(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年6月号掲載当時のものです。)

わかる入門講座:ナノテクの世界、その6
ナノ構造の性質(III)
独立行政法人 物質・材料研究機構 ナノマテリアル研究所ナノデバイス研究グループ ディレクター 小口 信行

 「ナノテクノロジー」という言葉は、最近一般紙にもよくでてくるようになり、ナノ構造をもつ材料の創製、応用には社会的に大きな関心が寄せられている。

 本講座では前回まで、ナノ構造をもつ物質の示す性質、物質を微細化することによるトップダウン的なナノ構造の作製技術について紹介してきた。今回と次回は、ナノ構造の示す性質が将来どのようなデバイスへ利用されようとしているのか、またそのようなデバイスを実現するために必要なナノ構造の創製法としてトップダウン的な手法とは対極の位置にあるボトムアップ的な手法、すなわち、原子・分子を組み上げることによるナノ構造の作製法にはどのような方法が考えられているのかということについて紹介する。

 

こぐち のぶゆき
山形県生まれ。東北大学工学部卒業。工学博士。科学技術庁金属材料技術研究所に入所。2002年4月より現職。専門は、量子ドットの創製と応用。

ナノテクノロジーの必要性

 これからの二十一世紀社会においては、環境に負荷が少なく、また取り扱いの容易な高速・大容量の高度情報処理システムを構築していくことが要請されている。この要請に応えるためには、現在の情報処理システムに使われている各デバイスの性能を飛躍的に高度化する必要があり、これらのデバイス開発の基盤としての材料研究に大きな期待が寄せられている。

  従来の情報処理システムに使われているデバイスは、たとえば半導体デバイスを例にとると、一九四七年のトランジスタの発明以来、IC(集積回路)、LSI(大規模集積回路)、超LSIへと、シリコンデバイスの微細化、集積化とともに発展してきた。その結果、集積回路内の個々のデバイスの大きさは、半世紀にわたる微細化の歴史を経て今やナノ(ナノは十億分の一)メートルの世界にたどり着きつつある。

  この潮流は、デバイスサイズ、集積度の経年変化を示す「ムーアの法則」として知られている(図1)。この法則は、一九六〇代にインテルの創立者の一人であるゴードン・ムーアがそれまでの半導体集積回路の歴史を振り返ると、その集積度は十八ヶ月ごとに二倍づつ向上する傾向にあることを見出し、この傾向は将来も続くだろうと指摘した経験的な予測を表している。集積回路の集積度は現在までほぼこの予測通りに向上してきている。

  この傾向は、集積回路に使われているトランジスタ、すなわち電界効果トランジスタと呼ばれているデバイスの微細化の歴史でもある。このトランジスタの構造、動作原理は一九四七年のトランジスタの発明以来現在の集積回路にいたるまで全く変っていない。

  電界効果トランジスタは、図2にその構造を示すように半導体表面にソース、ゲートおよびドレインと呼ばれる三つの電極を取り付けた構造からなっている。この構造によりソースおよびドレインの間に電子を流し、その電子の流れをゲートと呼ばれる第三の電極に加える電圧で制御することで電流の増幅、スイッチングなどのトランジスタ作用を行わせることができる。ムーアの法則通り今後も集積度を向上させようとすれば、集積回路に使われる電界効果トランジスタのソースとドレイン間の距離(ゲート長)は近い将来一〇〇ナノメートルを切り五〇ナノメートル以下まで小さくしていく必要がある。

  しかし、ソースとドレイン間の距離が五〇ナノメートル程度になると、この二つの電極間で電子が量子力学的なトンネル効果を起こしてトランジスタ作用が有効に行われなくなってしまい、従来のトランジスタの動作原理は破綻すると予想され、集積回路の集積度をさらに高めていくためには今後質的に新しい技術を確立していくことが必要になる。

図1:ムーアの法則(デバイスサイズ、集積度の年度変化)
デバイスサイズが50ナノメートル(nm)以下になると従来のデバイスとは異なる動作原理が必要

図2:電界効果トランジスタの構造

「単一電子トランジスタ」の集積化へ

 このような状況に対応するためのひとつの方法として前回述べた、いわゆる単一電子トランジスタを利用していこうという研究の流れがある。単一電子トランジスタは、図3に示すように従来の電界効果トランジスタと同じ三つの電極により構成されるが、電界効果トランジスタとは動作原理が異なり、微細な大きさのクーロン島に存在する電子のトンネル効果を止める「クーロン・ブロッケード」と呼ばれる効果を利用している。この効果を室温で起こさせるためにはクーロン島の大きさをナノメートルサイズにする必要がある。 

 このような単一電子トランジスタが最近注目されている理由には、このトランジスタの動作原理が従来の電界効果トランジスタの動作原理とは異なっており、したがって集積回路の集積度を今後もさらに向上させていくために適した新しい構造であるということのほかに、電子一個で動作できることによる低消費電力化も達成できそうな点にある。通常の電界効果トランジスタでは、ソースとドレインの間を流れる数万個以上の数の電子の流れを制御することによりトランジスタ作用を行わせるが、単一電子トランジスタにおいてはその名が示すように電子一個だけで動作させることができ、それにともなって消費電力も極端に少なくて済む。

  しかし、室温で動作する個々の単一電子トランジスタを作りあげたとしても、コンピューターなどに必要な論理演算を行わせるためには、これらの素子をナノメートルスケールの多くの電気的な配線でつなぐ必要があり、この配線をいかに制御性よく高いスループット(加工量)で作っていくべきかという非常に難しい問題が残る。

  また、単一電子トランジスタを利用した集積回路の集積化がさらに進んでいけば、やがては配線でつないだ単一電子トランジスタ間の距離も五〇ナノメートル以下になってくると予想され、今度は個々の素子間で起こる電子のトンネル効果が問題になってくる。

図3:単一電子トランジスタとその等価回路

配線がいらない素子「セルオートマトン」

 単一電子効果を利用し配線の問題も解決できそうな方法として、量子ドットなどのナノメートルスケールの極微構造を構成要素とする、いわゆる「セルオートマトン」が提案されている。図4に量子ドットと呼ばれる五つのクーロン島と二個の電子からなるセルを示す。

 セルオートマトンという素子は、このセルが単位となって機能する。二個の電子が左斜めの対角線の島に入っているとき(state #1)と右斜めの対角線の島に入っているとき(state #2)が一つのセル全体としてみてエネルギー的に一番低い状態にあるので、電子はどちらかの配置をとろうとする。このセルを2つ並べた場合、二つのセル内の電子の並ぶ方向が直角になると(すなわち一つのセルはstate #1にあり、もう一方のセルはstate #2にある)二つのセルの近くにいる電子は互いに反発して異なるセル内の電子の配置は並行になろうとする。

 このようにして図5のようにたくさんセルを並べると、電子の配向は全部のセルで並行になろうとする。これをなんらかの方法で、一番左端のセル内の電子の配向を九〇度反転させると、隣のセル内の電子もエネルギー的に安定な配置を取ろうとして端のセル内の電子の配向と並行になろうとし、ドミノ倒しのように全てのセル内の電子はその配向をそろえようとする。

 このように多くのセルの結合により、左端の情報を配線を介さないで反対側のセルに伝えることができ、このセルの配列を工夫することによりコンピューターに必要ないろいろな論理演算を行わせることができると考えられている。

  たとえば多数決回路の一例を図6に示す。このほか多数のセルの配置を工夫することによりインバータ回路、AND回路、エクスクルーシブOR回路など論理演算に必要な回路を作ることができる。このようにセルオートマトンでは、電子一個づつを制御するぐらいの小さなエネルギーで駆動でき、また配線の問題もなくなるため現在の集積回路の集積度を飛躍的に高めることが期待できる。

  このセルオートマトンは、現在まだ概念だけが提案されて原理的な実験が行われているにすぎない。今後実用的な温度で動作するセルオートマトンのための微細な量子ドットなどの構造を、制御性よく高いスループットで配列させる技術を確立することが必要である。

図4:5つのクーロン島からなるセルの模式図

図5:セルオートマトンの原理

図6:セルオートマトンによる多数決ゲート

活発化する「量子ドット」の研究

 現在、センサー、プロセッサーあるいはアクチュエーターといった機能材料に求められる種々の素機能をそれぞれ単独で発現させることは、それぞれの用途にあった素子を用いることによりほぼ可能になってきている。最近、それぞれの素機能を発現する素子間を配線などでつなぐのではなく、素機能を発現する物質中の領域がお互いに関連しあって全体としてひとつの機能を発現するような「インテリジェント材料」という概念が提案され、その創製に向けた研究も行われるようになってきた。 

  しかし、このような材料を創製することはまだ困難である。インテリジェント材料に求められる種々の素機能を発現するような物質中の領域をまず小さくしていくことは、このような「材料」を開発していくための有力なひとつの方法であろう。
半導体の分野に話を限ると「量子ドット」と呼ばれる構造の創製技術、応用に関する研究が最近活発に行われている。
量子ドットとは、直径二〇ナノメートル程度以下の半導体の微細な単結晶をこれよりもエネルギーギャップの大きな別の半導体単結晶の中に多数埋め込んだ構造をさす。このような構造では、量子サイズ効果が顕著になり、物質中の素機能を発現する領域を微細化できるばかりでなく、従来のバルク状半導体素子には期待できない新しい特性をもった素子ができるかもしれないとも考えられている。

  たとえば、このような構造で半導体レーザーを作れば、わずかな電流を流しただけで強く光る非常に純粋な光のレーザーができるという予測があり、現在すでに室温で動作する量子ドットレーザーが作製されている。

  またこの量子ドット構造を利用して性能の良い赤外線検出器、高密度のメモリー素子ができるかもしれないという予測もある。さらに先に述べたように量子ドットを用いたセルオートマトンには現在の集積回路の集積度の限界を打ち破ることになるかもしれないという期待もある。

  次回は、このような観点から物質の極微の構造を人工的に制御して、これを応用に結びつけようとするナノテクノロジー研究の現状を「化合物半導体量子ドット」の研究を例に紹介する。

(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年6月号掲載当時のものです。)


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