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文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成28年度技術スタッフ表彰 技術支援貢献賞
ネットワークを重視したX線装置利用支援体制
受賞者 東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構 ナノ工学研究センター 沖津 康平氏に聞く

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(左)X線装置と大型スクリーンの間に立つ沖津 康平氏
(右)副賞のバッジ 技術支援貢献賞


 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業は,最先端のナノテクノロジー施設・設備を有する26研究機関が,全国の産学官の研究者に利用機会を提供し,イノベーションにつながる研究成果の創出を目指している.研究経験の少ない若手でも最先端の施設・設備を利用できるが,有効に利用するには施設・設備を熟知した支援スタッフの利用者への支援が必要となる.このため,ナノテクノロジープラットフォーム(NPJ,J:Japan)は平成26年度から特に優れた支援を行った技術スタッフを表彰している.平成28年度の技術支援貢献賞には,東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構 ナノ工学研究センター 沖津 康平(おきつ こうへい)氏の「ネットワークを重視したX線装置利用支援体制」が選ばれた[1][2].東京大学微細構造解析プラットフォームにおける支援活動が評価されたものである.そこで,どのような技術で,どのような支援が行われたかを伺うべく,東京大学浅野キャンパスにある同大学ナノ工学研究センターに,沖津氏を訪ねた.同大学 総合研究機構 コーディネート室 室長 中村 一彦(なかむら かずひこ)氏が同席し,支援状況・利用成果等を紹介された.


1.東京大学微細構造解析プラットフォームにおける技術支援

1.1 東大ナノ工学研究センター微細構造解析プラットフォーム [3]

 東京大学はNPJの3つのプラットフォーム,微細構造解析,微細加工,分子・物質合成のうちはじめの2つに参画している.大学院工学系研究科 総合研究機構 ナノ工学研究センター内に,微細構造解析分野における先端ナノ計測プラットフォーム拠点としてナノ計測・分析に関する最先端の計測設備を集中的に配備した.このセンターには5つの計測部門を設け,工学系,理学系,農学系,各分野の分野横断的な取り組みのもとに基盤技術の構築や分析技術の向上を図り,産学官の利用者に対して最先端の分析技術と技術支援を提供する.図1には各計測部門の主な設備が記されている.


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図1 東大ナノ工学研究センターの計測部門と主な設備鏡


1.2 受賞者が支援する共用装置

 受賞者が担当するのは,電子状態計測部門のXPS(X-ray Photoemission Spectroscopy,X線光電子分光)と低炭素材料・デバイス物性構造計測部門の単結晶XRD(X-Ray Diffraction,X線回折)である.その中で,XPSでは,多機能走査型X線電子分光分析装置PHI5000 VersaProbe(アルバック・ファイ),単結晶XRDでは,低分子用単結晶構造解析装置VariMax Dual(リガク)を担当する.このほか,NPJ以外で,タンパク質単結晶構造解析装置Micro7 HFM-AXIS7(リガク)も担当している.

 装置予約状況はGoogleのカレンダーを利用して表示しているが,ほぼ100%の稼働率である.NPJ以外の自主事業も含むが,2015年度は726件の利用があった.(内訳はXPS 369件,低分子単結晶303件,タンパク質単結晶54件).

 受賞者が担当する装置では次のような分析ができる[3].

 X線光電子分光分析装置ではX線照射により対象物質構成原子の特定電子軌道から放出される電子を検出し,光電子スペクトル,光電子マップが得られる.図2は,XPSのPHI5000 VersaProbeとこの装置によるシリコン(Si)ウエーハ上の二酸化ケイ素(SiO2)膜の深さ方向の酸素分布測定例である.Siウエーハの表面酸化膜を500Vで加速したArイオンのスパッタリングで削りながらSi2p電子について光電子スペクトルを測定している.


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図2 X線光電子分光装置と表面酸化Si基板に対するSiの化学状態,深さ方向分析


 図3は,低分子用単結晶構造解析装置とその応用例である.多層膜集光ミラーでX線を集光してエネルギー密度を第2世代シンクロトロン放射光なみに高め,回折スポットを一つずつCCDカメラで検出する.このため,測定に用いる結晶は,従来装置では解析不能であった10µm程度の小さいものが使えるようになった.有機合成反応の触媒材料の分子構造を決定できたのがその一例である.


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図3 高輝度X線回折装置による分子構造の決定


2.特筆すべきユーザーサポート体制

 沖津氏は,より多くの利用者に効率よく効果的に装置を利用してもらい,また,充実したサポートを行うために,次のような独特のユーザーサポート体制を整備した[2].

2.1 X線装置の使い方マニュアル整備

 サポート体制の一つとして,1.2に挙げた3台のX線装置の使い方マニュアルの整備を行った(図4).装置利用法,データ解析法は一般に複雑で,記憶するのが困難なことからマニュアルが必須と考えた.マニュアルは,印刷物で利用できるのに加え,スマートフォンを含む,ネットワーク環境から自由に閲覧,ダウンロードできるようにした.冊子が厚くなりすぎないように3つのPartに分けている.英語版も作った.Part 0は重要手順(立ち上げ及び終了)マニュアルとし,Part 1は測定,Part 2は解析としている.図を多用し,チャート形式で操作画面も載せた.索引をつけて使いやすくしている.


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図4 X線装置の使い方マニュアル表紙と操作画面説明


2.2 天井吊り下げプロジェクターと大型スクリーンの利用

 沖津氏は大型の液晶プロジェクターを入手し,XPSの置いてある3階実験室の天井に取り付けた.この天井吊り下げプロジェクターに向かい合った壁に,200インチのスクリーンを設けている(図5).沖津氏によるレーザーポインターでの説明にしたがい,利用者が交代で無線キーボード,無線マウスを使って装置を操作し,実験参加者全員がその様子を確認できる.これによって数名から10名を同時にサポートできる.実験は教員と学生とがコミュニケーションをとりながら行うことが多い.3階の装置の前で研究室の5~6人が一緒に操作する.24インチのディスプレイでは教員と学生が1対1でさえ,コミュニケーションを取りにくい.講習会は1階の会議室で行うが,3階の装置を遠隔操作して使い方を説明する.リモートで操作しながら参加者全員が画面を見ている.講習会では講義と実習を分けず,実験の中で,操作手順を覚えながら,理論を織り交ぜて学ぶようにしている.東大では,LANの設備が充実しているので,ギガビットLANを用いて1階から3階の装置を容易にコントロールできる.


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図5 200インチ液晶プロジェクター画面


2.3 リモートアシスタンスによる支援体制

 学内LANを通し,装置を遠隔操作できるが,さらに,スマートフォンやiPadから装置制御用パソコンをリモートアシストできるようにした(図6).これにより,遠隔地の出先から,また在宅時でも,装置ユーザーを支援できる.このリモートアシストは沖津氏が担当している3台の装置全てに適用できる.


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図6 スマートフォンによるリモートアシスト画面


3.支援者は経験豊富な研究者-X線多波動力学的回折理論でタンパク質結晶構造解析に挑戦

 沖津氏は,30年にわたり,X線回折,構造解析の研究に携わってきた[4].

 結晶中でのX線の振る舞いを記述する理論には,X線がブラッグ反射面で一度だけ反射すると仮定して導かれる運動学的回折理論と,ブラッグ反射面の表と裏で多重反射を繰り返すことを考慮した動力学的回折理論とがある.前者は歪みの多い,比較的小さな結晶の解析を対象とし,X線結晶構造解析はこの理論を用いている.後者は完全結晶を対象とし,欠陥の少ない結晶の解析に適する.

 一般に,結晶中の電子密度は

ρ(r)=∑|Fh|exp(iφh)exp(i2πhr)

と書ける.ここで,|Fh|は結晶構造因子の絶対値,rは位置ベクトル,hは波数ベクトル,φhは位相を表す.X線結晶構造解析はこの式をもとに行われるが,結晶構造因子の絶対値が実測されるのに対して,位相が決められないという困難(位相問題)が,ブラッグ父子による最初の結晶構造解析(1913年)以来,存在していた.一方,結晶内で2つの反射波が同時に強い場合には,動力学的干渉効果により回折強度プロファイルに位相情報が含まれていることが古くから知られている.そこで沖津氏は,結晶格子の歪みを取り扱える高木方程式に基づいた,偏光の効果を正しく取り扱えるX線多波動力学的回折理論を導出し,その数値解法を考案,放射光を用いて検証を行ってきた.

 放射光の偏光をコントロールしたピンホールX線を用いて,Si単結晶のX線ピンホールトポグラフを撮影し,理論計算と比較した.波の数,入射波の偏光状態,結晶の形状など,様々に条件を変えて比較しているが,図7に示すように実験と理論計算の一致は良好で,理論と数値解法の正しさを検証することができた.一方,タンパク質結晶は低分子に比べて単位胞が極めて大きく,位相決定には重原子置換やセレン原子による置換を必要とする.タンパク質は生体の機能を担う重要な分子であるため,結晶構造解析のニーズは高い.沖津氏は,X線多波動力学的回折理論を展開し,ネイティブなタンパク質による位相問題解決に挑戦している.


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図7 実験と計算による6波ピンホールトポグラフ


4.技術支援によって研究成果が得られ人材が育つ

4.1 X線共用装置利用成果

 前節に記したように沖津氏は,タンパク質結晶構造解析における位相問題解決を最終目標として,X線動力学的回折理論の高度化を進める研究者である.NPJの共用装置には,研究者が自分の研究のために設置した装置を提供していることも多いが,東京大学微細構造解析プラットフォームのXPS,XRDは,当初から共用目的で設備が導入されている.研究者が装置の運営と支援にあたることにより,利用者は装置を有効に使えるだけでなく,研究面での助言も得られる.沖津氏は,装置の使用マニュアルの整備に自分の持っているノウハウをつぎ込んでいる.このため,利用者はマニュアルを頼りに装置を使いこなせるようになっていく.支援者と利用者が必ずしも一緒に実験する必要はないので,沖津氏は支援の対象を共同研究にすることはないという.解析もマニュアル化されているが,求められれば相談に乗っている.

 このような支援の結果,平成28年度には表1のような利用実績を上げることができた.利用者の1/3は学外で,京都,青森,北海道からも利用者があり,海外では学内研究室経由であるがタイからの利用もあった.


表1 平成28年度 利用成果実績

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 利用成果は,論文発表などで公表され,学術進歩の一端を担う.その成果例を次節に記すが,共用装置利用成果は学術的成果にとどまらず,人材育成としても具現化される.2012年度から2016年度で,学生から研究員,学生から助教,助教から講師ないしは准教授,講師ないしは准教授から教授へのキャリアアップは,合わせて20人を超えた.


4.2 XPSとXRDの利用成果例

 以下は沖津氏が管理する東京大学 微細構造解析プラットフォームの2台の装置から得られた利用成果例である.

4.2.1 XPS利用成果-燃料電池触媒と機能性材料の開発

(1)非貴金属燃料電池触媒開発におけるXPSによる表面解析 [5]

 燃料の水素と酸素の結合を通じて発電する燃料電池は温室効果ガスを発生させることのない発電装置として開発・実用化が進んでいる.電荷を輸送する電解質にイオン交換膜を使用する固体高分子形燃料電池(PEFC)は室温動作と小型軽量化が可能なため携帯機器や自動車への応用が期待されている.電荷は触媒作用のもとに酸素の水素による還元で生成され,現在用いられている高価な白金触媒を置き換えようと,非貴金属(non-PGM,PGM: Platinum Group Metal)触媒の開発が進められている.これまでに高い性能が得られているのは[Fe(Co)/N/C]であった.これに対し,Ⅳ族,Ⅴ族元素の酸化物触媒が酸性環境で安定であることに着目して,カーボンナノチューブ(CNT)上にジルコニウム酸窒化物(Zirconium Oxynitride, ZrOxNy)触媒を合成し,現状のFe/N/C触媒に匹敵する,10mAcm-2の電流を0.9Vにおいて得ることができた.ZrOxNyは多層CNT(MWCNT)上に酸化ジルコニウムフタロシアニン(oxy-zirconium phtalocyanine, ZrOPc)をアンモニア(NH3)ガス雰囲気中での熱分解で生成・結合させる.図8の左はMWCNT担持ZrOxNyの透過電子顕微鏡写真で,黒い数nmのZrOxNyがMWCNT上に分散している.生成したZrOxNyの結晶構造はXRDで解析し,Nの導入過程はXPSで追跡した.図8の右はNH3中熱処理前後のZr 3d XPSスペクトルを比較したもので,結合エネルギーピークの変化から,触媒表面の活性の変化を観察し,試料合成条件の最適化を行うことができた.


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図8 MWCNT担持ZrOxNyの透過電子顕微鏡写真とXPSスペクトル


(2)超精密集積による光のオンオフ制御材料 [6]

 ディスプレイ,照明などに発光材料が広く用いられる.身の回りにある光源は数を増やせば発光強度を制御できる.しかし,分子の世界では,媒体中の発光体の濃度をある程度以上に上げると,発光強度が逆に低下する濃度消光が起こる.発光体を適切に配置できないため,発光分子間の距離が近すぎるようになるためである.

 これに対し,中心分子となるコアに側鎖のついた樹状構造の高分子であるデンドリマーを用いて,発光体を分子内の所定位置に最大60個まで導入した発光分子の開発に成功した.金属を取り込める場所を予め設計したデンドリマーを新たに開発し,塩化ビスマス(Bi)を中心部から順番に,決められた場所に結合させた.こうして作った発光デンドリマーは中心波長600nmで発光し,結合させるBi原子の数とともに強度が増加した.

 この発光はデンドリマー内でBiの錯体を形成することで発現する.このため,Bi添加量の調整や酸化還元反応によって結合状態を変えることにより発光強度を制御できた.図9は結合状態の変化はをXPSで測定し,発光のスイッチングと対応させたものである.


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図9 ビスマス錯体の可逆結合特性を利用した発光特性のスイッチング


4.2.2 XRD利用成果-Ni担持触媒によるエチレンと極性モノマーの共重合 [7]

 長周期周期律表の10族元素担持触媒によってオレフィンと極性モノマー(単分子)を共重合させると,接着,発色,印刷などの機能性オレフィンが得られる.10族元素として高価なPdが用いられているが,これをNiで置き換えると重合の温度条件が厳しく,低分子量の高分子しか得られない.そこで,Niを様々な有機化合物に担持させて,触媒特性を調べた.図10(a)に示すような一連の化合物について調べた結果,中性Niを担持したIzQO(imidazo[1,5-a]quinolin-9-olate-1-ylidene)リガンドのNi/IzQOにより,50-100℃で触媒作用のあることを確かめ,従来のNi触媒の中では最大の分子量の重合に成功した.図10左は重合過程と10族金属触媒例,右はXRDで求められた分子構造である.


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図10 重合過程と10族金属触媒(a)及びXRDで求められた分子構造(b)


おわりに

 ナノテクノロジープラットフォームでは1,000を超える最先端研究設備が共用に供されている.研究者が装置の運営と支援にあたることにより,設備利用の支援者であるとともに,教育者としての役割も担っている.この受賞の対象となった支援では,このような支援者の多重性が見てとれる.利用者が自立して研究するのに役立つようマニュアルを作り,困った時には離れたところからでも支援できるネットワークを活用したリモートアシスタンス,実験の現場で共同研究者が討論できるように大型スクリーンを準備した.研究者としての業績,経験,見識はマニュアルにも盛り込まれ,共同研究の経験は実験への全員参加を可能にした.研究者でもある支援スタッフは自身の研究時間を割いて支援する.しかし,そのおかげで研究者が育ち,学界の研究水準は向上する.この取材では,支援スタッフの様々な貢献のあり方を再確認することになった.


参考文献

[1] ナノテクノロジープラットフォーム 技術スタッフ表彰
http://nanonet.mext.go.jp/award/
[2] ネットワークを重視したX線装置利用支援技術
http://nanonet.mext.go.jp/research_support_award/H28_Award_2.pdf
[3] “東京大学微細構造解析プラットフォーム共用設備のご案内”,東京大学大学院工学研究科総合研究機構コーディネート室 平成29年4月 第6版
[4] 沖津康平,“X線回折理論と結晶構造解析の系譜および高木‐Taupin型X線多波動力学的回折理論の導出と検証”,X線分析の進歩,Vol. 36, pp. 95-131 (2005)
沖津康平,今井康彦,依田芳卓,“実験と計算機シミュレーションによる3,4,5,6,8,12波ケースのピンホールトポグラフ”,KEK Proceedings,2011-4号,pp. 55-57 (2011)
[5] Mitsuharu Chisaka, Akimitsu Ishihara, Hiroyuki Morioka Takaaki Nagai, Shihong Yin, Yoshiro Ohgi, Koichi Matsuzawa, Shigenori Mitsushima and Ken-ichiro Ota, "Zirconium Oxynitride-Catalyzed Oxygen Reduction Reaction at Polymer Electrolyte Fuel Cell Cathodes", ACS Omega, Vol. 2, No. 2, pp 678-684 (2017)
[6] “超精密集積で新たな機能性材料に成功―発光体やセンサー,医薬材料に期待―”東京工業大学ニュースリリース2016年9月26日.
http://www.titech.ac.jp/news/2016/036219.html
[7] W. Tao, R. Nakano, S. Ito, K. Nozaki, "Copolymerization of Ethylene and Polar Monomers Using Ni/IzQO Catalysts", Angewandte Chemie International Edition, Vol. 55, pp. 2835 -2839 (2016)

(図はすべて,沖津氏と中村氏から提供された)


(古寺 博)