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企画特集 10-9 INNOVATIONの最先端 ~Life & Green Nanotechnologyが培う新技術~
<第55回>
京都の伝統的ものづくりを進化させるナノテクノロジー
~低熱膨張インバー合金電鋳,京都オリジナル酵母による魅力あふれる酒造り,着物の3D着用イメージ表示システム~

地方独立行政法人 京都市産業技術研究所 森川 佳昭氏,永山 富男氏,廣岡 青央氏,本田 元志氏に聞く

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京都市産業技術研究所の玄関にて,右は100周年モニュメント「宙の環(そらのわ)-礎(いしずえ)-」
(後列左から)永山 富男氏,森川 佳昭氏,(前列左から)廣岡 青央氏,本田 元志氏


 2017年2月15日~17日に東京ビックサイトで開催されたナノテクノロジーの総合展「nano tech 2017」で,木の格子のデザインや伊藤若冲の屏風絵による和風テイストの造作,着物姿の説明員で異彩を放った出展ブースが,来場者を引き付けた.創設100周年記念事業の一環として今回初めて出展した地方独立行政法人 京都市産業技術研究所の展示ブースである.この出展に対し,「nano tech大賞 2017 独創賞」が贈られた.受賞理由は,「京都の伝統的なモノ作りの技術を研究し,ナノテクノロジーを用いて実現しようとしている点」である[1].

 今回,京都駅に近い京都リサーチパーク内にある京都市産業技術研究所を訪問し,17件の展示内容の中から3つのテーマに絞ってお話を伺った.はじめに京都市産業技術研究所 副理事長の森川 佳昭(もりかわ よしあき)氏に研究所全体の紹介,続いて表面処理チームの永山 富男(ながやま とみお)研究部長に「低熱膨張インバー合金電鋳」,バイオ系チームの廣岡 青央(ひろおか きよお)研究部長に「京都オリジナル酵母による魅力あふれる酒造り」,そして最後に製繊システムチームの本田 元志(ほんだ もとし)主席研究員に「着物の3D着用イメージ表示システム」についてお話を伺った.


1.京都のものづくり文化を先端技術で発展させて100年

 京都市産業技術研究所のパンフレットの表紙には,英語表記でKyoto Municipal Institute of Industrial Technology and Cultureとあり[2],「ここにCultureという言葉が入っている点が際立った特徴で,初代所長の西島 安則(元京都大学総長)の強い思いが込められており,2代目の現理事長の西本 清一(元京都大学副学長)は,ことあるごとに,このことの重要性を発信しています」と森川氏は語られた.京都のものづくり文化の優れた伝統を継承し,発展させ,新しい時代の感性豊かで先進的な産業技術を創造する,という使命を担った研究所である.

1.1 京都市染織試験場からスタート,京都産業の成長を技術面で支援

 図1は,京都市産業技術研究所100年の沿革を記した年表である[2].1916年(大正5年)に,京都市染織試験場として発足した.当時,西陣織は日本の輸出産業の柱であり,その発展を下支えする染織試験場を西陣織物同業組合から京都市が譲り受けて始まった.


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図1 京都市産業技術研究所の沿革 [2]


 一方,京焼・清水焼の陶磁器をはじめとする化学工業を支えていた京都市工業研究所があって,2つの研究所が2003年に組織として統合,2010年には現在の建物がある下京区五条通りに面した京都リサーチパークに移転した.2014年には京都市から独立して地方独立行政法人となり,2016年に創設100周年を迎えた[3].


1.2 伝統工芸技術と先端技術を融合させ,新たな京都ブランドを創出

 図2は,京都市産業技術研究所(以下,産技研)の組織図である.森川氏は副理事長で,職員の総人数は非常勤も含めて84名,内研究職は64名で,8つの研究チームから構成されている;①漆やCNFなどの高分子系チーム,②金属ナノ粒子などの金属系チーム,③京焼・清水焼やセラミックスを支える窯業系チーム,④西陣織をはじめとした製繊システムチーム,⑤酒造・酵母育成のバイオ系チーム,⑥めっき・電鋳の表面処理チーム,⑦工芸やプロダクトなどのデザインチーム,⑧京友禅染に代表される色染化学チームである.


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図2 京都市産業技術研究所の組織図 [2]


 産技研の研究活動は,京都の中小企業の下支えと成長支援に直結するもので,主な業務は以下の6つ,①技術相談,②試験・分析,③研究開発,④人材育成(研究所建屋の5階は「西陣織」・「京友禅」・「京焼・清水焼」・「京漆器」の伝統産業技術者養成の研修フロアになっている),⑤研究会開催(京都ものづくり協力会に属する約810社が,西陣織物研究会など業種業態毎に10の研究会を開催,その事務局を務めている),⑥知恵産業推進(産技研成果の産業化推進,京都の伝統産業と先端技術を融合し新京都ブランドを創出)である[2].

 産技研の年間総予算は約14億円(平成29年度)で,京都市からの運営費交付金(人件費,機器整備費,研究経費など)と,外部資金(競争的研究資金,共同研究先企業からの研究費など)で賄われている[3].研究テーマは研究員が自主的に設定するボトムアップ的なものが約7割,京都市の中小企業からの依頼による共同研究が約3割とのことである.公的な研究機関としては自主的研究の割合が高く,これは各研究チームが京都市のものづくりに直結した独自のコア技術を持っているからであろう.産技研には100年の技術蓄積があり,しかも研究者一人一人は入所してから同じ研究分野で長く継続して取組んでいるので,その分野での課題や展開方向は良く心得ているのが強みとの印象を受けた.

 2016年に創設100周年を迎えた記念として,本記事冒頭の写真にあるモニュメントが制作された.「宙の環(そらのわ)-礎(いしずえ)-」と称される大きな時計である.御所車をモチーフにしたもので,文字盤を成す12のパネルには西陣織や京友禅など,京都ものづくり協力会が誇る伝統工芸技術の粋がはめ込まれている.このミニチュア版は「nano tech 2017」の産技研ブースに展示され,大時計は現在,産技研の玄関に設置されている.

 先述したように「nano tech 2017」への出展は100周年記念の一環として,産技研としては初めてであった.出展を取りまとめられた永山氏は「材料からその応用まで17件展示し,ナノテクノロジーを切り口にして京都らしい展示を目指した.会場では来場者と双方向で会話ができ,またナノテク解析技術の適用などで示唆いただき出展して良かった.」と振り返られた.永山氏は表面処理チームリーダーでもあり,次章では「低熱膨張インバー合金めっき技術」について詳しくお話を伺った.


2.低熱膨張インバー合金めっき(電鋳)技術

2.1 産技研の電鋳技術

 京都には神社仏閣が多く,平安京の昔から仏像や神仏具に金めっきや銀めっきが使われてきた.明治時代には海外から電気めっき技術が導入され,京都のメーカーは美術工芸品だけでなく精密機器や医療・エネルギーなどやニッチな分野向けに,現在でもめっき製品を生産している.

 産技研では,「電鋳」と称する電気めっき鋳造技術を得意技術として取り組んできた.電鋳プロセスの概念図を,図3(a)に示す.工芸作品などの原型から作製した母型を金属イオンを含むめっき槽に浸し,母型を陰極にして直流電流を流し,母型の表面に金属を電着する.母型から電着したレプリカを剥がすと,製品ができる.電鋳技術の特徴は金属の機械加工と比較して,①優れた転写性,②高い寸法精度,③低コスト,である.産技研では,銅の電鋳技術を仏壇・仏具用金具の量産に日本で初めて展開するなど,伝統産業に貢献してきた.図3(b)は銅の電鋳製品を巨大な工芸作品に使用した例で,東京日本橋の三越本店にある天女(まごころ)像である.また,ニッケル電鋳技術の研究開発も行い,CD(コンパクトディスク)の金型や,光ファイバーの芯合わせ接続治具であるフェルール(図3(c))など,電子情報分野へ応用されている.


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図3(a) 電鋳プロセスの概念図


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図3(b) 銅電鋳を使用した天女(まごころ)像@三越日本橋本店 [4]


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図3(c) ニッケル電鋳製の光ファイバー用フェルール


 しかし,ニッケル電鋳では温度変化による変形があり,電子情報機器の高密度実装化に向けた次世代技術としては課題を残していた.温度変化で変形しない,熱膨張率が小さい材料としては,鉄・ニッケル合金であるインバー合金が知られている.スイスのギヨームがインバー合金を発明し,1920年にはノーベル賞を受賞している.金属組織学的には溶融して作製されたインバー合金はfcc構造の単相合金であり,その低熱膨張性を活かして,各種の精密機器や高圧送電用ケーブル,LNG輸送タンカーの容器などに使われている.

 インバー合金をめっきすれば低熱膨張の電鋳ができるはずだが,従来の電鋳技術で作製すると,めっき直後にはfcc相とbcc相が存在する2相合金になってしまい,十分な低熱膨張特性は発現しない.そこで,熱処理を施すことでインバー合金本来のfcc相の単相合金とし,熱膨張係数を大きく低下させる.しかし,熱処理によって結晶粒が粗大化して皮膜の軟化が起こり溶製合金より低い硬度となってしまう.このような課題に加えて,めっき時にクラックが発生したり,母型から剥がす時に割れたりそってしまったりしやすいため,100µm以上の厚膜はできないという壁があった.


2.2 低熱膨張インバー合金電鋳と有機ELメタルマスクへの応用

 永山氏が率いる表面処理チームは,鉄・ニッケル合金めっき液にSiC微粒子(粒径3µm以下)を分散させて(20vol%以上)電鋳し,電鋳後の熱処理においても高硬度と低熱膨張が両立するインバー合金めっき技術を開発した[5][6].図4は,インバー合金/SiC複合めっき膜断面のFE-SEM(反射電子顕微鏡像)写真である.4枚の写真で左側はSiC微粒子を含まないインバー合金,右側がSiC微粒子を20.8vol%含んだ場合,上側は熱処理前,下側は600℃の熱処理後である.右端の矢印は,めっき膜の成長方向を示している.SiC微粒子を含まないインバー合金めっき膜では,インバーのFe-Ni合金マトリックスの結晶粒が熱処理で成長してしまい,これがインバーめっき膜の硬度を低下させている原因と考えられる.一方,SiC微粒子を20.8vol%含んだ場合は,Fe-Ni合金マトリックスの結晶粒成長が分散されているSiC微粒子によって抑制され,硬度が熱処理後も維持されている.SiC微粒子を複合させるナノテクノロジーで,低熱膨張と機械的強度を維持し,かつ100µm以上の厚膜化も可能となった.


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図4 600℃熱処理前後のインバー合金電鋳膜断面の反射走査型電子顕微鏡観察 [6]


 新開発した低熱膨張インバー合金めっき膜の応用先として,有機ELディスプレイ製造装置に使用するメタルマスクへの適用が有望視されている.有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)は,液晶よりも省エネ・薄型・フレキシブルな次世代ディスプレイとして期待されている.既にスマホや大型TVで,液晶から有機ELへのシフトが始まっており,今後は有機ELの一層の高精細度化が求められる.有機ELディスプレイの製造工程では,RGB(Red,Green,Blue)3色のEL材料をメタルマスクを通してガラス基板に蒸着している.現状はニッケルのメタルマスクを使用しているが,今後の高精細度化に向けては蒸着時の温度上昇によるメタルマスクの変形が課題になる.低熱膨張のインバー合金を圧延してからエッチングで穿孔してメタルマスクを作製する方法もあるが,圧延板であるため厚いものしかできず,開口部をギザギザにしてしまうので高精細化は困難である.

 そこで,低熱膨張インバー合金電鋳膜で有機EL用の高精細メタルマスクを試作してみた[7].図5は,インバー電鋳メタルマスクの製造工程,外観写真と開口パターンのSEM像である.熱膨張係数はニッケル電鋳製の13ppm/℃に対して,その1/4以下の3ppm/℃まで低下し,30µm(長さ)×10µm(幅)×10µm(深さ)の開口がシャープに形成できている.


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図5 インバー電鋳メタルマスクの製造工程図(上),外観(左下),開口パターン(右下) [7]


 産技研では本技術を「KEEPNEX®」と名付け,商標登録した.NEXはNon Expansionの略で,熱膨張しないめっき膜を意味している.これまでに,アテネ株式会社と共同研究で,3.5世代サイズ(約0.5m四方)の大きさのインバー電鋳製メタルマスクの量産化技術を開発した.今後,スマホやパッドなどの高精細で画素ピッチの小さい次世代中小型ディスプレイ用のメタルマスクを生産して,アジアを中心としたディスプレイ装置メーカ向けに提供しようとしている.


3.京都オリジナル酵母による魅力あふれる酒造り

 京都は伏見を中心にお酒の産地である.京都市内には,酒造会社が20社以上もあり,京都府は兵庫県に次ぐ全国第2の生産高を誇る.京都盆地の地下には琵琶湖に匹敵する規模の良質な水が豊富にあり,更に京都府下のみで栽培される酒造好適米の「祝」がある.「米と水から清酒を造る際,アルコール発酵させる酵母が重要な働きをします.産技研では酵母の開発に長年取り組んでおり,市内の酒造会社に京都オリジナル酵母を分譲しています」と,バイオ系チームの廣岡氏は清酒酵母の開発について語った.

3.1 清酒の味と香りは酵母が決め手

 酵母は数µm程の大きさの球状~楕円形の単細胞微生物である.酒造りとは,図6に描いたように,米と水に,麹と酵母を加えてアルコール発酵させて醸すことである.麹はお米のでんぷんをブドウ糖に変え,そのブドウ糖を酵母がアルコールに変える.発酵中に酵母はアルコールだけでなく,様々な成分を作り出す.清酒の味や香りは,どのような清酒酵母を使うかで決まるといっても良い.したがって,清酒酵母の特性把握は酒造りにとって重要で,産技研では先端的バイオ計測技術を用いた酒造用酵母の開発に取組んできた.


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図6 清酒酵母の役割


 廣岡氏は産技研に入所した1997年に,タンパク質解析で“酵母の指紋を採る”研究をスタートさせた.酵母の中には沢山のタンパク質が含まれており,二次元電気泳動法によって多種のタンパク質を一度に分離でき,酵母の同定が可能になる.当時は遺伝子解析の技術も使われ始めていたが,装置が高価なので遺伝子解析ではなく,比較的安価にできるタンパク質解析を酵母に適用してデータを蓄積した.図7は,ある清酒酵母について二次元電気泳動法によってタンパク質解析した例である[8].縦軸はタンパク質の分子量,横軸は電気泳動の等電点である.酵母を光学顕微鏡で観察しても種類の違いを見分けることはできないが,電気泳動データの“指紋”で,酵母の種類を判別できる.


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図7 清酒酵母の二次元電気泳動法による発現タンパク質分離例 [8]


 清酒酵母はアルコール発酵中に,コハク酸やリンゴ酸などの有機酸をつくる.これらの有機酸は,清酒の味に大きく影響する.有機酸の分析法としては,ガスクロマトグラフィーによる分離・定量分析する方法を独自開発した.有機酸のような不揮発成分は,揮発成分分析用のガスクロマトグラフィーでは分析できないので,誘導化試薬によって不揮発成分を揮発成分に変換して分析する.

 以上のような分析手法を多種多様な酵母に適用してデータベースを構築し,顧客が好む品質の清酒を生み出す酵母の育種に駒を進めた.酵母を培養し,その中から突然変異したものを取り出し,それをまた培養していく.酵母は3日で1世代が進む速さで増殖するが,目標とする酵母の開発には10年かかるという.コツコツと地道な努力の積み重ねの結果,1015~1018種の中から1つの確率で良い酵母が選ばれるようになった.


3.2 産技研開発の酵母:「京の琴」「京の華」「京の咲」「京の珀」

 産技研では京都オリジナル酵母として,「京の」シリーズの4種を開発し,京都の酒造会社に分譲・販売している.図8に示す「京の琴」は,香りに優れた吟醸酒向けの酵母である.香気成分として青リンゴ風のカプロン酸エチルを高生成する酵母で,発酵力も高く,両者がバランスよく両立した酵母である.平成16年には,市内の酒造メーカー10社へ分譲を開始した[8].酵母の価格は1本650円で,1本の酵母で,最大約1キロリットル程度の清酒が製造できる.

 「京の華」は,バナナの香りに似た華やかな香りを出す酵母である.香りの成分は,酢酸イソアミルで,これを多量に生成する酵母を開発した[8][9].平成20年から分譲している.

 「京の咲(さく)」は,冷酒向けの酵母である.リンゴ酸を生成し,爽やかで,すっきり感のある酸味を低温(10℃)で生む.

 「京の珀(はく)」は,燗酒向けの酵母である.コハク酸を生成し,高温(45℃)でしっかりした味わい,コクのある酸味を生む.

 バイオ系チームでは,今後も時代の変化,清酒の好みのトレンドに対応した酵母の開発を通して,京都の酒造メーカーを支援していく.


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図8 吟醸酒製造用高エステル生産型酵母「京の琴」 [8]


4.着物の3D着用イメージ表示システム

 製繊システムチームの本田氏に,カメラの前に立って身体全体を撮像し,着物を仮想的に試着したイメージをPC画面上に表示するデモを,先ず見せていただいた(図9参照).何故この3D着用イメージ表示システムを開発しようとしたのか,最近の和装産業の動向からお話を伺った.


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図9 3D着用表示システムのデモ;(左)カメラの前に立つ,(右)PC上の着用イメージ [10]


4.1 和装繊維産業の動向と,販売店への消費者からの要望調査

 繊維産業は日本では成熟した産業と捉えられるが,世界的に見れば人口増加を背景に中国・インドなどでの消費の伸びが見込まれている.京都市内の繊維産業は,事業所数・従業者数・出荷額いずれも漸減傾向にはあるが,国内の和装市場は近年拡大の兆しが見られるという.和装は従来,冠婚葬祭や成人式など特別な行事の時に着るものから,おしゃれの一つとしてパーティなどにファッションとして着用したり,夏の花火見物で浴衣を着たりと,和装に対する認識が変化してきている.また,レンタル着物や,外国人観光客が日本の伝統文化として着物を体験したい,と関心が高まっている.中学校の家庭科では学習指導要領が改訂され,2012年度から和装教育が復活した.

 一方で,着物を購入しようとする消費者,特に初めて購入する初心者にとっては,和装販売店に対する不安,ハードルの高さがあると言われている.反物(和服一着分の織物)からだけでは仕上がりの着物のイメージが湧かない,店員が説明してくれると買わないといけないという圧迫感を持ってしまう,高額なものが多い,等々.着物には関心はあるものの,和装販売店には入りにくい雰囲気があるので,結局は購入までに至らないという事情があると思われる.着物をもっと身近なものとするためには,こうした不満を解決しなければいけない.

 反物だけでは着物の全体イメージが掴めないことへの解決策を提供しよう,気軽に試着できる環境をPC上で仮想的に構築することで和装需要の拡大を目指そうとの想いで,着物の着用イメージ表示システムを開発することにした.


4.2 着物の3D着用イメージ表示システムの開発

 産技研が開発したシステムの概要を,図10に示す.2つのソフトウェアから構成されており,図10左が着物の着用イメージをトルソーモデルで表示する「プレビューソフトウェア」,右はプレビューソフトウェア用の柄データを作成する「柄データ作成ソフトウェア」である.


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図10 着用イメージ表示システムの概要;
(左)プレビューソフトウェア,(右)柄データ作成ソフトウェア(着物ができている場合)


 プレビューソフトウェアでは,着物と帯の着用イメージをあらゆる角度から確認できる.着用状態の表示では,重力計算を取り入れて着物の自然なしわを表現した3Dモデル表示になっている.

 柄データの作成ソフトウェアでは,商品として着物ができている場合(図10右側の例)にデジタルカメラで写真を撮って柄データを作成したり,反物の場合には反物を床に広げて撮影し,着物の12ヶのパーツに分割して柄データを作成する.和装では反物をどのように切って着物に縫い上げていくかはほぼ決まっている.洋装の場合には,様々な商品形状やデザインがあるのでそうはいかない.柄データの作成には,特に専門的な知識や設備は不要なので,低コストで運用できる点が特徴となっている.

 図11は,AR試着システム構成を示している.対象となる人物のカラー映像や骨格情報などは,Microsoft社製のゲーム機用Kinectセンサで収集している.Kinectセンサからの出力情報は,Windows PCに送られて人画像と3D着物モデルを重畳処理し,その処理した結果を大型モニタ等にAR表示する.ARはAugmented Realityの略で,拡張現実と訳されるが,ここではカメラで捉えた実際の人物をモデルとしてあたかも着物を試着しているかのように画面上に表示することをさしている.


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図11 AR試着システム構成


 本システムは,既に京都を中心に6社の販売店等で利用してもらっているほか,西陣織会館でも体験できる[10].また,和装販売店での販売促進だけでなく,友禅のデザイナーの方々にも使ってもらっており,着物メーカーや消費者への提案活動のツールとしても活躍している.


5.おわりに

 平安京の造営(794年)から明治維新(1868年)まで,京都は1000年以上の長期間にわたり日本の首都であった.都に集まる人々の生活で育まれた衣食住の文化,その洗練された日本文化を支えるものづくり文化が綿々と維持され,発展してきた.伝統的ものづくり文化に,先進的な科学技術を融合させてさらに発展させ,京都の産業に密着して貢献する京都市産業技術研究所の最近の3つの成果を紹介していただいた.研究所スタッフの皆さんが,めっき・電鋳,清酒酵母,製織システムそれぞれの分野の超エキスパートとして,長期的に研究開発に取り組み,京都市内の中小企業の人達と連携しながら京都の新ブランド創出に邁進している姿に感銘を受けた訪問であった.


参考文献

[1] nano tech大賞 2017;http://www.nanotechexpo.jp/2017/main/award2017.html
[2] 京都市産業技術研究所 パンフレット;http://tc-kyoto.or.jp/info/pamphlet2016.pdf
[3] 京都市産業技術研究所 創設100周年記念誌 (平成28年10月)
[4] 写真:日本橋三越本店HPより;http://mitsukoshi.mistore.jp/store/nihombashi/history/list03.html
[5] 京都市他,“高硬度及び低熱膨張係数を有する鉄-ニッケル合金めっき皮膜の製造方法”,特許第5478292号(平成22年2月18日出願,平成26年2月21日登録)
[6] Tomio Nagayama, Takayo Yamamoto and Toshihiro Nakamura, "Thermal expansions and mechanical properties of electrodeposited Fe-Ni alloys in the Invar composition range", Electrochimica Acta, Vol.205, pp.178-187 (2016)
[7] Tomio Nagayama, Takayo Yamamoto and Toshihiro Nakamura, "Low Thermal Expansion and Fine-Pitch Metal Masks Fabricated via Invar Fe-Ni Alloy Electroforming for Large Fine-Pitch OLED Displays", SID 2017 DIGEST, pp.527-530 (2017)
[8] 廣岡青央,“清酒酵母のタンパク質発現解析と育種”,日本醸造協会誌,106巻9号,pp.572-577 (2011)
[9] Kiyoo Hirooka, Yoshihiro Yamamoto, Nobuo Tsutsui, and Toshio Tanaka, "Improved Production of Isoamyl Acetate by a Sake Yeast Mutant Resistant to an Isoprenoid Analog and Its Dependence on Alcohol Acetyltransferase Activity, but Not on Isoamyl Alcohol Production", Journal of Bioscience and Bioengineering, Vol.99, No.2, pp.125-129 (2005)
[10] 京都市産業技術研究所・京都市産業観光局のプレスリリース,“西陣織会館における着物のAR試着システム試験運用開始について”,(平成29年3月15日);http://www.city.kyoto.lg.jp/sankan/cmsfiles/contents/0000215/215914/kouhou.pdf

 本文中の図は,全て京都市産業技術研究所から提供されたものである.


(尾島 正啓)


「10-9 INNOVATIONの最先端」 企画特集は, NanotechJapan Bulletin と nano tech のコラボレーション企画です. nanotech2018_banner.jpg