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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成27年度秀でた利用6大成果
指定薬物3,4-ジクロロメチルフェニデートの合成と分析
科学警察研究所 辻川 健治,岩田 祐子,井上 博之
分子科学研究所 井上 三佳,東林 修平

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(左から)科学警察研究所 辻川 健治,分子科学研究所 東林 修平,井上 三佳

1.概要

 自然科学研究機構 分子科学研究所の井上 三佳特任研究員,東林 修平助教,科学警察研究所の辻川 健治主任研究官,岩田 祐子室長,井上 博之部付主任研究官の研究チームは,危険ドラッグ3,4-ジクロロメチルフェニデート(DCMP)の標準品をジアステレオ選択的に合成するとともに,その分析結果から,これまで報告されていた分析結果の誤りを指摘し,2015年4月16日にForensic Science International誌電子版に報告しました.この結果は,危険ドラッグの主要な系統の一つとなりつつあるさまざまなメチルフェニデート類似化合物の正確な検出に注意を喚起するものであり,検出精度の向上が期待できる結果です.


2.研究の背景

 危険ドラッグ3,4-ジクロロメチルフェニデート(DCMP)は,中枢興奮薬メチルフェニデート類似化合物であり,分子内に不斉炭素注1)を2個有するため,ジアステレオマーと呼ばれる立体構造の異なる2種類の分子(図1)注2)が存在します.DCMPは国内外で危険ドラッグとして流通が確認されており,我が国では医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律により,いずれのジアステレオマーとも指定薬物として規制されています.


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図1 DCMPの各ジアステレオマーの構造式


 法科学分野では,危険ドラッグなどの薬毒物分析において,ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)注3)法は第一選択肢として用いられています.これは,GC-MS法が混合物の成分分離に優れ,高い定性能力を有するためです.しかしながら,化合物によっては分析中に熱で分解してしまうため,分析結果の解釈については注意が必要です.メチルフェニデートはGCによる分析時に熱分解を起こすことが知られており[1],その類似化合物であるDCMPも同様の現象が起きる可能性が考えられます.DCMPのGC-MSによる分析結果は,UchiyamaらによってForensic Science International誌に報告されていますが,DCMPの熱分解に関する注意は特段払われておらず,また,ジアステレオマーに関する議論もなされていませんでした.

注1)不斉炭素
 4つの異なる原子または原子団が結合した炭素原子のこと.炭素原子は正四面体構造をもつため,不斉炭素をもつ分子は鏡に写した鏡像体同士が重ね合わせられない.左手と右手のような性質を持つ.

注2)ジアステレオマー
 平面的な構造は同じであるが,立体的な構造が異なる化合物.ただし,鏡像体は除く.立体的な構造が異なるために,物理的,化学的,薬理学的性質も異なる.

注3)ガスクロマトグラフィー-質量分析(GC-MS)
 ガスクロマトグラフィーと質量分析を合わせた化合物の分析法.ガスクロマトグラフィーは,高温で気化させた化合物をカラムと呼ばれる細い管の中をガスで移動させる.化合物によってカラムから出てくる時間(保持時間)が異なるため,化合物を識別することに使える.GC-MSでは,カラムから出て来た成分について一定時間ごとに質量分析を行い,成分の検出を行っている.質量分析は化合物ごとに特徴的なパターン(質量スペクトル)を与えるため,化合物の同定能力に優れる.このようにGC-MSはガスクロマトグラフィーの分離能力と質量分析の同定能力を合わせもつため,混合物中の成分の同定に威力を発揮する.
 ただし,ガスクロマトグラフィーでは,最初に化合物を気化させるために高温をかけるため,熱に弱い化合物は分解してしまう.分解した場合,得られるピークは分解物のものであり,分解前の化合物のピークは得られない.


3.研究の成果

 分子科学研究所の支援の下,DCMPの2種類のジアステレオマーを別々に化学合成し,それぞれを純品として得ました(図2参照).[2][3][4]


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図2 DCMPの各ジアステレオマーの合成経路


 得られた2種類のジアステレオマーについて科警研においてGC-MSを行ったところ,全イオン電流クロマトグラム注4)上に同一の保持時間及び質量スペクトルを与えるピークが確認され,このピークはDCMPが熱分解した3,4-ジクロロフェニル酢酸メチルエステルに由来することがわかりました.また,これらのピークの質量スペクトルは,Uchiyamaらの報告中にDCMPの質量スペクトルとして記載されていたものと同一であり,当該論文中では熱分解物3,4-ジクロロフェニル酢酸メチルエステルの質量スペクトルをDCMPのそれと誤認していたことが明らかとなりました.

 そこで当研究グループでは,GC-MSによる分析時のDCMPの熱分解の防止に加え,ジアステレオマーの分離を目的として,DCMPをトリフルオロアセチル(TFA)誘導体(図3)に変換した後にGC-MSを行いました.その結果,各ジアステレオマーのピークは良好に分離され(図4),また,質量スペクトルから熱分解が防止されたことも明らかとなりました.

注4)全イオン電流クロマトグラム
 各時間ごとの質量スペクトルの信号強度を合算したものを,連続的に記録して得られたグラフ.



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図3 DCMPの各ジアステレオマーのTFA誘導体の構造式


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図4 DCMPの各ジアステレオマーのTFA誘導体のGC-MSクロマトグラム及び各ピークの質量スペクトル


4.今後の展開

 メチルフェニデートの類似化合物は危険ドラッグの主要な系統の一つとなりつつあり,正確な検出が要請されます.本研究結果は,他のさまざまなメチルフェニデート類似化合物についてGC-MSによる分析を行う場合にも細心の注意を喚起するものといえます.


研究グループ及び研究サポート

 本研究は,分子科学研究所の井上 三佳研究員,東林 修平助教,科学警察研究所の辻川 健治主任研究官,岩田 祐子室長,井上 博之部付主任研究官により行われました.
 本研究は,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム分子・物質合成プラットフォーム(分子研)の支援を受けて実施されました.


論文情報

掲載誌:Forensic Science International
掲載タイトル:Comments on "Characterization of four new designer drugs, 5-chloro-NNEI, NNEI indazole analog, α-PHPP and α-POP, with 11 newly distributed designer drugs in illegal products"
著者:Kenji Tsujikawa, Yuko T. Iwata, Mika Inoue, Shuhei Higashibayashi, Hiroyuki Inoue
掲載日:2015年4月16日(オンライン掲載)
DOI:10.1016/j.forsciint.2015.04.008


参考文献

[1] W-W. Chan et al., Organic Letters 2010, 12, 604-607
[2] H.M.L. Davis et al., J. Am. Chem. Soc., 1999, 121, 6509-6510
[3] Margaret M.Schweri et al., J. Med. Chem., 2007, 50, 2718-2731
[4] B.L. Flamma and J. Gal, Biological Mass Spectrometry 2(1975)281-283.


(分子科学研究所 井上 三佳)


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