(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年11月号掲載当時のものです。)

わかる入門講座:ナノテクの世界、その11
ナノ・ドメイン・エンジニアリング(II)
独立行政法人 物質・材料研究機構 
  物質研究所光学単結晶グループ ディレクター 北村健二
  ナノマテリアル研究所原子エレクトロニクスグループ 主任研究員 寺部一弥

きたむら けんじ
静岡県生まれ。東京大学理学部卒。理学博士。無機材質研究所(現物質・材料研究機構)に入所。九州大学教授(併任)。

てらべ かずや
愛知県生まれ。名古屋工業大学工学部卒。工学博士。名古屋大学助手、理化学研究所特別研究員などを経て2003年から現職。

前号のあらまし

 物質・材料研究機構では、強誘電体単結晶を用いた「ナノ・ドメイン・エンジニアリング(NDE)」という新たな手法で、今までにないデバイスの開発を行っている。

  強誘電体単結晶のもつ分極構造の反転操作を精密に、また超微細スケールで制御し、強誘電体としての様々な機能を備えたデバイス、テンプレートの開発を目指している。前号では、強誘電体単結晶の代表でもあるニオブ酸リチウム(略称・LN)、タンタル酸リチウム(同・LT)結晶の分極構造、強誘電体としての様々な機能と応用、そして欠陥を制御することによって分極反転に必要な電界が著しく低下することをレビューした。

  この大幅な分極反転電圧の低下は、ぶ厚い高出力波長変換素子の作成も可能にしたが、一方、更に微細で精密な分極反転構造の形成にも可能性を開いた。

  例えば、走査プローブ顕微鏡下でナノスケールの分極反転も可能となった。従来材料では、分極反転電圧が大きくてカンチレバーを通して分極反転することは困難だった。強誘電体の圧電効果、電気光学効果、非線形光学効果(前号で紹介)は、当然分極の方向に依存しているから、微細な分域(分極の方向の揃っている領域=「ドメイン」と呼ぶ)パターンの形成から、新たなデバイスの創出が期待できる。

  本稿では、走査プローブ顕微鏡下でナノスケールの分極反転を如何に行うか、またそこから何が期待できるかについて述べる。

走査プローブ顕微鏡下での分極反転と分域の観察

 我々は、物・材機構で開発した欠陥密度が制御された高品質な定比LN、LT結晶を用いて、任意な形状の分域構造を結晶内にナノスケールで構築する技術の開発を行っている。ナノスケールでの分域構造の加工と観察は、走査型フォース顕微鏡(略称・SFM:装置的には原子間力顕微鏡とほぼ同じ)を用いて行っている(図1参照)。

 まず、原料供給システムを備えた二重ルツボ法によって、欠陥を制御して育成した定比LN単結晶を単一分極構造になるようにポーリング処理を行う。この結晶からZ軸方向に対して垂直にカットした薄板を得る。 

  次に、薄板状LN結晶を金属板上に銀ペーストを用いて貼り合わせた後、アルミナ粒子とシリカコロイド水溶液を用いて厚さ約五〜一〇マイクロ(マイクロは百万分の一メートル)になるまで研磨する。

  試料は、SFMにセットし、白金コートしたシリコンで作られている導電性カンチレバーから、試料に適当なバイアス電圧を印加する。これによって局所的に分極方向を反転することができる。

  更に、適切な印加電圧の極性、大きさ、印加時間の条件下で、カンチレバーを試料表面上で走査することによって任意パターンの分域構造を構築することができる。

  また、パターン化した分域の観察は、そのままSFM下で圧電応答モードによって観察することができる。これは、カンチレバーを通して電界を加えた時に、表面が出っ張るか、凹むか(前号図4を参照)を判断して分極の方位を判断する(参考文献1)〜3))。

  結晶の分極方位と逆の方向に電界をかけると分極は反転する。例えば、カンチレバーを一点に当て、分極反転電圧以上の電界を加えると、すぐに結晶板の反対側まで分極反転が貫通する。

  そのまま電界を加えていると、反転した分域が広がって、分域ドットが形成される。この分域ドットの大きさは、印加電圧の大きさと印加時間に依存している。 

  図2は、印加電圧マイナス四〇ボルトで一〜四千八百秒の各時間、探針から試料に電界を印加することによって、分極方向が反転された分域の形状変化を示す。形成した分域(茶褐色で示されている)は、六角形をしており、処理時間の増加とともに、六角形の形を保ったまま分域が一様に成長することがわかる。

  この分域の分極方向は、試料の底面から表面に向かっており、すなわちこの分域の試料面は正に分極(+Z表面と表す)していることを示す。また、処理時間を百二十秒間と一定にして、印加電圧の大きさを変化させた場合でも、電界の増加とともに六角形の分域が一様に成長した。それぞれ図3の(a)、(b)に、分域サイズと印加電圧の大きさの関係、および分域サイズと処理時間の関係を示している。これらの結果は、印加電圧の大きさや処理時間を制御することにより、任意の大きさの分域を構築することができることを示している。

  更に、カンチレバーをLN試料上で固定して、印加する電圧の極性と処理時間を制御することによって、環状パターンのような面白い周期反転分域構造も構築できた。

  次頁図4aには、プラス・マイナス六〇ボルトの電界を異なった処理時間で交互に印加することによって、異なる大きさの分域から成る三重環分域構造を構築した例を示す。このパターンを構築するための電界の印加条件を図4bに示す。ここでは、始めに、マイナス六〇ボルトの電圧を四千八百秒間印加することにより、図4aに示す約三・五マイクロの大きさの分域を構築した。次に、プラス六〇ボルトで九百秒間、マイナス六〇ボルトで六十秒間、プラス六〇ボルトで一秒間と、順々に試料に電界を印加することによって、異なるサイズと分極面(+Z、-Z)を持つ分域を順次構築した。

  また、電界を印加しながら、カンチレバーをLN結晶の表面上で走査することによって、ドット・アレイや格子パターンの分域構造も構築することができる。その一例として、マイナス六〇ボルトの電圧を試料に印加しながら、カンチレバーを走査して構築した格子パターンの分域構造を図5に示す。分極反転によって構築した格子パターンの線(+Z表面)幅は、約五〇〇ナノメートルであった。更に、適当な間隔で分極反転すると分域ドット・アレイも形成できる(図6)。

図1:走査プローブ顕微鏡下でカンチレバーを通して電界をかけて分極反転し、任意の分域(ドメイン)パターンを構築する概念図

図2:SFM下で 印加電界を一定(40V)に保ち、印加時間を変化させた時(1秒〜4800秒)に反転した分域サイズの違い。写真は、SFM による圧電応答イメージ。暗褐色の部分が+Z面、明るい部分が-Z面に対応

図3:a)SFMのカンチレバーを通して一定時間電界をかけて分極反転する際、印加電界と分域サイズの関係。b)印加電界を一定にした際の印加時間と分域サイズの関係

図4:SFM 下の分極反転により形成されたユニークな分域多重環。a)圧電応答イメージとして観察された分域3重環。b)カンチレバーは試料の一点に置き、印加電界(60V)の方位をスイッチしながら、印加時間を調整て多重環が形成できる

図5:SFM 下でカンチレバーを通して電界をかけて分極を反転し、さらにカンチレバーを一定速度で走査する。このような操作により、圧電応答イメージとして観察された格子状分域パターン

図6:SFM 下でカンチレバーを通して電界をかけて分極を反転し、さらにカンチレバーを一定間隔で移動する。このような操作により、圧電応答イメージとして観察された分域ドット・アレイパターン

分域構造による3次元構造の形成

 一八〇度分極を有するLN結晶をHF(フッ化水素)水溶液に浸すと、-Z表面が選択的にエッチングされることが知られている(文献4,5))。これは、+Z方向と-Z方向では八面体中の陽イオンの配列が異なるためにHF水溶液で溶ける速度が変わるからだと考えられる。

  そこで、SFMを用いてLN試料内に約二マイクロの大きさで構築した分域を、HF水溶液を用いてエッチング処理した。図7は、エッチング処理後におけるLN結晶の表面構造を示す立体的トポグラフィック像である。-Zの分極面は、エッチングされたが、+Zの分極面は全くエッチングされていない。その結果、高さ約八〇ナノメートルの六角形の島状の構造が構築された。

  さらに、約八〇〇ナノメートルの大きさの分域から成るドット・アレイパターンを構築した後、LN試料の表面をHF水溶液を用いてエッチング処理した。図8は、エッチング処理後のLN試料の表面形状を示す立体的トポグラフィック像である。ドット・アレイパターン内の-Z分極面(ドット部分)が選択的にエッチングされ、直径約八〇〇ナノメートル、深さ約八〇ナノメートルのキャビィティーから成るアレイパターンの表面構造が構築できた。

  一方、ドッド領域が+Z表面から構成されるように分域構造を構築した場合には、エッチング処理によってマウンドから成るアレイパターンの表面構造が構築できる。

 

分域構造はどこまで小さくできるか

 それでは、分極反転領域はどこまで小さくできるだろうか。これは、東北大学電気通信研究所の長康雄教授研究室で行われている。長教授は、高次の非線形誘電応答から非常に高い解像力で分域構造を観察できる走査型非線形誘電率顕微鏡(略称・SNDM)を開発してきた(文献6,7))。 

 分極反転は、SNDMのプローブを用いて、試料に電圧パルスを印加することによって行うが、前述したように分極反転領域の生成は、印加電界、印加時間に依存している。そこで、極微細分域を形成するために、試料を可能な限り薄片化する。彼等の実験では、探針先端半径二五ナノメートルの導電性カンチレバーを用いて、試料厚み七〇〜一五〇ナノメートル程度のLT単結晶の薄片試料を作製している。

  図9に示す像は、生成した分極反転領域をSNDMで観測した結果である。書き込みにおける条件は、印加パルス電圧:一五ボルト、パルス幅:(a)五〇〇ナノ秒、 (b)一〇〇ナノ秒、(c)六〇ナノ秒である。これらの像から、パルス幅を短くしていくにつれて、分極反転ドットのサイズが小さくなっている様子がよく分かる。

  図中で最小分域ドットは、直径二〇ナノメートル以下になっている。今まで、LNやLTの分極境界層の厚さが何度か議論されたことがある。一〇〇ナノメートルもあると言われたこともあるが、この実験結果でそのような予測は全く翻った。原理的に一八〇度分極の壁に生まれるエネルギーは極めて低いので、壁の厚さは格子定数程度であろう。これが、強磁性体の磁壁がかなりの厚さを持つのと異なり、強誘電体の分極反転がナノスケールにまで到達できる理由である。

  このような微小分極反転ドットを高密度に書き込みむと、高密度記録媒体として応用できる。現在までの最高記録密度は、一平方インチ当り一・五テラ(テラは一兆)ビットであり、この値は電気的に記録再生でき、再書き込み可能な記録方式での最高密度であると考えている。

図7:SFM下で六角状の分域を形成し、その試料をHF水溶液でエッチングした後、SFMステレオトポグラフとして観察されたイメージ。+Z面はほとんどエッチングされていないのに対し、-Z面は著しくエッチングされている

図8:分域(ドメイン)アレイドットパターンを形成した試料をHF水溶液でエッチングした後SFMにより観察して得られた立体トポグラフイメージ。-Z面を表面にもつドットの箇所だけエッチングされ、キャッビティーアレイが形成されている

図9:欠陥制御したタンタル酸リチウム結晶における微小分極反転ドット.印加電圧:15V.電圧印加時間:(a)500n秒 (b)100n秒 (c)60n秒.試料厚:100nm.上段:振幅像、下段:位相像

ナノ・ドメイン・エンジニアリングの応用と今後の展開

 このようなマイクロからナノスケール(原子サイズも含む)での極微細加工技術を使って材料の機能を最大限に引き出そうとする技術は、シリコンをはじめ、半導体素子の開発研究では盛んに行われてきた。また微細メカニックスの部品開発でも微細構造形成の研究は行われている。これに対して、強誘電体結晶を用いたマイクロエンジニアリングは十分に行われてきたとは言えない。冒頭で述べているように、強誘電体は多種多才の機能を持っている。いままでの微細部品はいかに微細構造を形成するかが中心であり、材料としての機能は単純である。ニオブ酸リチウムのような強誘電体でナノスケールの微細構造が形成できれば、その優れた機能を活かした新たな素子開発が可能となる。たとえば、図8で示した構造は、周期的に大きな屈折率変化をもっており、フォトニック結晶としての応用も考えられる。しかも外からの電界によって条件を変えることができる。また特定な分域にだけ電界を生じさせることもできるし、表面を動かすこともできる。これらは、今までにないテンプレートとして活用できる可能性をもっている。

  このようなマイクロエンジニアリングには、本稿で紹介したナノスケールで行えるドメインエンジニアリングやビームテクノロジーが基本となっており、この分野の発展が今後多いに期待される。

  本稿で紹介した研究および原稿の作成にあたり協力していただいた、東北大学電気通信研究所 長 康雄教授、物質・材料研究機構竹川俊二博士、中村優博士、栗村直博士、東京理科大大学院生樋口慎二氏に謝意を表します。

 

参考文献
1) A. Gruverman, O. Auciello and H. Tokumoto, Appl. Phys. Lett. 69, 3191 (1996).
2) Y. G. Wang, W. Kleemann, T. Woike and R. Pankrath, Phys. Rev. B 61, 333 (2000).
3) A. Gruverman, O. Auciello, J. Hatano and H. Tokumoto, Ferroelectrics 184 (1996).
4) K.Yamamoto, K.Mizuuchi, K.Takeshige and T.Taniuchi, J. Appl. Phys. 70, 1947 (1991).
5) Y.Y.Zhu, S.N.Zhu, Z.Y.Zhang, H.Shu, J.H.Hong. G.E.Grecz and N.B.Ming, Appl. Phys. Lett. 66, 408 (1995).
6) 長 康雄,桐原昭雄,佐伯考央,電子情報通信学会論文誌 J78-C-1, 593 (1995).
7) Y. Cho, S. Kazuta, and K. Matsuura, Appl. Phys. Lett., 75, 2833 (1999).

(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年11月号掲載当時のものです。)


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