(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年5月号掲載当時のものです。)

わかる入門講座:ナノテクの世界、その5
ナノ構造の性質(II)
独立行政法人 物質・材料研究機構 ナノマテリアル研究所ナノ物性グループ ディレクター 木戸 義勇

電子の波の性質

 目に見えないナノメートル(百万分の一ミリメートル)の大きさで出現する性質のうち、元素の種類によらずほとんど構造だけで現われるナノ物質ならではの性質がある。 
前回は、超小型のコンデンサー構造で構成される単一電子について述べたが、そこでは一個の電子の持つ電荷が大きな役割を演じた。今回は、ナノ構造物質で、電子の持つ波としての性質が顕著となる現象について述べる。この現象は、電磁気学の根元に関わっている。

きど ぎゆう
静岡県生まれ。大阪大学基礎工学部博士課程修了。工学博士。東京大学物性研究所、東北大学金属材料研究所を経て科学技術庁金属材料技術研究所(現・独立行政法人物質・材料研究機構)に入所、2001年独立法人化後、現職

電子に及ぼす力

 電子は、電場のかかった所では電場Eに沿って高電圧側に引かれる。また、運動している電子は、磁場中Bで進行方向に直角に力を受ける。そして、量子論に従うと電子は、

B = rot(A) 

で表されるベクトルポテンシャルAに反応する。ここでrot は、回転を表す微分演算子である。図1は、無限に長いコイルに電流を流しコイルの中に磁場を発生したときのベクトルポテンシャルを示す。無論、電子がコイルの中を動くときは大きな力(ローレンツ力)を受ける。

  しかし、コイルの外の磁場が零の所を電子が飛んだ時でも、電子が動く軌道のそばに磁場があると言う事だけで影響を受けるはずと言う理論を一九五九年にアハラノフ(Y. Aharonov)とボーム(D. Bohm)が立てた。

  そして、翌年には、チャンベル(R. G. Chambers)が図2に示すような極微小コイルを電子干渉顕微鏡に導入した実験を行い、電子波の位相が磁場は零だがベクトルポテンシャルの存在だけ影響を受ける事を証明した。ここで、位相変化する周期は、磁束の単位の( 0=h/e)となる。この実験については、その後疑問が出されたが、外村によって漏れ磁場が無いよう加工したフェライト、更に超電導体で囲った鉄ニッケル合金(パーマロイ)を用いた測定により、ベクトルポテンシャルの存在を疑う研究者の疑問は解消した。

ナノサイズの物質中での電流

 巨視的な観点で論じる電流は、極めて多い数の電子の流れからなっている。日常目にする大きさの物質中を流れる電子は、非常に数多くの粒界や不純物などに衝突し散乱されながら電場に沿って進む。そして、導体の電気抵抗は、長さに比例し断面積に反比例する定数となる。

  しかし、純度の高い物質を加工して一マイクロメートル(千分の一ミリメートル)以下の大きさにすると、電子は固体中を散乱されずに流れる事が可能となり、超高真空中の電子線と同様に干渉効果が現れる。

 

図1:ベクトルポテンシャルと磁場の関係

図2:電子線を使った実験配置

電子波の流れ

 一本の線上A―D(図3(a))を進む電子については、波の位相についての情報を得る事は出来ない。しかし、図3(b)のようにB―C間で線の途中を分割して、電子の通り道を分けると、AからBを通り一方の線Lに沿って進む波と他の線Mに沿って進む波ができる。そしてこれらは再びCで出会いDに達するが、2つの波の位相が変化すると、Dでの電子波の振幅は強めあったり弱めあったりする干渉効果が現れる。

  ところで、この現象は、実は一個の電子で干渉が起きると考えられている。電子の大きさは、ナノメートル以下の小さい存在と思われるかも知れないが、一個の電子が電子波として存在する時の大きさはそれより遙かに大きい。そして、ナノ構造特有の不思議な現象はこの行路に垂直に磁場をかけたときに現れる。

 

 

図3:ナノスケールの導体

電気伝導で見る「アハラノフ・ボーム効果」

 図4は、金線で作った円環である。極低温にすると電子は、散乱をあまり受けずに進む事が出来る。一定電流を外部から電流端子間に導き、円環部分の抵抗を電圧端子で測定し円環に垂直に磁場を加えた時の結果が図5である。磁場の増加に従い、抵抗が振動することがお分かり頂けよう。円環に垂直に磁場を加えているので、円環の外にも中にも、また線内にも磁束は入る。

  しかし、磁場Bの影響だけでは、抵抗は変化しないはずである。これを理解するには、磁場の実体はベクトルポテンシャルである事を認めなければならない。そして、この特異と思われる現象は、ナノメートル級の材料を磁場中で用いる場合は常に考慮しなければならない事柄である。

 

 

 

図4:内径784ナノメートル、線の幅41ナノメートルの金の円環の電気抵抗の磁場依存性。測定温度は10mK。参考文献4)

超電導円環の磁気抵抗

 金属円環の材質が超電導体の場合は、電子波の位相のそろった状態の広がりが数マイクロメートル程度まで広がるので、干渉効果は更に顕著となり、新しい機能をもつ量子機能デバイスの実現が期待される。

  図5は、超電導金属であるアルミニウムで作製した直径七〇〇ナノメートル、線幅七〇ナノメートルの環についての実験結果である。超電導の転移温度付近では、金の場合に比べて比較にならないくらい明瞭に「アハラノフ・ボーム効果」による干渉効果が現れていることが分る。

 以上述べたようにナノメートルの大きさでは、電子一個の電荷及び電子の流れの波としての性質が色濃く現れる。ナノ構造を利用する量子計算機素子を始め多くの新しいデバイスがこれらの性質を利用することになろう。

図5:超伝導転移温度周辺でのアルミニウム環の電気抵抗の磁場依存性。内径線幅と厚みは、それぞれ700、70、30ナノメートル。参考文献5)

参考文献
1) Y. Aharanov and D. Bohm, Phys. Rev. 115, (1959) 485.
2) R. G. Chambers, Phys. Rev Lett. 5 (1960) 3
3) A,Tonomura, Phys. Rev Lett. 48 (1982)1443, ibid. 56(1986) 792
4) R. A. Webb, S. Washbourn, C.P. Umbach and R.B. Laibowitz,Phys. Rev. Lett. 54 (1985) 2696
5) Y. Terai, T. Yakabe. C. Terakura, T. Terashima, T. Takamasu, G. Kido, Physica B 298(2001) 536

(本ページの記載内容は、S&T Journal 2002年5月号掲載当時のものです。)


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