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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成27年度技術スタッフ表彰 技術支援貢献賞
微細加工技術の開発
~高温スパッタ法による圧電薄膜形成と厚板石英ガラスのドライエッチング~

受賞者 京都大学 ナノテクノロジーハブ拠点 佐藤 政司氏に聞く

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(左)技術支援貢献賞の京都大学 ナノテクノロジーハブ拠点 佐藤 政司氏
(右)副賞のバッジ 技術支援貢献賞

 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業では,全国の26機関が最先端設備の外部共用を行っている.設備の活用を支援しているスタッフを対象に,平成26年度から技術スタッフ表彰をしている.平成27年度の技術支援貢献賞[1]は,京都大学 学際融合教育研究推進センター ナノテクノロジーハブ拠点 主任高度専門技術職員である佐藤 政司氏の「微細加工技術の開発」が受賞した[2].表彰式は,2016年1月29日に,東京ビッグサイトで開催された第14回ナノテクノロジー総合シンポジウム(JAPAN NANO 2016)で行われた.

 今回,佐藤 政司氏を訪ねて,受賞された技術の内容や,ナノテクノロジーハブ拠点での技術支援の様子をお聞きした.


1.京都大学ナノテクノロジーハブ拠点

 先ず,佐藤氏が技術スタッフとして所属している京都大学のナノテクノロジーハブ拠点(以下,ナノハブと略称)(図1)[3]について概要を伺った.


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図1 京都大学ナノテクノロジーハブ拠点の概要


 ナノハブには90余種類の最新鋭微細加工装置と構造解析装置,評価装置があり,産官学の研究者に対して開かれた施設として運営されている.微細加工では9名の高度専門技術職員が利用者の実験試作を支援するだけでなく,大学院生や社会人向けに講義や実習指導も行っている.

 開所は平成23年で,文部科学省の「低炭素社会構築に向けた研究基盤ネットワークの整備事業」で導入された微細加工・評価設備群がベースになっている.平成24年から文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業に参画し,京都大学内の3拠点;①吉田キャンパス(微細加工装置群),②桂キャンパス(微細加工装置群),③宇治キャンパス(微細構造解析装置群)を連携的に運営して,ナノテクノロジー研究開発の支援サービスを提供している.利用者の多く(90%)は,装置操作の指導を受けた後に技術職員の支援を受けながら利用者自らが作業を行う「技術補助」の形態をとっている.利用形態にはその他に,「技術相談」「機器利用」「技術代行」「共同研究」が選択できる.

 平成27年度における微細加工ナノプラットフォームの支援件数は168件,外部共用率は89%に上っている.この外部共用利用の34%は民間企業である.微細加工装置群の利用料収入にナノテクノロジープラットフォームからの運営費を加えてナノハブが運営されている.


2.受賞対象の微細加工技術I:高温スパッタ法による圧電薄膜の形成

 佐藤氏は,京都大学ナノハブ拠点の平成23年開設時から主任高度専門技術職員として参画し,新規導入装置の立上げ,利用者への教育指導などに従事してきた.今回の技術支援貢献賞を受賞した「微細加工技術の開発」で,第1のテーマである高温スパッタ法による圧電薄膜の形成技術についてお話を伺った.

 ナノハブには強誘電体の成膜装置として,図2に示す多元スパッタ装置を整備している.強誘電体に電圧を印加すると,結晶格子が歪んで物体の形状が変形する圧電効果が生じる.圧電効果は超音波振動子やアクチュエータに利用されており,たとえば微小ミラーをSi基板上に2次元配列し,各ミラーに圧電薄膜と電極をつけて電圧制御することで,望遠鏡の収差補正を2次元配列ミラーによる波面制御で実現する応用などがある[4].


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図2 キヤノンアネルバ製多元スパッタ装置


 今日最も普及している圧電体は,高い圧電特性を有するPZT(チタン酸ジルコン酸鉛,Pb(Zr,Ti)O3)である.京都大学では従来から,RFマグネトロンスパッタリング法を用いたPZT成膜技術に取組んできており,ナノハブにも多元スパッタ装置を導入した.本装置では4種のターゲットを多元カソードとして配置し,①PZT,②PLT(チタン酸ランタン鉛),③Pt,④Ti,を順次スパッタ成膜できる特徴がある.

 スパッタ法での高品質な圧電薄膜の形成には,600~800℃の高温成膜が不可欠で,本装置では図3の左上に描かれているように,基板ホルダー上部にランプによる加熱機構を設けている.一方,多元カソード4基の内,1基だけを選択してスパッタできるように,図3左下に示したように2つの円形穴が開いたシャッター2枚を4基のターゲット上に設置し,夫々を独立して回転することでスパッタしたいターゲット上で2枚のシャッターの穴が重なるように制御する.ところが,本装置の導入当初はランプ加熱で高温にすると,シャッター構造部材や基板ホルダーの熱変形が問題になった.


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図3 高温対応型4元スパッタ装置内のシャッター構造


 そこで佐藤氏は,多元スパッタ装置の製造メーカであるキヤノンアネルバ株式会社と協力して熱問題の対策を講じた.当初はNiベースの超合金であるインコネル製の2枚のシャッターであった(図3右上)が,熱膨張係数が小さいフェライト系ステンレスSUS430に素材を変更し,さらに1枚のシャッターを4分割して熱変形が分散する対策を施した(図3右下).こうした対策により,800℃での連続成膜ができるようになった.
 このようにして高温成膜を実現した後,さらに4元ターゲットによる積層成膜の各層に対して,膜厚・成膜温度・スパッタリングガスのAr/O2混合比などを最適化し,高い圧電特性を有する(001)配向のPZT膜質制御技術を確立した.図4は,X線回折で膜質を評価した測定結果で,上半分の赤色データがPZT膜のものである.この制御技術はナノハブの標準レシピとして公開しており,大企業7社を含む多くの利用者が試作に適用している.


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図4 X線回折パターン:PZTの600℃成膜(上),KNNの750℃成膜(下)


 ナノハブ拠点には多元スパッタ装置が2台有り,1台はPZT用,もう1台はKNN(ニオブ酸カリウムナトリウム,(K,Na)NbO3)の成膜に利用している.PZTは有害物質である鉛(Pb)を含んでいるが,高圧電性の代替え品がないのでRoHS指令の適用は現時点では除外されている.KNNは鉛を含まない非鉛系圧電薄膜であり,環境完全面で優位の素材として注目されている.神戸大学 神野 伊策教授の研究グループとの共同研究により,KNN成膜の最適化を行い,PZTと同様に(001)配向の制御に成功した(図4下半分の青色データ)[5].KNNの各種成膜条件についても,ナノハブの標準レシピとして利用者に提供している.


3.受賞対象の微細加工技術II:厚板石英ガラスのドライエッチング

 佐藤氏の技術支援貢献賞は,厚板石英ガラスのドライエッチング技術も受賞対象であり,その技術内容について説明いただいた.

 石英ガラスは光学レンズに使用されている透明な素材である.一般のレンズでは,石英ガラスを球面加工し,光の屈折現象を利用してレンズで光を絞り込む.これに対し,光の回折現象を利用した回折光学素子(DOE: Diffraction Optical Element)では,石英ガラス板上に周期的に配列された溝パターンを形成し,溝の有無で光の進行波に位相差を生じさせる.このDOE作製にあたり厚板石英ガラスにサブミクロン深さのトレンチ溝加工ができないか,利用者から相談を受けた.

 京都大学ナノハブ拠点には,図5に示す磁気中性線放電ドライエッチング装置(NLD-RIE: Newtral Loop Discharge-Reactive Ion Etching)があり,本装置で石英ガラスへのトレンチ加工に取り組んだ.


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図5 磁気中性線放電ドライエッチング装置(NLD-RIE)


 NLD-RIE装置では,図6の断面構造に示すように,プラズマ発生部の外部に3段の円筒コイルを設置し,中央のコイルに上下のコイルと逆方向の電流を流すことで中央コイルの内側にループ状の磁場が0になる領域(磁気中性線)を生じさせている.磁気中性線領域で放電したプラズマは高周波電場(バイアス)で加速され,エッチング加工が難しいとされる石英に対してもエッチングができると期待されており,図7はNLD-RIE装置による石英の加工事例である.


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図6 NLD-RIE装置の断面構造


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図7 石英エッチングの加工事例


 ところが,DOE用基板である厚板石英ガラス板を従来のエッチング条件で加工したところ,石英のエッチングレートが従来(~500nm/min)に比べて極度に低下した.これでは希望の溝加工に長時間かかってしまう.

 エッチングレート低下の原因を,利用者である株式会社タムロンと佐藤氏は協力して以下のように推定した.NLD-RIE装置では,ステージ電極側がマイナスにバイアスされ,プラズマを石英基板に引き付けてエッチングしている.本装置の基本仕様とは異なるサイズの基板では,基板ステージ上での面内インピーダンス分布が想定していた分布にはならず,プラズマが有効に石英基板に引き付けられないためにエッチングが進まないのではないか,と考えた.

 そこで,この問題の対策として,知的財産に関係するため詳細は省略するが,追加治具を用意し加工した結果,図8に示すように厚板石英ガラス板上で早いエッチング速度が確認され,課題解決前と比べて276倍もの高速エッチングに成功した.


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図8 石英ガラスのエッチングレート


 課題解決前の初回エッチング加工の結果を見て,石英ガラス板へのトレンチ溝加工は困難であると考えていたが,現在は加工品質をさらに向上しようと高い期待を持って利用している.今後は、磁場中性線を発生させる磁場コイルに流す電流を制御することなどで,更なるエッチングムラ改善に向けて取り組んでいる.


4.ナノハブ拠点での佐藤氏への今後の期待

 上述したように,新規導入装置を立ち上げた後に,試作試料の条件や装置使用条件の違いから,案件毎に的確な技術支援が求められるケースが多い.佐藤氏はナノハブ拠点の開設時から主任高度専門技術職員として従事し,またそれ以前は京都大学大学院で博士課程の学生としてMEMS分野の構造設計・プロセスの研究を行ってきた.「そうした経験の積み重ねを土台にして,装置原理・構造・特性を深く理解する基本姿勢を貫きながら,新たに発生する技術課題に対して利用者,装置開発メーカと協力しながら対処しています.」と佐藤氏は語った.

 佐藤氏のナノテクノロジープラットフォーム業務での現在の支援担当装置は,露光機(ステッパー),各種ドライエッチング装置,各種蒸着装置,各種分析評価機器を含む13台である.着任以来,39台に及ぶ装置の管理業務を経験された.ナノプラットフォームが企画する支援技術者海外研修や技術支援者交流会に多数回参加しており,他機関の技術支援者との人的ネットワークを構築している.そのため京都大学ナノハブ拠点未保有の装置類についても理解を深めており,ナノテクノロジープラットフォーム事業全体を把握した最適プロセスインテグレーションを提言できる.今後,技術支援スタッフとして益々の活躍を期待したい.


参考文献

[1] ナノテクノロジープラットフォーム,平成27年度秀でた利用6大成果と技術スタッフ表彰者が決定!
http://nanonet.mext.go.jp/topics_gov/?mode=article&article_no=3086
[2] ナノテクノロジープラットフォーム,平成27年度技術スタッフ表彰「微細加工技術の開発」
http://nanonet.mext.go.jp/research_support_award/H27_Award_2.pdf
[3] 京都大学 ナノテクノロジーハブ拠点:http://www.mnhub.cpier.kyoto-u.ac.jp/
[4] 佐藤 政司,神野 伊策,小寺 秀俊,“高密度圧電MEMS可変ミラーの開発”,日本機械学会,マイクロ・ナノ工学シンポジウム 2010(2), pp.161-162 (2010-10-12)
[5] 黒川 文弥,横川 隆司,小寺 秀俊,佐藤 政司,柴田 憲治,神野 伊策,“非鉛圧電薄膜(K, Na)NbO3の微細加工技術”,日本機械学会,IIP情報・知能・精密機器部門講演会講演論文集 2013, pp.40-42 (2013-03-20)

※本文中の図は,全て京都大学 佐藤 政司氏より提供されたものである.



(尾島 正啓)