(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年9月号掲載当時のものです。)

わかる入門講座:ナノテクの世界、その9
ナノ物質の形態と構造(II)
独立行政法人 物質・材料研究機構 物質研究所超微細構造解析グループ ディレクター 板東義雄

ナノ物質は形態や構造により性質が大きく変わる

 先月号では、ナノ物質の形態と構造について、特にその合成法や性質について紹介しました。ナノスケールの微細な物質は、その形態や構造により性質が大きく変化します。このため、その形態や構造を直接に観察する研究が極めて重要になります。本号では、ナノ物質の原子レベルでの観察法とその実例について述べます。

 小さな物体を拡大してみるには、顕微鏡が必要です。顕微鏡の命は、分解能です。まず、顕微鏡の分解能がどうして制限されるのかを考えます。今、点物体の試料に入射波(例えば、光線や電子線)を照射します。試料から散乱された波が球面状に飛び出し、この球面波を対物レンズで収斂させて、画像化します。対物レンズは、有限の大きさなので、結像には散乱波の一部しか用いることができません。この結果、撮影された像は点とならず、図1のようにぼけます。Abbe(アベ)は、この現象を回折収差と定義しました。したがって、アベの理論による分解能(d)は、次式で示されます。

d = 0.61λ/(n・sinθ)

ここで、λは波長、n・sinθは開口数です。光の波長は、400〜700ナノ(ナノは、10億分の1)メートルで、対物レンズの開口数は約1〜1.6から、光学顕微鏡の分解能は約150ナノメートルが限界です。

  一方、電子顕微鏡は、光の代わりに電子線を、ガラス製対物レンズの代わりに、磁界型の電子レンズを用いています。電子線の波長は、光の10万分の1以下(例えば100キロボルトではλ=0.0037ナノメートル)ですから、アベの式によると電子顕微鏡の分解能は0.001ナノメートルが実現されると予想されます。

  しかし、電子顕微鏡に用いられる電子レンズは、球面収差を取り除くことが不可能なことから、アベの式は適用できず、実際には次式で電子顕微鏡の分解能が定義されます。

d = 0.65 Cs1/4λ3/4

ここで、Csは球面収差係数です。この式からわかるように、電子顕微鏡の高分解能化には、電子の波長を短くすることが有利です。このため、加速電圧の高い電子顕微鏡が高分解能には最適です。現在、1000キロボルトの超高圧電子顕微鏡の分解能が最も良く、その値は、0.1ナノメートルです。

 

ばんどう よしお
徳島県生まれ。大阪大学大学院理学研究科博士過程修了。無機材質研究所(現物質・材料研究機構)に入所、2001年独立行政法人化後、現職。平成5年以降筑波大学連携大学院教授(併任)

図1:顕微鏡の分解能を支配する要因:回折収差と分解能

分析電子顕微鏡はナノ領域の化学組成、電子状態まで観察できる

 各種の顕微鏡の中で、現在、原子や分子のレベルの解像度で観察できる高分解能顕微鏡は、電子顕微鏡の他に、走査トンネル顕微鏡、原子間力顕微鏡、電界イオン顕微鏡などがあります。

 図2は、透過型電子顕微鏡の原理図です。薄膜試料(厚さ数10ナノメートル)に高速の電子線(100キロボルト以上)を照射し、試料を透過した電子波を対物レンズなどの電子レンズにより拡大し、顕微鏡像や電子解析像を観察できます。低い倍率数1000倍)で観察すると、試料の形態や、転位や、積層欠陥などの内部構造が調べられます。さらに、高倍率(数10万倍から数百100倍)で観察すると、原子の配列が調べられます。最近の電子顕微鏡の分解能は0.1〜0.2ナノメートル程度と飛躍的に向上し、結晶内原子を1個1個分離して観察することができます。

  さらに、半導体X線検出器や電子エネルギー分析器を本体に付加することにより、ナノ領域での化学組成や、電子状態をも調べることができるようになっています。このような分析機能を有した電子顕微鏡は、特に「分析電子顕微鏡」と呼ばれています。

 

図2:電子顕微鏡の結像の原理

酸素元素の分布像を画像化することにも成功

 図3は、原子配列観察の実例(Al11O3N9)です。窒化アルミニウム(AlN)は、熱伝導性が良いことから半導体の基板材料として注目されていますが、不純物として酸素が混入し、それが熱伝導特性の劣化を起こします。そのため、不純物酸素の分布を調べる必要があります。図3は窒化アルミの高分解能電子顕微鏡写真で、格子像と呼ばれます。黒い点として見えるのは、金属のアルミニウム原子です。白く見えるのは、原子と原子の隙間で、窒素や酸素原子が写真では捕らえられていません。したがって、格子像からは、酸素や窒素原子を知ることはできません。

 そこで、分析電子顕微鏡を用いて、電子ビームの直径を0.4ナノメートルにまで細く絞り、図3中のアルミニウム―酸素層に約20秒間照射し、その一層の原子列から発生した特性X線スペクトルを観測しました。すると、アルミニウム原子の特性X線の他に酸素のX線が観測できました(図4(a))。

さらに、電子ビーム位置をずらして、図3中のアルミニウム―窒素層の一点に同様に照射して観測すると、図4(b)の用に、今度は酸素でなく窒素元素が観測できました。

  このような元素分析から、不純物酸素は、結晶内に一様に分布するのでなく、特定の原子列に規則的に分布していることがわかりました。

  さらに、最近、物質・材料研究機構で開発された最新の原子識別電子顕微鏡を用いて、その酸素元素の分布像を高分解能で画像化することにも世界で最初に成功しました(図5)。

図3:Al11O3N9資料の電子顕微鏡像
黒い点が金属Al原始に対応。酸素や窒素原子は像に現れていない。

図4:図3中のAl-O層(a)及びAl-N層(b)からの特性X線スペクトル
電子ビームの直径を0.4nmに絞って約20秒間測定。(a)で酸素原子が、(b)で窒素原子の存在がわかる

図5:最新の原子識別電子顕微鏡で観測した図3試料の酸素原子の分布像(エネルギーフィルター像)
白く光るのが酸素原子の1列に対応。分解能が0.5nmと世界最高を実現

窒化ホウ素のナノ物質を発見

 筆者らのグループは、窒化ホウ素(BN)のナノ物質の探索に力を入れ、これまでに窒化ホウ素組成のナノチューブ、ナノケーブル、ナノコーンや、フラーレンを世界で最初に発見しました。これらの発見は、高性能な電子顕微鏡を用いて始めて成し得たことです。窒化ホウ素は、カーボンに比べて、耐熱性や化学的な安定性が優れていることから、カーボンナノチューブを凌ぐ優れた素材としてその応用が注目されています。

  図6(a)は、窒化ホウ素のナノケーブルです。窒化ホウ素ナノチューブは、金属との濡れが悪いため、チューブの中に金属を注入することは困難とされていましたが、我々は新しい合成法で窒化ホウ素ナノケーブルの合成に成功しました。窒化ホウ素ナノチューブが絶縁体であることから、絶縁体膜で被覆したナノ金属細線として、将来のナノ電子回路の配線素材としての応用が期待されます。

  図6(b)は、窒化ホウ素のナノコーンです。窒化ホウ素ナノコーンは、カーボンのそれと異なり、コーンの先端が約三九度と鋭く尖っています(カーボンは、約60度)。この構造は、「240度の回位」と呼ばれる欠陥により形成されたことが電子顕微鏡解析で明らかになりました。窒化ホウ素ナノコーンは、後述の原子間力顕微鏡(AFM)の高分解能用探針としての応用が期待されています。

 

図6:電子顕微鏡を用いて発見したBNの新ナノスケール物質
BNのナノケーブル(a)、BNのナノコーンと、その構造(b)

ナノ物質の構造と機能のその場観察技術の開発が重要

 さて、ナノ物質の観察では、走査トンネル顕微鏡(STM)や、AFMなども広く用いられています。

 STMは、先端を鋭く尖らせた金属探針を導電性の固体表面から約1ナノメートル程度にまで近付け、数ボルトの電圧を印加し、発生したトンネル電流を一定に保ちながら、試料表面を操作することにより、表面原子の配列模様を観察します。また、観測点において試料との間の電圧を変えると、表面の電子状態も調べることができる特徴があります。

  STMは、分解能が高い優れた利点がありますが、試料が導電性でないと観察できない欠点があります。 

  これに対し、AFMは、試料と探針との間に働く力(原子間力)を利用して画像化することから、どんな試料でも観察できます。最近は、AFMの分解能も向上しつつあり、STMに近い解像度で観察できるようになっています。また、空気中でも、真空中でも、液体中でも観察できる利点があります。

  ナノ物質の研究開発では、形態や構造を観察するだけでなく、その機能をその場測定したり、あるいは微細加工したりする技術の開発も不可欠です。

  例えば、電子顕微鏡の中でナノチューブの構造観察をしながら、視野に対応した電気特性や機械特性のその場測定技術の開発が必要です。

  ナノの世界では、構造と機能の関係を全体として調べるのでなく、試料ごとに個別に対応して調べることが最も重要です。今後は、ナノ物質の構造と機能のその場観察技術の開発研究が益々重要になってゆくと思われます。

(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年9月号掲載当時のものです。)


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