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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第9回>
シソ科植物由来阻害物質によるアミロイドβタンパク質凝集阻害機構の円二色性スペクトルを用いた解析
室蘭工業大学大学院工学研究科 環境創生工学系専攻 田口 莉帆,上井 幸司
ナノテクノロジープラットフォームセンター 産学官連携推進マネージャー 科学技術振興機構(JST) 東 陽介(現,自然科学研究機構分子科学研究所)
NIMS分子・物質合成プラットフォーム 箕輪 貴司

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室蘭工業大学 上井 幸司(前列左から3番目),田口 莉帆(前列左から4番目)


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(左から) ナノテクノロジープラットフォームセンター 産学官連携推進マネージャー 東 陽介
(現,自然科学研究機構分子科学研究所),
NIMS分子・物質合成プラットフォーム 箕輪 貴司


1.はじめに

 近年,日本の平均寿命は延長している.これに対して介護を要しない自立した生活が可能な健康寿命は約10年も短い.その要因の一つとしてアルツハイマー病患者の増加がある.アルツハイマー病は高齢者に見られる神経変性疾患であり,罹患(りかん)により学習能力および記憶力の低下,幻覚・妄想などの症状が現れ,最終的には意思疎通も困難になる[1].2016年に発表された我が国の疫学調査では,アルツハイマー病患者数はおよそ500万人と推定され,後期高齢者が最も多くなる2025年にはおよそ700万人に達し,高齢者の5人に1人がアルツハイマー病患者となると推計されている[2].世界的にも,アルツハイマー病患者数は2050年にはおよそ1億5000万人に達すると見積もられており[2],アルツハイマー病の予防および治療方法の確立が大きな課題となっている.

 ところが,現在臨床上適用されているアルツハイマー病の治療薬剤であるアセチルコリンエステラーゼ阻害剤(ドネペジル(1),ガランタミン(2),リバスチグミン(3))とN-メチル-D-アスパラギン酸(N-methyl-D-aspartic acid: NMDA)受容体拮抗剤であるメマンチン(4)(図1)は,神経伝達物質を調節してアルツハイマー病の進行を一時的に遅らせる作用はあるが,根本的な改善はできないため[3],早急な疾患修飾薬の開発が求められている.


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図1 Approved drugs for Alzheimer's disease in Japan.


 アルツハイマー病患者の脳内では,アミロイドβ(amyloid β: Aβ)と呼ばれるアミノ酸38~43残基によって構成されるペプチドがアミロイド前駆体タンパク(amyloid precursor protein: APP)からβ-セクレターゼおよびγ-セクレターゼという酵素により切り出され,オリゴマー化し,これが凝集することで線維化する.この不溶性のAβ線維が老人斑として脳内血管壁に沈着した結果,神経細胞の障害と脱落を引き起こすと言われている(アミロイドカスケード仮説(Aβ仮説))(図2)[4].この仮説に基づき,細胞外のAβの除去や凝集抑制が重要な治療戦略と考えられてきたが,老人斑量と認知機能の低下および重症度との関連性が薄い[1]ことや,in vitroの結果から推定される体内で毒性を発揮するAβ濃度が理論上高すぎること[1]などの問題点が指摘されてきた.


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図2 Schematic view of "Amyloid cascade hypothesis" and "Soluble Aβ oligomer hypothesis".


 一方,最近アルツハイマー病患者の脳の可溶性画分に,Aβ線維形成過程の中間体である可溶性Aβオリゴマーが存在する[5]ことや,可溶性AβオリゴマーがNMDA受容体と結合しシナプス障害[6][7]や記憶障害[8][9]を引き起こすこと,代謝型グルタミン酸受容体5(metabotropic glutamate receptor 5: mGluR5)のシナプスへの集簇(しゅうぞく)を促すこと,また可溶性Aβオリゴマー由来のAβ由来拡散性リガンド(Aβ derived diffusible ligand: ADDL)が神経細胞に対する毒性が強い[10]ことから,Aβ凝集の最終段階であるAβ線維よりも,可溶性Aβオリゴマーの方がアルツハイマー病の原因であると推定する可溶性Aβオリゴマー仮説[11]が支持されてきている(図2).

 このように,Aβの凝集,とりわけ可溶性オリゴマー形成を阻害する物質がアルツハイマー病の予防薬あるいは治療薬になりうると考えられ,世界中でこのような性質を持つ物質の探索が進められている.これまでに,Aβ凝集阻害活性を示す化合物群の一つとしてポリフェノールが知られており,ミリセチン(5),フェルラ酸(6),クルクミン(7),ノルジヒドログアイアレチン酸(nordihydroguaiaretic acid: NDGA)(8)[12],モリン(9)[13](図3)などが報告されている.それらの阻害機構は,例えば,モリン(9)はAβ凝集過程の初期である核形成過程を,また,クルクミン(7)は線維伸長過程を,それぞれ阻害することが報告[13]され,化合物の構造によりAβ凝集過程の阻害段階が異なることが示唆されている.


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図3 Structures of polyphenols with Aβ aggregation inhibitory activity.


 以上の背景から,われわれは天然物質からのAβ凝集阻害物質の探索を進めてきた.一般的に,Aβ凝集の評価には,チオフラビンT(thioflavin-T: ThT)法[14]を用いる.本法は,β-シートに特異的に結合することで蛍光を発する小分子ThTの蛍光強度を凝集体生成量の尺度として,用量反応曲線からEC50値を算出する(図4)[14].


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図4 ThT method for monitoring protein fibril formation and aggregation


 これに対して,これまで当研究室と本学徳樂研究室の共同研究により,全く異なるAβ凝集の評価方法(MSHTS法: microliter-scale high-throughput screening method)を開発した[15].本法は,量子ドットで蛍光ラベル化したAβ(quantum dot Aβ: QDAβ)と未標識Aβを共凝集させることでQDAβが含まれるAβ線維が形成する.これにより,QDAβは線維部分に偏って分布し,画像は線維状に見え,蛍光の分布はばらつく.阻害剤を含まないコントロール実験では時間経過に伴い凝集体形成が観察され蛍光の分布はばらつくが,阻害剤濃度の上昇に従い凝集体形成は阻害さればらつきは小さくなる.最終的に線維は全く形成されなくなり,ばらつきはほとんど観察されない.この蛍光のばらつき程度を凝集度合いの尺度として,用量反応曲線からAβ凝集阻害の50%効果濃度(EC50値)を算出する(図5).


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図5 MSHTS system for the observance of Aβ aggregation inhibitory activity


 このMSHTS法を用いた52種類の香辛料のAβ凝集阻害活性スクリーニングとその成分探索を行い,強力な活性を示すシソ科香辛料サボリー(Satureja hortensis)の主要な活性成分がロスマリン酸(10)であることを明らかにした(図6)[15].


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図6 Chemical structure of rosmarinic acid (10)


 薬理活性の発現に必須な構造的要因が明らかとなれば,より強力な活性化合物の創製に繋がり,活性のメカニズム研究に極めて有用な情報を提供すると考えられる.そこで,ロスマリン酸(10)をリード化合物としたAβ凝集阻害に対する構造活性相関研究を行った.ロスマリン酸(10)はカフェ酸二量体である.この構造中の,エステルのカルボキシキ側のフェノール性水酸基(青色),アルコキシ基側のフェノール性水酸基(黄色),アルコキシ基(緑色),両端の芳香環を接続するリンカーの結合様式(紫色),リンカーのカルボキシ基(桃色),不飽和結合(橙色)に着目して27種類の誘導体を合成し(図7),これらのAβ凝集阻害活性をMSHTS法を用いて評価した.


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図7 Focus points in the structure of rosmarinic acid (10)


 その結果,ロスマリン酸タイプの化合物のAβ凝集阻害活性発現に重要な構造は,分子内でのいずれか一端でのフェノール性水酸基の存在(青色)と疎水性基の存在およびその鎖長(緑色)であると推測された[16](図8).


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図8 Critical functional groups in rosmarinic acid derivatives for Aβ aggregation inhibitory activity


 ここで,我々は同じAβ凝集阻害活性でも評価機構が異なるThT法とMSHTS法の結果と比較して活性傾向を検討した.2つの方法により得られたAβ凝集阻害活性のEC50値を比べると,評価方法により活性の傾向は異なり,ロスマリン酸誘導体は,MSHTS法からThT法でEC50値が有意に低下した誘導体グループ,MSHTS法からThT法でEC50値が有意に上昇した誘導体グループ,有意差が認められなかった誘導体グループの3グループに分類された.この2法によりAβ凝集阻害を詳細に検討した結果,この3群の化合物群がそれぞれAβ凝集の異なる形成段階を阻害していることが示唆された.そこで,ロスマリン酸誘導体添加時のAβ凝集体の経時的コンフォメーション変化について検討することとした.


2.タンパク質3次構造のコンフォメーションと円二色性(CD)スペクトル

 CDスペクトルは,タンパクのコンフォメーションを反映する.ランダムコイルは196nm付近に負のコットン,また,α-へリックスは196nm付近に正のコットン,207nmと222nm付近に二つの負のコットン,さらにβ-シートは197nm付近に正のコットン,220nm付近に負のコットンがそれぞれ観測される(図9)[17].前節で述べたとおり,Aβが凝集すると,コンフォメーションはランダムコイルからα-へリックスに変化し,最終的にβ-シート構造をとると言われている.そこで,ロスマリン酸誘導体存在下でのAβ(凝集体)のコンフォメーション変化についてCDスペクトル測定により検討することとした.


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図9 Relationships between protein secondary structure and CD spectra


3.ナノテクノロジープラットフォーム利用までの経緯

 これまでの我々の研究から,Aβ凝集の経時変化を観察するとAβ42の凝集体量は凝集開始後から24時間以内に飽和に達することが明らかになっていた.また,Aβペプチドは極めて高価なため(30,000円/0.5mg,株式会社ペプチド研究所),本研究にはマイクロリッタースケールのサンプル量をインキュベーター中でAβを凝集させながら連続的に測定できる研究施設で行う必要があった.本学ではこのような共同実験設備を持ち合わせていなかったうえ,知人の研究者に相談したところ,ナノテクノロジープラットフォーム事業を紹介された.早速本事業のホームページ(http://nanonet.mext.go.jp)を閲覧し,クイックアクセスのページ(https://np2.nims.go.jp/ntj/contact/quickaccess/)から,我々が行いたい実験について詳細に相談したところ,すぐにナノテクノロジープラットフォームセンター 産学官連携推進マネージャー 北海道担当の東 陽介氏(現,自然科学研究機構分子科学研究所)から物質・材料研究機構の箕輪 貴司氏を紹介された.相談したのが10月であったにもかかわらず,コーディネーターの東氏,研究施設の箕輪氏の迅速かつ適切・丁寧なアドバイスと対応のもと,施設利用者の私を含めて情報を共有しながら研究計画と必要書類を短時間に書き上げることができ,「研究設備の試行的利用事業」(http://nanonet.mext.go.jp/shikou/h29/)にも応募・採択され,多大な援助を得ることができた.詳細は対応するホームページとそこにリンクする書類に情報掲載されているが,申請と当日までの簡単な流れは以下の図10の通りである.


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図10 ナノテクノロジープラットフォーム事業の利用の流れ


 実施が決まった後は当日まで入念な準備を行い,器具など必要な物品を事前に送付した(簡単な器具や試薬などは相談により施設のものを使用できたようである.これから利用を考えている方はこの点についても事前に相談すると良いかもしれない.).

 実験当日は事前に相談していたこともあって,使用するCD分散計の他にも近くにインキュベーター,サンプル保存のための超低温フリーザー(-80℃)が用意されており,すぐに実験を開始することができた.施設利用での実験は4日間に渡って行った.施設のゲスト用ネットワークも使用可能で,施設使用の朝8:30から夕方18:00近くまで機器を使用することができた.その結果,本研究遂行のために必要な基礎的データを得ることができた.


4.ロスマリン酸誘導体存在下でのAβ凝集体形成のコンフォメーション変化

 サンプル溶液の作成はAβを30µMになるように6mM NaOHで溶解し,これに対しロスマリン酸誘導体をそれぞれ0,2.74,57.0µMになるように混合した.37℃で0,0.25,0.5,1,2,4,8,16,24h加温し,10µLをマイクロサンプリングディスク(光路長1mm,MSD-462,JASCO)に滴下し,円二色性分光計(J-725,JASCO)により25℃でCDスペクトル測定を行った.測定条件は,以下の通り.感度:Standard(100nm deg),開始波長:260nm,終了波長:185nm,データ取込間隔:0.2nm,走査モード:Continuous,走査速度:100nm/min,レスポンス:0.5sec,バンド幅:1.0nm,積算回数:10.スムージング条件には,Binomialを使用し,コンボリューション幅を99とした.測定値[θ]obsは,平均残基モル楕円率[θ]に変換し,測定波長260-185nmとの関係のグラフを作成した.また,二次構造解析には,K2D3[18]を用いた.

 その結果,ロスマリン酸誘導体には,β-ストランド同士の結合を阻害しているタイプと,α-へリックス構造を安定化するタイプの化合物がある可能性が示唆された(図11).


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図11 Conformational changes of amyloid-β in the aggregation process


5.今後の課題

 ペプチド凝集における阻害剤の役割は,酵素-リガンド相互作用のように阻害剤が特定の部位に結合するとも限らないため,解析が難しい.そのうえ,対象となる凝集体は,実験条件の違いで凝集速度が変化したり,凝集体は凝集が進むに従い物性が変化し(凝集体は水に不溶になっていく),全てのペプチド(タンパク)が同じ速度で凝集していく訳ではないので特定の凝集体を対象にした解析は困難である.そのため多分野の研究者・施設が参加した多角的な解析を総合的に評価して総括する必要があると考えている.


6.おわりに

 今回利用した「試行的利用」の結果に基づき,より詳細な解析を行うために本事業を利用して研究を展開していきたい.本研究がさらなるアルツハイマー病研究に有益な情報となることを期待している.最後に,本事業はアイデアがあるにもかかわらず施設面で実現が難しかった研究者に研究発展の機会を与えるものである.はじめに考えるよりも手続きは簡単であるので,是非積極的に活用していただきたいと考えている.


7.謝辞

 本研究は,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業 分子・物質合成プラットフォーム(国立研究開発法人 物質・材料研究機構)および文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成28年度研究設備の試行的利用事業の支援を受けて実施された.特に物質・材料研究機構 グループリーダー 箕輪 貴司氏,JST 東 陽介氏(現,自然科学研究機構分子科学研究所)に感謝を申し上げます.また,Aβ凝集阻害物質の開発とその機構解明に関する一連の研究は,JSPS科研費16K01909の助成を受けている.最後に,本研究を遂行するにあたり,室蘭工業大学 徳楽 清孝 准教授には多大なご助言とご協力をいただいている.ここに深く感謝したい.


参考文献

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(室蘭工業大学 上井 幸司)


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