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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成27年度技術スタッフ表彰 若手技術奨励賞
クライオ電子顕微鏡法を用いた技術支援
~卓越した凍結技術とTEM観察技術を用いて生体脂質膜の機能解明に貢献~

受賞者 奈良先端科学技術大学院大学 物質科学教育センター 藤田 咲子氏に聞く

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(左)若手技術奨励賞受賞の奈良先端科学技術大学院大学 藤田 咲子氏
(右)副賞のバッジ 若手技術奨励賞

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業[1]は,26の大学・研究機関が有する最先端のナノテクノロジー設備を,全国の産学官の研究者に対して利用機会を提供し,イノベーションにつながる研究成果の創出を目指している.設備の活用には,豊富な技術・ノウハウを持った技術スタッフの支援が欠かせない.このため平成26年度より技術スタッフ表彰が行われ,平成27年度「若手技術奨励賞」に奈良先端科学技術大学院大学(以下NAIST)藤田 咲子氏の「クライオ電子顕微鏡法を用いた技術支援」が選ばれた[2].この技術の内容,支援の経緯などを伺うべく,奈良県生駒市(けいはんな学園都市)のNAIST物質科学教育センターに受賞者の物質創成科学技術区/教育研究支援部 研究協力課 技術職員 藤田 咲子(ふじた さきこ)氏を訪ねた.また,NAISTナノテクノロジープラットフォーム連携マネージャー 戸所 義博(とどころ よしひろ)氏が同席され,NAISTのナノテクノロジープラットフォームについて説明された.


1.NAISTナノテクノロジープラットフォーム

 文部科学省のナノテクノロジープラットフォーム事業は,微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の3分野から成る[1].NAISTナノテクノロジープラットフォーム[3]は,分子・物質合成プラットフォームの一つの拠点として活動しており,学内における位置付けを図1に示す.支援内容には,①技術相談,②協力研究,③技術代行,④機器利用の4種がある.主な支援機器は透過電子顕微鏡をはじめ9機種,他に支援試行機器として二次イオン質量分析装置をはじめ約20設備を共用に提供している.


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図1 NAISTナノテクノロジープラットフォーム支援体制


 NAISTの支援の特徴は,①全教員参加による協力研究制度,②高度な専門技術を持つ技術職員・技術支援員,③連携・技術調査を専門とする連携マネージャー,及びリーズナブルな利用料金により,新材料創成とものづくりに貢献し,アカデミアだけではなく,産業界,特に中小・ベンチャー企業等に広く門戸を開いていることである.平成27年度の学外への支援件数は57件であった(内訳は,大学・公的機関36,企業21.協力研究31,技術代行20,機器利用6).さらに,技術・ノウハウを広める各種セミナを開催している.


2.クライオ電子顕微鏡法による自己組織化集合体の観察

 界面活性剤に代表される両親媒性分子を水に分散すると自己組織化集合体を作りその形態はミセル,ベシクル,リボソーム等多様であり,それぞれに特徴ある機能を持っており,これらを透過電子顕微鏡(以下TEM)で観察し詳細な形態・構造を突き止めようとする動きが盛んである.表彰の対象になったクライオTEM法が活躍しているNAISTナノテクノロジープラットフォームには,図2(a)に示す300KVのTEMがある.これとクライオTEM法のための装置(図2(c))と組み合わせて上記ミセルやベクシル及び生体材料のTEM観察を行っている.ところで,これ等観察対象物は有機分子と水から構成されている.このことは,電子線をプローブとするTEMにとって2つの大きな問題となる.1つは構成元素がC,N,O等の軽元素であり,低コントラストの像しか得られない.2つ目はTEM内部は高真空にしなければならないが,水があってはそれは叶わない.これを克服する手法としてあみ出されたのが,試料溶液ごと凍結して観察するクライオTEM法である.サンプル作製の手順は図2(d)に示すように,①サンプル溶液をグリッド上に載せる,②余剰液を除去する,③液化エタンに浸漬し急速凍結させる(水の結晶化を防ぐために10,000K/Sの急速凍結とする),④クライオトランスホルダー(図2(b,c))を用い凍結したままTEM観察する(-130℃で水の再結晶が起るため常に液体窒素温度で保持する).なお,ここで液体窒素を用いず液体エタンを用いるのは,窒素は融点(-210℃)と沸点(-196℃)の差が14℃と小さく,サンプル表面で気化する可能性があるからであるのに対し,エタンは融点(-183.6℃)と沸点(-89.0℃)の差が94.6℃と大きく気化の心配がないからである.観察結果は,乾燥サンプルが乾いて変形するのに対し,急速凍結サンプルは生のままの球状である(図2(e)).


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図2 透過型電子顕微鏡とクライオTEM法のための装置及び試料作製手順と観察結果


 このようにクライオTEM法は,試料作製・観察に専用の装置が必要で,試料作製にも熟練した技術を要し,また試料調整やTEMへのセッティングに時間がかかる等難易度が高いため,支援を提供できる機関は少ない.このような中にあって,NAISTはクライオTEM支援を通して多くの大学や企業の研究開発に貢献している.


3.クライオTEM法による支援例

3.1 支援例1:光照射で開口するベシクルを撮影

 奈良工業高等専門学校 宇田准教授への協力研究でなされたものであり,両親媒性分子が形成するミセルやベシクルなどの分子集合体の形態を光で制御することで物質の取り込みや取り出しをコントロールできることを確認し,ドラッグデリバリーシステムへの展開の可能性を示したものである.図3(左)に示すように,光照射によってイオン化し両親媒性を生じるMalachite Green(MGL)を合成し,これを両親媒性分子レクチン(phosphatidylcholine)と混合し,MGLを含んだベシクルを形成する.これに光を照射すると図3(右)に示すように形態変化を起す.光照射前のベシクルは球状である(図aの矢印,以下同様)が,光を照射すると球状ではなくなる(b,c).小さなベシクルを巻き込んで筒状にもなる(d),最外周の膜がちぎれるのもある(e),そしてベシクルの一部が溶出してベシクルが口を開いた状態にもなる(f).これは,ベシクルの中に閉じ込めておいた薬剤を望みの場所で望む時に取り出すことができるドラッグデリバリー機能を持つことを示している.これらの形態は混入するMGLの濃度によって制御可能である.


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図3 MGLが混入されたレクチンのベシクル:MGLの濃度と光照射によって形状制御(バー=100nm) [4]


 この支援では,サンプルを如何に薄くするかがポイントであり,そのために余分な液を除去するのに使用する濾紙の接触角度と時間に工夫と試行錯誤が必要であった.この支援を通して藤田氏は幅広い技術・ノウハウを新たに身につけることができたとのことである.このようにして依頼者の研究と成果発表に貢献し,論文は藤田氏への謝辞とともにLangmuir 2010, 26(8), pp.5444-5450 [4]に掲載されている.


3.2 支援例2:加熱処理によって球状からチューブ状に変形するベシクルを観察

 京都府立大学 沼田准教授との協力研究においてなされたものであり,図4(a)に示す嵩高いテトラエチレングリコール(TEG)のシッポを持ったZn-クロロフイルベースの両親媒性分子(Chl-4Py)のDCE(dichloroethane)溶液を水中で分散させると,直径約250nmのエマルジョン(ドロップレット)ができる(図4(c)の左端).沼田氏らは,これを加熱してDCEを除去していくとドロップレットは収縮し,そして急に球状からロッド状に変形することを見いだした[5].そしてChl-4Pyの割合が多いとそのロッドはシングルウオールからマルチウオールに変わり,かつ長くなる.ここで創出した新規な超分子システムは,ナノからマイクロスケール超分子化学に新たな展開をもたらすものになると期待される,とのことである.

 図5は,この変化をクライオTEM法で追跡したものである(実際は,この観察結果から図4のモデルが導出された).


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図4 Chl-4PyとDCEで形成されるベシクルの加熱処理よる形状変化(モデル図) [5]

a)Chl-4Pyの分子構造,右はモデル化した図形.b,c)左端は,直径約250nmのドロップレット.右は加熱によりドロップレット中のDCEが飛散するとドロップレットが収縮し,ある径になると一次元配向しロッド状になる.Chl-4Pyの濃度によって一次元ロッドの形態が変わる.


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図5 Chl-4PyとDCEで形成されるベシクルの加熱処理よる形状変化(クライオTEM写真) [5]

a)濃度12.5mMのChl-4Pyで出来たドロップレットで熱処理なし,球状である.b)a)の拡大図.c)濃度2.5mMのChl-4Pyで出来たドロップレットを熱処理してできたロッド,45nm長,20nm径.右上の挿入は拡大図.d)濃度7.5mM,60nm長,25nm径.e)濃度12.5mM,200nm長,45nm径.f)e)の拡大図.


 この支援で藤田氏が工夫したことは,ドロップレットの中が揮発性のDCEなので,泡立ちが問題になった.これを防ぐために電流値を下げ電子線を暗くした.そうするとコントラストが下がってしまうが,適当なデフォーカスを設定することで位相コントラストを最大にして対処した.また,本件は短時間で撮影を行わなければならなかった.


3.3 支援例3:2種の界面活性剤の混合比で多様な形態の自己組織化集合体の生成を観察

 奈良工業高等専門学校 林講師と協力研究で支援したものである.林氏らは,図6に示す両親媒性の界面活性剤Span20とTween20,Span40とTween40が,その混合比を変えることによって球状ミセル,球状ベシクル,チューブ状ベシクル,レンズ形ベシクル,多面ベシクル等,多様な自己組織化構造体を形成することを見いだした(図7,各写真の右下は集合体の立体模式図を示す)[6].これら自己組織化構造体の形成方法および物理化学的性質のデータベース化は,テーラメードドラッグキャリヤーのような将来のバイオマテリアルのデザインに役立つと期待されている.

 本支援はサンプルの数が多くかつ短時間で処理する必要があったため大変であったことが思い出されるとのことであった.


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図6 Span系,Tween系界面活性剤の分子構造 [6]


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図7 Span系,Tween系界面活性剤の混合比による自己組織化集合体の形状制御 [6]


4.おわりに:藤田 咲子氏の活躍と今後の抱負

 藤田氏は大阪大学大学院理学研究科を終了後,1年間の民間企業勤務を経てNAISTの技術職員として入職し,以来クライオTEM法を担当し6年目である.先輩の指導や自身の創意工夫により高度で豊富な技術・ノウハウを身につけている.平成24~26年の3年間に35件の支援(協力研究28件,技術代行5件,非公開支援2件)を行い,内179サンプルがクライオTEM観察である.また,超分子化学の教科書 Supramolecular Chemistryの電子顕微鏡項の執筆に協力している[7].さらに学生研修「リポソームの作製とクライオTEM実習」の実習手引書を作成しかつ実習主担当を勤め,また医薬・生体材料 イメージングセミナー「クライオTEMの基礎と観察事例」の実習主担当を勤めるなどを通して,クライオTEM技術を他機関に伝承,後進の指導に貢献している.

 藤田氏は,「難しい測定依頼内容で申し訳ないと言う研究者もいますが,それがかえって勉強になるのでありがたく,また測定結果がユーザの研究推進に役だったことに充足感を覚えます」,「今後は,例えば今年度から稼働したCryo-Tomographyシステムを使いこなすなどして,より高度な測定でお役に立てることを楽しみにしている」とユーザに対し無理難題を言ってほしい,そしてそれによりより専門的な要求に応えられるよう技術ノウハウをさらに修得したいとの抱負を述べられた.

 そしてこれまで同様,ユーザが希望するときはユーザ立ち合いのもとで測定し,サンプル全体の状況を把握してもらいながら細かい測定希望に添えるようにし,さらに必要に応じて像解釈の基本的な内容を伝え,ユーザの判断の手助けを行っていくとのことである.このようなユーザ満足度・信頼度の高い支援を通し,ますます高度な技術・ノウハウを身につけ,イノベーション創出に寄与されることを期待する.


参考文献

[1] 文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム事業」:http://nanonet.mext.go.jp/about/
[2] 技術スタッフ表彰:http://nanonet.mext.go.jp/award/
http://nanonet.mext.go.jp/research_support_award/H27_Award_4.pdf
[3] 文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」分子・物質合成プラットフォーム 奈良先端科学技術大学院大学:http://mswebs.naist.jp/nanopla/
[4] Ryoko M. Uda, Eri Hiraishi, Ryo Ohnishi, Yoshio Nakahara, and Keiichi Kimura, "Morphological Changes in Vesicles and Release of an Encapsulated Compound Triggered by a Photoresponsive Malachite Green Leuconitrile Derivative", Langmuir 2010, 26(8), pp.5444-5450
[5] Munenori Numata, Daiki Kinoshita, Nobuko Taniguchi, Hitoshi Tamiaki, and Akio Ohta,"Self-Assembly of Amphiphilic Molecules in Droplet Compartments: An Approach Toward Discrete Submicrometer-Sized One-Dimensional Structures", Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, pp.1844 -1848
[6] Keita Hayashi, Hidek Iwai, Toshinori Shimanouchi, Hiroshi Umakoshi,Tomoyuki Iwasaki, Ayako Kato, Hidemi Nakamura, "Formation of lens-like vesicles induced via microphase separations on a sorbitan monoester membrane with different headgroups", Colloids and Surfaces B: Biointerfaces 135 (2015), pp.235-242
[7] Jun-ichi Kikuchi, Kazuma Yasuhara, Supramolecular Chemistry: From Molecules to Nanomaterials 2 (2012), pp.633-645

※本文中の図はNAIST藤田氏,戸所氏より提供されたものである.


(真辺 俊勝)