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NanotechJapan Bulletin Vol.7, No.3, 2014 発行

企画特集 ナノテクノロジー EXPRESS ~ナノテクノロジープラットフォームから飛び立つ成果~
<第24回>
有用タンパク質を合成する新技術の開発とその応用
石川県立大学 森 正之
北陸先端科学技術大学院大学 梅津 喜崇,大木 進野

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1.はじめに


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(左から) 梅津,森,大木.
中央は本課題で活用した800MHz-NMR装置.


 構造生物学や生物物理学,生化学などの研究においては,必要な量と質のタンパク質試料を確保できるかどうかが死活問題となる.かつては何段階もの実験操作を経て生物中に存在するタンパク質を取り出してきたが,今日では遺伝子組み換え操作を大腸菌に施してタンパク質を作り出す方法が一般的になった.しかしながら,大腸菌を利用する比較的簡便な方法は万能ではなく,植物や動物由来の複雑なタンパク質や翻訳後修飾が施されたタンパク質を合成することが難しいことは周知の事実である.その欠点を補完する目的で,酵母や昆虫細胞,動物細胞などを用いたタンパク質試料合成技術が次々と開発されてきている[1].生きた細胞を使わない無細胞タンパク質合成システムもずいぶん利用されるようになり,大腸菌や小麦胚芽由来のキットが市販されている[2][3].それでもなお調製が困難と言われるタンパク質は世の中に数多く存在し,これらを研究しようと果敢に試料調製に取り組んでいる研究者たちからは,さらなる選択肢としての新しいタンパク質合成技術の登場が望まれている.

 このような背景のもと,筆者らは植物培養細胞(タバコ由来BY2:Nicotiana tabacum cv. Bright Yellow 2)を利用したタンパク質合成の新技術の開発に取り組んでいる[4][5].植物由来のタンパク質を合成するのには植物細胞が適しているであろうことは想像に難くない.また,植物細胞は糖鎖付加などの翻訳後修飾を受けたタンパク質を合成する潜在能力を有している.BY2細胞は植物培養細胞の中でも最も増殖が早く,そのうえ,実験室レベルから工場レベルまであらゆるスケールで培養ができることも知られている.つまり,開発中の新技術は,基礎研究から産業応用まで幅広く活用できる可能性を秘めている.

 本課題では,質量分析とNMRを積極的に活用して調製したタンパク質の構造が妥当であるかどうかを検証することで,タンパク質合成技術の高度化への指針を得ている.課題申請者(石川県立大・森)は,JSTの新技術説明会を通じて筆者の1人(JAIST・大木)と知り合い,互いの専門知識を融合することで新しい分野を拓こうと意気投合して協同研究が始まった.農学系の単科大学に所属する申請者は,本事業を通じて工学系のさまざまな分析機器や施設を利用して効率的に研究をすすめることができている.

 本稿では,これまでの技術開発の成果を簡単に述べると共に,既存の方法では合成できないタンパク質を実際に合成してその立体構造をNMRで解明した成功事例を紹介する.

2.実験

 BY2細胞を利用して図1のようなタンパク質合成システムを構築した.合成されるタンパク質の立体構造が最も効率的に形成されるよう小胞体へ移行するシグナル配列も付加した.


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図1 BY2を用いたタンパク質発現の概略図

図中の番号の説明:①特定の分子(エストラジオール)で活性化される転写因子(XVE)が産生.②エストラジオールでXVEが活性化.③目的タンパク質の遺伝子を含むウイルスの遺伝子(ウイルスベクター)が産生.④ウイルスベクターが増殖.⑤触媒活性を持つRNA(リボザイム)による切断.⑥目的タンパク質の大量発現.

 植物細胞BY2は光合成能力を失っているため,窒素も炭素も液体培地から取り込むことが知られている.液体培地中の炭素源や窒素源となる試薬をNMR観測可能な安定同位体で標識された試薬に置き換えることにより,合成されるタンパク質の炭素・窒素核をNMR観測可能核で均一標識する技術も開発した[6][7][8].また,いくつかの特定の種類のアミノ酸だけを安定同位体標識するため,液体培地に標識アミノ酸を加える実験も行った.

3.結果と考察

3.1 技術開発

 植物細胞にはプラスミドが存在しない.従って,目的とするタンパク質を植物細胞に合成させるときには,そのタンパク質をコードする遺伝子をプロモーターと連結して細胞の染色体DNAに導入する方法がとられていた.しかしながら,植物細胞に適した強力なプロモーターが知られていないことから,目的タンパク質を高効率で生産する系を作ることが非常に難しかった.この欠点を克服するため,本方法ではRNAウイルス(トマトモザイクウイルス)をベクターとして利用している.実際には,RNAウイルスベクターのcDNAを合成して,その上流に薬剤誘導プロモーターを連結した遺伝子を植物染色体DNAに導入している.さらに,目的タンパク質の素性に合わせたシグナルペプチドの利用や精製を容易にするためのタグの付加などの工夫を重ねた.その結果,蛍光タンパク質GFPを合成した場合には,細胞中の全可溶性タンパク質の10%近い収量が得られるような高効率の発現系を確立することができた(図2).


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図2 蛍光タンパク質GFPの合成
数字は誘導後の時間を示す.


 薬剤誘導プロモーターを導入したことで,細胞の増殖具合を見ながら実験者が好きな時刻から目的タンパク質の合成を開始できるようになった.このおかげで,高度な選択標識タンパク質を合成する道筋が開けた.例えば,誘導をかけるタイミングとほぼ同時にバリン,ロイシン,イソロイシンの安定同位体試薬,あるいはこれらの前駆体標識化合物を培地に溶かせば,細胞はそれらをそのまま取り込んでタンパク質合成に利用する.これらのアミノ酸は代謝の下流に位置しているので,これらをもとに他のアミノ酸が生合成されることは殆どない.従って,同位体標識は他のアミノ酸へは拡散せず,結果として,2個のメチル基を持つ長鎖アミノ酸だけを選択的に標識したタンパク質を合成することができた(図3).これらを標識した試料は,大きなタンパク質分子やその複合体のNMR研究で威力を発揮することが既に大腸菌を利用した試料によって報告されている[9].このような特別な標識試料を調製できることは,本技術の有用性を示している.


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図3 選択標識したタンパク質試料の1H-13C HSQCスペクトル

上段:全体,下段:メチル領域の拡大.左から順に均一標識,Ile選択標識,Leu選択標識,ValとLeuの選択標識.試料はBPTI.アスタリスクはタグ由来.


3.2 応用事例

 植物の気孔の数を増やすストマジェンは,45個のアミノ酸残基から成る小さなペプチドホルモンである.1分子中に3組のジスルフィド結合を持つため,生理活性を有する正しい立体構造を形成した分子を調製することが難しい.そこで本技術を適用してストマジェンを合成し,その生理活性を確認した後,NMRで立体構造を決定した(図4a).また,植物が重複受精の後に胚を形成していく初期の段階で働くESF(embryo surrounding factor)の合成と立体構造決定にも成功した(図4b).ESFも分子内に4組のジスルフィド結合を持ち,一般的なタンパク質合成系では調製が困難であった.両者とも分子の立体構造を決定したことで生理活性発現のメカニズムを分子のレベルで議論できるようになり,生命現象の解明に役立った[7][8].また,これらの分子は植物の二酸化炭素固定化,成長,種子形成などと密接に関わっているので,BY2細胞で大量に安定供給することで農薬等の産業利用への展開も期待できる.


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図4 NMRで解析したペプチドの3次元構造
ストマジェン(a)とESF(b).いずれも分子内に複数のジスルフィド結合を持っている.


4.おわりに

 本稿では,有用タンパク質を合成する新技術の開発を取り上げ,その概略と応用事例の紹介を試みた.今回は記述しなかったが,この技術を使って止血剤として利用価値の高いトロンビンの合成にも成功しているほか,幾つかの基礎研究用のタンパク質試料の合成にも成功して協同研究先へ提供している.

 本稿の内容は,前事業の京都・先端ナノテク支援ネットワークの頃から継続して行っている研究課題の成果の一部である.近隣の大学の研究者を支援する例として,また,農学系研究者との異分野融合研究の成果事例として,本課題は注目に値する.今後もナノテクプラットフォーム事業を通じて本技術の高度化に取り組むと共に,基礎研究の分野に貢献していきたい.また,プラットフォーム利用者の中から本技術を産業へ本格的に活用したいというパートナーが現れてくれることを願ってやまない.

5.謝辞

 研究成果の一部は,竹内誠博士,古市いづみさん(北陸先端科学技術大学院大学),土肥浩二博士,玉井淳史博士(石川県立大学)の協力によるものです.記して感謝いたします.また,本研究の一部は以下の研究費によって行われました.JST-CREST(代表:石川雅之),JST-Astep(代表:森正之),JST先端計測(代表:大木進野),科研費(20510198,25440017. 代表:大木進野).

6.参考文献およびWEBサイト

[1] A. Berlec & B. Strukelj. (2013) "Current state and recent advances in biopharmaceutical production in Escherichia coli, yeasts and mammalian cells" J. Ind. Microbiol. Biotechnol. 40, 257-274.
[2] http://stableisotope.tn-sanso.co.jp/BiomolecularNMR/Cell-Free-Products.html
[3] http://www.cfsciences.com/jp/index.html
[4] M. Mori, N. Fujihara, K. Mise & I. Furusawa. (2001) "Inducible high-level mRNA amplification system by viral replicase in transgenic plants" Plant J. 27, 79-86.
[5] K. Dohi, M. Nishikiori, A. Tamai, M. Ishikawa & M. Mori. (2006) "Inducible virus-mediated expression of a foreign protein in suspension-cultured plant cells" Arch. Virol. 151, 1075-1084.
[6] S. Ohki, K. Dohi, A. Tamai, M. Takeuchi & M. Mori. (2008) "Stable-isotope labeling using an inducible viral infection system in suspension-cultured plant cells" J. Biomol. NMR 42, 271-277.
[7] S. Ohki, M. Takeuchi & M. Mori. (2011) "The NMR structure of stomagen reveals the basis of stomatal density regulation by plant peptide hormones" Nat. Commun. 2, 512.
[8] L.M. Costa, E. Marshall, M. Tesfaye, K.A. Silverstein, M. Mori, Y. Umetsu, S.L. Otterbach, R. Papareddy, H.G. Dickinson, K. Boutiller, K.A. VandenBosch, S. Ohki & J.F. Gutierrez-Marcos. (2014) "Central cell-derived peptides regulate early embryo patterning in flowering plants" Science 344, 168-172.
[9] A.M. Ruschak & L.E. Kay. (2010) "Methyl groups as probes of supra-molecular structure, dynamics and function" J. Biomol. NMR 46, 75-87.


(北陸先端科学技術大学院大学 大木 進野)


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