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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成28年度秀でた利用成果
創薬スクリーニングを目的としたマイクロ流体デバイス
京都大学 平井 義和,加藤 義基,亀井 謙一郎,土屋 智由
京都大学 ナノテクノロジーハブ拠点 大村 英治

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(左から)京都大学 ナノテクノロジーハブ拠点 大村 英治,京都大学 平井 義和,土屋 智由


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(左から)京都大学 亀井 謙一郎,加藤 義基


1.はじめに

 新しい医薬品を製造・販売するには薬理効果や毒性に基づいた承認が必要である.1つの新薬開発には9~17年,開発費用は途中で断念した費用も含めて,1000億円近くを要するとも言われている[1].この一因は「非臨床試験」にあるとされている.非臨床試験はマウスなどの実験動物を用いて医薬品の薬効・薬理や安全性の調査を行う.しかし実験動物とヒトの種差が原因で異なる薬剤反応を示すことがあり,この動物実験と臨床試験のギャップが医薬品開発における致命的な問題となっている.また倫理的な観点から動物実験に対する「3Rの原則(Replacement:代替法の利用,Reduction:使用動物数の削減,Refinement:実験方法の洗練,実験動物の苦痛軽減)」[2]の遵守が国際的な流れとなり,将来的には動物実験撤廃の動きが新薬開発に波及することも予想される.したがって,ヒトの生体応答を模倣する新しいin vitro(生体外)実験技術の確立が強く求められている.

 そこで世界的に注目されているのが,世界経済フォーラム(ダボス会議)のAnnual Meeting of the New World Champions 2016でも取り上げられた「Organ on a Chip」や「Body on a Chip」という創薬スクリーニング法である[3].この新しい概念のin vitro系の実験技術は,ナノ・マイクロ加工技術で作製したUSBメモリ程度の大きさのマイクロ流体デバイスとヒト由来培養細胞を活用し,臓器機能や構造,また複数の臓器モデルを連結して薬物代謝や体内動態を模倣することを目指しており,今後の医薬品の研究開発の方法を根底から変える可能性があると言われている.

 このような社会ニーズに根差した課題に取り組む研究では,異分野研究者との学際融合的な共同研究が必要であるとともに,個々の専門分野における新しい要素技術開発も必要不可欠である.そこで我々の研究グループでは,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(京都大学 微細加工プラットフォーム)の支援を受け,PDMS(Poly-dimethylsiloxane)製のマイクロ流体デバイスを高精度に加工する新しい3次元リソグラフィ(グレースケールリソグラフィ)を開発してBody on a Chipの作製に適用した.本稿ではBody on a Chipの作製プロセスと抗がん剤を用いた薬物動態試験の結果を中心に,Organ/Body on a Chipの研究開発動向,また創薬スクリーニングの現場で実用化するための課題についても紹介する.


2.創薬を加速するOrgan/Body on a Chip

 Organ on a Chipはヒト由来培養細胞を用いて単一の臓器機能や構造を微小空間で正確に再現することを目指したin vitro系の実験技術で,これまでに心臓,肝臓,腎臓などを模倣したデバイスが報告されている[4].種々のOrgan on a Chipが開発されるなか,Organ on a Chipの代名詞は2010年にHarvard大学の研究グループが開発した「Lung on a chip」である[5].このLung on a chipを利用して薬剤の治療効果も既に確認されており[6],in vitro系の実験技術として有用性も示唆されている.アメリカでは本分野に2012年頃からDARPA(国防高等研究計画局)やNIH(国立衛生研究所)などが巨額の研究開発費を投資しており,欧州でも産学連携のプロジェクトが組まれている.さらにOrgan on a Chipに関連したベンチャー企業も数多く立ち上がっており,Organ on a Chipの市場は2022年までの今後5年間で約40%も成長すると予測されている[7].

 一方でOrgan on a Chipで再現されているのは単一臓器であるため,ヒト体内の薬物動態系を模倣した創薬スクリーニングは難しい.そこで複数の臓器モデルを1つのチップ上に集積し,薬剤や代謝物を含む培養液を循環灌流することで異種臓器間の相互作用を再現するBody on a Chipの研究が進められている.具体的なBody on a Chipとして,ヒト体内のADME(Absorption:吸収,Distribution:分布,Metabolism:代謝,Excretion:排泄)に代表される連続かつ連鎖的な薬物動態の評価試験を目的としたデバイス[8]や,少数の臓器モデルを選択してある特定の相互作用モデル(例:心臓-血管系,心臓-肺系,筋肉-血管系)を作って薬物動態試験を目的としたデバイス[9]などが報告されている.このようにBody on a Chipは高精度な「ミニチュア人体」を作ることではなく,特定の異種臓器間の相互作用によって初めて達成される個体レベルの未知の薬物動態を,小さなチップ上で再現して発見することに意義がある[10].


3.3次元リソグラフィを応用したBody on a Chipの開発

3.1 デバイスの概要

 我々は京都大学 ナノテクノロジーハブ拠点の微細加工・評価装置を利用して,紫外線リソグラフィベースの3次元微細加工を応用したBody on a Chipの開発を行い,肝臓代謝物の心毒性が指摘されている抗がん剤(Doxorubicin)を用いた薬物動態試験に成功した[11].我々が開発したPDMS製のマイクロ流体デバイスは,心臓や肝臓の微小組織を培養する細胞培養チャンバとそれらを連結するマイクロ流路,薬剤や代謝物が含まれる培養液を循環灌流するマイクロポンプが集積されている(図1参照).このデバイスはソフトリソグラフィ[12]と呼ばれるPDMSの成形加工技術で作製した2つのPDMS構造をアライメントして,酸素プラズマによる接合技術で作製した(図2参照).上層は2種類の臓器モデルの組織細胞を培養して循環灌流によって薬物動態試験を行う灌流層,下層は圧力を加えてマイクロポンプの駆動を制御するための制御層である.マイクロポンプの駆動原理は,制御層のマイクロ流路からPDMSの薄膜構造(ダイアフラム)に圧力を印加するとPDMS薄膜がドーム状に変形し,灌流層のマイクロ流路を封鎖する「バルブ機能」を利用している.図3aに示すように3つのバルブのOn/Offのシーケンスを制御するとペリスタルティックポンプとして機能する.マイクロポンプをデバイス内に集積することで培養液のデッドボリュームが少なくなり,微小な組織細胞の代謝による臓器間相互作用がより正確に評価できる.したがってBody on a Chipのキーポイントである培養液の灌流循環には,マイクロポンプの設計・作製技術が重要となる.


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図1 (a)開発したBody on a Chipの写真,(b)PDMS製マイクロ流体デバイスの概要図[11]


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図2 ソフトリソグラフィ技術によるBody on a Chipの作製プロセス


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図3 (a)圧縮空気型マイクロポンプの駆動原理,(b)3次元リソグラフィによる流路断面形状の制御


3.2 DMD露光装置を用いたマイクロポンプ作製技術

 Body on a Chipの開発では,マイクロポンプによる正確かつ効率的な循環灌流を実現するために,①圧力印加によるPDMSの変位形状と同じ形状に灌流層のマイクロ流路の断面形状を設計する(図3b参照),②ソフトリソグラフィで用いるレジストモールドを①の設計通りに高精度に加工する,という2つの技術課題があった.この技術課題を解決するために,本研究では新しいマイクロポンプの設計・作製手法を開発した.以下にその概要を説明する.

1.圧力印加によるPDMS薄膜の変位形状をFEA(Finite Element Analysis)で計算し,その結果を灌流層のマイクロ流路の断面形状として決定した.

2.設計したマイクロ流路のモールド(母型)を作製するためには,自由曲面加工(3次元加工)が必要となる.そこで京都大学ナノテクノロジーハブ拠点の高速マスクレス露光装置(DL-1000GS/KCH,ナノシステムソリューションズ)を利用して,ポジ型厚膜フォトレジスト(PMER P-LA900,東京応化工業)のグレースケールリソグラフィを適用した.高速マスクレス露光装置は,BMP形式で作成した256階調のグレースケールパターンをDMD(Digital Micromirror Device)と縮小光学系でレジストに投影露光する.このプロセス技術を用いることで,熱処理でレジストをリフローする曲面形成法[13]と比較して,高い加工自由度とウェハレベルの再現性が得られる.

3.一方で高速マスクレス露光装置での加工精度は,主に4つの加工パラメータ(グレースケールマスクパターン,露光量,現像時間,フォーカス位置)の決定精度に依存する.そこで我々は,これらの加工パラメータを数値解析によって最適化設計するプロセス最適化シミュレータを開発した[14].本シミュレータは紫外線露光・現像プロセスシミュレーションと最適化アルゴリズムで構成され,先のFEAで設計したマイクロ流路の断面形状を入力すると,目標形状を作製するための最適加工パラメータが出力される(図4参照).


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図4 3次元リソグラフィのプロセス最適化シミュレータの概要


 図5にプロセス最適化シミュレータを適用した作製プロセスの評価結果を示す.作製したレジストモールドの断面形状を目標形状と比較するとx=±120µm,高さ45µmの範囲での平均二乗誤差は1.3µmであり,精度よく加工できていることがわかる.このレジストモールドから作製したマイクロポンプ性能の一例として,図1aに示したマイクロ流体デバイスで流量を計測した結果は24nL/minであった(印加圧100kPa,駆動周波数2Hz).この流量は抗がん剤や代謝物を含む培養液が約4分でデバイス内を循環できるため,薬物動態試験に十分なマイクロポンプの性能が得られている.


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図5 (a)マイクロポンプの作製に用いたグレースケールマスクパターン,
(b)目標形状と作製したレジストモールド形状の比較結果[11]


3.3 抗がん剤を用いた薬物動態試験の結果と考察

 作製したマイクロ流体デバイスに肝臓がんモデルとしてヒト肝がん由来細胞株(HepG2),ターゲットの心臓モデルにはヒト初代心筋細胞(hCM)を導入し,抗がん剤の薬物動態試験を行った.モデル薬剤の抗がん剤(Doxorubicin)はがん細胞の増殖を抑制することができるが,同時に肝臓代謝物のDoxorubicinolは心臓への副作用が報告されている[15].したがってDoxorubicinを使うことで,ヒト体内の薬物動態系を模倣するBody on a Chipのコンセプトが実証できる(図6参照).本研究では抗がん剤を含む培養液(以下,「抗がん剤」)を1日間,循環灌流した後,DAPIを用いた死細胞染色を行い,蛍光強度で心筋細胞への毒性評価を行った.


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図6 抗がん剤を用いた薬物動態試験の実証モデル


 図7にDAPI蛍光強度の測定結果を示す.図中のエラーバーは標準偏差を示す.まず図7aのBody on a Chipの結果で「抗がん剤」と「培養液のみ(N.C.:Negative Control)」を比較すると,「抗がん剤」の結果では陽性(細胞死)が確認できる.これはマイクロポンプによる培養液の循環,つまり物理的な心筋細胞への刺激が陽性の原因ではないと判断できる.次に循環灌流の無いウェルプレートの結果(図7b)とBody on a Chipの結果では,Body on a Chipのみで「抗がん剤」が陽性を示した.この比較対照から,Body on a Chipでの「抗がん剤」の心筋細胞に対する毒性は,抗がん剤自体よりもBody on a Chip内の循環灌流によってHepG2から放出された肝臓代謝物に強く依存していることを示唆する.以上の考察から,Body on a Chipでヒト体内の薬物動態系を再現できることを確認し,創薬スクリーニングに応用できる可能性を示した.


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図7 DAPI蛍光強度の比較:(a)Body on a Chip,(b)ウェルプレート[11]


4.実用化に向けた課題と今後の展望

 ここまではOrgan/Body on a Chipの研究と創薬スクリーニングへの応用可能性について紹介してきた.しかし現時点でこれらの技術水準はまだ発展途上にあり,実用化に向けてはさらなる改良・検証が必要である[16].まず重要な課題としてin vitroのBody on a Chipで作ったシンプルな疾病モデルで得られた知見がどこまでin vivo(生体内)に適応できるのか,あるいは相関関係の有無について慎重に検証・議論する必要がある.これにはBody on a Chipで構築する微小環境のスケールや構造の最適化だけでなく,デバイスに導入する細胞の種類も関係する.またPDMSには分子を吸着・吸収する材料特性があるため[17],これが試験結果に影響を及ぼす可能性についても議論する必要がある.したがって表面処理材料・技術に関するナノテクノロジーの研究はOrgan/Body on a Chipデバイスの実用化に向けて非常に重要である.さらに,再現された生体応答を正確かつリアルタイムに計測するための微小電極アレイ(MEA: microelectrode array)[18]やバイオセンサ,分析技術の開発なども求められる.

 今後の展望として,個人から採取した組織からiPS(induced Pluripotent Stem)細胞を作り,目的の細胞に分化してBody on a Chipに導入すれば,個人にあった薬を処方する「究極の個別化医療」への応用も期待できる.さらにOrgan/Body on a Chipは医薬品開発だけでなく,新しい化学物質の開発における安全性評価・予測技術としても期待されている.いずれにせよin vitro系の実験技術の研究開発は,工学や生物学,薬学,さらに医学など総合的なアプローチが必要となる極めて挑戦的な学際融合的な研究であり,今後,ライフサイエンスおよび創薬において大きなインパクトが期待される研究領域である.


5.まとめ

 本稿では新しいin vitro系の実験技術として注目されている創薬スクリーニング用マイクロ流体デバイス「Body on a Chip」の開発事例を紹介した.この成果が得られたのは,本プラットフォーム事業の仕組みと経験豊富な技術スタッフの支援によるところが大きい.今後は本稿で紹介した3次元リソグラフィの微細加工プラットフォーム全体への技術移転を積極的に図ることで,他のユーザーの研究開発が加速することを期待する.同様に,単に微細加工・評価装置を共用化した仕組みだけでなく,個々の微細加工プラットフォームで開発・蓄積された高度な知識や技術をプラットフォーム全体で共用化することで,微細加工技術を応用した日本の研究開発力を飛躍的に高めることが出来ると考えている.最後に,本プラットフォームが全国の研究者や技術者の研究開発に積極的に利用され,異分野研究者との学際融合的な共同研究による新しい価値の創造,すなわち「イノベーション」を起こすための「場」として活用されることにも期待したい.


謝辞

 本稿で紹介したBody on a Chipに関する結果の一部は,公益財団法人テルモ生命科学芸術財団・特定研究開発助成(2012年度),京都大学・WPI-iCeMS学際融合共同研究推進プロジェクト(2014年度),公益財団法人豊田理化学研究所・豊田理研スカラー(2016年度),JSPS科研費16K14660の助成を受けたものです.また文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(京都大学 微細加工プラットフォーム)の支援を受けて得られたものです.この場をお借りしまして厚くお礼申し上げます.


参考文献

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[18] 大牧達矢, 平井義和, 亀井謙一郎, 土屋智由, 田畑修, 平成29年電気学会全国大会, (2017年3月15日-17日), 3-119.


(京都大学大学院工学研究科 平井 義和)


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