(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年7月号掲載当時のものです。)

わかる入門講座:ナノテクの世界、その7
ナノ構造の創製法
独立行政法人 物質・材料研究機構 ナノマテリアル研究所ナノデバイス研究グループ ディレクター 小口 信行

 前回は、「ムーアの法則」(半導体素子の集積度は、十八ヶ月ごとに二倍になるという説)に基づいてナノテクノロジーの必要性を述べ、単一電子トランジスタ、セルオートマトンを中心としてナノ構造の示す性質が将来どのようなデバイス(素子)へ利用されようとしているのかについて述べた。今回は、このようなデバイスを実現するために必要なナノ構造の創製法にはどのような方法が考えられているのかということについて半導体量子ドットの作製を中心に紹介する。

 

こぐち のぶゆき
山形県生まれ。東北大学工学部卒業。工学博士。科学技術庁金属材料技術研究所に入所。2002年4月より現職。専門は、量子ドットの創製と応用。

半導体量子ドット
―現在のバルク状素子の壁破る

 量子ドットとは、図1に示すように直径二〇ナノ(ナノは、十億分の一)メートル程度以下の半導体の微細な単結晶をこれよりもエネルギーギャップの大きな別の半導体単結晶の中に多数埋め込んだ構造である。このような構造では、物質中の素機能を発現する領域を微細化できるばかりではなく、量子サイズ効果が顕著になるため従来のバルク状半導体素子には期待できない新しい特性をもった素子ができるかもしれないとも考えられている。

 たとえば、このような構造で半導体レーザーを作れば、わずかな電流を流しただけで強く光る非常に純粋な光のレーザーができるという予測があり、現在すでに室温で動作する量子ドットレーザーが作製されている。

  また、この量子ドット構造を利用して性能の良い赤外線検出器、高密度メモリー素子等ができるかもしれないという予測もある。さらに前回述べたように量子ドットをもちいたセルオートマトンは、現在の集積回路の集積度の限界を打ち破ることになるかもしれないという期待もある。

 

図1:半導体量子ドット

四つの条件満たす構造が必要

 このような特性をもつ構造を実際に作るためには、次の四つの条件を満たす構造を作る必要がある。

(1)個々の極微単結晶の大きさが二〇ナノメートル程度以下であること。
(2)極微単結晶の大きさが良くそろっており、サイズのバラツキが一〇%以内であること。
(3)極微単結晶の距離が二〇ナノメートル程度以下でそろっていること。
(4)極微単結晶が別の半導体単結晶の中にエピタキシャル状態で埋め込まれていること。

ここでエピタキシャル状態とは、極微単結晶と周りの結晶を構成する原子が乱れがなく連続的につながっている状態のことをいい、界面に邪魔になる酸素、炭素などの余分な原子がくっついていないことが必要である。

  用途によっては、(3)の条件、すなわち極微単結晶の配置を制御することは必ずしも必要ではない場合もある。しかし、いずれにしてもこのような構造を作ることは容易ではなく、現在、おもに化合物半導体ガリウム・砒素(GaAs)あるいはインジウム・ガリウム・砒素(InGaAs)を対象として、いろいろな作製法が盛んに研究されている。これらの方法は、微細加工を利用する方法、単原子操作による方法、結晶成長機構を利用する自己形成的な方法とに大別できる。

20ナノメートル以下の加工精度

 紫外線、あるいは電子線を用いた通常の微細加工により量子ドットを作るアイデアを図2に示す。この微細加工による方法では、基板単結晶上に作製した二〇ナノメートル以下の厚さの単結晶薄膜に対してドライエッチングあるいは化学エッチングを施してナノスケールの構造を作製する方法と、基板単結晶表面に微細なパターンを施したあとそのパターンにそった極微単結晶を成長させる方法が考えられている。

 しかし、これらの方法により前述の構造をもつ材料を作ろうとした場合にはまだまだ解決すべき問題が多い。すなわち、微細加工法として実用的には最も進んだ方法である電子線リソグラフィーを採用しても、現在の技術では二〇ナノメートル以下という加工精度を達成することは困難であり、また加工に伴う極微構造側面の損傷も問題である。このような損傷があると理論的に予測されている新しい特性を発現させることができない。

図2:微細加工による量子ドットの作製プロセス

原子を一個づつつまむ

 走査トンネル顕微鏡を用いる単原子操作によりナノ構造を作る試みも行われている。走査トンネル顕微鏡は、物質表面の原子配列を観察するための手段として知られているが、この方法は図3に示すようにトンネル顕微鏡のプローブにより原子を一個づつつまみ人工的な構造を作ろうとする方法であり、原子で作ったいろいろな文字や絵ができることが発表されている。

 この方法を応用すれば、原理的には量子ドットを作ることができる。しかし、実際に量子ドットを作ろうとすると大きな困難に直面する。原子の文字を一時間程度で作っている現在の技術がさらに進歩して、かりに一千分の一秒間で一個の原子をつまんで望みの位置にもってくることができるようになったとしても、直径五ナノメートル程度の一個のドットを組み上げるためには原子約八千個を動かす必要があり、このようなドットを百分の一ミリメートル四方の平面上に並べようとすると約九十日もかかってしまい現実的ではない。

  また、シリコンのような単一の元素からなる物質では原子を一個づつつまんで動かすことが可能であるとしても、GaAsのような複数の元素からなる化合物半導体においては技術的にはさらに困難になると予想される。

図3:単原子操作によるナノ構造の創製

注目される結晶成長機構使う量子ドット作製法

 以上のように微細加工、あるいは単原子操作を利用して量子ドットを作る試みには、多くの大きな困難が伴うが、これらの壁を打ち破る可能性のある方法として、最近結晶成長機構を利用する自己形成的な方法が注目されている。

 薄膜結晶成長の初期の様子は、図4に示すように次の三つに分類できる。すなわち三次元的な島状成長、二次元的な層状成長後の三次元成長、および二次元成長の三種類で、これらはそれぞれの成長を最初に研究した人間の名前を冠して、「Volumer―Weber(VW)型」、「Stranski―Krastanov(SK)型」、および「Frank―van der Merwe(FW)型」成長と呼ばれている。

 量子ドットを作るための自己形成的な方法とは、このうちのVW型、あるいはSK型における島状成長を利用しようとするアイデアである。GaAs基板上に「分子線エピタキシー(MBE)法」によりインジウム・砒素(InAs )薄膜を成長させた場合、SK型成長によりInAsは島状に成長することが一九八五年に見出され、この現象を利用して量子ドットを自己形成的に創製しようという方法が一九九三年に提案された。この流れをくむ研究が現在まで多くの材料について行われてきている。

 さきに述べたようにこの方法により現在では、量子ドットレーザーも作製されている。ただこの方法は、薄膜のSK型成長機構に基づいているため、InAsとGaAsのような量子ドットとして使う物質と基板物質の間の格子定数が異なる組み合わせ、すなわち、格子不整合系の場合には有効であるが、GaAsとアルミニウム・砒素(AlAs)のような格子定数の一致する組み合わせ、すなわち格子整合系には適用できない。

  また、この手法は、SK型成長機構に基づいているため、図4からも明らかなように、量子ドット以外に薄い膜が不可避的にできてしまうという問題もある。

図4:薄膜成長の初期過程
緑色の部分は基板であり、青色部分は基板上での凝結物質である。

期待高まる「液滴エピタキシー」

  格子整合系、不整合系によらず多くの材料の量子ドット作製に適用可能で、量子ドット以外に薄い膜ができるようなことのない「液滴エピタキシー」とよばれる方法が一九九〇年に提案されて現在まで研究が続けられている。

 薄膜を作製する技術は、近年MBE、有機金属気相成長(MOCVD)法と呼ばれる方法が急速に発達してきている。これらの方法、たとえば通常のMBE成長によりGaAsの薄膜を作製する場合は、適当な強度に調節したガリウム(Ga)と砒素(As)の分子線を加熱した基板ウエハー表面に同時に照射堆積させる。

  しかし、液滴エピタキシー法においては、図5に示すように最初まずGa分子線だけを照射し基板表面にVW様式に基づく多数の微細なGa液滴を作り、次いでAs分子線を照射してそれぞれのGa液滴をGaAs極微単結晶にかえることにより量子ドットを作る。Gaの融点は、約三〇℃であり、通常の作製温度ではGaは多数の微細な液滴になっている。

  この方法によりサイズのばらつきが五%以内で、個々の量子ドットの大きさが二〇ナノメートル以下の多数のGaAs量子ドットを基板ウエハー表面に一挙に作製することができるようになった。この方法はGaAsとAlGaAsのような格子定数の一致する組み合わせばかりではなく、InAsとGaAsの組み合わせのような格子定数の異なる組み合わせで量子ドットを作る場合にも適用され成功をおさめている。

  しかし、図5からもわかるように、この方法により量子ドットのサイズ、密度は制御することができるものの、残念ながらまだ各量子ドットの配置までを制御するには至っていない。今後この配置を自己形成的に制御する方法が確立されれば、この方法が量子ドットを作製するための決め手になると考えられる。

図5:液滴エピタキシーによるGaAs量子ドットの創製プロセス
上側の図は走査電子顕微鏡による観察結果であり、下側の図はその模式図である。

新デバイスの基盤はナノテク

  「ナノテクノロジー」という言葉は、最近一般紙にもよくでてくるようになり、ナノ構造をもつ材料の創製、応用には社会的に大きな関心が寄せられている。本講座では、ナノ構造をもつ物質の示す特異な性質、またこれらのナノ構造の示す性質が将来どのようなデバイスへ利用されようとしているのか、さらにこのようなデバイスを実現するために必要なナノ構造の創製法として物質を微細化することによるトップダウン的なナノ構造の作製技術、またこれとは対極の位置にあるボトムアップ的な手法、すなわち、原子・分子を組み上げることによるナノ構造の作製法にはどのような方法が考えられているのかということについて紹介してきた。

 これからの二十一世紀社会においては、環境に負荷が少なく、また取り扱いの容易な高速・大容量の高度情報処理システムを構築していくことが要請されている。この要請に応えるためには、現在の情報処理システムに使われている各デバイスの性能を飛躍的に高度化する必要があり、これらのデバイス開発の基盤としてのナノテクノロジーには大きな期待が寄せられている。

(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年7月号掲載当時のものです。)


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