01.jpg

図1 (a)ライトメルト液晶接着材料の分子構造.オレンジ色は化合物の液晶状態を引き出す部位,青色は光反応を起こす部位,中央の屈曲箇所は光を当てたときの分子の動きを可能にする部位.V字型の分子構造は液晶材料の高い自己凝集力を引き出している(図3参照).(b)光照射によるカラムナー液晶相の崩壊.[11]


 開発したライトメルト接着材料を2枚のガラス板に挟んで接着性能を評価したところ,①室温では1.6MPa(メガパスカル:1MPaは1cm2の面積あたり約10kgの重りをつり下げる接着力),100℃高温でも1.2MPaという高い接着力を示す一方で,②紫外光を当てると液化に伴って接着力は85%低下し,③一般的なLED光源で紫外光を照射すると,わずか数秒間(320mJ/cm2という少ない光量)で剥がすことができた(図2).さらに,④160℃加熱処理することにより再び接着力を取り戻すリワーク性に優れ(接着作業のやり直しが可能),⑤接着状態と非接着状態を蛍光色の違いで見分けることのできる発光機能を備えている.これらの優れた材料機能はすべて,分子の骨格構造に由来して発現している.以下では,特に①~③の材料機能につながった分子構造の特徴について紹介する.


Fig02.jpg

図2 ライトメルト液晶接着材料の性能.高温環境における強い接着,紫外光照射による迅速な剥離,せん断接着力の大幅な減少が達成された.


4.強く接着する機能

 一般に高い接着力を実現するには,接着したい部材と接着材料の界面における相互作用(Adhesion force)と,接着材料そのものの自己凝集力(Cohesive force)の両方を強くする必要がある(図3a).界面の相互作用が弱ければ試験片は界面から剥がれ,接着材料の凝集力が弱ければ接着材料の内部で破壊が起こってしまう(凝集破壊).ガラス板と接着材料を用いた今回の接着試験片では,ガラス表面の加工状態(親水加工または疎水加工)によらず,同じせん断接着力を示した(図3b).このことから,試験片の接着力を決定しているのは,ガラスと接着材料の界面における相互作用ではなく,接着材料そのものの凝集力であることがわかった.すなわち,高い自己凝集力をもつ材料を開発したことが,仮固定に充分な接着力の実現につながった.


Fig03.jpg

図3 (a)界面接着力と内部凝集力.(b)ガラス基板表面の親水性を変えても,ライトメルト接着材料試験片のせん断接着力は変わらなかった.(c)V字型FLAP分子骨格の単結晶X線構造解析.液晶基を取り除いた化合物を新たに合成することで得られた.(d)ライトメルト液晶接着材料の示差走査熱分析.カラムナー液晶と等方性液体との間で観測された大きな相転移エンタルピー変化.


 この「高い自己凝集力」を引き出したのが,集積しやすいV字型の分子構造である.このV字型の分子骨格は,両腕の剛直なπ共役部位(アントラセン)が両方ともπスタッキングに関与するため非常に強く分子間相互作用してカラム状に集積する(図3c).実際,ライトメルト接着材料の熱分析を行ったところ,カラムナー液晶相(70-135℃)とより高温の等方性液体の相の間のエンタルピー変化ΔH=34kJ/molは,これまで報告された多くの液晶化合物と比較しても大きい値であり,特に水素結合を伴わないものではトップレベルである[19].このことは本液晶材料の自己凝集力の高さを物語っている(図3d).一般に液晶というと,ディスプレイに使われているような流動性の高い材料が想像されるが,開発したカラムナー液晶材料は強い分子間相互作用のため流動性が低く,2枚のガラス板を強く固定できる.また,分子設計により液晶状態を示す温度を高温領域に調整することで,耐熱接着を実現している.


5.光で溶ける機能

 高分子材料では,光を当てるとさまざまなメカニズムで接着が弱くなるものが報告されている.この中には,紫外光を当てると分子が網目のように重合し,材料が硬化することで剥離を誘起するダイシングテープも含まれる.これに対し,同じ形の小さい分子を集めて並べた液晶材料では,形の異なる不純物を少し混ぜるだけで,秩序だった分子の集積構造が自発的に崩れ,ばらばらになって液化する現象が知られている[6].特に,光を当てると形を変えるアゾベンゼン分子などを液晶化することで,光照射によって形の異なる分子(不純物)を液晶内部で生み出し,光で液化する材料を作ることができる.このような機能性液晶は,これまで光で情報を記録するメモリー材料などへの展開が注目されてきたが,一方で,液晶本来の柔らかい性質のため,接着材料としての展開は最近まで注目されていなかった.

 開発したライトメルト接着材料は,液晶でありながら,高い自己凝集力を保持している.このカラムナー液晶が紫外光で融解するメカニズムを,以下のように推定した.まず,液晶状態を示す温度範囲で紫外光を当てるとV字型の分子が光励起状態(S1)でコンフォメーション変化して平面型になる(図4a)[3][4][5].ここで,光2量化する相手となる分子がすぐ近くにいない場合は単独で緑色の蛍光を発してそのまま基底状態(S0)へと戻るが,隣の分子が反応できる位置にいる場合にはこれと結合することで,2量体を形成する(図4b).こうして生成する一部の2量体は,秩序だった集積には不向きな形をしているため不純物として働き,V字型分子の集積構造を壊す(図4c).これにより,接着力の強いカラムナー液晶が崩れ,液体となった混合物は大幅に接着力が下がる(図4d).また,光2量体は160℃程度に加熱すると徐々に元の単量体に戻るため接着機能が復元する.


Fig04.jpg

図4 (a)最低一重項励起状態(S1)におけるFLAP骨格のエネルギーダイアグラム.S1でV字型から平面型へとコンフォメーション変化を起こす.(b)FLAP骨格の光2量化メカニズム.コンフォメーション変化によって結合を形成する反応点間の距離dが縮まると光2量化が進行する.(c)V字型の骨格がカラムナー集積している液晶の内部で光2量体が生成すると,光2量体分子の形が集積に適さないので液晶相が崩壊し,強い凝集力が失われて混合物として液化が進行する.(d)偏光顕微鏡で観察したカラムナー液晶相.紫外光を照射した部分が等方性液体(混合物)へと変化する(左).光照射による接着力の低下と,加熱(160℃)による接着力の復元(右).


 前述のメカニズムは,以下の実験事実より推定した.

1)光2量化反応では,結合をつくる炭素-炭素間距離(図3cの距離d)が4.2Å以下でなければ起こらないことが知られているが[20],FLAP骨格のV字型集積構造ではその距離が4.7Åと長く,実際に固体状態では光融解は見られなかった(液晶相でなければ光応答しなかった).

2)液晶温度における接着フィルムの蛍光スペクトル測定で,光励起状態(S1)におけるコンフォメーション変化が起こっていることを示す,平面型由来の緑色発光帯が観測された.

3)光照射後の液体混合物をサイズ排除カラムクロマトグラフィーにかけると,未反応の単量体が多く残っていた.

4)液体混合物から単離した光2量体の1Hおよび13C NMRの解析から,対称性の低い構造が支持された.

5)液晶薄膜の時間分解電子線回折測定,時間分解IR測定および分子動力学計算によって,同様の光応答カラムナー液晶における直接的な構造解析を行ったところ,液晶中でコンフォメーション変化する光励起分子周辺のピコ秒ダイナミクスを追跡することができた[21].

 これらの実験結果から,バルク材料としては流動性が低く凝集力の高いカラムナー液晶の内部でもFLAP分子のコンフォメーション変化が許容されており,この動きが光2量化反応の進行の鍵となっていることがわかる.また,光2量化で分子量が倍になるにもかかわらず固体アモルファスへの相転移が起こらず液体へと融解するのは,2量体の構造が秩序集積に適さないことが効いていると考えられる.


6.迅速に剥がれる機能

 「光で溶ける材料」を仮固定用の接着材料として製造工程の流れの中で使うには,一般的な光照射装置を用いてすぐに剥がせる必要がある.そのためには,少ない光量で剥離が起こることが望まれる.開発したライトメルト接着材料を2枚のガラス板に挟んで接着し,ドライヤーで温めた状態で紫外光のLEDで光照射すると,わずか数秒間(光量にして320mJ/cm2)で剥がすことができた.この光量は,一般的な光硬化樹脂を硬化させるのに必要な光量よりも少なく,比較的応答性が良い.この迅速剥離の実現には,以下のメカニズムが作用している.

1)素反応である光2量化反応がきわめて速い(4-200ns)[22]

2)すべての分子が反応しなくても,不純物である2量体の生成により自発的に液晶構造が壊れて液化が進行する

3)ガラスと接しているほんのわずかな材料の界面さえ溶けてしまえば,剥離が起こる

 実際に,紫外光がライトメルト接着材料の膜の内部に到達する深さはガラスとの界面からわずか数マイクロメートルの範囲のみであり,膜の厚みによらず約320mJ/cm2の光量で剥がせることが確認できた.また,これらの実験から,ライトメルト接着材料はごく少量の使用でも膜厚を気にせず光剥離が実現でき,光を当てた透明部材には剥離後に接着材料がわずかしか残らないことが示された(図5).


Fig05.jpg

図5 (a)ライトメルト接着材料からなる薄膜の光吸収スペクトル.(b)365nmの励起光を薄膜にあてた際の透過率と膜厚の関係.励起光は界面から3µmの深さまでにほぼ全て吸収されている.(c)界面近傍のおける光融解と剥離.剥離後の糊残りは数µmの厚みとなり,汎用有機溶媒で容易に洗い流せる.


7.最後に

 ライトメルト接着材料の開発は,近年になって注目され始めた「光液化材料を用いた仮固定接着」という科学技術を大きく前進させるものである.特に,耐熱接着と迅速な光剥離という2つの機能を両立させるための,鍵となる分子論的な設計指針やカラムナー液晶の新しい活用法を示したことは,学術的にも産業的にも意義のある成果といえる.今後,透明なものの接着用途としてライトメルト接着材料が広く利用されることを期待し,現在研究を続けている.


謝辞

 本研究では,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(名古屋大学 分子・物質合成プラットフォーム)の超強力X線室の設備を用いたin-situ エックス線回折測定によって,液晶構造の同定や光照射による構造変化の追跡を行った.特に,接着薄膜の光応答性や温度依存性について定量的かつ精確な解析ができたのは,名古屋大学工学研究科の原 光生助教のアイディアにもとづくdewetting(高温で基盤が液晶をはじいてしまい測定の妨げとなる現象)の克服法や,原助教の自作セルによる理想的な測定環境によるところが大きい.

 本研究は,現・大阪大学大学院基礎工学研究科 信末 俊平特任助教,名古屋大学大学院理学研究科 津坂 英里さん,袁 春雪博士(現・同済大学 助教),森 千草さん,山口 茂弘教授,Cristopher Camacho博士(現・コスタリカ大学 講師),Stephane Irle教授および名古屋大学大学院工学研究科 原 光生助教,関 隆広教授と共同で行ったものである.また本研究は,JSTさきがけ「分子技術と新機能創出」(総括:加藤 隆史 東京大学教授),科研費 新学術領域「高次複合光応答分子システムの開拓と学理の構築」(領域代表:宮坂 博 大阪大学教授),科研費 若手研究(A)の支援を受けて行われた.この場を借りて御礼申し上げます.


参考文献

[1] S. Saito, S. Nobusue, E. Tsuzaka, C. Yuan, C. Mori, M. Hara, T. Seki, C. Camacho, S. Irle, S. Yamaguchi, Nature Commun. 7, 12094 (2016). JSTプレスリリース http://www.jst.go.jp/pr/info/info1195/ 日経産業新聞,サイエンスポータルほか
[2] 齊藤尚平, 山口茂弘, 渡辺淳, 小谷真央: 特開2015-157769.
[3] C. Yuan, S. Saito, C. Camacho, S. Irle, I. Hisaki, S. Yamaguchi, J. Am. Chem. Soc. 135, 8842 (2013).
[4] C. Yuan, S. Saito, C. Camacho, T. Kowalczyk, S. Irle, S. Yamaguchi, Chem. Eur. J. 20, 2193 (2014).
[5] R. Kotani, H. Sotome, H. Okajima, S. Yokoyama, Y. Nakaike, A. Kashiwagi, C. Mori, Y. Nakada, S. Yamaguchi, A. Osuka, A. Sakamoto, H. Miyasaka, S. Saito, J. Mater. Chem. C 5, 5248 (2017).
[6] H. Yu, T. Ikeda, Adv. Mater. 23, 2149 (2011).
[7] M. Irie, T. Fukaminato, K. Matsuda, S. Kobatake, Chem. Rev. 114, 12174 (2014).
[8] W. R. Browne, B. L. Feringa, Nature Nanotech. 1, 25 (2006).
[9] T. Seki, Polymer Journal 46, 751 (2014).
[10] A. Priimagi, C. J. Barrett, A. Shishido, J. Mater. Chem. C 2, 7155 (2014).
[11] K. Ebe, H. Seno, K. Horigome, J. Appl. Polym. Sci. 90, 436 (2003).
[12] K. Uchida, N. Izumi, S. Sukata, Y. Kojima, S. Nakamura, M. Irie, Angew. Chem. Int. Ed. 45, 6470 (2006).
[13] Y. Norikane, Y. Hirai, M. Yoshida, Chem. Commun. 47, 1770 (2011).
[14] H. Akiyama, M. Yoshida: Adv. Mater. 24, 2353 (2012).
[15] H. Akiyama, S. Kanazawa, Y. Okuyama, M. Yoshida, H. Kihara, H. Nagai, Y. Norikane, R. Azumi, ACS Appl. Mater. Interfaces 6, 7933 (2014).
[16] E. Sato, K. Taniguchi, T. Inui, K. Yamanishi, H. Horibe, A. Matsumoto, J. Photopolym. Sci. Technol. 27, 531 (2014).
[17] C. Heinzmann, S. Coulibaly, A. Roulin, G. L. Fiore, C. Weder, ACS Appl. Mater. Interfaces 6, 4713 (2014).
[18] A. M. Asadirad, S. Boutault, Z. Erno, N. R. Branda, J. Am. Chem. Soc. 136, 3024 (2014).
[19] W. E. Acree, Jr., J. S. Chickos, J. Phys. Chem. Ref. Data 35, 1051, (2006).
[20] R. Bhola, P. Payamyar, D. J. Murray, B. Kumar, A. J. Teator, M. U. Schmidt, S. M. Hammer, A. Saha, J. Sakamoto, A. D. Schlüter, B. T. King, J. Am. Chem. Soc. 135, 14134 (2013).
[21] M. Hada, S. Saito, S. Tanaka, R. Sato, M. Yoshimura, K. Mouri, K. Matsuo, S. Yamaguchi, M. Hara, Y. Hayashi, F. Röhricht, R. Herges, Y. Shigeta, K. Onda, R. J. D. Miller, submitted.
[22] M. Okuda, K. Katayama, J. Phys. Chem. A 112, 4545 (2008).


(京都大学大学院理学研究科 齊藤 尚平)


contact.jpg
homepage.jpg