(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年8月号掲載当時のものです。)

わかる入門講座:ナノテクの世界、その8
ナノ物質の形態と構造(I)
独立行政法人 物質・材料研究機構 物質研究所超微細構造解析グループ ディレクター 板東義雄

バルクにない新しい特性が

 先端材料や新素材の開発は、エレクトロニクス、環境・エネルギー、バイオテクノロジーなど幅広い分野の科学技術や産業を支える基盤として大変に重要です。特に、カーボンナノチューブ、フラーレンやナノシートのようなナノサイズの微細な物質は、バルクな状態では発現しない新しい特性が現れます。
たとえば、炭素原子から成るグラファイト(黒鉛)物質(バルク)は導電体ですが、ナノチューブになると、チューブのサイズや構造の違いによって、金属あるいは半導体の新しい性質が現れます。

  また、ナノチューブの先端に電界をかけると、チューブ先端から電子が容易に飛び出します。さらには、水素をチューブの中に貯蔵することも出来ます。

  このような優れた特性を有するカーボンナノチューブは、電子源の素材としてフラットディスプレーパネルや燃料電池などへの応用が現在急ピッチで進められています。カーボンナノチューブ以外にも最近数多くの新規なナノ物質が発見され、それが特異な構造や優れた性質を示すことが明らかになりつつあります。 

  ナノ物質は、ナノテクを支える最も重要な基盤材料として、特にその合成や評価・解析技術の開発に今大きな関心と注目が集まっています。

 

ばんどう よしお
徳島県生まれ。大阪大学大学院理学研究科博士過程修了。無機材質研究所(現物質・材料研究機構)に入所、2001年独立行政法人化後、現職。平成5年以降筑波大学連携大学院教授(併任)

様々な構造のカーボンナノ物質

 ナノ物質は、様々な形態や構造を有します。ここでは、炭素を例に図1に示します。

 バルクの炭素は、グラファイト(a)やダイヤモンド(b)として知られており、図に示すように互いに異る構造をしています。グラファイトは、炭素原子が六角形の網目を形成し、それが層状に配列しています。一方、ダイヤモンドは、炭素原子が四面体を作って強固に結合しています。このため、ダイヤモンドは、物質の中で最も硬い材料として、また宝石としても重宝されています。

  さて、炭素のナノスケール構造は、(c)から(h)に示された構造をとります。ともに、グラファイトの構造を基本としています。フラーレン(c)は、1985年に発見されたクラスター(集合体)状の新物質です(クラトーらは、この発見で1996年のノーベル化学賞を受賞しています)。「バッキーボール(buckyballs)」と呼ばれるフラーレンは、炭素原子が60個集まって丁度サッカーボールの様な球状の中空構造をしています(直径は約0.7ナノ(ナノは、10億分の1)メートル)。

  一方、カーボンナノチューブ(d)は、フラーレンとよく似た構造をしていますが、球状でなく一方向に伸びた針状の結晶です。針状結晶が中空になっているのでナノチューブと呼ばれます。中が詰まった微細な針状結晶は、ナノワイヤーと呼ばれます(f)。

  ナノチューブもナノワイヤーも共に直径は、約1ナノメートルから数10ナノメートルで、長さは数ミクロン(1ミクロンは、1000分の1ミリメートル)程度です。

  ナノコーン(e)は、丁度アイスクリームのコーンの様な形をし、チューブの先端が細く尖っています。さらに、ナノシート(g)やナノベルト (h)と呼ばれる、厚さが数ナノメートルの微細な薄膜の形態をとる場合があります。表1に種々のナノ物質を形状別にまとめました。

図1:典型的なナノ物質の構造

 

   形態
0次元
(球状)
・クラスター(C60などのフラーレン)
・超微粒子
1次元
(針状)
・ナノチューブ
・ナノワイヤー
2次元
(膜状)
・ナノシート
・ナノベルト
・ナノ薄膜
3次元
(バルク状)
・ナノセラミックス
・ナノメタル
・超格子半導体

表1:種々のナノスケール物質の形態

物質によって製法が異なる

 さて、ナノ物質は、どのようにして合成するのでしょうか? ナノ物質は、大きく分けて二つの全く異る手法で創製することが出来ます。

 一つは、トップダウン法で、バルクの物質を壊したり、あるいは加工して微細化してゆく方法です。リソグラフィーなど半導体の微細加工技術にはこの方法が良く使われます。

  一方、ボトムアップ法は、原子や分子を物理的あるいは化学的な方法で反応させて大きくしてゆく方法です。新規なナノ物質の創製にはボトムアップ法が良く用いられています。

  表2にナノ物質の主な合成方法をまとめました。また、図2(a)、(b)は、その中で特に良く用いられる合成法の概念図を示します。電子やレーザーなどのビームをバルク物質に照射すると、分解・蒸発して、小さな微粒子や薄膜が出来ます。この方法はスパッタリング法、レーザービーム照射法と呼ばれます(a)。

  また、各種のガスを高温で化学反応させる方法は、化学気相(化学蒸着)法(CVD法)と呼ばれます(b)。たとえば、アセチレンやベンゼンなどの炭化水素を、金属微粒子の触媒を用いて高温で化学反応させると、カーボンナノチューブが合成できます。

  液体状態から固体を析出させて作る方法もあります。ゾル状の液体を乾燥させてゲル化して合成する方法はゾル・ゲル法と呼ばれ、特にナノセラミックスやナノガラスの合成に良く用いられています。

  ナノ物質の合成においては、大きさや形状を如何に制御して、出来るだけ多くの量を合成できるか、その創製技術の開発が最も重要です。特に、自己組織化と呼ばれ、ある種の最適な合成条件下で、ナノ構造が自発的に成長する技術の開発もまた重要です。

  CVD合成法の一例を紹介します。非晶質のカーボン粒子と酸化ガリウム粉末を窒素ガス中、1360℃で約一時間反応(CVD法)させると、図3のように直径が100ナノメートル程度で長さが数ミクロンのカーボンナノチューブが合成できます。チューブの中には、金属のガリウムが詰まっています。金属のガリウムは、約40〜2000℃まで液体ですから、このカーボンナノチューブを加熱すると写真のように金属ガリウムが伸びたり縮んだりする現象が偶然発見されました。

  これは、水銀温度計の水銀の挙動と全く同じあることから、筆者らはこれを「カーボンナノ温度計」と命名しました(Nature,415, 599, 2002)。カーボンナノ温度計の発見は、カーボンナノチューブが微少空間での高温温度測定への応用を示唆したものとして注目されています。

   方法
物理的 ・レーザー照射法
・ガス中蒸発法
・スパッタリング法
・アーク放電法


気相法 ・化学気相成長(CVD)法
熱CVD、プラズマCVD、レーザー     CVD、MOCVD
・有機金属化合物の熱分解法
・金属塩化物の水素中還元法
液相法 ・ゾル・ゲル法
・加水分解法
・沈殿法

表2:ナノスケール物質の主な合成方法

図2:ナノ物質の主な合成方法

図3:金属ガリウムを包含したカーボンナノチューブと温度変化によるガリウム柱の伸び縮み(カーボンナノ温度計とその温度作用)

金のナノ粒子は、1000℃以下で溶ける

 それでは、ナノ物質はどのような特異な優れた性質を持っているのでしょうか?

 また、何故そのような性質が発現するのでしょうか? 

  ナノ物質は、バルクと異なり、極めて大きな表面積を有します。このため、原子の移動(拡散)や溶解性が増大します。たとえば、金の融点は、1063 ℃ですが、約7ナノメートル直径の金粒子では融点が957℃まで低下します。

  また、量子サイズ効果と呼ばれ、電子の状態が変化します。その結果、たとえばバルクの シリコン(ケイ素)は、半導体で発光しませんが、ナノサイズになると青色の発光を示すなど新機能が発現します。

  さらに、ナノ粒子を焼き固める際、その焼結温度を低下させることも出来ます。また、生成したナノセラミックスやナノ金属は、強度などの性質が数倍向上したり、あるいは「超塑性」と呼ばれる現象が現れ、素材によっては数倍から数1000倍に伸びたりもします。表3にナノ物質の性質と特徴を示しました。

   バルクの物質 ナノスケール物質
炭素(C) 導電体、半金属 ・半導体、金属
・電子放射、水素吸蔵(カーボンナノチューブ)
シリコン
(Si)
半導体、
発光しない
青色発光
(ポーラスシリコン)
二酸化ケイ素
(SiO2)
絶縁体、
発光しない
青色発光
(ナノワイヤー/ナノチューブ)
金(Au) 化学的に不活性 触媒作用(COガスの酸化)(5mm径の超微粒子)
鉄(Fe) 磁性材料、保磁力470 Oe 保磁力が5倍(2,500 Oe)に向上(200mm径のナノ粒子)

表3:ナノスケール物質の性質と特徴の実例

新ナノ物質の探索研究を

 ナノ物質は、優れた新規な特性を発現させるだけでなく、これまで知られていたバルクな性質をさらに大幅に向上させ、新素材としての応用範囲が拡大してゆきます。特に、ナノチューブ、フラーレン、ナノ粒子、ナノクラスターなどの特異な構造や性質を有する新ナノ物質の探索研究が必要です。

  また、実用化においては、ナノ物質の集合体であるナノセラミックス、ナノメタル、ナノ高分子、ナノガラスなどの開発も不可欠です。ナノ物質の開発研究は、ナノテクを支える基盤技術として今後益々重要になってきます。

(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年8月号掲載当時のものです。)


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