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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 秀でた利用6大成果
パルス状コヒーレントX線溶液散乱法のための溶液試料ホルダの開発
北海道大学電子科学研究所 木村 隆志,(公財)高輝度光科学研究センター 城地 保昌,台湾中央研究院物理研究所 別所 義隆,北海道大学電子科学研究所 西野 吉則
北海道大学 松尾 保孝,大西 広

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1.はじめに

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(左から) 北海道大学電子科学研究所 木村 隆志,(公財)高輝度光科学研究センター 城地 保昌,
台湾中央研究院物理研究所 別所 義隆,北海道大学電子科学研究所 西野 吉則


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(左から) 北海道大学 松尾 保孝,大西 広


 X線の持つ短波長性と高い透過性を活かせるX線顕微鏡は,生物試料などの内部構造を高分解能で観察する手段として広く利用されている.生物試料の観察では,如何に自然な状態に近い構造を維持できるかが重要な問題である.しかし従来,X線顕微鏡に限らず電子顕微鏡も含めた高分解能観察法では,観察プローブである放射線による試料損傷が大きな問題となってきた[1][2].

 X線自由電子レーザー(X-ray Free-Electron Laser(XFEL))は新世代のX線光源であり,現在,兵庫県の播磨科学公園都市に建設されたSACLA(SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAser)[3]と,米国のLCLS(Linac Coherent Light Source)[4]の二箇所でのみ使用可能である.XFELは空間的にほぼ完全コヒーレントである点だけでなく,ピーク輝度がSPring-8の10億倍以上,パルス幅が10fs以下という,従来のX線光源とは質的に異なる優れた特徴を持っている.10fs以下のパルス幅は,試料が放射線損傷による構造変化を起こす時間スケールよりも短く,この点を利用することで,放射線損傷が生じる前の,可能な限り自然な状態に近い生物試料の高分解能観察が可能となる.XFELを使用したタンパク質結晶構造解析でも,ピコ秒の時間スケールで放射線損傷が起きる活性部位について,無損傷の正確な構造決定がなされた例などが報告されている[5][6].

 1999年にJ. Miaoらにより世界初の実証実験[7]が行われたコヒーレントX線回折イメージング(Coherent X-ray Diffraction Imaging(CXDI))は,干渉性の高いコヒーレントなX線を試料に照射し計測するスペックル状の回折パターンから,計算機解析により試料像を再構成する顕微法である.XFELの超短パルスかつ高ピーク輝度のX線によるシングルショット計測と,CXDIによるイメージングを組み合わせることにより,放射線損傷の影響のない高分解能イメージングが可能になる.CXDIで計測するコヒーレントX線回折パターンと試料像の間には,フーリエ変換の関係が成り立つが,実験で計測できるのは回折パターンの振幅のみで位相情報が欠落しているため,そのままでは試料像を求めることが出来ない.CXDIでは,回折パターンの振幅および試料サイズなどの拘束条件を加えながら,フーリエ変換・逆変換を反復的に繰り返すことにより,回折パターンの位相情報を回復し試料像の再構成を行う.CXDIでは,ゾーンプレートなどのX線結像光学素子を利用しないため,光学素子の作製精度に影響されない高分解能イメージングが可能である.これまでの放射光を用いたCXDIで,無機試料で2nm[8],有機試料でおよそ30nm[9][10]といった分解能の報告がなされている.

 筆者らは,XFELを利用した溶液中の試料に対するCXDIであるパルス状コヒーレントX線溶液散乱法(Pulsed Coherent X-ray Solution Scattering(PCXSS))を独自に開発している.PCXSSの概念図を図1に示す.本稿では,XFELを用いたPCXSSによって,溶液中の生きた細菌の高分解能イメージングを行った結果[11]について紹介する.分解能およそ37nmの試料像が得られ,試料像内に核様体と推察される高電子密度領域を観察することに成功した.将来的には,結晶化していない状態の生体超分子複合体の構造解析の実現を目指している.


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図1 パルス状コヒーレントX線溶液散乱法(PCXSS)の模式図.
XFELのシングルショットごとにマイクロ液体封入アレイの位置を変え,放射線損傷のない試料を計測する.


2.マイクロ液体封入アレイによる溶液試料の保持

 XFELを利用した回折実験では,米国のLCLSにおいて液体ジェット[12]やエアロゾル[13]入射による試料の導入が行われている.これに対し,PCXSSでは二枚の窒化ケイ素薄膜の間に溶液を封入し,制御された環境下にある試料を静置する点を特徴としており,これは生きた細胞のイメージングにおいて重要となる.近年電子顕微鏡の領域でも,こうした試料ホルダは気体や液体中の試料を観察するために使用されている[14].

 XFELは極めて高強度であるため,XFELのシングルショットにより,窒化ケイ素薄膜は破壊されてしまう.そのため,筆者らは1枚のチップ上に,多数の独立した溶液槽を集積した,マイクロ液体封入アレイ(Micro Liquid Enclosure Array(MLEA))を作製した.100個の溶液槽を1枚のチップ上に集積したマイクロ液体封入アレイの写真を図2aに示す.マイクロ液体封入アレイの作製には,文部科学省ナノテクノロジープラットフォームの支援を受け,北海道大学が運用を行っているレーザービーム描画やドライ・ウェットエッチングといった半導体プロセスの装置群を利用した.溶液中の試料粒子を奥行き方向の重なりなく観察するため,SiO2製のビーズをスペーサーとして利用し,試料と同程度の溶液層の厚みになるように調整している.


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図2 PCXSS計測に使用したマイクロ液体封入アレイとM. lacticum
(a)マイクロ流体封入アレイ (b)M. lacticumの走査型電子顕微鏡像.
(c)マイクロ液体封入アレイ中のM. lacticumの蛍光顕微鏡像.緑が生細胞,赤が死細胞を示す.


 今回の実験で我々は,Microbacterium lacticumという乳製品中に存在する微小な細菌を観察した.図2bにM. lacticumの走査型電子顕微鏡像を示す.サブマイクロメートルという小さなサイズのため,光学顕微鏡ではほとんど点のようにしか見えず,内部構造の観察は困難であり,細胞生物学的な知見はほとんど得られていない.

 図2cは,マイクロ液体封入アレイ中のM. lacticumを蛍光顕微鏡で観察した像である.生細胞が緑,死細胞が赤に蛍光するよう染色した後に,マイクロ液体封入アレイ中に閉じ込めた.マイクロ液体封入アレイを真空中に放置し,1時間後に再び観察を行ったところ,99%以上の細菌が生存し続けていることを確認した.これにより,マイクロ液体封入アレイを使用することで,生きた細菌を観察可能であることを示した.実際にXFELで実験を行う際には,より自然に近い状態の試料の観察を行うため,こうした染色作業は行っていない.


3.生きた細胞のXFELシングルショットイメージング

 生きたM. lacticumに対するPCXSS実験を,SACLAのBL3において実施した.光子エネルギー5.5keVのX線を使用し,全反射ミラーを利用したX線集光システム[15]により1.5µm×2.0µmに集光した後,マイクロ液体封入アレイ内のM. lacticumに照射した.

 PCXSS実験において精度の高い試料像を得るためには,試料からの回折X線に対してノイズとなる,試料以外からの寄生散乱を可能な限り低減することが重要である.このため,大気からの散乱を防ぎ真空中で試料を保持するMAXIC(Multiple Application X-ray Imaging Chamber)[16]を使用した.また,全反射ミラーなど光学系からの寄生散乱を低減するために,MAXIC中に二組の四象限スリットを設置した.マイクロ液体封入アレイのX線照射領域は,図2cにも示すように20µm幅のシリコン窓枠で囲われているが,この構造自体が上流光学系からの寄生散乱を低減する上で効果的な役割を果たすことを確認した.

 M. lacticumにXFELパルスを一回照射し.Multi-Port Charged-Coupled Device(MPCCD)[17]で計測したコヒーレントX線回折パターンを図3に示す.コヒーレントX線回折パターン中の,斜めの一方向に強く伸びた干渉縞は,杆菌であるM. lacticumが一定の幅を持つことに起因する.干渉縞の縞間隔から,M. lacticumがおよそ194nmの幅を持つことが導かれる.この結果は,図2bに示すM. lacticumの走査型電子顕微鏡像と矛盾しない.


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図3 M. lacticumから計測されたシングルショットコヒーレントX線回折パターン.


 位相回復計算を行い,コヒーレントX線回折パターンから再構成した試料像を図4aに示す.位相回復アルゴリズムには,relaxed averaged alternating reflections(RAAR)[18],noise-tolerant hybrid input-output(HIO)[19]及びshrink-wrap[20]アルゴリズムを使用した.位相回復計算には初期値依存性があるため,複数の初期値から再構成した試料像の平均を解析結果としている.解析結果の分解能の評価には,位相回復伝達関数[21]を利用した.位相回復伝達関数では,平均後の再構成試料像をフーリエ変換して得られる回折パターンと,計測した回折パターンを比較し,どの空間周波数まで一致しているかを判定し分解能を評価する.その結果,図4aの再構成試料像の分解能は,およそ37nmと見積もられた.


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図4 M. lacticumの再構成試料像(a)と透過型電子顕微鏡像(b).
(a)は生きた細菌の電子密度分布を表している.


 図4aの再構成試料像の下部には,白~赤で色付けされているおよそ300nm×100nmサイズのイメージ強度の高い領域が存在する.この高イメージ強度領域は,再構成試料像上部の低イメージ強度領域の間と比べ,およそ2~3倍の強度を持つ.高イメージ強度領域が主にDNAで構成され,低イメージ強度領域が主にタンパク質で構成されていると仮定すると,この強度比をほぼ定量的に説明することが可能である[22].

 図4bはM. lacticumの透過型電子顕微鏡による断面観察像であるが,同様の核様体構造が内部に観察される.このことからも,PCXSSにより得られた試料像が高い信頼性を有していることが確認できる.ここで強調すべきことは,透過型電子顕微鏡像は試料を重金属で染色し薄切片にしたものであるが,PCXSSでは非染色の生きた細胞を観察している点である.自然な状態の生きた細胞を高分解能で観察可能なPCXSSは,細胞内での生命現象を深く理解する上で大きな利点を有している.


4.まとめと今後の展望

 本稿では,XFELを用いたPCXSSが,染色していない生きた細胞を,ナノメートルの分解能で定量的に観察できる優れた手法であることを示した.今後,生きた細胞を系統的に測定することで,未だ解明されていない原核微生物のゲノム複製やそれに続く細胞分裂などの,重要な細胞内現象の解明に繋がることが期待される.

 また,XFELや集光光学素子の性能が向上すれば,より微小な試料の観察や,さらなる分解能の向上が可能になる.その際,PCXSSは細胞試料のみならず,溶液中での生体超分子複合体の構造解析にも道を開くと期待する.


謝辞

 本研究は,理化学研究所の石川哲也センター長,矢橋牧名グループディレクター,Changyong Songチームリーダー,Sangsoo Kim博士,高輝度光科学研究センターの登野健介チームリーダー,共和化工株式会社環境微生物学研究所の大島泰郎所長,森屋利幸博士,東京薬科大学の玉腰雅忠准教授との共同研究である.

 本研究は,文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題,JST CREST,科研費,物質・デバイス領域共同研究拠点,ナノテクノロジープラットフォーム等の支援を受けて実施した.


参考文献

[1] Henderson, R., et al., Q. Rev. Biophys. 28, 171 (1995).
[2] Kirz, J., et al., Q. Rev. Biophys. 28, 33 (1995).
[3] Ishikawa, T., et al., Nat. Photon. 6, 540 (2012).
[4] Emma, P., et al., Nat. Photon. 4, 641 (2010).
[5] Hirata, K., et al., Nat. Methods. 2962 (2014).
[6] Boutet, S., et al., Science. 337, 362 (2012).
[7] Miao, J., et al., Nature. 400, 342-344 (1999).
[8] Takahashi, Y., et al., Phys. Rev. B 82, 214102 (2010).
[9] Nishino, Y., et al., Phys. Rev. Lett. 102, 018101 (2009).
[10] Nam, D., et al., Phys. Rev. Lett. 110, 098103 (2013).
[11] Kimura, T., et al., Nat. Commu., 5, 3052 (2014).
[12] Chapman, H. N., et al., Nature 470, 73 (2011).
[13] Seibert, M. M., et al., Nature 470, 78 (2011).
[14] Jonge, N. et al., Nature nanotech. 6, 695 (2011).
[15] Yumoto, H. et al., Nat. Photon. 7, 43 (2013).
[16] Song, C. et al., J. Appl. Cryst. 47, 188 (2013).
[17] Kameshima, T. et al., Rev. Sci. Instrum. 85, 033110 (2014).
[18] Russell L., D., Inverse Problem, 21, 37 (2005).
[19] Martin, A. V., et al., Opt. Express, 20, 16650 (2012).
[20] Marchesini, S., et al., Phys. Rev. B, 68, 140101 (2003).
[21] Chapman, H. N., et al., J. Opt. Soc. Am. A, 23, 1179 (2006).
[22] Svergun, D. I., et al., Rep. Prog. Phys. 66, 1735 (2003).


(北海道大学電子科学研究所 木村 隆志)


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