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NanotechJapan Bulletin Vol.10, No.2, 2017 発行

第15回ナノテクノロジー総合シンポジウム(JAPAN NANO 2017)開催報告

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 「第15回ナノテクノロジー総合シンポジウム(JAPAN NANO 2017)」が,2017年2月17日(金)に東京国際展示場(東京ビッグサイト)会議棟1階レセプションホールで,開催された.最先端のナノテクノロジー施設・設備の共用により,イノベーションにつながる研究成果の創出を目指す文部科学省委託の「ナノテクノロジープラットフォーム」事業の一環として,文部科学省ナノテクノロジープラットフォームセンターの主催により,「超スマート社会の実現に向けたナノテクノロジー」の主題のもとに,ナノテクノロジー・材料技術の最新の研究開発を展望した.

【開会/Opening】

総合司会 吉原 邦夫
(物質・材料研究機構 ナノテクノロジープラットフォーム分野融合連携推進マネージャー)

【開会挨拶/Opening Remarks】

司会 野田 哲二 JAPAN NANO 2017組織委員長
(物質・材料研究機構 ナノテクノロジープラットフォームセンター長)

開会挨拶/Opening Remarks:神代 浩(文部科学省 科学技術・学術政策局 科学技術・学術総括官)/Hiroshi Kamiyo (Deputy Director-General, Science and Technology Policy Bureau, Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology)

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 本シンポジウムは文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォームの一環として開催されている.超スマート社会の実現に必要とされるコア技術としてIoTシステム構築,センサー,安全・安心などに関わるナノテクノロジー・材料技術の最新の研究開発を展望し,ナノテクノロジープラットフォームの成果事例を紹介する.

 ナノテクノロジープラットフォーム事業は最先端研究設備の利用機会を広く提供してイノベーションを促すもので5年目に入った.1,000を超える共用設備の提供を通じ,産官学の連携,技術の融合により多くの成果が生まれている.平成29年度もこれまでの実績を蓄積・発展させるよう努力してほしい.

 材料はイノベーションの基盤である.ナノテクノロジーは第5期科学技術基本計画において,Society 5.0の基盤となるコア技術と位置付けられている.文部科学省としては,ナノテクノロジーを国際協力の源とし,プラットフォームを戦略的に整備してゆく考えである.

【Plenary Lecture/基調講演】

 座長 横山 利彦(分子科学研究所)

「超スマート社会(Society 5.0)に向けて」/"Toward Super Smart Society (Society 5.0)"
橋本 和仁(総合科学技術・イノベーション会議/物質・材料研究機構)/Kazuhito Hashimoto (Council for Science, Technology and Innovation/ National Institute for Materials Science, Japan)

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 第5期科学技術基本計画は,世界に先駆けた超スマート社会 Society 5.0の実現を目指すという目標を掲げた.Society 5.0は,内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が経済団体連合会(経団連)と一緒に作った基本構想である.社会は,Society 1.0の狩猟社会から,農耕社会(2.0),工業社会(3.0),情報社会(4.0)と発展し,Society 5.0の超スマート社会に向かう.サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(実空間)が結合し,キメの細かい,質の高いサービスが個人に提供される社会が到来する.インフラ,公共サービス,工業生産などが結びついて社会が動く.単に情報がネットで送られるだけでなく,その情報が求めるものを発信元にフィードバックして必要な処理を行うことが可能となって行く.

 その取り組みとして4本柱が組まれた:(1)未来の産業創造と社会変革,(2)経済・社会的な課題への対応,(3)基盤的な力の強化,(4)人材,知,資金の好循環システムの構築,である.一方,Industry 4.0は,ドイツで始まった.IoTを中心に据え,工業生産をITでつなぎ質的に異なる産業にする改革だが,工業にフォーカスしている.これに対し,第5期科学技術基本計画のSociety 5.0は,新しい社会,生活を生み出そうとしている.ロボットが進化し,実空間がセンサーでつながり,実空間から集めたデータはビッグデータの中でAIが処理し,適切な行動指針を実空間に戻す.これによって社会における価値観が大きく変わる.Society 5.0の実現には,社会が何を望むか,社会の望むものを支えるのに科学技術は何をするかが課題となる.

 実空間とサイバー空間をつなぐにはセンサーが重要になる.センサーで取得したデータをサイバー空間でビッグデータ化し,AIで情報処理する.処理結果を実空間に戻すにはアクチュエータが必要になる.この過程を要素に分解して,要素技術を開発し,総合するのが科学技術の研究である.第4期科学技術基本計画までは,要素の研究を重視し,その積み上げによるイノベーションを考えていた.これに対し第5期ではあるべき社会の姿から開発すべき要素を導くこととした.これを実際どのように行うかについて,第一の柱を説明する基本計画の第2章は,「未来の産業創造と社会変革に向けた新たな価値創出の取組」と題し,3項目に分けて内容を記述している.その記述は,(1)未来に果敢に挑戦する研究開発の人材の強化,(2)世界に先駆けた「超スマート社会」の実現(Society 5.0),(3)「超スマート社会」における競争力強化と基盤技術の戦略的強化,と続く.この(3)の中で,「基盤技術については,超スマート社会サービスプラットフォームに必要な技術(サイバーセキュリティ,IoTシステム構築,ビッグデータ解析,AI,デバイスなど)及び,新たな価値創出のコアとなる強みを有する技術(ロボット,センサー,バイオテクノロジー,素材・ナノテクノロジー,光・量子など)について,中長期視野から高い達成目標を設定し,その強化を図る」と記された.ナノテクノロジーはSociety 5.0実現のために強化すべき重要技術と位置付けられている.

 第5期科学技術基本計画では,科学技術の研究は要素の積み上げでなく,あるべき社会の姿が必要とする要素を導き出し,その要素開発を追究するとされた.その具体的な方策はまだ十分には整理されていない.そこで,物質・材料研究機構(NIMS)の研究の中で,この方針に近いと思われるものを4つ紹介する.

 NIMSは1956年に発足した金属材料技術研究所が,1966年設立の無機材質研究所と2001年に統合して一つの独立行政法人となった.その後,2015年に国立研究開発法人となり,2016年10月に,産総研,理研とともに特定国立研究開発法人に移行した.NIMSはナノマテリアルの研究を担当する.

 その中で最初の例は原子スイッチである.回路の高密度化に伴い,電磁ノイズの問題が大きくなる.従来のエレクトロニクスは電子の動きを用い,荷電粒子は電磁ノイズの影響を受けやすい.そこで電気的に中性な原子をスイッチに使おうと研究開発を進め,NECで製品化された.電磁ノイズに強く,コンピュータの小型化・低消費電力化に貢献する.

 第2は,希土類元素ディスプロシウム(Dy)フリーの磁石である.実空間では,自動車のモータに限らず磁石が多用されるが,高性能のネオジム磁石の高温動作,性能発揮のため,資源的に問題のあるDyを使う必要があった.これに対し,3次元アトムプローブ顕微鏡を開発し,Dyが必要な理由を探った.結晶粒界面の観察結果をもとにDyフリー磁石を開発し,大同製鋼で製品化した.

 第3に,データ量増大に対処するため高密度磁気記録用に磁気センサー材料を開発しているが,スピントロニクスの研究から,超高感度磁気センサーが開発された.微弱な磁気信号を出す脳波のセンサーともなり,快適空間の実現に貢献する.

 最後は,嗅覚センサーである.匂いの成分はガスクロマトグラフィで分析できる.しかし,直接,匂いを検知できれば,生肉の質や青果物の産地がわかる.これに対し,匂い物質に対する感応膜をつけたチップに生じる引っ張り力を2軸測定することで匂いを検出できた.1cm2に100チャネルのものまでできたので匂いを嗅ぎ分けられる.この技術は,呼気の匂いを分析して,ガンなどの病気の検出にも展開できよう.

 以上は社会像から問題解決に必要な要素を導き,その研究開発を進め,応用展開した例になるだろう.ここでは,ナノテクノロジーによる新材料の開発が必要だった.材料開発には,データ駆動型科学が重要になる.NIMSはその中心となって,材料研究データバンクを構築する.1850年頃に鉄鋼,1900年頃から高分子,1950年頃からの半導体と,材料科学は展開してきた.2000年からはナノテクノロジーが材料研究の重要課題となっている.

質疑

Q:第5期科学技術基本計画で研究開発の考え方を変えるという方向性が示された.実行に伴って必要になると思われる計画の見直しや微調整はどのように行われるか.

A:大きな方向は変わらないが,1年ごとに計画をレビューして必要な変更を行う.個々の研究開発が各省のプログラムの中で行われているのを国トータルで見るように変えることも考えている.進捗状況に応じた対応を国として取って行くことになる.

【Session 1:IoTシステム構築・マテリアルズインフォマティクス/ IoT/Materials Infomatics】

座長 片山 芳則(量子科学技術研究開発機構)

1-1 「IoTが拓く社会イノベーション」/ "Social Innovation created by IoT"
西村 信治(株式会社日立製作所)/ Shinji Nishimura (Hitachi, Ltd. Japan)

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 様々なデバイスのネットワーク接続を意味するIoT(Internet of Things,モノのインターネット)は,企業競争力,社会インフラの老朽化,エネルギー資源不足などの社会問題解決の新たな経済価値になると期待される.

 IoTによってイノベーションを成功させるには,(i)実空間で起こっていることを定量的に把握するセンシング技術,(ii)測定結果からデータの特徴を抽出し解析する人工知能(Artificial Intelligence, AI),(iii)解析結果をもとに実空間で起こっていることを制御するアクチュエータ技術の進歩が求められる.

 IoTを支えるデータ処理システムはクラウドシステム上で集中処理する従来のものから,測定場所で"edge and fog computing"を用いる分散処理システムへと進む(edge:その場,fog:遠い雲に代わる近くの霧).結果として,システムは,多様化した大量のデータによって運用される.センシングデータを集めるセンサーや測定器は新しいナノテクノロジーを用いてさらに多様化する.特に,実空間とサイバー空間のインターフェースとしてセンサーとアクチュエータを支えるナノテクノロジーが重要になる.

 社会問題の解決にIoTを用いたソリューションの例には,製造工程におけるスマートな操作,効率的な材料開発,社会インフラのモニタリングなどがある.

 人の動きを捉えて分析する技術が開発され,Work flow monitoringは,工場内のレイアウト変更や工場間の繁閑調整など生産活動の改善に適用された.倉庫内の物の移動が改善され,消費者への搬送が効率化される.生活空間では,ライフラインに置いたセンサーで,ラインをモニタして得られたデータを伝送.解析することにより水漏れなどの故障予知が可能になった.これらは,全体を一つの輪でつなぐことによって可能になることである.

 IoTにおけるナノテクの寄与の一つはセンサーである.迅速に効率よく情報を集められれば,ソリューションを見つけやすくなる.その開発例には,体内からの反射によるノイズを減らした超音波センサー,TiO2にナノスケールのガス通路を設けた水素センサーなどがある.

 ものづくりでは,設計・試作・評価に3年かかっていたものを,一連のプロセスのつなぎを考慮し,AIを利用することにより,1か月に短縮した.過去の設計経験をデータベース化し,AIで目的とするものに近い設計例を選び,これをもとにシミュレーションして設計し,3Dプリンタでものを作っている.製造には高速加工を可能にするFIB(集束イオンビーム)装置を開発し,シミュレーション設計をもとに,電子顕微鏡で観察・制御しながら,加工・組み上げて,MEMSセンサーを1~5hrで作れるようになった.ここでは,電子顕微鏡データの取り込み,データベース化などに,マテリアル インフォマティクスを活用している.

質疑

Q:ナノテクノロジーは日本の社会に受け入れられるか.コンシューマ用途で社会受容をどう考えるか.

A:日本ではナノテクノロジーの利用の50~60%がコンシューマ用途だという.今回紹介したのは工業用途であるが,コンシューマ用途は重要と考えている.

1-2 「新しい窒化物半導体の発見-in silico スクリーニングによる予測と実験による実証」/"Discovery of Novel Nitride Semiconductors : Predictions via in silico Screening and Experimental Verification"
大場 史康/平松 秀典(東京工業大学)/Fumiyasu Oba / Hidenori Hiramatsu (Tokyo Institute of Technology, Japan)

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 半導体の応用が広まる中,新たな半導体の探索の重要性が高まっている.化合物半導体の中で,窒化物は環境に優しく豊富に存在する窒素(N)を成分とするので魅力的である.しかしながら,現在製品として入手可能な窒化物半導体はGaNとそれを基にした混晶に限られている.このため,赤の発光ダイオード(LED)を窒化物半導体で実現することは難しかった.赤のLEDができれば,窒化物半導体の応用範囲は拡大する.

 新たな窒化物半導体の探索には,実験のみに頼らず,計算機を用いて広範囲な材料の可能性を調べることが必要になる.in silicoは「コンピュータを構成するシリコンの中で」,すなわちSi LSIで構成されたコンピュータを用いた探索を意味する.計算で目的の材料候補を選び(スクリーニング),実験で材料を合成し,評価する.ここで紹介する研究は,計算を大場氏,実験を平松氏が担当したもので,講演は大場氏が行った.

 スクリーニングは,候補になる物質を想定して,その中から有望なものを選んで行く過程である.実験で選ぼうとすると,試せるのはせいぜい50程度である.これに対し,in silicoなら多数のものを試せる.第一原理計算で物質の安定性や,格子欠陥の予測をする.計算するのはバンド構造,格子振動に対する動的安定性,状態図に現れる各相の熱力学的安定性,不純物添加の可能性などである.計算上の制約を除いて信頼性を高める計算技術を開発し,スーパーコンピュータを用いて,一つのプロジェクトで1000の候補をスクリーニングできるようになった.

 環境との調和性を考えて,ZnとNの化合物を狙った.特にn型になるものを探す.Znの3d軌道は,Nの3p軌道と混成してドーピングがしやすくなる.3元系の候補は600あった.物性,状態図などを計算し,格子振動で壊れず,合成しやすく,ドーピングできるもの,GaNより有効質量の小さいものを選んで,候補は21に絞られた.この候補には既知のものも6つ含まれ,スクリーニングの妥当性を保証できた.全くの新物質は11あり,その中でCaZn2N2は,バンドギャップが1.8eVで直接遷移型,有効質量はGaNの半分,不純物添加の計算からn型,p型のいずれにもなる可能性が分かった.

 選び出された材料の作り方は,熱力学から3元系状態図を求めるなどしてシミュレーションで予測する.この結果から,1200℃,5.0GPa(5万気圧)1時間の高圧合成を行った.作製した試料のX線回折結果は事前の計算結果とよく一致し,バンドギャップは予測に近い1.9eVと求められた.赤のバンド端フォトルミネセンスが観測され,直接遷移型バンド構造を示唆した.

 これらの結果は,最先端のコンピュータを用いたスクリーニングとこれに続く目標を定めた実験が新材料発見を加速することを示すものである.

質疑

Q:従来の2元系合金から3元系に拡張して新物質の発見に成功したが,指導原理はあるか.

A:Nを指定した時の3元系の候補の数は膨大であった.そこでデータ科学を元に電子構造からZnに絞った.データ科学との連携が重要である.

【Session 2:ナノ診断とナノ治療/Nano Diagnostics & Nano Therapy】

座長 堀池 靖浩(物質・材料研究機構)

2-1 「ナノバイオデバイスが拓く超スマート社会」/"Nanobiodevices for Society 5.0"
馬場 嘉信(名古屋大学)/Yoshinobu Baba (Nagoya University, Japan)

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 ナノとバイオの融合領域の研究開発でSociety 5.0において必要となる多くのセンサーデバイスが開発され,機器,システムに適用される.

 Society 5.0で重要なのはセンサーで大量の情報を集めることである.バイオの例として,バイオセンサで血液検査のデータを取るが,データが少なく,時間・空間分解能が低い.キャピラリー技術を使っているため,装置も大きい.一方,ナノの世界では,半導体の進歩により,小型・高密度化が進み,コンピュータには20億個のトランジスタが搭載されている.その技術のバイオへの応用は1980年代からが始まり,1990年代にゲノム解析が進んだが集積度は1,000程度にとどまる.ナノは電子を扱うが,バイオは細胞を扱う.バイオとナノのサイズの差は大きい.

 ナノとバイオのギャップを埋めようと医工・産学連携でがんの診断,再生医療などのセンサー開発が始まっている.ナノサイズのポリマーでがんの抗体を捉えるようにし,蛍光で肺がんや脳腫瘍に関係する遺伝子を検出することで治療に使う抗体の数を増やすことができた.蛍光で肺がんや脳腫瘍に関係する遺伝子を検出する.症例を増やし,独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査を受けるまでになった.手のひらサイズの装置ができ,臨床試験中である.しかし,試験段階では小ロットの試作になる.これには,ナノテクプラットフォームの活用が有効だった.

 ヘルスケアや在宅診療のための免疫障壁デバイス,単一DNA,マイクロRNA配列解析のためのナノピラー,ナノポアデバイス,エキソソーム(細胞外分泌小胞)解析のためのナノワイヤー,AIで増強されたIoTナノセンサ,iPS細胞の量子スイッチング生体内イメージングなどの開発が進んでいる.免疫障壁デバイスは,高速で低侵襲の血液採取型のバイオマーカー癌検出において2分以内の検出を可能にした.さらにナノピラーデバイスは,DNAとマイクロRNAの電気泳動分離を60µsで行い,ナノピラーとナノポアを集積したナノバイオデバイスは単一DNAの超高速配列解析を可能にする.ナノワイヤデバイスと超分解能光学顕微鏡との組み合わせはガン細胞からのエキソソーム分析やエキソソームRNA解析に有効である.ナノワイヤー,ナノポアデバイスを機械学習と組み合わせると,環境にあるPM2.5,バクテリア,ウィルスの移動センサー開発を可能にする.量子ドットは単一ガン細胞診断,単分子遺伝子変成分析,iPS細胞による再生医療の生体内イメージング,などに用いる量子バイオデバイス開発に応用される.

質疑

Q:技術は広範囲で産業としても大きい.様々なものをまとめる管理体制はできているか.

A:十分な管理体制ができているとは言えない.基礎研究を医学に応用するという,出口に向けた運営を行ってゆくことになる.

2-2 「人体に無害な光(近赤外線)を照射して癌細胞を壊す新がん治療法;近赤外光線免疫療法」/"Near Infrared Photoimmunotherapy (NIR-PIT) for Cancer; Crashing Cancer Cells in the Body by Exposing Harmless Near Infrared Light"
小林 久隆(米国NIH)/ Hisataka Kobayashi (National Institutes of Health, U.S.A.)

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 特定の分子(抗原)を認識して結合する抗体はナノサイズの分子で,生体内では最も選択性の高い分子という特徴を持つ.このため,ガン治療に抗体を使うことが試みられてきた.抗体に放射性アイソトープをつけて注入すればガン細胞を放射線で効率よく攻撃できるが,周辺の健康な細胞も放射線で傷つく.高温加熱や,低温凍結でガン細胞を攻撃できるが,周辺の細胞が傷つく.そこで,抗体を光に応答する分子に付けて体内に注入し,光で活性化して標的のガンだけを攻撃することを考えた,この治療法は一般に光抗体治療(photoimmunotherapy, PIT)と呼ばれる.これをガンに適用したのが"cancer PIT"である.またガンの免疫細胞の活動を妨げている細胞があり,これを壊すことによってガンの免疫細胞を活性化させて治療するのを"immune PIT"と呼び,この2つが光抗体治療の2本柱である.

 しかし,光や電磁波の波長が短いとあらゆる細胞が障害を受ける.一方,化学反応には十分高いエネルギーが必要になる.このため,細胞を壊さず,分子を活性化できる近赤外光(NIR, near infrared)を選んだ.一方,近赤外光を吸収して活性化する分子として近赤外シリカーフタロシアニン色素のIRdye700DXが見つかった.生体の中には水や血液が大量に存在する.血や水の吸収を避けないと,光は活性化させたい分子に届かない.水や血液による吸収を避けるよう,近赤外光の波長は700 nmとした.IRdye700DXと単一クローン抗体を結びつけて体内に注入すると,抗体がガン細胞に結びつき,光で色素分子を活性化すると,ガン細胞に水が入り込み,膨張して破裂することでガン細胞を破壊する. これが新しく開発された分子標的ガン光療法の近赤外免疫療法(NIR-PIT)である.例えば,手術できない頭と首のガンを持った患者のEGFR(上皮成長因子受容体)を標的にして治療した.

 分解能50nmの高分解能顕微鏡で3D観察すると,抗体が結合した細胞にNIRが当たって光化学反応で水が入り込み,膨れ上がって破裂する過程が観察できた(講演の中で動画が示された.この動画はNIHのホームページ(https://www.cancer.gov/news-events/cancer-currents-blog/2016/photoimmunotherapy-cancer)で見ることができる).NIR-PITによる破壊のプロセスは2分で終わる.生物学の反応は何時間もかかるが,NIR-PITは物理化学的反応で細胞を壊しているため速い.第1相臨床試験は,2015年4月に米国FDA(食品衛生局)の認可を得て行われ,現在は第2相試験に移行している.

 NIR-PITは選択的であることが大きな特徴である.標的ガン細胞だけを壊死させ,健康な細胞や免疫細胞を壊さない.このため,ガン細胞が壊れた後に正常細胞が成長する.PITでガン細胞を完全に殺せなくても免疫細胞が働くのでガンは再発しない.破裂した時に出るエネルギーで近くの抗体が活性化するので,ガンに対する免疫がスタートする.ガン細胞が壊れ血管の周りに隙間ができるので血流に乗ったナノ製剤が血管から出やすくなり,ナノ製剤の輸送効率は24倍になった.ナノ製剤はガンに集まりやすいので,ナノ製剤とPITを組み合わせると,ガンに抗体がたまって,短時間で治療が進む.さらにNIR-PITはリンパ球の作用を抑制する免疫細胞を局所的に欠乏させ,他の免疫細胞は腫瘍床に浸透するので,全身の抗ガン細胞免疫性を活性化する.このように,NIR-PITは,がん細胞を直接壊死させる以外にも効果のある治療法である.

質疑

Q:光の到達深度はどのくらいあるか.膵癌のように体内の深いところにあるガンに対応できるか.

A:NIR光は2.5cmまで入る.それ以上深い場合は内視鏡を利用し,光ファイバを通して送り込む.

Q:水に吸収される波長帯を除いた光を使ったら効果が上がることになるか.

A:フタロシアニンの吸収波長は700nmであり,強いレーザー光の得られる波長は限られている.波長帯域の広い光は熱になる成分が多いので使えない.

Q:室内光を遮光する必要はないか.

A:蛍光灯やLED照明の波長スペクトルは限られているので,遮光は要らない.波長帯域の広い太陽光や白熱電球の照明は避けている.

【Session 3:ナノテクノロジープラットフォーム活動概要/Activities of Nanotechnology Platform】

司会 古屋 一夫(物質・材料研究機構)

3-1 表彰式:平成28年度の秀でた利用成果及び技術支援表彰/Award Ceremony: Research Achievement and Others

 ナノテクノロジープラットフォームでは微細構造解析,微細加工,分子・物質合成の3つの技術分野に26機関が参画し,1,000以上の最先端設備を供用している.設備の利用により,数々の成果が生まれているが,その中から秀でた利用成果が選ばれた.最優秀賞は,名古屋大学 微細構造解析プラットフォームの「超高効率水素製造光触媒を実現した新奇薄膜構造の発見とその構造解析」に贈られた.ユーザーは東京大学である.

 また,設備の利用を支援するスタッフの貢献に対し,3つの技術スタッフ表彰(優秀技術賞・技術支援貢献賞・若手技術奨励賞)が下表のように選ばれ,表彰状,記念のバッジが,大泊 巌 技術審査委員会委員長から贈られた.下の写真には,左にスタッフ表彰受賞者3人,中央に審査委員長,右に4人の審査委員が並ぶ.


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 表彰式の後,秀でた利用成果最優秀賞のショートプレゼンテーションが行われた.


3-2 平成28年度の秀でた利用成果/Research Topics of Nanotechnology Platform

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【最優秀賞】 微細構造解析PF:名古屋大学
「超高効率水素製造光触媒を実現した新奇薄膜構造の発見とその構造解析」
 ユーザー氏名:川崎 聖治,高橋 竜太,Mikk Lippmaa(東京大学)
 実施機関担当者:山本 剛久,中尾 知代,榎本 早希子,荒井 重勇(名古屋大学)
 発表者:高橋 竜太

 水素は地球に優しいエネルギーである.製造には,光触媒を担持した水光電極を用い,光触媒の酸化物中で光励起されたキャリアが水を分解する.これには可視光に応答する高効率な光触媒が求められる.チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)のバンドギャップは紫外線に近い3.2eVだが,Ir不純物添加で可視光に応答するようになる.東京大学で作製に成功したIt添加SrTiO3薄膜は,従来比4倍の光触媒効率を達成した.AFM観察の結果,薄膜表面にIrナノドットが析出していることが分かったが,この構造からだけでは.高い触媒効率を説明できない.そこで,STEM(走査透過電子顕微鏡)を用いた高分解能構造解析で,高効率化の理由を明らかにしようと名古屋大学の微細構造解析プラットフォームを利用した.

 薄膜内部構造を立体的に調べるには,薄膜の断面方向と平面方向から観察できるTEM試料を精緻に作製しなければならない.通常の方法で研磨するとダメージが入ってしまうのでウェッジシェイプ精密研磨法を適用し,断面観察には3°斜め研磨をArイオンミリングで行った.HAADF(高角度環状暗視野)-STEM観察の結果,AFMで見られたIrナノドットは,薄膜を貫通して自律成長した5nmのロッド状Irナノピラーであることが分かった.また,TEMのEELS(電子エネルギー損失分光)元素分析でfcc Irの析出を確認した.この構造から,光励起によって電子/正孔が生成し,この正孔が,薄膜表面に露出した仕事関数の大きいナノピラー先端部分で水の分解,水素生成を促進したと考えられた.

質疑

Q:Irは薄膜中に入っているか.

A:Irの半分は析出し,半分はIr4+として薄膜中に存在する.

Q:厚さを変えた実験はしているか.ナノピラーはどこまで入っているか.厚さで特性は変わらないか.

A:膜厚100~200nmまでナノピラーの存在を確認している.ただし,50nmより厚いと成長様式が変わるように見えるのでさらに調べている.厚くなって特性が良くなるかと思ったが.変化は見られていない.

3-3 ポスター発表:ナノテクノロジープラットフォームの実施概要及び利用成果/Poster Presentation on Activities of Nanotechnology Platform

 表彰式とプレゼンテーションに続き,会場入口ロビーで下記7項目のポスター発表が行われ,ナノテクノロジープラットフォームの実施概要及び利用成果の展示,発表者と参会者との討論,交流が行われた.

(1)文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム 平成28年度 秀でた利用成果
(2)平成28年度 技術スタッフ表彰
(3)ナノテクノロジープラットフォーム事業概要
(4)ナノテクノロジープラットフォームセンター
(5)微細構造解析プラットフォームとその参画11機関
(6)微細加工プラットフォームとその参画16機関
(7)分子・物質合成プラットフォームとその参画11機関


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【Session 4:Human Sensing/ヒューマンセンシング】

 座長 山本 剛久(名古屋大学)

4-1 「人やあらゆるものからの情報を収集するセンサー技術」/"Sensor Technology for Monitoring What We Need"
下山 勲(東京大学)/Isao Shimoyama (The University of Tokyo, Japan)

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 下山氏は東京大学でIRT研究機構の機構長を務めている.IRTは,Information and Robot Technology Research Initiativeを略したもので,IT(Information Technology)とRT(Robot Technology)の融合技術を意味し,人を支えるロボット技術を開発する.この開発では,人やあらゆるものからの情報を収集するセンサー技術が重要となる.

 日本の人口は今後減少に転じる.家族構成が変わり一人世帯が増える.1955年には11%だった一人世帯が1985年には24%になった.40歳になっても一人暮らしの人が多くなる.寿命は延びて,2015年に公表された厚生労働省の簡易生命表によると男女の生存期間中央値はそれぞれ83.76歳,89.79歳になった.一人暮らしが増え,高齢化するから見守りのためのセンサーのニーズが高まる.天井カメラや,ウェアラブルデバイスでのモニタがスマート社会では大切になる.

 スマートでウェアラブルな指輪や腕輪は,心拍数や身体活動性を監視するのに使えるようになる.デバイスはスマートフォンでコンピュータにデータを送る.コンピュータ内のデータは,専門家によってヘルスケアに使われ,ユーザーにコメントを送る.ウェアラブルな活動量計は既存の低消費電力センサーや無線通信などをベースにしている.人からは心拍はじめ様々な生体情報が出ているから,人の見守りには生体情報に応じたセンサーが必要になる.現在,トラッカーに入っているセンサーは身体活動を測定する加速度計,高度を測る圧力センサー,心拍測定のための発光素子と光検出器などである.血流,血圧,血糖値などの生体情報を検出するにはさらに進んだセンサーが必要になる.

 このため,ピエゾ抵抗効果を用いたMEMS歪みセンサーを開発している.金属のストレインゲージは断面積と長さが変わることによる抵抗変化で歪みを測るが,ピエゾ抵抗効果は,結晶格子歪みによって起こるから素子の大きさに依存しない.従って,小さな力を測れるようセンサー構造を小さくできる.ピエゾ抵抗ストレインゲージは,力,圧力,音響の検知器になる.

 ピエゾ抵抗MEMS歪みセンサーは,300nm厚のSiカンチレバーか,両端支持Si梁を基にし,その上に薄いピエゾ抵抗体を設けた構造で,SOI(Silicon on Insulator)ウェーハをMEMS加工して作られる.応力が加わると,上の面に最大の引っ張り歪み,下の面に最大の圧縮歪みを生じ,ピエゾ抵抗が形成される.この効果を用いた歪みセンサーのゲージファクタは1000で,0.01ppmの歪みを検知でき,400pNの力も検出した.感度が良いから細胞のように小さいものの変位や歪みも測定できる.

 このようなセンサーの用途は広い.触覚,表面張力,流速を測定し,超音波を検知,手術中のメスの位置を検出する.心臓の圧力や変位も測れる.チップを皮膚につけると,血流速度を測ることができ,血圧や血糖値なども測れる.血流速が9m/sであることもわかった.

 人のヘルスモニタリング技術は,社会基盤のヘルスモニタリングにも利用できる.社会インフラは老朽化し,熟練検査技師の数が減る中で,インフラの監視はインフラの健康を保つ重要課題である.NEDOによるインフラ構造の保守,管理,再生のプロジェクトは,変位,歪み,振動センサーを用いる「道路インフラ監視システム」の提案を採択した.ここにはセンサー駆動のための電源として太陽電池,センサーデータを送るための無線通信がネットワークを構成するシステムの要素として組み込まれている.

質疑

Q:人体に適用する時はどんな工夫が要るか.

A:人体内に使うには生理食塩水に入れることになるので保護が必要になり,そうすると信号強度が落ちるのでロックインアンプでノイズを下げるといった工夫が必要になる.

4-2 「有機エレクトロニクスを核とした皮膚密着型ウエアラブルデバイスの新展開」/"Future Directions of Wearable Organic Devices Closely Attached on Skin"
高宮 真(東京大学)/Makoto Takamiya (The University of Tokyo, Japan)

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 ウェアラブル ヘルスケア デバイスは,脳波のセンシングなどの体調監視を目的とするため,保守不要のエネルギー自立性と,装着を意識しない機械的柔軟性の双方が求められる.これに加えて,計測データを理解する人工知能,通信コストやデータ処理の遅れを避けるその場解析が求められる.

 これに応え,有機エレクトロニクスを核とした皮膚密着型ウェアラブル デバイスの開発を進めている.プラスチックフィルム基板にセンサーと有機トランジスタ(OFET)回路を搭載する.OFETはゲート長が20µmとSi MOSFETの22nmに対して長いため動作速度は遅いが,機械的に柔らかく(フレキシブル),面積あたりのコストが低いという特長を持つ.このため,フレキシブル,大面積応用に取り組み,足裏でピエゾフィルムを踏むことで計数する万歩計,無線給電で動作する尿漏れセンサシートなどを作った.

 今回紹介する一つの例は,皮膚密着型筋電位センサーである.手を失った人の腕の筋電位を測定して義手を制御する.1点だけの計測では情報量が不足するので多点,例えば64点の筋電位を測定する.サランラップの10µmより薄い,厚さ1µmのPENフィルム上にOFETアレイと皮膚に接する筋電極の2層の筋電位シートを張った.このセンサーは腕に密着し,腕の動きによって生じる5mV程度の筋電位の変化を50倍に増幅することができた.

 次の例は,人工ニューロンを集積したフレキシブル床ずれ予防シートである.寝たきりによる床ずれは局所圧力によって生ずる.シーツやパジャマのシワで体が長時間押されていると床ずれになるので,圧力の不均一を検出する.圧力不均一は,引き出し線を減らせるよう,センサー搭載のOFETに判断させる.5ヶ所の感圧ゴムからの出力を人工ニューロンで1ビットのデジタル信号に変換する.5つのセンサーからの出力を比較して,体がシーツに及ぼす圧力の不均一を,OFET回路によりその場で判断させ,床ずれ予防信号を発信させることができた.

 また,完全フレキシブル太陽電池内蔵の熱警告アームバンドを作った.温度センサー,フレキシブル太陽電池,増幅回路,圧電効果を用いたアラームが搭載されている.センサーで発熱を検出し,増幅して基準値と比較する.体温が38℃を超えるとアラームが鳴る.太陽電池を遮光するとアラームが止まるので外部電源なしで動いていることが確認できた.

質疑

Q:厚さ1µmのセンサーは肌に貼り付けるだけで良いか.

A:密着して貼り付けるだけで良いが,ゲルで貼った方が安定して測れる.

【Session 5:Safe & Secure Society/安全・安心な社会】

 座長 藤田 大介(物質・材料研究機構)

5-1 「社会インフラの安全・安心のための新しい長寿命制振ダンパー合金」/"A Novel Long-lived Seismic Damping Alloy for Safe and Secure Social Infrastructures"
澤口 孝宏(物質・材料研究機構)/Takahiro Sawaguchi (National Institute for Materials Science, Japan)

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 講演者はNIMS構造材料拠点振動制御材料グループに所属する.題目にあるキーワードのDampingは振動を吸収して減衰させる制振を意味する.これにSeismicが付くと地震から建築構造物を守る制振ダンパーになる.ここでは,大地震に対する耐久性を持たせた新合金を開発,制振ダンパーに用いて,40階建ての高層ビルに設置した開発例を紹介する.

 建物の地震対策には,耐震,免震,制振の3要素がある.耐震はいかに頑丈に設計するかである.地盤の揺れが建物に伝わらないようにするのが免震である.制振は建物の中に振動を吸収する物体を入れて振動が建物に伝わらないようにする.

 制振ダンパーには粘性を持った油,粘弾性を示すエラストマー,金属などが使われる.金属は振動の良導体であるが,塑性変形するまでの大きな歪を与えると振動を吸収するようになる.しかし高歪のため金属疲労が起こるので50年といった耐用年数で設計する.従って,この耐久性向上が求められる.

 金属疲労は,建築や機械における金属や鋼の部品の老化における重大な問題である.繰り返し負荷の下で非可逆的な原子再配置の蓄積によって進行する.

 そこで,疲労耐久性のある高マンガン鋼を開発した.組成はFe0.65Mn0.15Cr0.08Ni0.08Si0.04で,従来の材料に比べ約10倍の低サイクル疲労寿命を持っている.

 高マンガン鉄オーステナイト鋼は,炭素鋼(Fe-C)にマンガン(Mn)を12%程度添加した耐疲労性Fe-Mn-C鋼である.鉄のT-P(温度-圧力)状態図は,常温常圧で体心立方(bcc)のα-Fe,常温高圧は六方稠密(hcp)構造のε-Fe,中温で面心立方(fcc)のγ-Fe,高温でbccと領域が分かれる.fccの中には一部εになるものがあるが,γ,εとも稠密充填で,γはバネのように弾性変形し,高応力では塑性変形する.この塑性変形にはすべり変形,双晶変形,γからεへの相変態の3つがある.変形したところと未変形のところの境界に転位が入り,金属疲労破壊の元になる.新合金は,この転位が同じ結晶面を可逆的に往復する形で変形が進行するので金属疲労が進行しにくい.そのヒントになったのが高マンガン鋼の中の形状記憶合金であった.圧縮でεからγになることを見つけた.引っ張りの後で圧縮すると結晶変形は可逆的に起こっている.さらに成分を変え,AlをSiで置き換えた.すると疲労特性で優れたところが見つかった.SEMで1点ずつ解析できるようになったので,結晶の向きがわかる.疲労寿命の優れた中間のところではεとγが共存し,エネルギーがバランスしている.様々な成分系で連続的に調べると,εとγのエネルギーがバランスし,変形の元になるα'マルテンサイトの出にくいところがあった.開発した高マンガン鋼は,従来の材料に比べ約10倍の疲労寿命を示した.寿命にはSiが有効に働き,Cr,Niで耐食性を高めている.この開発の元になった設計指針により様々な材料の疲労寿命を高められる.

質疑

Q:ε,γ相を考えた材料設計は高層ビルの制振ダンパー以外にも使えるのではないか.

A:次には低層建物や橋梁に応用したい.指導原理は,他にも応用可能だが,それぞれに研究のステップは必要.地震の低サイクル疲労と異なる高サイクル疲労では,疲労メカニズムが異なるのではないかと研究を進めている.

Q:合金は実用化までに何種試したか,Alの添加はなぜ止めたか.

A:インゴットの種類としては70~80種試した.はじめ,Mnを30%入れていた時はAlを使った.Mnが多いと作りにくいのでその後Mn濃度を下げた.Alが窒化物を作るなど悪さをすることもあるので最終的には使わなかった.Alが入ったことでεとγのバランスが取れたが,これは他の元素でも可能だった.

5-2 「安全・安心で豊かな社会のためのサービスイノベーション」/ Services Innovation for Social System Industry"
小松崎 常夫(セコム株式会社)/Tsuneo Komatsuzaki (SECOM CO., LTD. Japan)

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 SECOMは1962年に牧場の小屋から始まった,民間のセキュリティ会社である.現在は,200の関連会社,59,000人の従業員が21か国で働いている.セキュリティ,地理情報(衛星情報,地中状況を含む),情報通信(ICT,サイバーセキュリティ),不動産(住宅開発),保険,医療(日本では在宅医療),防災の7項目をまとめて安全のワンストップサービスを提供している.

 SECOMの活力源は,社会への「思い」である.「思い」は人々とその幸福のために行動する意志(will)である.「思い」を「社会設計」の概念のもとに実現するには,人,組織,計画,革新的研究開発能力が重要な資源となる.SECOMの最も重要な使命は,人口総数の減少,超高齢化,出生率低下といった劇的な人口変動のもとで,裕福で確実な社会の維持に貢献することである.社会活動には,オフェンスとディフェンスが共存する.生活を安全・安心にするのはディフェンス力である.

 SECOMの使命を果たすため,「人間の力の増幅」を図る.先端技術の活用により,保安・警護サービスにおいて人間の力を500倍に増幅することに成功した.また,安全・安心サービスの基本はオペレーションサービスである.小さな変化から1秒でも早く異常を見つけて効果的に対処する.そこで基幹オペレーションサービスを効率化し,1千万人分の仕事を20,000人でやれるようにした.IoTにより,実空間にある様々な,多数のセンサーからデータを収集し,ビッグデータをAIで処理して,実空間に対応策を戻す.基幹オペレーションサービスの革新に向け,最先端の技術を全て利用する.幾つかの技術は既に適用されているが,将来に向けては,これまで十分な関係を持たなかった様々な分野との新しい協働によってサービスの革新を加速しなければならない.最も重要な先端技術はナノテクノロジーである.

 ナノテクノロジーは高い技術革新の可能性を持っている.新材料,新しい物理的性質,微細化,様々なデバイスのエネルギー節約などのナノテクノロジーの成果は,IoT,ビッグデータ,AI,高信頼情報システムの技術的基礎として,基幹オペレーションサービスの革新を加速する.また,サービス工程において,ウェアラブルセンサの例のように,人やモノの動きを検知することは,保障サービスだけでなく,医療,ヘルスケア,災害予防においても重要で,人間の力を増幅する元になる.

 他方,これらの技術は,間違った人が間違った方法で使えば,大きなマイナスの衝撃を与える.また,今は良いと考えている技術でも遠い将来に悪い影響を生じないとは限らない.長期的な広い視野を持ち,それに対処するため,「社会設計」の視点を持たねばならない.

 社会が複雑に成長するほど,全貌を理解することは一層難しくなる.特定分野の専門家だけでは,社会全体に大きな影響を与える革新的技術を開発することは難しい.したがって,社会設計の概念のもとに「思い」を共有する専門家や企業が協働するオープンイノベーションが重要になる.SECOMは協働の信頼できるメンバーとして,豊かな未来に向けてのすべての努力に挑戦する.

質疑

Q:情報の悪用をどのように防ぐか.

A:サイバー,フィジカルの両面で対策して,自分の入手した情報は何をしてでも守る.

Q:多数のセンサーが繋がっていると一つ欠けたら全体が止まる恐れがある.どう対処するか.人をどのように鍛えるか.オフェンスとディフェンスの戦略はどう考えるか.

A:センサーは単体でなく群として見る.Critical sensingでは高性能でredundancyを持った設計をする.統計数理的アプローチも加える.違った見方をすることで真理が見つかる.人がデータに作用することで役立つデータになる.オフェンスとディフェンスの戦略のためには総合的な社会設計が必要.SECOMはディフェンス側だからオフェンス側の企業との連携を図る.国や地域のレベルで連携する.

【Closing Remarks/閉会挨拶】

野田 哲二(JAPAN NANO 2017 組織委員長,物質・材料研究機構ナノテクノロジープラットフォームセンター長)/Tetsuji Noda (Chairperson of the Organizing Committee of JAPAN NANO 2017 / Director, Center for Nanotechnology Platform, National Institute for Materials Science, Japan)

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 本シンポジウムには昨年を上回る627名の参加があったとの報告とともに,講演者,参会者,シンポジウム準備に当たった人々への謝辞が述べられた.












(古寺 博)