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企画特集 10-9 INNOVATIONの最先端 ~Life & Green Nanotechnologyが培う新技術~
<第42回>
液体燃料を蓄電媒体とする白金フリー燃料電池自動車
~“Love Local” 誰からも身近に愛される燃料電池自動車の実現を目指して~

ダイハツ工業株式会社開発部 坂本 友和氏,岸 浩史氏,山口 進氏に聞く

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(左から) ダイハツ工業株式会社 岸氏,坂本氏,山口氏


 水素燃料電池車の開発は1990年代後半から急速に進み,そしてついに2014年12月に燃料電池車「ミライ」がトヨタ自動車株式会社から市販され,人々が長く待ち焦がれていた水素社会が一歩近づいた.

 一方,まだ研究開発途上であるが「液体燃料を蓄電媒体とする白金フリー燃料電池車」が,2015年8月27~28日 東京ビッグサイトで開催された“JSTフェア2015 ~科学技術による未来の産業創造展~”に出展され,注目を引いた.ダイハツ工業株式会社を中心に文部科学省ナノテクノロジープラットフォームや国立研究開発法人日本原子力研究開発機構をはじめとする産官学連携の研究開発成果である.この中で日本原子力研究開発機構と行った「水加ヒドラジン酸化触媒のin-situ XAFS解析」は,文部科学省ナノテクノロジープラットプラットフォームの施設利用による課題解決の成果として,2016年1月29日に開催された第14回ナノテクノロジー総合シンポジウムで平成27年度「秀でた利用6大成果」の一つに選ばれ表彰された.

 液体燃料である水加ヒドラジンは,高エネルギー密度で燃料タンクの小型化ができ,かつ石油ストーブの灯油のように取り扱いが簡便で,さらに排ガスは炭酸ガスを含まない窒素と水でクリーンである.しかも電池本体は貴金属を一切使用しない材料で作れるので低コスト化が可能であり,庶民の日常生活の足まわりに活躍しているコンパクトカーへの搭載が期待されている.そこで,水加ヒドラジンを使いこなす燃料電池システムの研究開発,中でもキーとなる電極触媒の研究開発を推進しているダイハツ工業株式会社 開発部 主任 坂本 友和(さかもと ともかず)氏,同 副主任 岸 浩史(きし ひろふみ)氏,同 主担当員 山口 進(やまぐち すすむ)氏をダイハツ工業株式会社 滋賀テクニカルセンターに訪問し,開発の動機,技術内容,本電池を中心にした未来像などをお伺いした.


1.ダイハツ工業株式会社の概要

1.1 ベンチャー企業「発動機製造(株)」からコンパクトカーの「ダイハツ工業(株)」へ

 ダイハツ工業株式会社(以下,ダイハツ)は,大阪高等工業学校(現大阪大学工学部の前身)の校長安永義章氏が,1907年に大阪でベンチャー企業として立ち上げた「発動機製造株式会社」に始まる日本で最も長い109年の歴史を誇る自動車メーカーである.当初は工場などの定置動力用として用いられるガス燃料の内燃機関(ガス発動機)の製造を手がけ,1930年にガソリンエンジンを搭載したオート三輪の製造で自動車業界に参入した(図1)[1].


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図1 創業当時の工場風景と製品


 現在は,社名を「ダイハツ工業株式会社」としてトヨタグループに属し,コンパクト・低コストな軽自動車の開発・製造・販売を中心に事業を展開している(図2).資本金284億円,従業員数40,761人(単独 11,788人)を擁し,販売台数162.5万台,売上高1兆9132億円(単独 1兆2103億円 2014年3月期)を上げ,これは軽自動車業界のトップクラスの業績である[2].


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図2 ダイハツ工業が展開する軽自動車群


 「Innovation for Tomorrow」,「もっと軽にできること」および「Love Local」をコーポレートスローガンに掲げ,軽自動車を介して地球規模での環境・資源の保全に貢献し,そして上質なローカルライフを実現することに取り組んでいる.その中の重要な一つに,本稿が掲げる「“Love Local”誰からも身近に愛される燃料電池自動車:液体燃料を蓄電媒体とする白金フリー燃料電池自動車の実現」がある.


1.2 環境・資源問題に正面から取り組むダイハツ

 2012年度の運輸部門における二酸化炭素(CO2)排出量は,日本全体排出量の17.7%にあたる2億2,600万トンを示しており,その内自動車からの排出量が86.8%を占め,その内の約半分が自家用乗用車から排出されている.CO2の削減は自動車メーカに課せられた責任であるとの考えのもと,ダイハツは,その対応として内燃機関の改善を継続的に進めると同時に,長期的視点でCO2を排出しない燃料電池自動車(FCV)の研究開発に取り組んでいる.またCO2だけでなく,地球の限られた所に偏在している貴金属の資源問題もあり,燃料電池を取り上げる場合貴金属を用いないシステムにしなければならないと考え,ダイハツはこれに正面から取り組んでいる.


(1)内燃機関の燃費向上

 「燃料電池車の開発を担当して,ガソリンってなんて素晴らしい地球からの贈り物だろう,エンジンってなんて素晴らしい発明だろうとしみじみと感じ入る.石油はエネルギー密度が極めて高く大変運びやすい液体燃料であり,そして同時に樹脂や繊維の原材料としても広く利用され,社会に役立っている.また,内燃機関は機構・出力・信頼性・コスト全ての面で進化し続けており,ガソリンを燃料として供給する社会システムも含めて,その完成された姿を羨望するばかりである」と坂本氏らは言う.

 しかし,そのガソリンエンジンでも,ガソリンの持つ総エネルギーの20%しか活用出来ていない.80%は損失として排出している(図3).ダイハツでは,これを改善しガソリン車のポテンシャルを最大限引き出す研究開発を推進している.その内容は,1)パワートレーンの進化(①燃焼効率を向上し,メカニカルロスを低減した小型のエンジンの開発,②動力伝達効率を極めたCVT),2)車両の進化(①ボデーの小型・軽量化,②空気抵抗の低減,③転がり抵抗の低減),3)走行中,減速時,停車時,再スタート時のエネルギーマネジメントの最適化,であり,これらを取り纏めて燃費35.2km/ℓを達成している(cf. ハイブリッド車“新型プリウス”は40.0km/ℓを達成している).


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図3 ガソリン自動車のエネルギー効率とダイハツの改善に向けての取り組み


(2)燃料電池車の開発:歴史

 以上は,短期・中期的な対応である.長期的には,後述する本稿の主題である燃料電池車(FCV)の開発が必要で,これは化石燃料からの脱却であり,CO2排出ゼロを目指すものである.ここでは,ダイハツの燃料電池車開発の歴史を概観する.

 ダイハツは,日本の自動車メーカとしては最も早くから燃料電池車の開発にかかわっている.図4の右上は,1972年に産業技術総合研究所(以下 産総研,当時は工業技術院 大阪工業試験所)とパナソニックおよびダイハツとで開発したダイレクトヒドラジン燃料電池車(DHFCV)註1)である.液体の水加ヒドラジン(詳細は後述)が燃料に使われているが電解質にアルカリ水溶液を用いたため大きな燃料電池となり,結果として燃料電池を荷台に積んで走る車の形になった.出力5.2kw,最高時速52km/hの記録を残す日本で最初の燃料電池車であった.


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図4 ダイハツにおける燃料電池車開発の歴史


 一方,水素ガスを燃料とする燃料電池車も手掛け,1999年に産総研と,2001年にトヨタ自動車と試作車を開発した.水素燃料電池は,水素タンクが大きくなりダイハツの商品である軽自動車(コンパクトカー)への搭載は難しいと判断し,以降DHFCVの開発に特化し,2007年に基礎技術をプレスリリースし[3],次いで2009年にFCシステム搭載モデル,2011年にFC 商 Case,2013年にFC凸DECKを東京モーターシーに出展した.

 FC凸DECKが実際に走るとはいえ,貴金属フリー液体燃料電池は研究開発中のものであり,主要な改善課題が2つある.1つは,燃料電池スタックの耐久性向上である.1台の車両を10年間使用する場合,燃料電池スタックには総計5,000時間稼働させても大幅に出力が落ちない耐久性が求められるが,現時点ではこの5分の1の1,000時間の耐久性が検証されている.もう1つの課題は,エネルギー変換効率向上である.ヒドラジン一水和物(水加ヒドラジン)から得られるエネルギーのうち,現時点では60%を使用できるが40%程度の損失がある.この損失を可能な限り減らして,エネルギー変換効率をさらに高めるには,高性能な正極触媒,負極触媒の開発が必要である.

註1)ここで“ダイレクト”とは水加ヒドラジンを改質して水素を取り出すようなことをすることなく,そのまま直接燃料として使用することを意味している.



2.貴金属フリー液体燃料電池と燃料電池車の開発,およびその家庭用電源等への展開

 本章では,ダイハツの燃料電池が現在到達しているレベルおよびそれを用いた燃料電池車,さらにその家庭用電源等への展開を概観する.燃料電池車システムを構成する①燃料電池の発電原理等の基礎的なこと,②水加ヒドラジン燃料,③電極触媒,④アニオン交換膜等については章を改めて紹介する.


2.1 燃料電池の出力特性

 図5に現在到達している“液体燃料を蓄電媒体とする白金フリー燃料電池”の出力特性を示す[4].電解質膜にDMC-standard(ダイハツ標準材料),燃料にN2H4・H2O(水加ヒドラジン),酸化剤に空気(500ml/min)を用い,セル温度は80℃である.正極(Cathode)はFe-N-C系触媒,負極(Anode)はNi系触媒を用いたもので,貴金属は一切使用していない.非白金触媒を用いて530mW/cm2の出力密度を達成している.図中の改良型は,Cathode触媒およびAnode触媒共に大型放射光施設SPring-8他の支援のもと新規に独自開発したものを,また電解質膜(アニオン交換膜)も国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が推進する戦略的創造研究推進事業のプログラムCREST(新技術シーズ創出(チーム型))およびALCA(先端的低炭素化技術開発)の支援のもと開発したものを使用している.


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図5 貴金属フリー液体燃料電池の出力特性


2.2 液体燃料を蓄電媒体とする白金フリー燃料電池自動車

 上記の燃料電池を搭載した試作車を開発し,2012年9月27日,三井社長自らが走行試験を行い,車を動かすだけの出力を液体燃料を蓄電媒体とする白金フリー燃料電池で実現出来ることを確認した(図6).


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図6 走行試験を行った試作車


 また図7はSPring-8構内を走行する燃料電池車(FC凸DECK エフシー・デコ・デッキ)である.この車の燃料電池システムは上記試作車と同じで,車体のデザインを一般向けにアピールするようにしたものである.コンセプトは“ボックス・オン・ボックス”で,軽自動車の床下に燃料電池システムをコンパクトに埋めることによって,上の空間はお客様が自由に使えるようにしたものである.いきなり乗用車ではなく,例えば水加ヒドラジンを製造している工場で使ってもらえるようなものが良いのではと考え,このようなデザインにしたとのことである.


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図7 SPring-8構内を走行するFC凸DECK


2.3 非常用電源,ポータブル電源への展開

 この燃料電池は自動車用のみではなく例えば非常用電源やキャンプ場での電源としても使えることを示したのが図8である.持ち運びが容易に出来る液体燃料を用いていることのメリットが活かせる.ポリエチレンのタンクに入った水加ヒドラジンを燃料電池に装着するだけで望む場所で発電ができる.


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図8 非常用電源(FC DOCK-20c 出力2kW)(左)とキャンプ用電源(FC DOCK 05c)(右)


3.ダイハツの貴金属フリー液体燃料電池の原理とその実用化に向けての研究開発体制

3.1 発電原理と特徴

 図9左は,既に実用化されている“水素燃料電池”の発電原理を示すものである.負極(anode)でH2を電気化学的に酸化しプロトン(H+)をつくり,このH+が電解質膜(プロトン交換膜)を通って正極(cathode)へ送られ,そこでH+が酸素と電気化学的に反応して水(H2O)をつくることで発電する.プロトン交換膜を使うので,電池内は強い酸性になり,かつ電池の作動温度は約80℃であるので腐食が問題になる.従って,プロトン交換膜に積層される電極触媒は腐食に強い白金系を用いることになる.


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図9 水素燃料電池と水加ヒドラジン燃料電池の発電原理と特徴


 これに対しダイハツが開発している“貴金属フリー液体燃料電池”は図9右に示すような逆転の発想によるものである.即ち,cathodeで酸素を電気化学的に還元し水酸化物イオン(OH)をつくり,このOHが電解質膜(アニオン交換膜)を通ってanodeへ送られ,そこでOHが水加ヒドラジン(N2H4・H2O)と電気化学的に反応して窒素(N2)とH2Oをつくることで発電する.アニオン交換膜を使うので,電池内は強いアルカリ性になるが,電池の作動温度が約80℃であっても腐食は大きな問題にはならない.従って,アニオン交換膜に積層される電極触媒には鉄(Fe)系やニッケル(Ni)系でよく白金フリーにすることができる.白金フリーにできることで電池の低コストが可能となり,さらにエネルギー密度の高い液体燃料N2H4・H2Oを用いることで燃料タンクをコンパクトにできかつ取り扱いが簡便である.これらはコンパクトカーメーカのダイハツにとって重要なことである.


3.2 研究開発体制

 この燃料電池開発は,ダイハツを中心とする産官学からなる“CAFE(Creation of Anionic Fuel-cell for the Earth)Project”で進めている.大学や公的研究機関,民間企業が協力して新しいアニオン交換膜形燃料電池を開発することにより,持続可能な社会を実現させようというプロジェクトである.メンバーは,日本原子力研究開発機構,産業技術総合研究所,大阪大学,東京大学,東京工業大学,山梨大学,九州大学,茨城大学,米国のニューメキシコ大学,ガス技術研究所(GTI)や民間企業の協力を得て研究開発を推進している.また,この研究開発は,JSTの戦略的創造研究推進事業プログロムALCAおよびCRESTの支援も受けている.

 CAFEプロジェクトの研究開発の目的は,地球の資源的限界に抵触することなく,同時にインフラ整備などの負荷も少なく利便性に富み,普及しやすい燃料電池自動車(FCV)を実用化に結び付けることにある.核となる燃料電池技術は,(1)正負両極とも白金を用いない電極触媒,(2)OHイオンが移動するアニオン交換膜,(3)液体燃料を高密度なエネルギー貯蔵媒体として用い,それから水素を取り出すプロセスを経ることなく直接電子を取り出す技術を3本柱とし開発に取り組んでいる.特に脱貴金属触媒の開発に対してはSPring-8のシンクロトロン放射光を用いたin-situ XAFSによる触媒の活性状態での微細結晶構造解析や,HAXPESを用いた触媒の化学状態解析を駆使して開発を加速してきた.SPring-8の産業利用成果であるこの燃料電池が,人々の暮らしを支える技術として育っていくことが望まれている.


4.燃料としての水加ヒドラジンについて

4.1 物理,化学,疫学的性質

 ヒドラジンは,有機発泡剤や水処理用脱酸素剤として工業的に生産されている既存の化学物質であるが,これを燃料電池車の燃料として使用するには,燃料としての特性のみならず安全性を含め社会的受容性を証明しなければならない.

 表1に示すように無水ヒドラジン(N2H4)は,凝固点が2℃,沸点が114℃,発火点が38℃で激しく燃焼するのでロケットの燃料に使われている.一方,水加ヒドラジン(N2H4・H2O)は,凝固点が-51.7℃,沸点が121℃,発火点が74℃でアルコールランプの炎のようにゆらゆらと静かに燃え,適量の水で消火出来る(第三石油類に属し,不凍液やアルコールと同じ部類).N2H4・H2Oを水で60%に薄めたものは燃えない(燃料電池にはこれを用いる).また,N2H4,N2H4・H2O共に,国際がんセンター(IARC)によれば,ガソリンと同等の「グループ2B」に分類されており,人体へ影響があるかもしれないという部類に属する.また,がんリスク調査によれば,ヒドラジン製造工場で働いている人と一般の人との間に差はないと確認されている.したがって水加ヒドラジンは電気化学的特性,安全性,毒性の面から燃料電池用の燃料として有望と考えられるが,自動車メーカーとして燃料の安全性確保は非常に重要な使命であり,人と環境への曝露・漏洩を防ぐための技術開発をさらに継続していくとのことである.


表1 ヒドラジン,水加ヒドラジンの性質
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4.2 熱力学的(電気化学的)性質

 表2にN2H4・H2Oの熱力学的性質をメタノール(CH3OH)や700気圧に圧縮した水素(H2 @70MP)と比較して示す.N2H4・H2Oの起電力E0は1.56V(vs.H/H,1.61Vとの報告もある)で,CH3OHやH2(@70MP)よりも大きく,エネルギー変換効率ε(‐⊿G/‐⊿H)も99%と大きい.エネルギー密度E.D.は,CH3OHには及ばないが,3.24kWh/Lと大きい.このエネルギー密度をCH3OH,H2(@70MP)およびガソリン等と比較して示したのが図10である.図には発電時のCO2排出量も示してある.ガソリン,CH3OHは共に多量のCO2を排出する.N2H4・H2Oは,エネルギー密度がH2(@70MP)よりも大きいので燃料タンクをコンパクトに出来,しかもポリタンクで持ち運び出来かつ屋外に放置しておいても安全な取り扱いやすい液体燃料であり,燃料電池にとって好ましい燃料である.


表2 各種燃料の物理化学的性質
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図10 水加ヒドラジンと各種燃料とのエネルギー密度および炭酸ガス排出量の比較


 課題は,合成時にスチームを多量に使い,エネルギー消費量が多いことである.これについてはALCAプロジェクトの中で関西学院大学と金属錯体触媒を用いた直截的カップリング反応およびマイクロリアクターを用いたフロー合成による「低炭素排出の革新的合成法」を研究開発中である.


5.電極触媒の開発

 電極触媒は,燃料電池のエネルギー変換効率を左右する心臓部であり,その良し悪しによって電池の評価が決まる.貴金属を用いない高性能触媒の開発には,電極触媒上での電気化学反応の実体の観察・解析情報が欠かせない.触媒機能発現のメカニズム解析においては,日本原子力研究開発機構との連携を密にし,大型放射光施設SPring-8を多用している.その理由は高度解析ができるのに加え,特にX線は超高真空を必要としないので常温常圧下での発電している状態(in-situ)の解析ができるからである.本章ではこれ等を駆使してこれまでに解ったことを紹介する.


5.1 Cathode触媒 [5][6][7][8]

 図11に示すようにCathodeでの酸素還元反応(ORR)は,図中に示す式1),2)の二段階で進行している.1)で生じた過酸化水素イオン(HO2)は電池作動温度80℃ではラジカルになりそのまま存在すると電池構成材料特に電解質膜(Membrane)をアタックし劣化させるので素早く次の2)の反応でOHまで還元させる必要がある.(なお,アルカリ環境下において1)の反応によるHO2の生成は,触媒に含まれるカーボン成分表面で進行している.)


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図11 Cathodeでの酸素還元(図中,GDL:ガス拡散層,MPL:多孔質層)


 そのような機能を持つ触媒は図12に示すプロセスで合成している[9].①テンプレートとなるアモルファスシリカに,②鉄(Fe)塩と共に前駆体(アミノアンチピリン(AAPyr):図下左の化合物)を練り込む,③次いで加熱により前駆体を熱分解し,④弗酸(HF)によりシリカを溶出・除去すると,⑤図の右端に示すような,カーボン六員環のカーボンの一つを置換した窒素(N)二つにFeが挟まれた構造の触媒が出来上がる.この触媒は図下のような形状をしており,酸素を良く拡散し,比表面積が大きく,触媒として好ましい構造となっている.


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図12 Cathode触媒の合成プロセスと触媒構造


 この触媒の原子レベルでの構造解析をしたのが図13である[5][6].図上右はFe-N-C結合と,Fe-Fe(金属)結合の両方のFeが存在することを示している.金属結合のFe は図上左の大きい黄色の点で示されるFeの凝集体に対応しており,Fe-N-C結合のFeは同図の細かい黄色の点で示される原子レベルでの分散に対応している.図下は金属結合のFeの量とHO2生成割合との関係を示したものである.金属結合のFeの多い触媒AはHO2生成割合が高く,HO2生成割合が低い触媒Cは金属結合のFeが少ない(即ち,Fe-N-C結合サイトの量が多い).このことから一定のFe濃度で考えると,触媒中のFe-N-C結合サイトが多いほどHO2の還元反応に対し触媒活性を持っていることが示唆される.


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図13 Cathode触媒の原子レベルでの構造解析とHO2還元反応触媒活性


 上記のような構造を持つcathode触媒を,SPring-8でin-situ XAFS解析した.図14左はin-situ観察のための装置とその配置である.触媒に所定の電位を印加し電流の流れる状況下(図右)でのFeの価数変化を観察した.その結果を図15に示す[10].図は触媒に印加された電位とFeの価数の指標であるEdge positionとの関係を示したもので,金属結合の多い触媒Aは印加電位が変わってもFeの価数はほとんど変化しないのに対し,金属結合の少ない(Fe-N-C結合の多い)触媒Cは大きく変わり触媒活性の大きいことを示している.


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図14 Cathode触媒の,SPring-8でのin-situ XAFS解析


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図15 触媒に所定の電位を印加し電流の流れる状況下でのFeの価数変化


 以上の結果を総合すると次のようにも言える.

①図11に示す第一ステップ1)の反応の触媒活性は,カーボンが担っていると想定される(触媒の99%はカーボンである).

②第二ステップ2)の反応の触媒活性は,Fe-N-C結合部が担っていると考えられる.

③以上より第二ステップでHO2を早くOHに変換するには,Fe-Feの凝集体を減らしFe-N-C結合部を多くした分散体にすればよい.



5.2 Anode触媒

 Anodeでは,図16中の式1)のように水加ヒドラジン(N2H4・H2O)が電気化学的に酸化されて窒素(N2)と水(H2O)になる反応が進行するが,Anode触媒の選択性(活性)が低いと式2)のようにN2H4・H2Oの分解反応が進行しアンモニア(NH3)を生成する.この副反応により発生するNH3はそのまま排気することができない.循環系システムにおいてこれを除去するには別途対策が必要となりFCシステムの肥大化につながるため,触媒材料マターで解決する必要がある.即ち,式1)の反応を促進し,式2)の反応の発生を抑えることが望まれる.


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図16 Anodeでの水化ヒドラジンの酸化反応(図中,GDL:ガス拡散層,MPL:多孔質層)


 ヒドラジン(N2H4)の酸化触媒は,昔からニッケル(Ni)が良いと言われていたので,コンビナトリアルケミストリー(迅速合成・迅速評価)手法を用いてNiに各種元素を添加した系について調べた.その結果,Niに対してLa,Znを微量加えたものが触媒活性を向上することが分かった.組成を最適化し(Ni0.9La0.1/C,Ni0.87Zn0.13/C)さらに表面の結晶構造を制御することで高活性を引き出すことに成功した.

 また,図17左は触媒のNiの酸化状態とNH3の生成速度との関係を示したものである[11].Ni/(Ni+NiO)比を1.0から下げていく(酸化が進む)と0.84位までNH3の生成速度は急激に小さくなり,それ以降はほぼ一定である.図の右は,600℃焼成品についてのNi,NiO,さらにNiOにチタン酸化物(TiOx)やニオブ酸化物(NbOx)を添加した場合のNH3の生成速度を調べたものである.NbOxの添加により,NH3の生成速度を7/100までに低減出来ている.


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図17 Niの酸化状態とNH3の生成速度との関係


 アノード反応のメカニズムを理解するため,透過法XAFSによるヒドラジン酸化反応における電極触媒のその場解析を実施した.本研究で使用している,XAFSによるその場解析実験の概要図を図18に示す.電極触媒は含浸法で合成されたNiO担持カーボン触媒(NiO/C)を使用した.図19に乾燥状態のNiO/C触媒のNi K端のXANESスペクトルとEXAFSの動径分布関数を示す.図19(左)よりNiO/Cの吸収スペクトルはリファレンスのNiOとほぼ一致することが確認できる.NiOとNi(OH)2を比較すると,吸収端第一ピークに大きな差異があり,NiOの第一ピーク高さはNi(OH)2のそれより高いことがわかる.図19(右)でもNiO/Cの局所構造はリファレンスNiOと一致することを確認した.


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図18 Anode触媒のIn-situ XAFS装置


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図19 乾燥状態のNiO/C触媒のNi K端のXANESスペクトル(左),EXAFSの動径分布関数(右)


 次に1 M KOH,1 M KOH + 0.1 M 水加ヒドラジン中での発電状態における電極触媒のその場解析を実施した.設定電位はNiO/C触媒のヒドラジン酸化開始電位(約-1.0V vs. Hg/HgO)から正側,負側の電位,4ヶ所とした.コンベンショナルな透過法XAFSにおいて,比較的測定時間がかかるEXAFS領域まで測定すると,その場解析の場合,生成窒素がスペクトルのノイズとして大きく表れ,スペクトルの電位依存性が議論できないことがある.そのため,アノード反応のその場解析ではNi K端のXANES領域に絞ってその場解析を実施した.図20に1 M KOH,1 M KOH + 0.1 M水加ヒドラジン中でのNiO/C触媒のNi K端XANESスペクトルを示す.吸収スペクトルの第一ピークの高さが電位によって変化していることがわかる.スペクトル全体としては電位の違いによる変化は比較的少ないため,第一ピークの高さの変化はバルク構造の変化ではなく,吸着種が影響する触媒最表面の何らかの構造変化を示唆していると考える.


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図20 1 M KOH中でのNiO/C触媒のNi K端XANESスペクトル(左),
1 M KOH + 0.1 M 水加ヒドラジン中でのNiO/C触媒のNi K端XANESスペクトル(右)


 図21(左)にNiO/Cのサイクリックボルタモグラム(Cyclic voltammogram; CV)と,図21(右)に設定電位とNi K吸収端の第一ピーク最大強度との関係を示す.図21(左)より,ヒドラジン有無で-1.0V付近からの酸化電流に大きな差異があり,1 M KOH + 0.1 M 水加ヒドラジン中ではヒドラジン酸化反応による大きな酸化電流を確認できる.図20で見られた電位によるスペクトルの変化は,図21(右)より負電位側と正電位側とで傾向が異なることがわかる.-1.2Vのような水素生成電流が流れる領域では第一ピーク強度は高く,乾燥状態のNiO/Cとほぼ一致する.一方,-1.0V以上のヒドラジン有りの電解液中ではヒドラジン酸化電流が確認できるほどの高電位領域では,第一ピークの強度は乾燥状態のNiO/Cより低い.この傾向はヒドラジン有無に関わらず見ることができ,つまり,図20で示唆されたNiO/C触媒の最表面構造の何らかの構造変化について,ヒドラジンの吸着によるものではなく,両電解液に含まれるOHの吸着によるものと考えると説明がつきやすい.電解液中のOHの濃度は水加ヒドラジンの濃度より1桁高いことからも,OHが触媒表面に優先的に吸着すると考えられる.また,Niメタル表面へのOHとヒドラジンの吸着エネルギーはOHの方が低いことが理論計算からも算出されている.


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図21 NiO/Cのサイクリックボルタモグラム(左),
設定電位とNi K吸収端の第一ピーク最大強度との関係(右)


 これまでのその場解析の結果より,NiO/C表面上のヒドラジン酸化反応メカニズムを推定し,図22に図として示す.NiO/C表面上のヒドラジン酸化反応ではOHがNiサイトへ吸着し,中間体として活性化されたOHにヒドラジンが近づき,触媒表面上で会合反応することで電気化学反応が進行すると考える.さらにNiOの触媒活性の起源を考察するため,NiO理想表面のNi 3d電子状態密度がOHの吸着前後でどのように変化しているか第一原理計算を用いて解析した.OH吸着前のNi 3d軌道では伝導帯と価電子帯の間に4eV程度のバンドギャップが確認でき,OH吸着前のNi電子状態密度は絶縁体であることがわかる.一方,OH吸着後のNi 3d軌道ではフェルミエネルギー近傍に電子の流れ込みが確認でき,吸着しているOHの電子がNi側へ局在化したと考える.この電子状態密度の変化がNiOの触媒活性に影響していると考える.


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図22 Anode触媒によるヒドラジン酸化反応のメカニズム(左)とNi電子状態密度(右)


6.アニオン交換膜の開発

 アニオン交換膜の開発はCRESTとALCAの二つの国家プロジェクトで進めている.その一例を図23に示す.①一般のフッ素系樹脂ポリマーフィルムに電子・γ線を照射することによりラジカルを発生させ,②グラフト化を進めたりする,③さらにこのグラフト鎖に4級化反応を起させるとグラフト鎖にイオン交換基が付与されてイオン伝導を担う膜が合成できる[12].このアプローチの良いところは,基材に用いる素材として多様なポリマーを検討出来ることである.この手法で絞りこんだ膜は,目標の5,000時間の耐久性に対して1,000~2,000時間が得られており,更に高耐久性への技術開発を進めている.


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図23 アニオン交換膜の合成(ALCA)


7.実用化に向けて

 以上述べてきた要素技術により完成しつつある“液体燃料を蓄電媒体とする白金フリー燃料電池自動車”で実現したい社会のイメージ(図24)を次のように語られた.


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図24 目指す水加ヒドラジンエネルギー社会


 「工場で水加ヒドラジン燃料が生産され,灯油のようにタンクローリーで家庭まで運びポリタンクに小分け販売する.または,工場でカートリッジタイプの水加ヒドラジン燃料を製造し,スーパマーケットやコンビニエンスストアで販売する.顧客は,入手した水化ヒドラジン燃料で車を走らせ,又生活に必要な電力を発電する.即ち,現在の灯油と同じように手軽にエネルギーがやってくる暮らし,エネルギーをセルフマネジメントできる暮らしを求め,誰からも身近に愛される燃料電池と燃料電池自動車の実現を目指す」.

 このイメージを一日でも早く実現するために,今までは材料の開発・解析が中心であったCAFEプロジェクト体制を,実用化に向けて見直す.即ち,①燃料電池本体開発グループ,②システムグループ,③燃料開発グループの成果をまとめて,戦略立案と実証試験を力強く遂行していく体制にフェーズアップするという.

おわりに

 軽自動車は低価格で維持費も安価であることから,暮らしを支える身近な乗り物として,特に郊外や地方において家庭に数台といった使われ方をしている.ダイハツは低燃費のミライース,家族で使えるタント,仕事に活躍するハイゼットなどの軽自動車を中心に,地元に根差しながら充実した暮らしを応援する「Love Local」活動を展開している.“貴金属を使わず低価格・省資源であり,液体燃料を用いるため扱いやすくかつコンパクトで高出力である高耐久性の燃料電池”が実現し,コンパクト燃料電池車としてあるいは身近な発電機として暮らしを支える,より進化した「Love Local」の到来を期待したい.


参考文献

※本文中の図表は,全てダイハツ工業株式会社より提供されたものである.

[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%84%E5%B7%A5%E6%A5%AD
[2] http://www.daihatsu.co.jp/company/outline/index.htm
[3] ダイハツ工業ニュースリリース, 「CO2排出ゼロ,省資源,低コストが可能な貴金属を全く使わない燃料電池の基礎技術を新開発」, 2007.9.14
http://www.daihatsu.co.jp/wn/070914-1f.htm
[4] Alexey Serov, Monica Padilla, Aaron J. Roy, Plamen Atanassov, Tomokazu Sakamoto, Koichiro Asazawa and Hirohisa Tanaka, Anode Catalysts for Direct Hydrazine Fuel Cells: From Laboratory Test to an Electric Vehicle, Angew. Chem., Int. Ed. 126 (2014) 10504 - 10507.
[5] 岸 浩史,坂本 友和,朝澤 浩一郎,田中 裕久,松村 大樹,田村 和久,西畑 保雄,セロフ アレクセイ,アタナソフ プラメン,Ptフリー液体燃料電池の電極触媒開発,自動車技術会論文集 46 (2015) 361-366.
[6] 坂本 友和,岸 浩史,山口 進,田中 裕久,松村 大樹,田村 和久,西畑 保雄,アニオン形燃料電池用非白金系電極触媒の開発,日本表面科学会誌 37 (2016) 78-83.
[7] Hirohisa Tanaka, Koichiro Asazawa, and Tomokazu Sakamoto, Non-platinum group metal catalysts of direct hydrazine anionic membrane fuel cells for automotive applications, SPring-8 Research Frontiers 2014.
[8] Koichiro Asazawa, Hirofumi Kishi, Hirohisa Tanaka, Daiju Matsumura, Kazuhisa Tamura, Yasuo Nishihata, Adhitya Gandaryus Saputro, Hiroshi Nakanishi, Hideaki Kasai, Kateryna Artyushkova, and Plamen Atanassov, In Situ XAFS and HAXPES Analysis and Theoretical Study of Cobalt Polypyrrole Incorporated on Carbon (CoPPyC) Oxygen Reduction Reaction Catalysts for Anion-Exchange Membrane Fuel Cells, J. Phys. Chem. C 2014, 118, 25480?25486.
[9] P. Atanassov, et. al., Electrochem. Commun. 22 (2012) 53
[10] S. Yamazaki, et al., J. Power Sources, 204, 15 (2012) P. 79-84
[11] Tomokazu Sakamoto, Daiju Matsumura, Koichiro Asazawa, Ulises Martinez, Alexey Serov, Kateryna Artyushkova, Plamen Atanassov, Kazuhisa Tamura, Yasuo Nishihata, and Hirohisa Tanaka, Operando XAFS study of carbon supported Ni, NiZn, and Co catalysts for hydrazine electrooxidation for use in anion ex-change membrane fuel cells, Electrochimi. Acta 165 (2015) 116-122.
[12] 猪谷 秀幸,山口 進,田中 裕久,吉村 公男,前川 康成,液体燃料電池用アニオン交換形電解質膜の開発,膜(MEMBRANE)38,(2013)126-130.


(真辺 俊勝)


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