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企画特集 ナノテクノロジーPick Up ~新展開をもたらすナノテクノロジープラットフォーム~
<第8回>
再生可能資源としての高タフネスシルク素材:分子レベルでの構造制御に基づく創成
(国)農業・食品産業技術総合研究機構 吉岡 太陽,亀田 恒徳
豊田工業大学 田代 孝二

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(左から) 農研機構 亀田 恒徳,豊田工大 田代 孝二,農研機構 吉岡 太陽


1.はじめに

 環境問題さらには枯渇性資源減少の観点より,近年,様々な材料分野において,非枯渇性資源(再生可能資源)を利用した素材化への転換が強く求められている.なかでも,構造タンパクより成る絹糸(シルク)は,硬さ(初期弾性率),強さ(破断強度),柔らかさ(破断伸び)のバランスに優れることから(高タフネス性),機械的強度を要する用途,すなわち構造材料としても応用可能な数少ない再生可能材料の一つとして強く期待されている[1].しかしカイコから吐糸された天然シルクを再生,利用する場合,シルクを一旦溶液化し(再生シルクフィブロイン(RSF)),様々な形状に加工することになるが,その際本来の力学特性が大きく損なわれてしまうという問題がある[2].これは,カイコが繊維過程で難なく付与するタンパクの『階層構造』を一度壊してしまうと,同様の階層構造を再構築することが困難であることを示している.同じ問題は,人工シルクタンパクを用いた素材化においても認められる.近年,大腸菌などにカイコやクモのシルクを模倣したタンパクを遺伝子組換え技術によって作らせ,素材化に繋げようとする研究が世界中で試みられている.すでに多くの研究グループがこの方法により人工模倣シルクタンパクを造りだすことに成功しているが,天然シルクに匹敵する力学特性を有する素材化に成功した報告例はない[3].近い将来,次世代構造材料としてシルクを広く普及させるためには,これら再生シルクあるいは人工シルクタンパク由来の成形素材に対し,天然シルクを超える力学特性の付与という大きな課題が残されている.我々は,“再生シルク素材の構造を如何に天然繊維に近付けられるか”を目指し,従来法とは全く異なる階層構造制御法を考案し,構造材料としての使用に耐えうる力学特性の付与に挑戦してきた(図1).


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図1 本研究で目指すところ,期待される成果,
ならびに本研究におけるナノテクプラットフォーム(NPF)支援の位置付け


 本研究で重要視した点は,“精密構造解析に基づく素材創成”である.構造解析では,静的解析(static analysis)と動的解析(dynamic analysis)の双方を等しく重要視した.作製条件パラメータを細かく変えては構造制御を繰返し,その都度,階層構造への影響を赤外分光法やX線回折法により静的解析を行い,目的とする構造に近付けるための知見を構築した.この静的解析成果の一部は,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(NPF)における豊田工業大学・微細加工プラットフォームの支援の下に得たものである(図1).一方,構造制御過程で生じる階層構造の動的な変化ならびにそのメカニズムを明らかにするため,放射光高輝度X線源を利用したin situ赤外・X線同時時分割解析を行った(動的解析の詳細については本稿では省略する(文献[4]参照)).本稿では,我々がこれまで取り組んできた,再生シルクに天然シルクの構造を付与する試みを紹介させていただき,階層構造の精密解析と制御がシルクの素材開発において如何に重要であるかを感じ取っていただければ幸いである.


2.カイコやクモに出来て我々が出来ていなかったこと

 絹糸はリチウムブロマイドや塩化カルシウム等の濃厚塩水溶液に比較的容易に溶かすことができる.溶解後,純水透析により塩を取り除くことで,RSF水溶液が得られる.このRSFを用いて元々の絹糸の力学特性を超える繊維を得ることができれば,生繭から生糸を得るまでの従来型製糸工程の大幅な簡略化に加え,繊維径,形状,機能性の制御までを含めた新しいシルク繊維の製造が期待される.RSFの人工紡糸では,水溶液からの湿式紡糸が一般に用いられる.紡糸直後の繊維は配向性が低く,後延伸(post-stretching)が必要となるが,この際,水やアルコールにより濡らし分子間水素結合を切断した状態で延伸を施す“濡れ延伸”が用いられる.しかし,濡れ延伸で得られる繊維の結晶配向度は天然絹糸に比べ著しく低く,両者の間で階層構造に大きな差異が存在することが広角X線回折(WAXD)パターンからわかった(図2(b)と(c))[5].ここで,図2のWAXD配向パターンに示したf210の値は,赤道210反射を用いて算出したHermans配向パラメータであり,1に近いほど結晶配向性が高いことを示している.


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図2 様々な条件で作製した再生シルク(RSF)配向試料と天然絹糸とのWAXDパターンおよび配向度(f210)の比較(文献[11]より)
配向度(f210)は,Hermans配向関数の式に基づき,赤道210反射を用いて算出した.


 我々は,従来法の『湿式紡糸+濡れ延伸』の組み合わせに替わるべき方法を探索すべく,改めて,カイコの吐糸過程を眺めてみた.絹糸の原料となるフィブロインタンパクは,絹糸腺と呼ばれる管状の器官の後部絹糸腺で生成・分泌され,中部絹糸腺に貯蔵された後,前部絹糸腺と呼ばれる細管を経て吐糸口へと送られる(図2(a)).この前部絹糸腺を通過する際,分子鎖(フィブロインタンパク)は液晶状に一方向に並べられる[6].この前部絹糸腺での液晶形成はクモの吐糸過程でも知られている[7].我々は,「分子鎖を一方向に並べてから延伸する」カイコやクモの天然紡糸「工程」を模倣するため,フッ素置換アルコール(ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP))のヘリックス溶媒としての性質に着目した[8].HFIPはシルクタンパクに対し溶液中でα-ヘリックスを誘導する[9].溶液中で形成されたヘリックスは乾燥過程で自己組織化し,六方細密充填状に凝集することが提案されていた[10].我々は,HFIP溶液より作製したフィルム内で確かに六方細密充填状(a=b=11Å)にα-ヘリックスが並んだドメインが形成されていることをWAXD解析に基づき実証した(図2(f)右).すなわち,HFIPを溶媒として用いることで,カイコやクモの吐糸過程で形成される液晶状構造を人工的に実現できることがわかった.

 こうして形成されたα-ヘリックスの六方細密充填構造を崩すことなく延伸を施すことが出来れば,カイコやクモが行っている「液晶として並べてから引っ張る」過程を模倣できる.しかし,この充填構造は水に濡らすことで容易に失われるため,濡れ延伸は本目的において不適であった(図2(g)).そこで,合成高分子の延伸法としては広く知られるもののシルクの延伸法としては適応例の全くなかった“加熱延伸”を試みた.加熱延伸の配向効果を調べるため,RSFの水溶液からのキャストフィルムとHFIP溶液(RSFHFIP)からのキャストフィルムのそれぞれに対し,濡れ延伸または加熱延伸(100℃)を延伸倍率が3倍となるよう施し,それぞれの結晶配向度(f210)を比較した(図2(d),(e),(g),(h)).その結果,1)加熱延伸法は濡れ延伸法に比べ延伸効率が高く,2)HFIPキャストフィルムつまりα-ヘリックスの六方細密充填構造に対し,より効果的に作用することが分かった.また,3)HFIPキャストフィルムの3倍加熱延伸試料の配向度は,天然絹糸の配向度(f210=0.96)に達した.さらに,4)加熱延伸倍率を上げることで,天然絹糸を超える配向度(f210=0.97)を付与することにも成功した.これまで,天然シルクの配向度に匹敵する再生シルク素材の創成は報告例がなく,今回初めてカイコやクモの結晶配向度に到達した.


3.シルクの高配向化における溶媒HFIPの役割

 カイコやクモの「並べてから引っ張る」をお手本に考案した「HFIPキャストフィルムの加熱延伸」という構造制御法が天然絹糸を超える配向度を与えることを上に述べた.得られたWAXDパターン(図2(h))は天然絹糸のパターンと二つの点で異なった.一つは,天然絹糸のβ-シート結晶では,構造の対称性からは本来出てはいけない禁制反射である001子午線反射が認められること.もう一点は,HFIPの残存を示す溶媒由来のハロー散乱が認められることである.HFIPがどのような状態でフィルム内に残存しているのかを調べるため,未延伸RSFHFIPフィルムの加熱過程での構造変化を時分割赤外分光測定により追跡した(図3(a)).HFIPの沸点が58℃であるにも拘わらず,加熱によってα-ヘリックスからβ-シートへの転移が開始する150℃付近までHFIPは安定に残留しており,α-ヘリックスとコンプレックスを形成していることが示唆される.α-ヘリックスの減少に伴ってHFIPも減少をはじめるが,β-シート構造への転移終了後も相当量の残留が確認された(図3(b)).つまり,β-シート結晶内でもHFIPはシルクとのコンプレックスを維持したままであると考えられる(図4).β-シート内に残留したHFIPは水蒸気処理により容易に取り除くことができ,その結果,WAXDパターンに認められた001禁制反射および溶媒由来ハローピークは完全に消失する(図2(i)).この001禁制反射は,元の天然シルクの結晶内におけるα-ヘリックスが構造を乱したために出てきたと考えられるが,しかし,HFIPとのコンプレックスに特有な反射と考えることも出来る.


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図3 ナノテクプラットフォーム高速フーリエ変換型赤外分光光度計(Varian FTS7000)を用いて測定した,未延伸RSFHFIPフィルムの加熱過程の時分割赤外分光測定結果(a),およびHFIP,α-ヘリックス,β-シート,吸収水由来の各吸収バンドピークの強度変化のプロット(b)(文献[4]より)


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図4 カイコの天然紡糸を模倣した新規構造制御法(文献[4]より)


4.新規延伸法はどこまでカイコに迫れたのか?

 ヘリックス溶媒によるα-ヘリックスの自己組織化と加熱延伸法の組み合わせにより,RSF延伸試料の配向度が天然絹糸の配向度を上回ることに初めて成功した.しかしながら,肝心の力学特性においては,まだ及んでいない点が明確に示された.新規延伸法により得られたRSFHFIP試料と天然繊維の力学試験結果を表1に示す.初期弾性率と破断伸びについてはいずれも天然繊維を超える値に達しており,硬さと柔らかさの両立(シルクらしさの一面)が達成されていることがわかる.(なお,本研究の一部はすでに論文発表しているが[4],その時点での破断伸びは12%程度と低かった.今回,破断伸びが大きく向上した理由は,絹糸より再生シルクを得る(再生化の)際の濃厚塩水溶液を塩化カルシウムからリチウムブロマイド水溶液に切り替えた点が大きい.後者に切り替えたことで,分子量低下は無視できるレベルまで抑制されており,このことが破断伸びの向上に繋がったと考えている.)一方,再生化に用いる塩の種類を変えても,破断強度は天然の半分以下と依然大きく劣っている.構造の観点からは,結晶構造,結晶化度,結晶配向度はいずれも天然絹糸と同等であった.しかし,分子鎖方向の微結晶サイズD002(002反射の半価幅の評価(図5))については,再生シルク延伸試料の値(~8nm)は天然シルク(~16nm)の半値程度と(延伸倍率によらず)小さい.他方,カイコ体内より取り出した絹糸腺を直接延伸した絹糸腺延伸試料(テグス)では,結晶配向度は再生シルク延伸試料よりも低いものの,微結晶サイズD002は天然シルクと同等であった(図5).今回用いたRSFの分子量低下は無視できるレベルであることを考慮すると,微結晶サイズの低下は,構造形成過程に起因すると考えられる.すなわち,天然シルクの微結晶サイズD002は,カイコ絹糸腺内でのタンパク会合状態ですでに決まっており,延伸過程に依存しない可能性が示唆された.このような微結晶サイズの相違が,破断強度の相違にどの程度関係しているかはまだ分かっていない.今回の実験は全てフィルムで行っており,フィルム切り出しの際に生じる微細な欠陥など構造制御とは直接関係ない要因が強度の低下に影響を与えている可能性は十分考え得る.今後,繊維状試料を用いた系での追試を行う必要がある.また,我々の考案した新規延伸法がカイコの吐糸を完全には再現出来ていないことも事実であり,天然紡糸における延伸前のタンパク会合状態の解明とその模倣が今後の大きな課題である.


表1 天然絹糸と加熱延伸RSFHFIPの力学特性の比較
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図5 ナノテクプラットフォーム 多目的X線回折装置(Rigaku Rint TTRIII)を用いて
透過法により測定した各種配向試料の00lプロファイル(002反射のみを抜粋)


5.おわりに

 硬さ,強さ,柔らかさを兼ね備えたシルクの優れた力学特性は,合成高分子では未だ真似のできない領域にある.加えて,シルクは再生可能資源でもあり,次世代・構造材料の候補として強く期待されている.一方で,シルクを構造材料として広く浸透させるためには,再生シルクや人工シルクタンパクから天然の力学特性を凌駕する素材を創り出すための加工法,すなわち構造制御法を確立しなければならない.本稿では,カイコやクモに共通となる天然紡糸プロセスを模倣したシルクの新規構造制御法を紹介した.本手法により,天然絹糸の配向度を上回るとともに,硬さと柔らかさの面で天然絹糸を再現することに成功した.一方で,強さに関しては天然には大きく劣っているなど,解決すべき課題も多い.しかしながら,冒頭でも述べた通り,分子レベルでの精密構造解析とそれに基づく精密構造制御を軸とする素材創成を心掛けることで,天然繊維の階層構造ならびに力学特性に着実に近づきつつあると感じている.また,今後の課題も明確になりつつある.有機溶媒の使用や高温延伸など,天然紡糸に比べると随分と非効率的な構造制御法ではあるが,一次構造と階層構造,階層構造と物性との因果関係を明確にしていくことで,神が昆虫に与えたものとは異なる新たな階層構造制御法の考案,さらには新しい素材開発の可能性があることを少しでも感じていただければ幸いである.

 最後に,今回紹介させていただいた構造解析の一部は,ナノテクノロジープラットフォーム事業(豊田工業大学・微細加工プラットフォーム)の支援により得られた成果であり,最先端の分析装置の利用ならびに専門的サポートに負うところが大きい.ここに感謝申し上げます.


参考文献

[1] Mathijsen D., Reinforced Plastics 2016, 60, 38-44.
[2] Ha S., Tonelli A. E., Hudson S. M., Biomacromolecules 2005, 6, 1722-1731.
[3] Bourzac K., Nature 2015, 519, s4-s6.
[4] Yoshioka T., Tashiro K., Ohata N., Biomacromolecules 2016, 17, 1437-1448.
[5] Yin J., Chen E., Porter D., Shao Z., Biomacromolecules 2010, 11, 2890-2895.
[6] Magoshi J., Magoshi Y., Nakamura S., In Silk Polymers; ACS Washington, DC, 1993, vol. 544, Chapt. 25.
[7] Vollrath F., Knight D. P., Nature 2001, 410, 541-548.
[8] Hirota N., Muzuno K., Goto Y., J. Mol. Biol. 1998, 275, 365-378.
[9] Zhao C., Yao J., Masuda H., Kishore R., Asakura T., Biopolymers 2003, 69, 253-259.
[10] Drummy L. F., Phillips D. M., Stone M. O., Farmer B. L., Naik R. R., Biomacromolecules 2005, 6, 3328-3333.
[11] 吉岡太陽, 染色研究 2016, 60, 23-27.


((国)農業・食品産業技術総合研究機構 吉岡 太陽)


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