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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用6大成果
内包フラーレン分子錯体の特徴的分子磁性のESR測定
京大・化研1,筑波大・TARA2,京大・国際高等教育院3,京大・福井センター4,JST, PRESTO5 森中 裕太1,佐藤 悟2,若宮 淳志1,二川 秀史2,溝呂木 直美2,田邊 史行1,村田 理尚1,小松 紘一1,加藤 立久3,永瀬 茂4,赤阪 健2,村田 靖次郎1,5
分子科学研究所 古川 貢

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(左から) 京大・国際高等教育院 加藤 立久,分子科学研究所 古川 貢

1.はじめに

 サッカーボール型分子(フラーレン)が発見された当初から,その中空空間に他の原子やイオンを内包させ反応性や分子磁性のコントロールが試された.図1に示すとおり,C60やC70フラーレンの中空空間の大きさは,内部に張り出したパイ電子を考慮しても,3.7Å~4.6Åの直径がある.これに対し,He原子,Ne原子,Ar原子,窒素原子や水素分子のファンデルワールス直径は,それぞれ2.8Å,3.1Å,3.8Å,3.1Å,3.0Åであり,中空空間に内包可能と予想された.


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図1 C60とC70フラーレンの中空空間


 まず,He,Ne,Arなど希ガス原子の内包をSandersらが報告した.彼らは,高温高圧下の希ガス雰囲気で,希ガスをC60やC70内部へ確率論的に内包させることに成功した.[1]

 次に,本報告著者の京大・化研グループが,有機化学合成法(分子手術法・図2参照)で炭素ケージを一旦開包して,積極的に水素分子を内包させることに成功した.[2]


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図2 分子手術法によるC60フラーレンへのH2分子の内包


 また,図3で示すような窒素プラズマ流の中でC60やC70フラーレンを昇華させる方法で,窒素原子をC60やC70に内包させたN@C60,N@C70を合成する報告が,ドイツのグループからなされた.[3]


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図3 窒素プラズマ照射法による窒素内包C60合成法


 以上のように色々な方法で,種々の原子やイオンがフラーレンの中空空間に内包されるようになった.[4] 中でも窒素原子がC60に内包されたN@C60(図4参照)は,特に注目される存在であった.窒素プラズマ流の中でC60を昇華させると,極微量の窒素原子NがC60の炭素ケージ内に,ある確率で飛び込みN@C60が形成される.[3] その特徴は,C60分子の中心にNが安定に内包され,C60分子のIh対称性を崩さない.そのために,中心NとC60ケージの相互作用が無視できるほど小さく,N原子がC60内のナノサイズ宇宙に浮くが如く孤立して,N原子の4S3/2基底電子状態が保存される.[5] 結果的に,電子スピン四重項状態という極めて活性の高い‘常磁性’状態が大気下・室温溶液中で手に入る.加えて,孤立するが故に,その電子スピンの‘向きの記憶’が常識外れに長時間残る.[6] この特徴は,‘磁性’という量子状態記憶を保持するナノサイズ素子が大気下で得られることを意味し,量子コンピュータ素子になり得るとして,注目を集めているわけである.[7] ナノサイズで決められた距離に最適な配置で,N@C60を如何に精度良く並べるか?[8] 窒素プラズマ流中でのN@C60生成収率を上げ,高純度のN@C60を如何に得るか?[9] など,現在も研究は続けられている.


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図4 N@C60


 われわれは,この内包フラーレンの中空空間を新しい化学反応の場として使えないかと考えた.つまり,C60やC70フラーレンの中空空間の中に,複数の原子やイオンを内包させることで,化学反応を開始できないかと考えた.

 「化学反応場を提供するナノフラスコ・内包フラーレン」研究の手始めとして,「限られたC60やC70フラーレンの中空空間に複数の原子やイオンを入れられるか?」という問に対する解答を求めた.そのために,C60ケージ分子の分子手術法で得たヘリウム内包C60(He@C60)をX-線回折測定してHe原子像を確認したうえで,窒素プラズマ法により更なる窒素原子の注入を試みて,注入されたことを電子スピン共鳴(ESR)測定で確認することを試みた.そこで,大学連携研究設備ネットワークを通して,一般公開されている電子スピン共鳴装置(Bruker社製 E-500)を使用させてもらった.


2.研究結果と考察

 X-線回折による鮮明なHe原子像を世界で初めて撮影することに成功した.(図6参照)この鮮明なHeの原子像は,分子手術法でケージ状分子C60にHe原子を内包(He@C60)することで始めて得られた.(図5参照)次に,C60に窒素プラズマを照射すると窒素原子がケージ内に侵入する同じ手法を,He@C60に対して応用して,得られた試料溶液を施設利用機器ESR装置で測定しHeに加えて窒素原子も安定に注入されたことを確かめた.(図7参照) この結果は理論計算からも支持された.以上の成果は,国際的Web Journalに掲載された.[10]


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図5 C60フラーレンへのHe内包の開包合成法


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図6 ニッケルポルフィリンに挟まれて結晶化したHe@C60


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図7 He@C70とHe@C60に窒素プラズマを照射して得られた試料のESRスペクトル


 実際には,京大化研グループがヘリウム原子を内包したフラーレンC60を分子手術法(図5参照)によって合成し,その内包率をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)により30%から95%に向上させ,さらにポルフィリンとのサンドイッチ型の分子錯体として単結晶作製に成功した.また,この単結晶について,SPring-8において放射光を用いたX線回折実験を行い,その結果,C60の内部に捕獲されているヘリウム原子の観測に世界で初めて成功した.摂氏マイナス100度の測定温度においても,内部のヘリウム原子が動いている様子が観測された(図6参照).このことは,C60の内部には,ヘリウム原子が内包されていても,もう少し余分な空間が存在していることを示している.

 そこで,イオン注入法プラズマ放電法により,ヘリウム原子を内包したフラーレンに窒素原子を追加で挿入することを試みた.窒素原子由来の電子スピン共鳴スペクトルおよび質量分析スペクトルの測定から,得られた生成物はヘリウム原子と窒素原子の異種2原子を内包していることが確認され,異種原子が近接することにより原子の位置が変化し,また分子の対称性が低下することによって生じる電子構造の変化も理論的に説明された.これは,2種類の内包フラーレン合成法を段階的に適用することによって,これまでにない異種原子を内包したフラーレンを合成した初めての成功例である.(図7参照)


3.今後の展開

 本研究により,既存の内包フラーレンに対してイオン注入法を適用することが,異種原子を内包する新しいフラーレンの創成に有効であることが示された.さらにリチウムなど他の原子を内包させる可能性を検討し,多様な内包フラーレンの合成方法を確立できるであろう.

 フラーレンは,次世代有機薄膜太陽電池や有機トランジスタの基盤材料として広く使われており,このような新しい内包フラーレンを利用することにより,各種デバイスの性能向上を実現するブレークスルーが得られ,また,量子コンピューターへの応用も期待される.


参考文献

[1] M. Saunders et al., Science, 259, 1428(1993).
[2] K. Komatsu et al., Science, 307, 238(2005).
[3] A. Weidinger et al., App. Phys., A 66, 287(1998).
[4] X. Lu, T. Akasaka, S. Nagase, Chem. Commun., 47, 5942(2011).
[5] T. Almeida Murphy, T. Pawlik, A. Weidinger, M. Hohne, R. Alcala, J. M. Spaeth, Phys. Rev. Lett., 77, 1075(1996).
[6] J. J. L. Morton, A. M. Tyryshkin, A. Ardavan, K. Porfyrakis, S. A. Lyon, G. A. D. Briggs, J. Chem. Phys., 124, 14508(2006).
[7] W. Harneit, M. Waiblinger, K. Lips, S. Makarov, A. Weidinger, AIP Conf. Proc., 544, 207(2000).
[8] B. J. Farrington, M. Jevric, G. A. Rance, A. Ardava, A. N. Khlobystov, G. A. D. Briggs, K. Porfyrakis, Angew. Chem. Int. Ed., 51, 3587(2012).
[9] P. Jackes, K. -P. Dinse, C. Meyer, W. Harneit, A. Weidinger, Phys. Chem. Chem. Phys., 5, 4080(2003).
[10] NATURE COMMUNICATIONS | DOI: 10.1038 / ncomms2574 | www.nature.com/naturecommunications


(京大・国際高等教育院 加藤 立久)


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