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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第13回>
超高分解能電子顕微鏡を用いた触媒の微細構造解析
~世界最高レベルの性能を持つアンモニア合成触媒とアンモニアから水素を簡単に取り出す分解触媒の開発に貢献~

大分大学理工学部 准教授 永岡 勝俊,京都大学 触媒・電池元素戦略ユニット 特定助教 佐藤 勝俊
九州大学大学院工学研究院 学術研究員 山本 知一,九州大学大学院工学研究院 教授 松村 晶

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 高効率アンモニア合成触媒及びアンモニア分解触媒が開発された[1][2].これらは,太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの地球規模での有効利用を促進するものである.この成果は,九州大学超顕微解析センター 微細構造解析プラットフォームと大分大学理工学部 永岡研究室との共同研究によるものである.そこで,この研究成果の内容や微細構造解析プラットフォームの研究支援・活用状況を伺うべく,大分大学旦野原キャンパスの永岡研究室を訪ねた.お話を伺った方々は,九州大学大学院工学研究院 教授で超顕微解析センター長 松村 晶(まつむら しょう)氏,大分大学 理工学部 共創理工学科 准教授 永岡 勝俊(ながおか かつとし)氏,京都大学 触媒・電池元素戦略ユニット 特定助教(大分大学 理工学部 客員研究員)佐藤 勝俊(さとう かつとし)氏,九州大学大学院工学研究院 学術研究員の山本 知一(やまもと ともかず)氏である.

 なお,本研究は,科学技術振興機構(JST)戦略的創造推進事業 チーム型研究(CREST)「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」(研究総括:江口 浩一 京都大学 大学院工学研究科 教授)の研究課題「エネルギーキャリアとしてのアンモニアを合成・分解するための特殊反応場の構築に関する基盤技術の創成」(研究代表者:永岡 勝俊 大分大学 理工学部 准教授)の一環で実施されたものである.


1.九州大学超顕微解析研究センター:ナノマテリアル開発のための超顕微解析共用拠点

 はじめに,松村氏に九州大学超顕微解析研究センターの概要と活動状況についてお伺いした.「当センターは,文部科学省「微細構造解析プラットフォーム事業」の九州地方における実施機関であり,ナノマテリアル開発のための超顕微解析共用拠点として活動しています.後ほど永岡先生から詳細な説明がありますが,大分大学で開発されたアンモニア合成,分解触媒がなぜ高性能を示すのか,プラットフォーム(PF)が保有する収差補正器付き走査透過型電子顕微鏡(STEM)やエネルギー分散型X線分析装置(EDS)等を用い,触媒表面の詳細な観察を行う共同研究を通して,そのメカニズムを明らかにしました」と前置きされ,九州大学超顕微解析研究センターおよびPFの状況を以下のように紹介された.


1.1 経緯と現状

 九州大学超顕微解析研究センター(旧名:超高圧電子顕微鏡室)[3]は,1975年に開設されて学内共同利用施設として様々な分野の多くの研究者に利用されていたが,2002年には文部科学省(文科省)の「ナノテクノロジー総合支援事業」の実施機関に採択され,公式に学外の研究者にも利用される施設となった.その後も文科省の「先端研究施設共用イノベーション創出事業」(2007~2011年度),さらに2012年7月からの「ナノテクノロジープラットフォーム事業」(2012~2021年度)の「微細構造解析プラットフォーム」を構成する全国10拠点の1つとして採択され,「ナノマテリアル開発のための超顕微解析共用拠点」[4]として広く産官学のナノテクノロジー研究支援と共同研究を展開している.

 一方,産学連携推進のために,2005年度から九州大学学術研究都市推進機構の協力の下に「先端電子顕微鏡フォーラム」[5]を立ち上げて,企業研究に向けたユニークな会員制の共用サービスを行っている.また文科省の支援の下に「超顕微科学研究拠点」事業[6]が実施され,当センターの超高圧電子顕微鏡が全国共同利用装置の1つとして全国の大学研究者の先端研究に開放されている.さらに,文科省の先端研究基盤共用促進事業(共用プラットフォーム形成支援プログラム)「アトミックスケール電磁場解析プラットフォーム」[7]に参画し機器の共用を進めると共に技術内容の高度化に努めている.

 これ等学内外の広い利用形態を図1に示す.共同利用の割合は,九州大学学内利用が約70%,微細構造解析プラットフォーム他の学外利用が約30%である.


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図1 超顕微解析センターの活動範囲:学内利用と外部利用の形態


1.2 保有する共用設備群

 上記大分大学との共同研究で活躍した収差補正器付きの走査透過型電子顕微鏡(STEM)やエネルギー分散型X線分析装置(EDS)など,図2に示すような高機能の電子顕微鏡や試料作製装置(FIB,Arイオン研磨装置等),周辺機器(記録・解析装置)等を多数備え[8],かつこれらを活用・駆使する高度のノウハウを保有している.


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図2 超顕微解析研究センターの先端研究設備


1.3 微細構造解析プラットフォームの研究支援内容

 本支援事業は,ナノマテリアルの開発,評価および構造・状態解析を目標にし,以下の3つの柱に基づいて研究支援を行っている[9].

1)最新鋭の各種電子顕微鏡,試料作製装置などを開放する.

2)多様な物質・材料のナノ構造解析・状態解析について,研究の計画と実施を,積極的かつ創造的に支援する.

3)第一線で活躍している学内研究者が相談に応じる.

 利用結果の公開,有償利用が原則だが,トライアルユース(無償)もある.
具体的な装置の利用形態は,

技術相談:設備利用(機器利用ならびに技術補助)と共同研究に大きく分けられ,いずれ形態もコーディネーターによる研究企画支援に加え,実行委員会メンバーによる密接な技術相談を行なう.

機器利用:利用者自ら機器を操作する機器利用や,当センター所属研究員の操作補助・指導を必要とする利用を受け入れる.電子顕微鏡解析法の理解を広めるため,かつ実質的な研究効率と研究レベルを高めるために,いわゆる「技術代行」は行わない.

共同研究:共同研究は機器利用の発展的な形態として捉え,九州大学研究者と密接かつ長期的な研究を展開する.


1.4 電子顕微鏡技術研修会等の講習会

 以下のように活発な研修会,講習会を多く開催しているのが,特徴の一つになっている[10].

1)装置利用だけでなく,ユーザーへの電子顕微鏡関連の最新技術の提供と新規課題・問題点の共有のために,HVEM研究会(数回/年),セミナー(1~2回/年)などを実施.

2)装置の円滑,効率的利用と物質のナノ構造評価に従事できる技術者・研究者の育成を目指してTEM研修入門・初級コースをほぼ毎月実施し,TEM研修中級コースとして,7コースをそれぞれ毎年1回実施(講義+実習(5日間).2017年度の実績は(入門・初級:23回(英語4回),中級:6回)である.

 松村氏は「汎用的な設備を開放するのではなく,最先端機器を開発・設置して共同利用していただいている.そうした設備も時間とともに時代遅れになってしまうので,新しい実験や解析技術などの研究開発機能が必要で,それを広く速やかに共同利用に展開しています.」と結ばれた.


2.アンモニア合成,分解触媒の開発

 次に九州大学微細構造解析プラットフォームの支援(共同研究)を受け,アンモニア合成・分解触媒の研究を推進している大分大学の永岡氏にお話を伺った.


2.1 研究目的と背景

 永岡研究室では,物理化学,表面化学に基づき,エネルギー問題,環境問題の解決につながる触媒プロセスの開発を行っている.研究テーマの一つに「海外の再生可能エネルギーの有効活用:アンモニア合成触媒(水素貯蔵)とアンモニア分解触媒(水素製造)の開発」がある.

 太陽光や風力に代表される再生可能エネルギー(グリーン電力)の大規模導入には,エネルギー生産地と消費地の距離的なギャップ,発電と消費の時間的なギャップをどのように克服するかという課題がある.これを解決する手段として,再生可能エネルギーを利用して水の電気分解により水素を発生させ,水素を含有するエネルギー貯蔵体(エネルギーキャリア)に化学的に転換することで,再生可能エネルギーの貯蔵・輸送を容易にすることが考えられる.

 エネルギーキャリアの候補として様々な化学物質が挙げられているが,アンモニア(NH3)が有力視されている.アンモニアには,

①エネルギー密度が高い(12.8 GJm-3

②水素含有量が多い(17.6 wt%)

③加圧によって容易に液化する(20℃,0.8 MPaで液化する)

④水素を取り出す際にCO2を発生しない

と言った優れた特徴がある.

 このアンモニアを高効率で合成・分解できる触媒とプロセスを開発することによって,図3に示すような地球規模の再生可能エネルギー活用を可能にするのが本研究の目的である.太陽光や風力を利用する発電では,気ままな天候に支配されるので,

a)工業化に適した温和な条件(350~450℃,1~10 MPa)でプロセス運転でき,

b)高い収率を示す,

c)大型ではなく中小規模の分散型プラントで,

d)煩雑な起動・停止を含む反応条件の変動に強い触媒・プロセス,が求められる.


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図3 アンモニアをキャリアとするエネルギー貯蔵・輸送システム


2.2 アンモニア合成の先行研究

 アンモニアの合成反応(N2 + 3H2 ⇔ 2NH3  ΔH=-92 kJ /mol)には,①非常に強い三重結合N≡N(945 kJ/mol)を切断するため高温での反応が必要である.しかし,一方では②これに反し発熱反応のため平衡論的に高温でのアンモニア合成は不利になる.③また,モル減少反応なので,高圧で反応すると平衡収率が向上すると言った特質がある.これらを克服したものとして以下の二つの代表的先行例がある.


2.2.1 Haber-Bosch法 [11][12]

 1913年に工業化された.人工的に空気中の窒素を固定するもので,化学肥料の原料であるアンモニアの豊富な供給を可能とし,食糧生産の安定化に貢献した.このことがその後の世界的な人口増加の起爆剤になったと考えられており,現代でも世界の食糧生産の根幹を担っている.

 このプロセスは,触媒にFeを主成分とする二重促進鉄触媒K2O-Al2O3-Fe(K2O:Fe表面の活性を向上させる化学的促進剤,Al2O3:表面積を増大させる構造的促進剤)を用い,高温・高圧(>450℃,>20 MPa)で運転することにより,全体では高い効率を得ることができるが,大型で高価な設備を必要とし,負荷変動に弱く,起動・停止の繰返しが困難で運転条件に柔軟性がない.このようなことから本研究目的にそぐわないと考えられる.


2.2.2 Ru系触媒 [12]

 二重促進鉄触媒よりも温和な条件で高い活性を示し,起動・停止にも強いことが知られているものにRu(ルテニウム)触媒がある.Ru触媒では,その活性点に二つの特徴があり,それらがアンモニア合成反応の律速段階である窒素分子の解離に影響し,触媒活性を決定する重要な要因となっていると言われている.

 一つ目は,「構造的」特徴である.アンモニア合成反応は,反応場となる触媒表面の構造が活性に強く影響する構造敏感型の反応であり,特にRuにおいては,5個の配位不飽和なRu原子からなるサイト(B5サイト)が多く含まれる場合に高い活性が得られることが報告されている(図4).このB5サイトでは,5つのRu原子総てが窒素分子と結合を形成することで,アンモニア合成反応の律速段階である窒素分子の吸着と三重結合(N≡N)の切断を促進する.


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図4 Ru結晶上のB5サイトの模式図(N2の三重結合(N≡ N)を弱める)


 二つ目は,「電子的」特徴である.Ru触媒では,高い電子供与能を持つ物質と組み合わせた場合に優れたアンモニア合成活性が得られる傾向が報告されている.これは,担体の電子がRuを介してN2分子の反結合性軌道に供与されることで,三重結合を弱めて解離を促進するためであると考えられている.触媒化学的に電子供与能が高いことと強い塩基性を持つことはほぼ同義であるので,担体に塩基性酸化物のCeO2やMgOを用いたRu/CeO2やRu/MgO触媒,Ruに塩基性のBaを添加したBa-Ru/AC(活性炭)触媒などが広く研究されている.


2.3 本研究1:アンモニア合成用酸化プラセオジム担持ルテニウム触媒(Ru/Pr2O3)の開発 [1][12][13]

 以上のようなことから,永岡氏らは,鉄触媒ではなくルテニウム(Ru)に着目した.上記のようにルテニウム触媒では,担体や促進剤の違いにより,反応特性が大きく異なることが知られており,高機能触媒の開発が可能であると考えたからである.そして,これまでアンモニア合成触媒の担体として全く注目されていなかった希土類元素の1つであるプラセオジム(Pr)の酸化物にRuを担持することを考えた.


2.3.1 Ru/Pr2O3触媒の調製

 まず初めに,Ru/Pr2O3触媒の調製プロセスを図5に示す.①アンモニア水に硝酸プラセオジムPr(NO3)3の水溶液を加え常温で撹拌混合.②その結果得られた水酸化プラセオジム沈殿物を分離後,常温で洗浄・ろ過.③70℃で一晩乾燥後,④300℃で3時間,次に550℃で3時間,次に700℃で5時間の段階的焼成処理を施すことにより,酸化プラセオジムPr6O11に変える.⑤続いて常温まで冷却した酸化プラセオジムPr6O11の粉を,ルテニウムカルボニルRu(CO)12を溶解したテトラヒドロフラン(THF)溶液に加え,⑥次に,蒸発により溶液からテトラヒドロフランを除去し,⑦アルゴンガスが流通する雰囲気中において350℃で焼成して,酸化プラセオジム担体にルテニウムを層状に担持した触媒Ru/Pr6O11にする.⑧さらにRu/Pr6O11を400~500℃で水素H2還元してRu/Pr2O3触媒を得る[14][15].


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図5 Ru/Pr2O3触媒の調製法


2.3.2 Ru/Pr2O3触媒の性能:世界最高レベルの活性を持つアンモニア合成触媒

 上記のように調製したRu/Pr2O3触媒のアンモニア生成速度を,0.9 MPa,空間速度18 L gcat-1 h-1(N2/H2=1/3)の条件下で測定した結果を図6示す.Ru系アンモニア合成触媒の担体として報告例が多いMgOおよびCeO2を比較対象としてその性能を評価した.Ru/Pr2O3は温度増大に伴うアンモニア生成速度の上昇が著しく,390℃では約16 mmol g-1 h-1に達し,Ru/MgOの約10倍,Ru/CeO2の約2倍という非常に高いアンモニア生成速度を有する.この値は,現時点で世界最高レベルの性能であり,しかも0.9 MPa,400℃以下というマイルドな合成条件下での値である(図中のTOF:Ru原子1ヶ当たりの活性).なお,Ru/Pr2O3については耐久試験を行い,50時間安定したアンモニア生成速度を示すことを確認している.


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図6 Ru/Pr2O3触媒と従来型触媒のアンモニア生成速度の比較


2.3.3 高性能発現メカニズムの解明

 このように,Ru/Pr2O3が優れた活性と安定性を示す有望なアンモニア合成触媒であることが明らかとなった.そこで次に,この高活性を示す原因について,九州大学微細構造解析プラットフォームの支援のもと,触媒の活性点の「構造的特徴」と「電子的特徴」の両面からの詳細な検討を行った.


A)Ru/Pr2O3触媒の構造的特徴:担体Pr2O3の表面に低結晶性のRuナノレイヤーを形成

 収差補正器付きの走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いて触媒表面の詳細な観察を行った.Ru/MgOおよびRu/CeO2では粒子状のRu種が担体表面に分散した様子が観察され,これらの触媒が典型的な担持型触媒の構造をしていることが分かった.一方,Ru/Pr2O3ではこの様な構造は見られず,一見してRuがどのような構造をとっているのかが不明であった.そこでエネルギー分散型X線分析装置(EDS)による元素マッピングを行ったところ,Ruが担体を囲むように存在している様子が見られ,RuがPr2O3を覆うようにして担持されていることが示唆された(図7).


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図7 Ru/Pr2O3触媒と従来型触媒(Ru/CeO2,Ru/MgO)のエネルギー分散型蛍光X線分析装置による元素マッピング


 そこで,更に高倍率でのSTEM観察によってRu種の詳細な構造を検討した(図8).Ru/MgOおよびRu/CeO2に担持された粒子状のRu種をよく観察したところ,粒子内に格子縞が観察され,その間隔がhcp型構造の(111)結晶面と一致したことから,これらのRuが金属の結晶状態であることが明らかとなった.一方,Ru/Pr2O3上にはこのような粒子状のRuや格子縞は観測されず,Ruが担体の表面に層状かつ結晶性の低い0.3~5nm程度の薄さのナノレイヤーとして析出しているという,非常に特徴的な構造を有していることが明らかとなった.このような結晶性の低い表面には配位不飽和な原子が多数析出していると考えられ,凹凸も多く見られることから,先述のB5サイトと同様の機能を発現してN2分子の補足・活性化を促進していると考えられる.


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図8 Ru/Pr2O3触媒と従来型触媒(Ru/CeO2,Ru/MgO)のHR-STEMによる観察結果


 図9は,このような観察結果を基にしたRu/Pr2O3触媒の模式図である.


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図9 開発したRu/Pr2O3触媒の模式図


 RuがPr2O3を担体とした場合のみにこのような特殊な構造を取る理由は,図5の触媒調製プロセスにおいて,減圧乾固~Ar加熱処理の際にRu(CO)12とPr6O11とが反応し,担体の構造が変化することにあると推定している.


B)Ru/Pr2O3触媒の電子的特徴:高い電子供与性を持つ

 次に,Ru/Pr2O3の塩基性の強さを検討するため,弱酸性のCO2をプローブとした昇温脱離(CO2-TPD)プロファイルを測定した.その結果を図10に示す.高温で多くのCO2が脱離する触媒ほど,強い塩基点を高密度に有しており,高い電子供与能を持つと考えられる.この図から読み取れるように,Ru/Pr2O3はRu/MgOやRu/CeO2と比べて強い塩基点を高密度に有しており,高い電子供与性を示すことが明らかとなった.


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図10 CO2をプローブとした昇温脱離プロファイルの比較結果


C)Ru/Pr2O3上に吸着したN2分子の三重結合の状態:活性化し,分解し易くなっている

 これまでに示したように,Ru/Pr2O3はアンモニア合成反能の律速段階である窒素分子の三重結合の切断に大きな影響を与える「特殊な表面構造」と「強い塩基性」を併せ持っていることが明らかとなった.そこで,三重結合の強さが実際にどのように変化しているのかを,N2分子をプローブとして用いた赤外分光法によって確認した(図11).いずれの触媒でも2350~2100 cm-1の範囲にブロードな吸収ピークが観測された.この吸収はRu上にend-on吸着したN2分子の三重結合に由来しており(図11右),Ruがアンモニア合成の活性点として機能していることを示唆している.またピークの位置を見ると,Ru/MgO(2210 cm-1),Ru/CeO2(2189 cm-1),Ru/Pr2O3(2178 cm-1)であり,アンモニア合成活性の高い触媒ほどピーク位置が低波数側(低エネルギー側)へとシフトしており,三重結合の強さが弱くなっていることが明らかとなった.


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図11 触媒上に吸着した窒素分子の赤外吸収分光スペクトルと窒素三重結合の模式図


 電子供与性を高めるため塩基性の強いCsを添加するCs-Ru/MgO触媒が考案されているが,永岡氏らの開発した触媒はアルカリ金属などの添加物を加えずとも高活性が得られ,大気中でも安定で,合成が容易な酸化物をベースとしていて触媒調製も容易であり,実用化に適した利点を有している.


2.4 本研究2:アンモニア分解触媒の開発

2.4.1 触媒への吸着熱を利用した反応の起動法 [2][16]

 以上述べたように,図3に示すアンモニアをキャリアとするエネルギー貯蔵・輸送システムにおいて,前半のアンモニア合成触媒・プロセスは出来た.永岡氏らは,後半のアンモニア分解触媒・プロセスも開発した.その概念図を図12に示す.


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図12 外部エネルギー供給が不要なアンモニア分解触媒のプロセス概念図

①まず,RuO2/γ-Al2O3触媒を不活性ガス雰囲気下で加熱処理することで触媒表面にアンモニアの吸着サイトとなる酸点を発現させる.

②ここに室温でアンモニアと酸素(あるいは空気)の混合ガスを供給すると,アンモニアが触媒上の酸点に吸着することで大きな吸着熱が発生して触媒が自己発熱し,アンモニア酸化分解の開始温度まで瞬時に加熱され,

③アンモニアの部分酸化分解反応

NH3 + 0.25O2 → H2 + 0.5N2 + 0.5H2O

が進行し目的物である水素が得られる.この反応は発熱反応なので,一旦反応が始まると触媒層の温度は高温に維持される.

④また,アンモニアは反応中に脱離して吸着サイトが再生されている状態となっているので,分解反応終了後,不活性ガスを流しておくことで吸着サイトが保存される.

⑤従って,2回目以降は吸着サイトを再生するための前処理を行わなくても,反応ガスを供給するだけで,繰り返し反応を起動できる.


2.4.2 触媒への吸着熱を利用したアンモニア分解プロセスの運転特性

 図13(左側)にこのプロセスで反応を起動させた際の触媒層の温度変化と水素,窒素の生成速度の変化を示す.室温で反応ガスを供給した直後から触媒層温度が急激に上昇し,ごく短時間(20秒以内)で522℃に達している様子がわかる.また,それとほぼ同時に水素と窒素の生成が始まっており,15,25秒後には水素の生成速度はそれぞれ14,33 L h-1 gcat-1に達し,非常に短時間で簡単に水素を取り出すことが出来ている.また,反応ガスの供給,排出のサイクルを繰り返してみたところ,前処理が必要なのは1回目の起動前だけで,その後は前処理をしなくても室温で反応ガスを供給するだけで,水素を繰り返し発生できることが明らかとなっている(図13右側).


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図13 開発した触媒プロセスによって反応を起動した際の様子(左)と起動・停止の繰り返し(右)


2.4.3 外部からの加熱を必要としないアンモニア分解触媒プロセスの実現

 従来,アンモニアの分解は吸熱反応であるため,反応を開始させるには高活性な貴金属触媒を用いた場合でも触媒層を400℃以上に加熱し,常に外部からの熱供給が必要であった.この点が燃料電池や水素エンジンなどの,起動・停止を頻繁に行う水素利用機器における,アンモニア利用を妨げる大きな要因となっていた.永岡氏らは以上のように,①原料ガス中に酸素を少量加えて発熱反応とする,②触媒へのアンモニアの吸着熱を利用して触媒層を反応開始温度まで内部から瞬時に加熱する,という2つの新しいアイディアを導入することで,従来型プロセスの弱点を克服した.即ち,室温でアンモニアと酸素(空気)を触媒に供給するだけで,外部からの加熱無しに反応を繰り返し起動させ,瞬時に水素を取り出すことができる触媒プロセスを開発した.


2.5 今後の課題と応用展開

 永岡氏は,「Ru/Pr2O3触媒は,酸化物系担持触媒として世界最高レベルのアンモニア合成活性を示すが,比表面積が低い(20 m2 gcat-1)など改良の余地はまだ充分に残されており,更なる高性能化を目指して研究している.更に,Ru/Pr2O3触媒の作用機構の更なる検討や,速度解析によって学理を深めると共に,それらの知見を基に新触媒の開発にチャレンジしたい.」また,「アンモニア分解プロセスで採用した,吸着熱の発生という基礎的な現象を触媒層の加熱に利用するという概念は,アンモニアの分解のみならず他のさまざまな反応の起動プロセスへと展開することが期待できる.」と将来への抱負を述べられた.


3.おわりに

 “Ru/Pr2O3触媒が何故高活性を示すのか? 触媒の表面積が大きいのではとの通常の考えを持ち,それを確かめるために電子顕微鏡で触媒表面を調べた.ところが,従来の触媒はRuが担体表面に粒子状に析出しているが,Ru/Pr2O3触媒はRu粒子が見えない.これはどうしたことか? 九州大学の微細構造解析プラットフォームと連携し,詳細に観察した.そして,RuはPr2O3担体表面に結晶性の低いナノレイヤーを形成していることを突き止め,図9に示す触媒の模式図を作成した”とのエピソードをお聞きした.新事実の発見という最も興奮し充実した時を持たれた様子を想像し,筆者は心からの喝采を送った.そして,Ruがこのような形態をとることによって“B5サイト”に類似した構造が形成され触媒活性が高まっていると推察しているが,九州大学微細構造解析プラットフォームとの連携をますます深くし,高度な観察を進め真の姿をさらに追求し,高活性を示す学理をより一層明確にされることを期待している.また,Pr2O3担体の場合のみにこのようなナノレイヤーが何故生成するのかのメカニズムが明らかにされることを期待している.そして,これらの知見を加えて,本研究が進展し,その成果が産業界で実用化され,地球規模にアンモニア生成・アンモニア分解システムが実現することで,完全にカーボンフリーなエネルギー貯蔵,輸送プロセスの実現を心待ちしている.

 アンモニアは空中窒素を人工的に固定した肥料を作ることで,20世紀の食糧危機から人類を救った.そのアンモニアが,21世紀にはエネルギー危機から人類を救うことになる,との壮大な夢を抱いて研究に邁進している姿に感銘を受けた取材であった.


参考文献

[1] Katsutoshi Sato, Kazuya Imamura, Yukiko Kawano, Shin-ichiro Miyahara, Tomokazu Yamamoto, Syo Matsumura and Katsutoshi Nagaoka, "A low-crystalline ruthenium nano-layer supported on praseodymium oxide as an active catalyst for ammonia synthesis", Chemical Science, Vol. 8, p.p 674 (2017) doi 10.1039/c6sc02382g
[2] K. Nagaoka, T. Eboshi, Y. Takeishi, R. Tasaki, K. Honda, K. Imamura, and K. Sato, "Carbon-free H2 production from ammonia triggered at room temperature with an acidic RuO2/γ-Al2O3 catalyst" , Science Advances, Vol. 3, p.p e1602747 (2017) doi 10.1126/sciadv.1602747
[3] 九州大学超顕微解析研究センター:http://www.hvem.kyushu-u.ac.jp/
[4] 九州大学微細構造解析プラットフォーム「ナノマテリアル開発のための超顕微解析共用拠点」:http://nanoplat.hvem.kyushu-u.ac.jp/
[5] OPACK先端電子顕微鏡フォーラム:http://nanoplat.hvem.kyushu-u.ac.jp/
[6] 超顕微科学研究拠点事業:http://www.uhvem.osaka-u.ac.jp/jp/support01.html
[7] アトミックスケール電磁場解析プラットフォーム:https://www9.hitachi.co.jp/atomicscale_pf/
[8] 九州大学微細構造解析プラットフォーム保有設備:http://nanoplat.hvem.kyushu-u.ac.jp/setsubi.html
[9] 九州大学微細構造解析プラットフォーム研究支援内容:http://nanoplat.hvem.kyushu-u.ac.jp/shien.html
[10] 九州大学微細構造解析プラットフォーム研究会・技術研修(講習):http://nanoplat.hvem.kyushu-u.ac.jp/kisoku.html
[11] Haber-Bosch(HB)法:https://ja.wikipedia.org/?curid=291007
[12] 佐藤勝俊,永岡勝俊,「エネルギーキャリアとしてのアンモニア合成を指向した酸化プラセオジム担体ルテニウム触媒の開発」,水素エネルギーシステム,Vol.42, No.1, p.p 20-25(2017)
[13] 大分大学,科学技術振興機構(プレスリリース),「世界最高レベルの性能を持つアンモニア合成触媒を開発 ~金属の特殊な積層構造と塩基性酸化物の相乗作用~」,https://www.jst.go.jp/pr/announce/20160921/index.html
[14] 国立大学法人大分大学(永岡勝俊,他):「アンモニア合成触媒とその製造方法」,特開2016-155123(公開日:2016.9.1)
[15] 国立大学法人大分大学(永岡勝俊,他):「アンモニア合成触媒用組成物およびその製造方法,ならびにアンモニアの合成方法」,特開2017-18907(公開日:2017.1.26)
[16] 大分大学,科学技術振興機構(プレスリリース),「アンモニアから水素を簡単に取り出す触媒プロセスを開発 ~触媒への吸着熱を利用した新しい反応の起動方法~」,https://www.jst.go.jp/pr/announce/20170429/index.html

 本文中の図1~2は,九州大学超顕微解析研究センターの松村氏より,図3~13は大分大学理工学部の永岡氏より提供されたものである.


(真辺 俊勝)


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