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企画特集 10-9 INNOVATIONの最先端 ~Life & Green Nanotechnologyが培う新技術~
<第61回>
社会価値創造への貢献を目指すNECのナノテクノロジー研究開発
~IoT時代を意識したセンサシステム,金属ナノ材料による低消費電力LSI,発電デバイス~

nano tech大賞 2018 受賞
日本電気株式会社 萬 伸一氏,五十嵐 悠一氏,阪本 利司氏,石田 真彦氏に聞く

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(写真左) nano tech 2018 実行委員会 川合 知二委員長(左)から表彰されるNECシステムプラットフォーム研究所の萬 伸一主席技術主幹(右)
(写真右)NEC筑波研究所前にて,左から五十嵐 悠一氏,萬 伸一氏,石田 真彦氏,阪本 利司氏

 第17回 国際ナノテクノロジー総合展(nano tech 2018)(2018年2月14日~16日)のnano tech 大賞には,日本電気株式会社(以下,NECと略記)が選出された.出展した500を超える企業・団体を代表する,最優秀展示としての表彰である.受賞理由は,「得意とするICT技術,AI技術,材料開発技術などを融合し,IoT時代を意識したセンサーシステム,金属ナノ材料による低消費電力LSI,発電デバイスなどを開発.総合電機メーカーの名に相応しい先進的な技術開発力を高く賞す」とのことであった[1].

 今回,NECの筑波研究所を訪問し,大賞受賞の展示の中から量子ドット赤外線センサ,金属ナノ材料による低消費電力LSI,スピン流熱電変換素子の3つのテーマについてお話を伺った.NECシステムプラットフォーム研究所の萬 伸一(よろず しんいち)主席技術主幹にNEC全体のナノテクノロジー研究について概説していただき,続いて量子ドット赤外線センサについて同研究所の五十嵐 悠一(いがらし ゆういち)主任研究員に,金属ナノ材料による低消費電力LSIについて同研究所の阪本 利司(さかもと としつぐ)主任研究員に,そして最後にスピン流熱電変換素子について同研究所の石田 真彦(いしだ まさひこ)主幹研究員に,開発した技術内容と事業化に向けた展望を伺った.


1.NECのナノテクノロジー研究開発 [2]

1.1 NECが目指すICTによる社会価値創造:IoTデバイスとAIの融合

 NECは“社会課題の解決にICT(情報通信技術)で貢献する”ことを社是としており,図1に描いた7つの社会価値創造テーマを掲げている.国の科学技術基本政策である“Society5.0”にも呼応して,実空間とサイバー空間を融合し,ハード・ソフト含めたICTで課題解決のソリューションを提供する.そうしたソリューション事業を支える土台の一つとして,ナノテクノロジーの研究が位置付けされている.


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図1 NECが目指す7つの社会価値創造テーマ


 図2は,NECの研究開発の領域を描いたものである.実世界とサイバー世界との接点では,IoTデバイスがセンサやアクチュエータとして求められる.サイバー世界では,コンピューティングやネットワーキングなどの情報通信プラットフォームで,情報処理や通信のための高性能素子が求められる.この情報通信プラットフォームの上で,人間の知的活動をデータサイエンスで支えるAI(人工知能)が実現する.ナノテクノロジーは,こうしたICTソリューションを支える基盤技術であり,①IoTデバイス,②プラットフォーム高性能化,③エネルギー環境素子(IoTデバイスを駆動するために,エネルギー変換や蓄電などが必要となる)への応用展開を目指している.


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図2 NECが目指すICTによる社会価値創造を支える研究開発


 萬氏は,ナノテクノロジー研究への期待を込めて次のように語った.「NECは,材料メーカではなく,社会価値を創造するソリューションを提供するのが使命です.そのモノつくりの基盤にナノテクがありますが,開発には5年~10年と長いスパンがかかります.一方,それをICTと融合させようとすると,ICTのソフトウェア技術の進展は極めて速い.両者の速度ギャップをうまく整合させるべく,ICTの将来がどうなるかを予見しながらナノテク研究に取り組んでいます.」


1.2 NECのナノテクノロジー研究:代表的成果と新しい時代の研究展開

 NECでは,ナノテクノロジーの研究に長年取り組んできた.図3に,代表的な研究成果をまとめた.ナノカーボン分野では,カーボンナノチューブの発見に始まり,カーボンナノホーンやカーボンナノブラシを発見し,それらの用途展開を行っている.超伝導を利用した量子ビットは,量子コンピュータの基本素子として期待されている.また,環境との調和を実現する取り組みの一つとして,バイオプラスチックの研究開発も行っている.


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図3 NECのナノテクノロジー研究:代表的な歩み


 今回のnano tech 2018展では,図4に示す12課題(テーマ)の最新成果を展示した.図4では,これらのナノテクノロジー研究成果が,図1に示した7つの社会価値創造テーマに関連付けて描かれている.本記事では,以下の3テーマ;
・スピン熱電変換素子によるエネルギーハーベスティング
・量子ドット赤外線センサによる資源探査の効率化
 (Sustainable Earth, 「地球との共生」に貢献)
・NanoBridge-FPGAによるIoTデバイスの低電力・高性能化
 (Communication, 「豊かな社会を支える情報通信」に貢献)
について,研究内容の詳細と事業化に向けた展望について,それぞれの開発の中心的研究者に語っていただいた.


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図4 nano tech 2018でのNEC展示テーマ


2.量子ドット赤外線センサによる資源探査の効率化

 次に,システムプラットフォーム研究所の五十嵐 悠一氏に,量子ドット赤外線センサの開発についてお話を伺った.

2.1 量子ドット赤外線センサの構造,動作原理と特長

 赤外線センサでは,可視光では得られない実世界の情報を取得できる.温度が高い所から目では見えない赤外線が放出されているのを赤外線カメラで観察することで,空港でのセキュリティ・LSIの熱設計・建造物の劣化診断・火山の監視など,様々な用途に応用されている.図5は,現在使われている一般的な赤外線センサと,NECが開発している量子ドット赤外線センサとの違いを比較している.現状の赤外線センサ(図5左)の多くは,赤外線の熱を受けて電気抵抗が変化するタイプのもので,軽量・安価である.一方,量子ドット赤外線センサ(図5右)は,直径が数10nmの半導体の小箱に赤外線が照射されると,量子ドット内の量子化された高エネルギー状態へ電子が励起されることを利用して赤外線を検出する.したがって,高感度で,かつ検出したい赤外線波長のみを観測できる,という特長がある.


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図5 一般的な赤外線センサと量子ドット赤外線センサの違い


 図6に,量子ドット赤外線センサの構造(左)と動作原理(右)を描いた.化合物半導体のInAs量子ドットを自己組織化形成した量子ドット層を複数積み重ね,上下をコンタクト層でサンドウィッチした構造になっている.図6右は,このセンサに電圧を印加した状態での素子表面に対して垂直方向のエネルギー準位である.赤外線が照射されると,量子ドット中の基底準位にある電子が赤外線を吸収して,量子化された高エネルギー準位に遷移する.励起電子からなる光電流を下部コンタクト層に集めて,赤外線が検出される.


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図6 量子ドット赤外線センサの構造(左)と動作原理(右)


 量子ドット層は,量子ドットレーザで世界をリードしている東京大学の荒川泰彦研究室で結晶成長し,センサへの微細加工と評価はNECで行う共同研究を推進している[3].量子ドット赤外線センサの検出感度ピーク波長は,量子ドットのサイズや組成の調整などによって5µm~10µmの波長範囲で制御可能である.また,検出感度ピーク線幅はサイズ・組成のバラツキ分布で決まり約1µm幅となっており,次節で紹介する鉱物種の識別には十分な狭さになっている.


2.2 2次元アレイ素子(赤外線カメラ)試作と鉱物資源探索への応用

 量子ドット赤外線センサを2次元アレイ状に集積して,波長選択可能な赤外線カメラを試作した[4].図7左の写真は,素子ピッチ30µm,256×320画素(~8万画素)の量子ドット赤外線センサアレイを,Si基板上に作製された検出信号読み出し回路上にフリップチップ接合してセラミック製パッケージに実装したものである.このカメラの検出感度ピーク波長は6.5µmである.


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図7 量子ドット赤外線センサの2次元アレイカメラ(左)と撮像結果の例(右) [4]


 図7右は,試作した量子ドット赤外線センサカメラで,670Kに熱せられた半田ごて先端を撮像した写真である.露光時間は僅か7.2msであり,一般的な赤外線カメラより高感度であった.高感度かつ波長選択性があるという特長を活かす適用先として,鉱物資源探索への応用を検討している.NECは宇宙事業でも我が国の先端を担っており,人工衛星にこの量子ドット赤外線カメラを搭載して,地球上のどこに目的とする鉱物が分布しているのかを観測する.その予備実験として,図8に示す2つの鉱物種を識別するテストを行った[5].図8左は,地球上に広く存在する長石(CaAl2Si2O3)と,ドロマイトと称する苦灰石(CaMg(CO3)2)を並べて,通常のカメラで撮像した写真である.長石は6.5µmの赤外線を放出し,苦灰石は放出しないという特徴があるが,通常のカメラでは両者の区別をつけることは難しい.一方,図8右は量子ドット赤外線カメラで撮像した写真であり,波長6.5µmの赤外線のみを検出することができ,長石が明るく,苦灰石は暗く,識別することができる.


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図8 放射スペクトルの違いを利用した鉱物種の識別実験:
(左)可視光カメラ,(右)量子ドット赤外線カメラ [5]


 本研究は未だフィールドテストの手前の段階であり,どんな鉱物が探索可能であるかを調査している.地下にある鉱物でも,地表にその鉱物につながる特徴的な物質があれば,上空から探し当てる可能性がある.五十嵐氏は,「まずは,現地調査結果と衛星観測データとが一致する,という実績を作りたい」と抱負を述べた.


3.金属ナノ材料による低消費電力LSI

 第2のテーマであるNanoBridge®とFPGA応用について,システムプラットフォーム研究所の阪本 利司氏に,お話を伺った.半導体LSIの分野では,微細化高集積化の進展とともに,今後IoT機器や自動運転車などの普及に向けて,低消費電力化・高信頼化の要求が高まっている.NECが開発している不揮発性の原子スイッチ“NanoBridge®”は,そうした要求に応えるものである.


3.1 原子スイッチ:NanoBridge®とは?

 図9右上に,NanoBridge®の構造と動作原理を描いた.ルテニウム(Ru)電極と銅(Cu)電極で,固体電解質をサンドイッチした構造になっている.Cu電極に2~3Vのプラス電圧を印加すると,電気化学反応によりCu電極からCu+イオンが固体電解質中に拡散し,Cu原子10数個分の太さ/長さの金属架橋が2枚の電極間に形成されて導通(ON)状態となる.ON状態でCu電極に-2~-3Vのマイナス電圧を印加すると,逆方向の電気化学反応が起こり,Cu架橋は消失して非導通(OFF)状態に戻る.この原子スイッチは不揮発であり,電源供給をしなくてもON/OFF状態を保持するメモリ機能を持っている.また,ON/OFF抵抗比が大きいので,LSIの中で金属配線間のスイッチとして用い,±2~3V電圧の印加でスイッチし,0~1Vの使用時あるいは待機時はその状態が維持される.


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図9 不揮発性スイッチNanoBridge®技術の概要


3.2 NanoBridge®の開発経緯と,FPGAへ適用した狙い

 図10に,NanoBridge®とその低消費電力LSIへの適用の開発経緯を描いた.固体電解質を利用した原子スイッチは,2002年に理化学研究所(理研)の青野 正和氏の研究グループによって提案され[6],その後青野氏のグループは物質・材料研究機構(NIMS)に移り,2005年にNature誌に“量子化伝導原子スイッチ”と題して発表した[7].


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図10 NanoBridge®-FPGAの開発経緯


 NECは,青野氏が理研に所属していた当初から原子スイッチの将来性を見込んで理研・NIMSとの共同研究に取り組んだ.NECは2004年に共同開発した原子スイッチに, NanoBridge®という商標を登録した.NECの狙いは,NanoBridge®を入力情報を記憶するメモリとしてではなく,LSIの中での金属配線を組み替えるスイッチとして使うことにあった.

 LSIの市場では,FPGA(Field-Programmable Gate Array)と呼ばれるユーザが用途に合わせて回路構成を組み替えることができるLSIの需要が,急伸長している.多品種LSIを,短期間で経済的に開発できるからである.現在主流のFPGAは,Siトランジスタを6ヶ使うSRAM(Static Random Access Memory)とパストランジスタで1つのスイッチを構成している.SRAM型のFPGAでは,チップ面積が大きい,低消費電力化が難しい,等のほかに,放射線に対する耐性が課題になっている.宇宙からの中性子線はじめ僅かな放射線がSRAMに入射すると,メモリ電荷をかく乱してしまい回路情報を保持できなくなる“ソフトエラー”が発生する可能性がある.航空機・自動車や医療機器に搭載されている場合には人命にかかわる場合もある.また人工衛星やサーバなどのミッションクリティカルなシステムでは超高信頼のFPGAであることが要求される.

 こうしたSRAMベースのFPGAが持つ課題を,図9右中央に示したようにナノブリッジに置換えることで解決しようとした.すなわち,NanoBridge®は不揮発性であるので,消費電力は1/10になる.Cu架橋サイズは数nm,電極間距離も10nmと小さく高集積化できるので,チップ面積は1/4になる.さらに金属原子の架橋の有無で回路情報を保持するので,放射線エラー発生率はSRAMの1/100以下である.また,動作電圧1.1Vでの最大周波数は56MHzと,SRAM-FPGAより2倍高速化できる.図9下の写真は,LSIの配線層に形成されたナノブリッジの断面を電子顕微鏡で観察したもの(左)と,NanoBridge®-FPGAを搭載した電子回路基板の例(右)である.

 FPGAのスイッチ技術としては上で述べたSRAMを使用するもの以外に,表1に示したように用途に応じて複数のタイプがある.表1右から2番目のアンチフューズ(Anti-fuse)は,特に宇宙用途で現在使われているもので,通常は絶縁(OFF)状態,電圧印加で絶縁破壊されて金属架橋(ON)状態になるスイッチを使うFPGAである.不揮発性・放射線耐性をもつが,書込みは1度だけで書換えはできない.それに対してNanoBridge®を搭載したFPGAは,電気化学反応を利用しているので何度でも書換えができる.


表1 FPGAの各種スイッチ技術を比較した競合分析
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3.3 不揮発性NanoBridge®を搭載した低消費電力FPGA:NB-FPGA

 NECではNanoBridge®を搭載したFPGA(NB-FPGA)を10数年にわたって開発してきた(図10).実用化に向けた単体スイッチから,LSIへの実装を進め,ISSCC(The International Solid-State Circuits Conference)やVLSIシンポジウム等で発表してきた.

 2010年からは産業技術総合研究所(産総研)との共同研究で,直径300mmのSiウェーハを使った産総研の製造ラインでNB-FPGAの試作をした[8].産総研との共同研究では,Cuが析出する固体電解質材料の開発や,NB-FPGAの設計ツールも開発した.NECではこの設計ツールをユーザに提供して,ユーザがNB-FPGAへ回路情報を書き込む前に動作周波数や消費電力を予測し,最適配線設計をSRAMベースFPGAの設計時間と同等の時間でできるようにしている.

 図11下は,現在国内商用ファブの40nmルールにて製造した100Kゲート相当のNB-FPGAを,ユーザにサンプル提供しているものの写真と主な仕様である[9].図11上には,今後の開発予定を示した.製造ルールを28nmから14nm,10nmへと微細化,高集積化を行う.現在は,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトの下,28nmのNB-FPGAの開発を行っている.阪本氏は,「大規模化への課題は,NBスイッチの素子性能バラツキを抑え,歩留まりを向上することです」と語った.なお,2018年度には,宇宙航空研究開発機構(JAXA)が打上げる「革新的衛星技術実証1号機」にNB-FPGAを搭載し,衛星軌道上で1年間観測画像の圧縮処理に運用して信頼性を実証する予定になっている[10].NECでは,この実証実験結果も踏まえて,IoT端末・自動運転車・ロボットなどへの適用商用化を加速させたい,としている.


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図11 現状NB-FPGAサンプル(下)と今後の開発予定(上)


4.AIを使ったスピン流熱電変換素子開発

 最後にシステムプラットフォーム研究所の石田 真彦氏に,スピン流熱電変換素子の開発と,AIを使った材料開発手法についてお話を伺った.

4.1 スピンゼーベック効果を用いた熱電変換素子と応用展開

 熱を電気に変換することができれば,様々な機器からの廃熱や周りの環境からの温度差を利用して発電する,エネルギー・ハーベスティングができる.今後のIoT社会に向けて,充電や電池の取替なしに長期間エネルギー供給が可能な電源となることが期待されている.

 現在市販されている熱電変換モジュールは,1821年にSeebeckによって発見されたゼーベック効果を用いている.p型とn型の半導体を接合させ,素子の両端に温度差を与えると,熱い方から冷たい方へ熱流が流れる.その熱流は半導体中のキャリアの移動を伴って,両端には電位差が生じて電流が流れる.熱流と電流の方向は並行である.実用化に際しては熱起電力を大きくするために,p型とn型半導体のブロックを複数個直列につないだ複雑なモジュール構造になっている.電気から熱への逆変換はペルティエ効果と呼ばれ,光デバイスの冷却などに応用されている.発電用途としては宇宙・軍事用など,現状では限定的である.その理由は価格が高いこと,また温度サイクルによって壊れやすいことにある.

 NECでは,磁性体中のスピン流を使った熱電変換素子を開発している.図12に,その動作原理と特徴,そして課題を示す.本技術は,スピンゼーベック効果という2008年に慶応大学の齊藤英治グループ(東北大学を経て現在は東京大学)が発見した,新しい熱電変換原理を用いている[11].NECは,スピンゼーベック効果が将来,熱電変換技術の本命となると見込み,2010年から東北大学と共同研究を推進している.ゼーベック効果との違いは,図12右下に描いたように磁性体と金属を接合して垂直方向に温度差を与えると,熱流方向にスピン流が生じ,そのスピン流を金属層に集めて,水平方向に電流を取り出せる.つまり,熱流と電流とは直交している.従って,図12左上にあるようなシート状に広い面積の2層膜の上下に温度差を与えると,シートの横端から電流が取り出せる.ゼーベック効果素子と比べると,構造がシンプルになり,耐久性が良い.但し,現状では熱電変換効率が小さく,大幅な効率向上が課題になっている[12].


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図12 スピン流を使った熱電変換技術の特徴と課題


 IoT社会では,センサの数は地球上で1兆個を超すといわれている.その全てのセンサを駆動する電源として電池を使うとなると,電池には寿命があるので充電や交換作業が必要となりメンテナンス負荷が大きい.例えば図13左にあるようなコイン型電池では,mWオーダーの電力を使い続ければ電池寿命は2週間ほどしかない.スピンゼーベック効果素子の変換効率を市販の熱電変換モジュール並み以上にできれば,発電用途としてセンサ向け電源が有望と考えている.


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図13 スピン熱電素子の無線センサ駆動電源への適用例


 図13右の写真は,NECで試作したスピン熱電素子の実装例である.磁性体と金属をプラスチックのフィルム上に30µm厚の箔として形成し,そのリボンを透明なパイプに巻いている.パイプの一方から熱水を流すと,リボン箔のパイプ側と外側との間に温度差が生じ,パイプ両端から電気エネルギーを取り出せる.無線センサでは間歇動作で平均0.1mW程度は消費するが,このスピン熱電変換素子で温度差を維持できれば,半永久的に安定した電源供給ができることになる.実用化には電圧を高める必要がある.リボン幅を狭めリボン長を長くすれば起電力を上げられる.

 図14は,スピン流熱電変換素子の変換効率向上の推移を描いたもので,縦軸は温度差10Kを与えた場合の電力エネルギー出力密度(W/cm2)である.市販の半導体ゼーベック効果を用いた熱電素子の出力密度は1mW/cm2であり,スピン流熱電変換素子の現状はその1桁下のレベルにまで向上してきた.室温での温度差10K,出力密度1mW/cm2は,熱エネルギーから電気エネルギーへの変換理論効率3%に相当し,市販素子の実力はその2割,約0.5%の変換効率である.ハーベスティングの場合は温度差1K程度なので,0.05%となる.今後も変換効率向上の余地はあるが,現状でも廃熱として捨てていたエネルギーをIoT向け電源として有効活用できる.


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図14 スピン流熱電変換素子のAI&MIによる材料開発の加速経緯 [13]


 図14に示したように,当初Pt系の多層素子で検討していたが,変換効率は市販品の4~5桁下のレベルで停滞したままであった.しかし,この1年間で,AIとMI(Materials Informatics)を適用した材料探索によって,3桁近く性能が向上した.石田氏は,「熱電変換効率は今後,市販品レベルに追いつき,追い越せる」と,自信をもって語った.次節では,この材料開発の新しい手法について紹介する.


4.2 AIとマテリアルズインフォマティクス(MI)を活用した材料開発の加速 [13]

 従来の材料開発は,ある一つの有望と思われる材料を作って評価し,評価結果からまた別の違った材料を作って評価することを繰り返していた.NECで取り組んでいる新手法は,図15に描いたようにマテリアルズインフォマティクス(MI)を活用して開発を加速するものである.MIは,材料特性をコンピュータ上で高精度に計算した材料データベースやAI(人工知能)などを活用する手法であり,開発に要する時間とコストを大幅に削減すると期待される.

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図15 MI(マテリアルズインフォマティクス)による材料開発


 新材料候補として1枚の基板上に~1,000種類もの組成やプロセス条件を変えた試料を用意してコンビナトリアル(組合わせ一括測定評価)実験をする.図16は,コンビナトリアル実験用の組成分散試料の例(左)と,自動特性評価システムの写真である(右).コンビナトリアル実験と並行して,材料物性の理論計算シミュレーションを行う(コンビナトリアル理論計算).


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図16 コンビナトリアル型データ取得基盤の確立;
(左)組成分散試料の例,(右)自動特性評価システム [13]


 実験データと計算データを組合わせて,データ処理用AIで高速処理する.モデル構築用AIでは,物性評価実験と計算のビックデータから機械学習手法で多次元の回帰モデルを構築し,物性モデルを特徴付ける材料パラメータ(記述子)が何であるかを分析する.スピン流熱電変換材料のケースに絞って材料データベースを構築した結果,熱電係数とPtのスピン分極の間に相関があることが分かった.さらに材料スクリーニング用AIで,将棋用AIで使われているアルゴリズムも使い,熱電係数が最大になる材料候補を探しだし,コンビナトリアル実験でデータ取得すべき組成やプロセス条件を絞り込む.こうした開発サイクルを何度か回して,図14右上のCoPtNまで辿り着いた.AIに任せれば何でもできるわけではなく,研究者の経験や勘が働いて,CoPtにNを入れると変換効率が向上する発見につながった.石田氏は,「今後もAI&MIを使ってスピン流熱電素子の変換効率を向上させ,低コスト化にも取り組んで,早期の実用化に向けて材料開発を加速したい」と抱負を述べられた.


5.おわりに

 ICT企業のNECは20世紀後半,情報化社会への変革に貢献し,基盤技術の半導体LSI(DRAM)においては世界をリードした.21世紀に入った今,政府の第5期科学技術基本計画が目標とする超スマート社会への変革実現に貢献すべく,NECの特徴である技術階層の垂直統合型の組織構造を活かして,社会のニーズをナノテクノロジー等のシーズに関連付けて研究開発を行っている.

 今回の取材の最中も,応対していただいた4人が互いに議論を投げかけあい,特に開発してきた技術をどのように応用展開していくか,組織の垣根を超えた議論が交された.その極めてフランクでオープンな雰囲気は,日頃の研究開発環境の反映であると感じた次第である.技術開発したナノテクノロジーのいくつもの種が,社会価値創造の核となって結実することを大いに期待したい.


参考文献

[1] nano tech大賞2018:http://www.nanotechexpo.jp/main/award2018.html
[2] NECの研究開発(理念,組織,研究所紹介):http://jpn.nec.com/rd/lab/index.html
[3] 五十嵐悠一,各務惣太,渡邉克之,白根昌之,大河内俊介,萬伸一,荒川泰彦,"急速熱アニールによる量子ドット赤外線検出器の検出波長制御",第 60 回応用物理学会春季学術講演会 講演予稿集(2013 春),29a-B4-5:https://confit.atlas.jp/guide/event-img/jsap2013s/29a-B4-5/public/pdf?type=in
[4] 黄晨暉,田中朋,各務惣太,角田雅弘,渡邉克之,井上晴, 難波兼二,五十嵐悠一,田能村昌宏,南部芳弘,山本剛,萬伸一,荒川泰彦,"赤外イメージングによる量子ドットアレイセンサの評価",第63回応用物理学会春季学術講演会 講演予稿集 (2016),21p-P2-7:https://confit.atlas.jp/guide/event-img/jsap2016s/21p-P2-7/public/pdf?type=in
[5] 黄晨暉,田中朋,各務惣太,二宮芳樹,角田雅弘,渡邉克之,井上晴,難波兼二,五十嵐悠一,田能村昌宏,南部芳弘,山本剛,渋谷明信,萬伸一,荒川泰彦,"量子ドットアレイセンサーによる鉱物の赤外分光イメージング",第77回応用物理学会秋季学術講演会 講演予稿集 (2016),16a-A35-8:https://confit.atlas.jp/guide/event-img/jsap2016a/16a-A35-8/public/pdf?type=in
[6] 青野正和,"量子化伝導原子スウィッチで,新たな原理のコンピュータを造りたい",理研ニュース,No.250, pp.2~4, (April 2002):http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/publications/news/2002/rn200204.pdf
[7] K. Terabe, T. Hasegawa, T. Nakayama & M. Aono, "Quantized conductance atomic switch", Nature vol.433, pp.47-50 (2005), doi:10.1038/nature03190
[8] "NECと産総研,宇宙環境での利用に向け,優れた放射線耐性の「NanoBridge®」技術を搭載したLSIを開発 ~高放射線耐性と超低消費電力を両立~",NECプレスリリース(2017年3月7日):http://jpn.nec.com/press/201703/20170307_03.html
[9] "NEC, Nanobridge技術搭載LSIのサンプル製造開始 ~超低消費電力,多品種のIoT機器向けFPGAを国内製造~",NECプレスリリース(2017年10月19日):http://jpn.nec.com/press/201710/20171019_03.html
[10] "「革新的衛星技術実証1号機のテーマ公募」選定結果について",JAXA(2016年2月):http://www.kenkai.jaxa.jp/pickup/kakushin.html
[11] Uchida K, Takahashi S, Harii K, Ieda J, Koshibae W, Ando K, Maekawa S, Saitoh E.,"Observation of the spin Seebeck effect", Nature (2008 Oct 9); 455(7214):pp.778-781, doi: 10.1038/nature07321.
[12] 石田真彦,"新原理「スピンゼーベック効果」による熱電変換の可能性",NEC技報/Vol.66 No.1,pp.39~41 (2013):http://jpn.nec.com/techrep/journal/g13/n01/pdf/130109.pdf
[13] "NECと東北大AIMR,AIによる新材料開発に成功 ~スピン流熱電変換素子の性能を約1年で100倍向上",NECプレスリリース(2018年2月9日):http://jpn.nec.com/press/201802/20180209_04.html


本文中の図表は,全て日本電気株式会社より提供されたものである.


(尾島 正啓)


「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2019_banner.jpg