(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年10月号掲載当時のものです。)

わかる入門講座:ナノテクの世界、その10
ナノ・ドメイン・エンジニアリング(I)
独立行政法人 物質・材料研究機構 光学単結晶グループディレクター 北村健二
                                  特別研究員 寺部一弥

きたむら けんじ
静岡県生まれ。東京大学理学部卒。理学博士。無機材質研究所(現物質・材料研究機構)に入所。九州大学教授(併任)。

てらべ かずや
愛知県生まれ。名古屋工業大学工学部卒。工学博士。名古屋大学助手、理化学研究所特別研究員などを経て2001年から現職。

今までにないデバイスの開発に挑戦

 物質・材料研究機構では、強誘電体単結晶を用いた「ナノ・ドメイン・エンジニアリング(NDE)」という新たな手法で、今までにないデバイスの開発を行っている。

 強誘電体単結晶のもつ分極構造の反転操作を精密に、また超微細スケールで制御し、強誘電体としての様々な機能を備えたデバイス、テンプレートの開発を目指しているが、この手法の開発は世界的にもやっと始まった段階といえる。

  そこで、今回と次回にかけて、この耳新しい「強誘電体ナノ・ドメイン・エンジニアリグ」がどのように開発され、どのような可能性を持っているかを紹介する。

  開発は、まず単結晶育成技術開発による材料の改善から始めている。ここでは、物質・材料研究機構が長い間蓄積してきた単結晶育成技術がすべての源となっている。今回は、強誘電体結晶の代表であるニオブ酸リチウム単結晶(図1)における材料の改善、結晶内の欠陥構造制御等について紹介し、次回に実際のナノスケール分極反転技術に進む。

 

図1:物質・材料研究機構で開発している低欠陥・高性能ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム単結晶。

強誘電体ニオブ酸リチウム結晶

 通常、電気を通さない物質(絶縁体)を電場の中に置くと、物質中の原子や分子の位置がわずかに変わり、電気双極子モーメントを持つようになる(局部的に正電荷をもつ部分と負電荷をもつ部分に分かれ、局所的な電場が生じる)。この現象を誘電分極という。

 強誘電体結晶は、温度が下がることにより中心対称性を失い、電場を加えなくても、分極した電気双極子モーメントを持っている(自発分極)。ここでもう少し、詳しくニオブ酸リチウムの構造から自発分極の様子に注目してみる。

  ニオブ酸リチウムは、酸素イオンが六方最密に充填した層が積層したフレームを持っている。この最密充填(パッキング)層と層の間に酸素イオン6個で囲まれた八面体が形成されている。この八面体中や酸素パッキング層内にリチウム(Li)、ニオブ(Nb)といった陽イオンが存在する。高温の常誘電相では、図2左のようにニオブイオンは八面体の中心に位置しており、リチウムイオンは酸素パッキング層内で酸素イオン三個に配位された位置に存在する。図からもわかるように、この常誘電相は上下に対称性を持っており、自発分極は存在しない。

  しかし、温度が下がると、ニオブイオンは、自らの電子軌道とエネルギー利得の関係で八面体の中心から結晶構造のZ方位に位置がずれる。これによって、リチウムイオンはニオブイオンが移動した方向に引っ張られ、酸素のパッキング層内から層間の八面体の中に移動する(図2右)。この変位により、図のように上から下に向かってニオブイオンの入っている八面体、リチウムイオンの入っている八面体、空の八面体という極性を持つようになる。図の上(+Z方向)から下(-Z方向)への方向と逆方向とでは陽イオンの配列が異なっている。この変位によってZ方位に沿った自発分極が出現し、この結晶は強誘電体となっている。常誘電体から強誘電体への相転移温度をキュリー温度といい、ニオブ酸リチウムでは約1200℃、類似のタンタル酸リチウムでは約700℃である。

  特に強誘電体では、この自発分極の分極方位と反対方向に電場を加えると、自発分極の方向が反転する特徴をもっている。

  他の多くの強誘電体結晶では、酸素八面体中において陽イオンの位置がずれることによって分極方位が変わるが、ニオブ酸リチウムではもっと激しい変化が必要となる。

 図3のように、電場が加えられてニオブ酸リチウムの分極が反転するということは、八面体の中のニオブイオンが相転移で移動した方向と反対の方向に移動する。リチウムイオンは、酸素のパッキング層を通り抜けて隣の空の八面体に移動しなければならない。単に八面体の中で変位するだけではなく、イオン拡散と同様のプロセスが必要となる。反転すると、Z方位に沿った分極は180度反転したことになる。このことから180度分極と呼んでいる。他の強誘電体では、90度分極や120度分極等と同時に存在することもある。

  しかし、ニオブ酸リチウムの180度分極は単純であり、一旦反転した分極は安定に存在する。

図2:ニオブ酸リチウムの高温型常誘電相から強誘電相への構造変化。Z軸に垂直な方位で酸素イオンの最密充填層が積層し、その層間の八面体にニオブ、リチウムイオンが位置する。

図3:ニオブ酸リチウムの分極構造と分極反転。酸素イオンを省略して八面体の配列で表している。電場を加えた分極反転では、ニオブイオンは八面体の中で位置をずらすが、リチウムイオンは隣の八面体に移動する。

携帯電話など身近な所で多用されている強誘電体

 このように、自発的な双極子モーメントを持っている強誘電体は様々な機能を持っており、実は我々の生活に密着したところで応用されている。

  ニオブ酸リチウム(LiNbO3、略称LN)と類似物質であるタンタル酸リチウム(LiTaO3、略称LT)は、優れた圧電効果、焦電効果、電気光学効果、非線形光学効果を持っている。圧電効果は、外から結晶に応力を加えると、誘電分極が生じる(あるいは自発分極が変化する)、逆に外から電場を加えると歪み(結晶が伸びたり、縮んだりする)が生じる効果を言う。

  この効果を利用してLN、LT結晶板の表面に波を立たせ、特定の電磁波を選択したり、増幅する素子(表面弾性波素子)が、テレビ、ビデオ、携帯電話で使われている。我々が日頃使っている携帯電話には、少なくとも6個以上の表面弾性波素子が内蔵されている。

  更に、この圧電効果はピエゾ共振素子としても、他に広く使われている。焦電効果は、温度変化によって分極が変化する効果で、焦電センサーとして使われている。これら、いわば従来の応用では、結晶の育成法や素子の製造法がかなり確立していると言える。

  これに較べると、電気光学効果や非線形光学効果の応用はまだ開発途上にあると言っても良い。電気光学効果は、電場を外から加えることにより、結晶の屈折率が変わる現象を言う。この効果は、電気信号を光信号に変える光変調器、あるいは光信号の光路を変換する光スイッチなどに使われる。

  これらは、光情報伝送技術で使われる重要なデバイスであるが、日進月歩で発展する通信技術の中で、求められる仕様は益々高くなり、材料においても、デバイスにおいても、日々性能の改善が求められている。

レーザー光の波長を変える

 非線形光学効果は、結晶中をレーザーのような強い光が通過するときに、結晶の分極構造と光の相互作用で現れる現象である。例えば、この効果によって、入射するレーザー光の波長を変換することができる。

 レーザーとして発振される光は、その量子的な性質から波長に限りがある。またレーザーの種類によって、高出力化、安定化が進んでいる波長もあり、まだニーズに即さない波長もある。

  したがって、高効率の波長変換素子が開発されれば、必要とする波長のレーザー光が得られるようになる。強度の大きなレーザー光は、紫外から赤外まで広い波長領域で、実に様々な応用が期待されている。レーザー自身の開発と波長変換素子の開発は、今後も非常に重要で、社会的にも大きなニーズがある。

  このような、強誘電体の持つ機能も、分極構造と密接に関係しており、分極構造を制御することにより、更に複雑な機能素子、あるいは集積化した機能素子の開発が期待できる。
例えば、結晶板に分極方位の異なる領域をパターン形成すると、電場を加えることにより、伸びる部分と縮む部分に分かれ、電気信号に応答した表面凹凸を形成することができる(図4参照)。

  また、同様に屈折率の増加する領域と減少する領域が現れ、両領域間において大きな屈折率変化を起こすことができる。更に、非線形光学効果では、周期的に分極方位を反転した構造から、波長変換を行うことができる。

  原理的には、形成する分極構造の周期を変えることにより、材料の透明波長領域で任意の波長変換を行うことができ(図5)、光通信技術、医療、環境計測など幅広い分野でこの波長変換素子が使われる可能性がある。

図4:最上図のように周期的な分極構造に電場を加えると(もちろん分極反転を起こさない程度)、分極方位の異なるAとB領域で表面に凹凸が現れる(圧電効果)。内部ではAとB領域で屈折率が異なる(電気光学効果)。図は効果を誇張している

図5:周期的な分極構造により入射するレーザー光の波長変換が可能となり(専門的には擬似位相整合による波長変換という)、様々な応用に活用される

物材機構が欠陥を大幅に減らす方法を開発

 前節までに、強誘電体ニオブ酸リチウムの分極構造、様々な機能と分極構造の関係を述べてきた。強誘電体分極構造を更に細かく、更に精密に制御することにより、今までにないデバイスの開発が期待できる。

 その前に従来の材料では、そのような微細分極構造の形成に限界があった事を述べる。それは、結晶中の欠陥(原子配列の乱れ)と密接な関係にあることを物質・材料研究機構では世界で初めて発見し、その制御法を開発してきた。

  従来のニオブ酸リチウム結晶(LN)やタンタル酸リチウム結晶(LT)で微細な分極パターンを形成するのに大きな障害は、分極反転に必要な電場が非常に大きな事にある。1mm当たり20キロボルトという非常に大きな電場を加えないと分極は反転しないし、また十分な時間に渡って電場を加えないと反転した分極が元に戻ってしまう。しかも、これらの性質は材料固有のものと思われていた。

  これらの材料の限界を語る前に、市販されている従来材料が多量に欠陥を含んでいることを考慮しなくてはならない。

  1965年以降、LNとLTの大型単結晶が育成可能になって以来1)、結晶の組成は高温において[Li]/[Nb] 比や[Li]/[Ta]比で幅広い不定比性を示すことがわかり、相図の研究も盛んに行われた2,3)(図6参照)。従来の引上げ単結晶育成法(チョクラルスキー法)では、育成する結晶と融液の組成が一致していないと均一組成の単結晶は育成できない。

  したがって、世にでている大型LN、LT単結晶は、誕生した時から一致溶融組成に近いものであったといえる。市販結晶で使われるこの一致溶融組成は、ニオブあるいはタンタル成分が過剰で、リチウム・ニオブ比あるいはリチウム・タンタル比がおよそ48.5対51.5ぐらいである。

  本組成では、数%に達するニオブあるいはタンタル過剰イオンがリチウムイオンを置き換えている(アンチサイト欠陥)し、更に数%の空位欠陥をもたらしている4)(図7)。 

  この欠陥量は、一般的な単結晶材料としても異常に大きい。そこで、物質・材料研究機構では、十年以上に渡って不定比欠陥密度を制御する単結晶育成法を開発してきた5)。その結果、結晶に含まれる欠陥量を1.5桁から2桁低減することができ、欠陥を制御した材料(リチウム・ニオブ比あるいはリチウム・タンタル比が限りなく一対一に近い材料。一対一の比を持つ組成を「定比組成」と呼ぶ)と、従来材料とを様々な特性で比較してきた6)。その結果、LNとLTにおける分極反転電圧も不定比欠陥密度により、大きく変わるという画期的なことを発見した7,8)

図6:ニオブ酸リチウムの相図(温度と組成で表される各相の安定領域)。ニオブ酸リチウムにはリチウム対ニオブ比が1対1からニオブ成分過剰側に存在する組成領域がある(不定比組成領域という)。

図7:ニオブ酸リチウムの不定比欠陥構造。市販されている結晶の組成はニオブ成分が過剰で、その過剰ニオブイオンは本来リチウムイオンが占めるべき場所を占めてしまう。また電荷が異なるので、周囲のリチウムイオンが占めるべき場所も空になってしまう。

高出力用の波長変換素子が可能に

 LTの場合、従来材料では分極反転に1mm当たり20〜22kVという高い電圧が必要であったのに、定比に近いLTでは、同2kV以下で分極反転できることが判明した8)

 LT同様、LNにおいても定比組成に近づくと反転電圧は同4kV程度まで低下する。図8にはLTにおける外部電場と自発分極の関係を示してある。

  LN、LTの大型単結晶が育成されるようになってから30年以上経って、一桁以上も分極反転電圧が低くなる現象が初めて明らかになった。 

  この大幅な分極反転電圧の低下は、ぶ厚い高出力用波長変換素子の作成も可能にしたが、一方、更に微細で精密な分極反転構造の形成にも可能性を開いた。例えば、走査プローブ顕微鏡下でナノスケールの分極反転も可能となった。これらについての詳細は、次号で紹介する。

図8:従来の一致溶融組成タンタル酸リチウムと欠陥を制御した結晶の自発分極と電場の関係。電場を加えて自発分極がマイナスからプラスに変わる電場が分極反転電場(抗電界とも呼ぶ)。欠陥を制御すると、高電界は著しく低下する。

(参考文献)
1) A.A.Ballman, J. Amer. Cerm. Soc., 48, 112 (1965).
2) P.Lerner, C.Legras, J.P.Duman, J.Crystal Growth, 3/4, 231 (1968).
3) L.O. Svaased, M.Eriksrun, G.Nakken, A.P. Grande, J.Crystal Growth, 22, 230 (1974).
4) N.Iyi, K.Kitamura, F.Izumi, J.K.Yamamoto, T.Hayashi, H.Asano, and S.Kimura, J. Solid State Chem. 101 (1992) 340.
5) K.Kitamura J.K.Yamamoto, N.Iyi, S.Kimura and T.Hayashi, J. Cryst. Growth 116, 327 (1992)
6) 北村健二、「強誘電体光学単結晶のブレークスルー」応用物理 68, 511 (2000) .
7) V.Gopalan T.E.Mitchell, K.Kitamura and Y.Furukawa, Appl. Phys. Lett. 72, 1981 (1998)
8) K.Kitamura Y.Furukawa, K.Niwa, V.Gopalan and T.E.Mitchell, Appl. Phys. Lett., 73, 3073 (1998).

(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年10月号掲載当時のものです。)


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